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ウォッチアウト  作者: ヒルマ・デネタ
第一章 時計の町
16/27

2-6



【いてもたってもいられないくらい入居者大絶賛募集中】

 マンションの階段の柵に大きな看板があった。

「いま何人ここに住んでるんだよ」

 その看板を見上げながら、アトリはニオに聞いた。アトリとヒクイは、ニオの車のトランクに閉まっていた予備のワイシャツを着せてもらっていた。そして途中に、閉店間際の服屋に飛び込んだヒクイが、エナガの下着と白のワンピースと水色のシューズをニオのお金で買ってきた。

「毎朝中央広場で日時計と並んで体操しているじいさんと」

「と?」

「俺だ」

 ニオは真顔で答える。

「それはいてもたってもいられないな」

 ヒクイが納得する。

「もう駐車場にしちまえ」

 アトリは吐き捨てると階段をのぼった。

 ニオの部屋は、ヒクイの隠れ家と同じような縦長のつくりだが、間取りがまったく違う。ニオの部屋はいちばん奥がベランダで、入ってすぐの右側に風呂と洗面所がある。その隣がトイレだ。ニオは帰ってすぐに風呂の蛇口を捻った。湯は七分待たなければ出てこない。

「いった!」

 アトリが右足の小指をロフトの脚にぶつけた。この部屋のロフト、うまく収まっておらず、壁から少し脚がはみ出していた。

「お前の住んでた部屋と間取り同じだぞ」

 風呂から出てきたニオが馬鹿にしたようにいった。

「俺は一週間で出たの。しかも、ロフトの脚がはみ出してるなんてとっくに忘れてたに決まってるだろう。思い出したけど。俺がこのマンションを出る理由の二つ目だったわ」

「一つ目は?」

「捻ってもすぐに出ない水道に決まってるだろうが。ったく、よくこんな部屋にお前はずっと住んでられるよな」

 ロフトの下にはベッドが置かれ、ロフトは荷物置きになっていた。ロフトとは反対の壁にはキッチンがある。これもまた、変な造りだった。ロフトとキッチンがあるため、間のスペースがかなり狭くなる。

「いった!」

 アトリはまた右足の小指を本棚の角にぶつけた。ニオはなぜか、ベランダに向けてロフトに沿うように本棚を二つ並べていた。それが、ロフトの幅より広く、はみ出していた。

「なんでここに本棚置くんだよ!ただでさえ、ロフトとキッチンで幅が狭いのに!」

「ソファから取りやすいからだよ」

 本棚の横にはL字型のソファがあった。アトリはソファに座ると、小指をさする。ソファに座ると、もう本棚で玄関は見えず、かろうじてキッチンのシンクの端が見えるだけだった。ソファとは反対側の壁の隅には小さな木製のデスクがあったが、上にあるのは、電話とラジオだけだった。

「あと、ここめちゃくちゃ壁薄いよな。俺、雨の日めっちゃうるさくて、夜寝られなかったんだよ」

 ニオは冷蔵庫から常備してある水の入ったボトルを出すとヤカンに注ぎ、火にかける。

「住めば慣れる。お前は辛抱が足らないんだ」

「修行かよ。家っていうのは安息空間だ」

 本棚のそばに立っていたエナガはからだも拭かず外に出たせいで湯冷めしていた。髪も濡れたままで、ほっとしたのか寒さに気がつき、からだが震え出した。エナガは二の腕をさする。

「エナちゃん、寒いよね。ニオ、毛布借りるよ」

 ヒクイはベッドから掛布団を取ると、エナガの肩にかけ、アトリの隣に座らせた。

「すまない、もう少し湯が出るのに時間がかかる。レモンと、生姜は大丈夫か?」

「食べられます」

 ニオはマグカップに生姜をすりおろす。そして、蜂蜜漬けのレモンを二切れマグカップの底に落とすと、熱湯を注ぎ、ケーキフォークと一緒にエナガに渡した。

「よくかき混ぜて飲みなさい。レモンも食べられる」

「ありがとうございます」

 エナガはフォークでかき混ぜて一口飲んだ。からだが冷え切っていたせいか、その一口がからだに染みた。

「おいしいです」

「それはよかった」

 こういうときでも、ニオの眉間からは皺は消えない。

「お前さ、なんでこんなマメなのに、このマンションの雑さは許せるわけ?なんか腹立つわ」

 アトリはニオの性分が何年経っても腑に落ちなかった。

 生姜入りの蜂蜜レモンを飲み終え、湯が溜まるとエナガは風呂に入りにいった。三人はソファに座って黙っていた。エナガが風呂にいったあと、ヒクイがアトリの隣に座り、ニオは離れた端に腰掛け、足を組みホットのブラックコーヒーを飲んでいた。

