第107話目―選んだのは平穏―
「なるほどね……」
丁寧に説明を行った成果はどうにか出てくれたようで、セシルも色々と分かってくれた。
溜め息混じりに頷いている。
「納得してくれたようで何よりだよ」
「アティちゃんとしっかりそういう仲になっているのは、まぁもとからそんな気はしてたから驚かないけど、でも実際に聞くと少し寂しいというか悔しいというかなんというか」
「悔しい……?」
「なんでもない。こっちの話」
セシルは頬を掻きながら視線を横に流し、「それより」と話を続ける。
「あの蛇があの女の子ねぇ……」
僕とアティとの事についてはさして驚かなかったセシルではあったものの、エキドナがあの姿になった事については、さすがに戸惑ったようだ。
「まぁ色々とね。サルバードであんな感じの姿に」
「見た目ほぼ亜人だし、基があの蛇って言われても信じられない感あるけど……あーでも、私が嫌われる理由はそれで納得出来たかも。結構仲悪かったしねあの蛇とは」
一番最初の出会いからして、エキドナとセシルはだいぶ最悪だった。
そんな二人が再会すれば、例え姿形が変わろうともお互いを苦手とするのは必然ではあった。
「……それにしてもパパって呼ばせる必要は無くない?」
「それはエキドナが自発的にそう呼んで来ているだけだよ」
「ふぅん」
セシルは腕を組んで壁に背を預けると、ゆっくりと空を仰いだ。
僕も釣られるようにして空を見る。
満天の星空がきらきらと世界を彩っているかのような、そんな光景があった。
「……まぁとにかく迷宮が無理っていう理由は分かった。でも、家庭が出来たなら、余計に迷宮に付いて来て貰いたいなって個人的に思うけどね。私は迷宮に詳しくないけど、未発見の迷宮の別称が宝物庫ってことくらいは聞いたことある。……お金とか必要でしょ?」
未発見であるというのが事実なら、確かに宝物庫のような状況である可能性は否定出来ない。
ただ、そういった場所は罠の類も多いハズだ。
アティが頑なに今回の迷宮入りを嫌がるのは、万が一を考えて、という側面も強いのかも知れない。
僕より年下なのに僕よりも大人びていて、そしていつも大事な所で必ず道を正してくれることには、本当に頭が下がる思いだ。
そして、だからこそ、僕はアティが嫌ったり厭うような行動は慎みたい。
「まぁお金は必要だけど、それより大切なものもあるからね」
「ちぇー、駄目かぁ。まぁいいや。なら気分が変わったら教えて」
「変わったらね」
そういうわけで、今回の件は無しになった。
※※※※
「なんだか色々と騒がしい子だよね、セシルとかいう女の子は」
帰り道に、パスカルが荷物の隙間から顔をのぞかせた。
基本的に家にいるものだと思っていたけれど……今日は気分が違ったのか、紛れ込んでいたようだ。
いや、エキドナに見つかると玩具にされるから普段から逃げ回っていて、今日はたまたま避難場所が僕の荷物だったのかも知れない。
「まぁ、そういう性格なんですよ、彼女は」
「なるほど。それにしても、誰の手も入っていない迷宮……。面白いものがあったかもね」
「え?」
「迷宮については一家言持っているからね。死んだ迷宮とはいえ、かなりの長い間を僕はそこで過ごしていたから」
言われて見れば、パスカルは迷宮にいたのだ。
始祖の龍人と生前から知己があったと言うのだから、それも相当長い期間だ。
「龍の秘宝クラスは無いと思うけど、他のもの……例えば、運が良ければ技巧神の作ったモノとかあるかも知れない」
「技巧神……?」
「面倒な性格をしているけれど、凄く良いものを作る神の一人さ。とんでもない恥ずかしがり屋で、誰も入って来ない迷宮にこっそり作ったものを置いてくっていう行動を取るんだよね」
「神さま……」
「あんまり驚いていないようだね。何かしらの神と会ったことがある?」
「無いですけど、ただ神を屠ったことがあると言っていた人を知っているので」
確か茨の街で、ヴァレンがそんなことを言っていた。
ウソを言っているように見えなかったし、実際にかつての剣聖として類まれなる実力もあるのだから、本当に倒したことがあるに違い無い。
「えぇ……まぁでも、倒せなくはないからね。ただかなりキツいと思うよ。全盛期の僕でも無理かな。もう今はいないけど、始祖の龍人たる彼と組んだのなら下級の神ならギリギリいけるかもだけど」
僕の近くには強すぎる存在がやたら多い気がする。
パスカルに限っては、今はもう弱体化したと言っているのだから、現時点ではその限りでは無いけれども。
まぁそれはさておき、パスカルの顔を見て思い出したことがあった。
「そういえば、龍の秘宝について後で教えると言われたきりでしたが」
「そうだったね。日を改めてと言ったきりだったね。今なら邪魔も入らないから、丁度良いかな」




