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(三日目)
タイムの膝の上にある手は力なく置かれていた。するとタイムは手を広げ、閉じた。親指をたてる。そして、人差し指、中指。三本の指を見つめ、また手を開き、だらりとまた力を抜いた。
「タイムさん」
チュウヒが名を呼ぶ。今日はまだネクタイをしている。
「刑事さん。わたくしは時間教と呼ばれる方が好きでございます」
「いや、時間犯、と間違っていってしまいそうだからね。あなたとちゃんと会話がしたいからね。あまり不快感を与えたくない。許してくれないか?」
タイムはチュウヒを見つめる。喜怒哀楽、どの表情にも見えるが、どれでもないようにも見える。顔の変化がないわけではでない、でも動いてはいない。そこにいるのに、見えない。
「お気遣いありがとうございます。そういうことでしたらタイムで構いません」
「すまないね。今日もタイムさんに聞きたいことがある」
デスクの上にチュウヒは写真を二枚並べた。オークロとヤマガラが写った写真だ。
「この二人、あなたなら知っているんだと思うんだが」
「ええ」
タイムは優雅な所作でデスクの上に手を出すと、人差し指でヤマガラの写真を指した。
「この方は凶悪犯でしょう。わたくしと同じ」
タイムの自虐ジョークにチュウヒは愛想笑いをする。
「あんたの方がマシさ」
「ありがとうございます」
丁寧だが、心のない礼だった。
「他には?」
「わたくしはそれくらいしか」
タイムが最初から素直に話さないのは想定済みだった。チュウヒはオークロの写真をタイムの前に滑り出した。
「こっちの男は、よく知っていると思うんだが」
「もちろん。わたくしの側近です。わたくしによく似ていて弟のように可愛がっています」
「よく似ているとは?」
タイムは答えない。チュウヒは口を開けたが、急かすのもよくないと考え直し、問い詰めるのをやめた。一分ほどの我慢比べのすえ、タイムが先に口を開いた。
「ハーリキン未来人博物館の館長さんをご存知ですか?」
あまりの唐突さにチュウヒはつい、顔をしかめた。
「まあ、顔ぐらいは」
「その館長さんにはエナガ・モックオレンジという養女がいます。十六歳の少女です」
「それがどうした」
チュウヒは会話の手綱を奪われかけていると、警戒心を出す。
「その子になら話してもかまいません。ほかのことも」
「なにをいってるんだ、あなた」
間髪入れずにチュウヒは声に怒気を込め、デスクの上にあった手で握りこぶしをつくる。
「そんな子どもを、警察が、あなたの前に連れてくると思うか?」
「わたくしがなぜ出頭したと思います?」
どんなにたずねてもはぐらかしていたタイムが、自ら机上に放り出した。
「その少女の存在を知ってからずっと会ってみたいと思っていました。けれど世界的にはわたくしは犯罪者。会いに行くことはできません。ここなら会えるかと」
「なぜ、その子に会いたい?理由を教えてくれ」
「あなたにはいいません」
花を土足で踏みつぶすように、タイムは頑なに述べることを拒んだ。
「だめならば諦めます。それがわたくしの運命でしょう。けれどこのままではわたくしはあなた方の知りたいことをけして口にはしません。拷問をしたって無駄ですよ。わたくしは痛みなんて怖くない。死ぬことも怖くもない。それより怖いものがありますから」
「それは、なんだ?」
タイムは踏みつぶした花の土を優しく払う。
「好奇なものを隠されることです」
その日ニオは、昨夜市警を出たときは、明日は夜勤なため朝をのんびり過ごそうと予定を立てていた。しかし、アトリたちが助けを求めてき、さらに部屋に転がり込んできたため、予定は狂ってしまった。
朝十時過ぎ、ニオは毎朝通っている、隣のコーヒー屋にいくと、ホットコーヒーをふたつと、アイスコーヒーをひとつ、それとサンドイッチを四人分つめてもらった。つり下げられているラジオからは、午後から夜まで強い雨が降るという天気予報が耳に入った。
サンドイッチとコーヒーを持って部屋に戻る。ロフト下のベッドを覗くとエナガは心地よさそうに寝息をたてていた。ニオはテーブルにサンドイッチを置く。両ひざをたてて、ソファに座っていたアトリがアイスコーヒーに手をのばす。ラジオもアトリによって、デスクからソファのそばのテーブルに移動させられていた。
「ありがとさん」
ニオの不機嫌さに磨きがかかる。
「礼を先にいってから取れ」
「ありがとう」
模範通りに先に礼をいってから、ヒクイはホットコーヒーを手にとった。けれどニオはそれもまたなんだか気に食わなかった。
「あの子は起こさなくていいのか?」
アトリが本棚の方を見る。
「まだ寝かせといてやってくれ。ずっと気を張ってて、ろくに休んでないから。それとももう出た方がいいか?」
ニオが残ったコーヒーを取る。
「いや、夕方までは大丈夫だ」