「で、あの子は?昼間、中央広場でも一緒にいたよな」

 さすがのニオも、ここまできてなにも聞かないで済ませようとはしてくれなかった。アトリとヒクイは、相談するかのように視線を合わせる。ここですべてを黙ったままにするには無理そうだと、ヒクイは少しだけニオに話すことにした。

「未来人博物館の館長さんの娘だよ。あの子がオークロたちに狙われている。館長さんに依頼されて、保護してる」

「狙われてる理由は?館長はどこにいる?」

ニオが問いつめる。

「顧客秘密」

ヒクイは微笑みではぐらかす。ニオは問いただすことはしなかった。

「それでヒックの隠れ家に身を潜めてたら、ヤマガラに見つかって、逃げてきたんだよ」

「ヤマガラの名前知ったんだな」

「そっちもなんかわかったのか?」

アトリが聞くと、ニオはコーヒーをテーブルに置いた。

「国際手配の犯罪者で、褐色の肌の男は何人もいたが、」

ニオは右の耳たぶを引っ張って、離した。

「ヤマガラのピアスは一般的なピアスよりも悪趣味だ。あのピアスは南京錠のような仕組みになっていて、自分ではずすことができない。ヤマガラが過去に属していた犯罪グループで仲間の証、裏切らない鎖として付けられたものだった。ヤマガラはそのグループを裏切っており、追われていた。右にでかいピアスを揺らした褐色の男を、偶然にも、最近捕まえた窃盗犯が、ここから二つ先の街のごろつきが溜まるバーで一緒になったことがあるらしい。匿ってもらえるツテができたと、豪語してたそうだ。警察から逃げるのが、しんどくなったのか、隠れる場所を探していたそうだ」

「それがオークロか」

合点がいったアトリとは反対に、ニオはどこか気がかりだった。ヤマガラと接触した窃盗犯は、二オの同期であるオジロが取り調べた。その窃盗犯はヤマガラが「時間犯と手を組んだ」と自慢していたと話した。気になるのは次の一言だった。「タイムパラドックスの答えにはもう、興味がない」ヤマガラは、時間犯がそういったと、窃盗犯に話したらしい。それは、時間教の目的を全否定するものである。警察、世間は時間教に騙されているのか。騙されているにしても、目的はなんだ。ニオには真実を少しずつずらされているよな、焦りと不快さがあった。

「なにか?」

黙り込んだニオをヒクイは不思議がる。ニオは横目でヒクイを見ると、そらした。

「すぐには答えられない」

「そこをなんとか、刑事さん」

「捜査秘密だ」

やり返されたヒクイは、アトリに肘で突かれた。

「あとエナが、ヤマガラの顔はおかしいってたぞ」

路地裏でエナガが話していたことをアトリが思い出す。

「顔がおかしい?」

ニオは怪訝な顔をする。

「顔に穴が空いてたそうだよ。けれど、血も出ていなかった」

補足したヒクイの説明を、ニオは想像して不気味がった。

「なんだそれ、顔がただれているのとは違うのか?」

ヒクイがいや、と否定する。

「俺らが見た感じではそんなことはなかった。顔を変えてるんじゃないか?」

「マスクってことか?」

「マスクってクオリティじゃなかったけどな、普通に人の肌に見えたぜ。まあ、間近で見てないけどさ。まあ何にせよ、気味悪い奴だったよ。思い出すのいやだから俺は寝る」

アトリはぼやいて、ソファに寝っ転がり、ヒクイの膝の上にずうずうしく足を置いた。

「おい、寝る前に手伝え」

ニオは立ち上がるとロフトのはしごをのぼる。

「お前らはふたりで仲良くソファだ。ベッドはあの子に。俺はロフトで寝る。荷物をおろすの手伝え。ベッドのシーツも変える」

「はいはい」

ヒクイがアトリの足をよけて、立ち上がる。アトリも遅れて起き上がった。

「なんかお泊まり会みたいで楽しいな」

ヒクイが調子に乗って浮つく。ニオとアトリは聞こえないふりをした。


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