そういって飲もうとすると、デスクの電話が鳴った。ニオはコーヒーを置くと、電話に出た。
「はい、ハニーサックルです」
ニオがふたりに背を向けている隙にヒクイがアトリに耳打ちする。
「昼には外に出て、行動しないと。結局なんにもわかっていない。部屋の中にこれ以上いてもな」
アトリはストローを噛む。ニオがアトリたちをふり返る。それからニオはエナガの方を見ると、表情に影をさした。
「これはよくないことが起こったな」
ヒクイは勘を働かせる。アトリはコーヒーを飲み干し、ニオの電話が終わるのを待った。
「あてがあるので、捜してみます。また連絡します。失礼します」
ニオが受話器を置く。そして振り向くと、そのままアトリとヒクイを交互に見た。
「なんだよ」
アトリがつっかかる。ニオは何も返さない。そして、ベランダ側に座っていたヒクイの横にいき、見下ろした。ヒクイはニオを見上げる。
「どうしたの、職場から?」
ヒクイが話をつついてみる。
「つめろ」
ニオは無視してヒクイにつめさせると、彼にしては乱暴にソファに腰を落とした。そして少しぬるくなったコーヒーを飲んだ。
「もったいぶってないで、いえよ。どうせ俺ら関係だろう」
アトリがさっさと吐かせようとせっつく。ニオはテーブルにコーヒーを戻す。
「半分正解で、半分不正解だ?」
「どういうことだ?」
ヒクイが聞く。
「チャービルさんが、朝早く時間教を取り調べた。そこで、オークロとヤマガラの写真を見せたらしい。どっちも知っていることは認めたが、詳しく話すなら条件を出してきた」
アトリが嫌な予感をしたのと同時に、ニオが本棚の方を指差した。
「未来人博物館の館長の娘を連れてこい。あの子と話したいそうだ」
「そう出てきましたか」
ヒクイは敵ながら感心してしまった。
「絶対だめだろ!あんなひ弱な奴を、そんな奴の前に放り出してみろ、ろくなことにならねぇぞ」
アトリは頑固反対した。
「それは同意だ」
ニオが興奮するアトリを宥める。それでもアトリはニオを睨んだ。
「そう思うが、チャービルさんは昨日、俺と一緒にあの子を見てる。館長の家に行ってもあの子がいない。アトリの家にも、ヒックの家にも、喫茶ヤドリギに行ってもお前らがいない。ヒックの隠れ家だってばれてる。手榴弾投げ込まれて、誰も気がつかないわけがない。あんな変態カーニバルみたいな姿で逃げてきたんだ。部屋には色々残ってただろう。家主がヒクイだってばれてる。だから俺に連絡がきた。お前らの居場所にあてはないか、と。俺は警察の人間だ。何もせずに黙って流すわけにはいかない。あの子本人に直接聞いて、はっきり拒否されたら、諦める。チャービルさんだって、無理強いするつもりはない」
「行きます」
いつの間にか、本棚の横にエナガが立っていた。ニオが眉間の皺を深くする。
「起きていたのか」
「電話の音で。わたし、時間教と会います。怖いけど、逃げてるままも、もうつらいです」
それに操縦室の入り口について何かわかるかもしれないと、エナガは考えた。この停滞から抜け出さなければならない。
「お前みたいな純情な小娘が会っても、いいくるめられて、怖い思いして、トラウマを増やすだけだ。犯罪者と会うんだ。会うだけってことはないんだぜ」
アトリは冷めた目で厳しいことをエナガに突きつけた。エナガはスカートを握り、俯いたがすぐに顔を上げた。
「けど、やみくもに調べるより可能性があると思います。早く終わらせないと駄目なんです。じゃないと、日常は帰ってきません。心配かけるとは思いますが、ここは逃げない方がいいと、わたしは思います」
三日も朝ご飯を作らないなんて、エナガにとってはじめてのことだった。そしてこんなにもきっぱりと自分で選ぶのはシジューが死んでからはなかった。
「本人に意思があるなら、連れて行く」
ニオが立ち上がり、エナガのそばまで歩く。
「おい」
アトリが遮る。
「悪いが俺的には来てくれた方が助かるんだ」
ニオはアトリの肩を掴むと、横にどかした。
「顔を洗ってきなさい。準備できたらすぐに出発する」
「は、はい」
エナガは洗面所へ小走りで急ぐ。アトリの顔はニオの顔よりずっと不機嫌になり、静かに怒っていた。ニオはそれ以上アトリにかまわず、チュウヒに電話をかけるため受話器を取った。
「おい」
ダイヤルを回そうとすると、アトリがまた遮った。ニオは後ろにいるであろうアトリを見なかった。
「俺も行く。そう伝えろ」
そういって、アトリはソファに戻った。
「ヒックはどうする?」
「ひとりで十分でしょう。俺は、地図と雑誌を買い直してくるよ。あと、銀行。ニオに借りた金を返さないと」
「そうか」
洗面所でエナガは蛇口を捻った。水は出てこない。鏡を見る。自分でもわかるくらいに情けなく、怯えていた。蛇口を捻った手が震えている。エナガは自分を抱きしめると、しゃがんでうずくまった。この世界は自分のせいではないことだらけだ。だから見えない先を自分で、選ばなければならない。




