#005
「失礼します」
俺の家にやってきたルイは執事のような挨拶をした。
育ちがいいのか、なんなのか、俺とは全然違うなと心からそう思った。
「まあ! とうやがこんなに綺麗な人連れてくるなんて、夢でも見てるのかしら」
「母さん、さっき知り合っただけだよ」
何を勘違いしているのか、母さんは少しテンションが上がっている。
「夜ご飯はうちで食べるわよね! ちょっと買い物してくるから二人でゆっくりしててね。とうや、女の子に変なことしちゃダメだからね!」
母さんは最後にそれだけ言うと颯爽と家を出て行った。
思春期の男子をいじめるな。あとこいつ男だから。
ここで改めて言っておくが俺にそっちの気はない。
「まあ、とりあえず俺の部屋こいよ」
「内貴くん、大胆……//」
ルイが頬を赤らめてもじもじしながらそう言った。
「母さんのノリに乗っからなくていいから」
二階にあがり、部屋のドアをひらいた。
「えっ」
目の前に広がっていたありえない光景に思わず息を呑んだ。
そこには、ドレッドヘアで色黒の巨漢が黙想して座っていた。
「内貴くん、伏せて!」
ルイの激しい剣幕からただ事ではないと察し、俺は即座に頭をかかえて伏せた。その次の瞬間、巨漢の男は瞬時に移動しメリケンサック付きの拳で殴りかかってきた。
「ウォルフさん。一体どういうつもりですか?」
ルイは俺と男の間に咄嗟に割り込むと、どこから出したかわからない紫色の模様つきの刀で拳をうけとめていた。
(ビビったぁ……誰だこいつ、完全にヤクザじゃねぇか)
(体デッケェ……)
俺が小声でそう呟くと、リョウもそいつの体のデカさに驚いている様子だった。
「ルイコソナンデソイツノミカタスル。ソイツカラ、アクマノケハイスル」
「独断で行動したら奈織さんに怒られますよ?」
奈織さん? 誰だそれ。
「……ッ! 内貴くん! 伏せて!」
「これ以上伏せれませんけどもぉー!」
パリンッ!
ルイの忠告のすぐ後、窓ガラスが割れると、銃弾が俺の頬を掠めた。
「痛っ!」
銃弾って……いつの時代だよ!
もしかして外にもう一人仲間がいるのか?
「坊ちゃん、外のもう一人を頼めるか?」
「まかせろ!」
リョウはルイからお願いをされるとすぐ外へ飛び出した。ルイは部屋を傷つけないように立ち回っているのか男の攻撃を受け流すことに必死になっている様子だ。
次の瞬間、ウォルフと呼ばれる大男が棚にぶつかった。
不幸中の幸い、棚はゆらゆらと揺れるだけにとどまった。だが、そこに飾ってあったフィギュア、俺がお小遣いを貯めて貯めて、やっとの思いで購入した、世界で一番大切なフィギュアが、落下した。
一気に頭に血が上った。もはや我が子を殺されたことに等しい。堪えきれない怒りが口から溢れた。
「な、な、なにやってんじゃぼけぇぇぇぇぇ! ぶち殺すぞ、デカ男! 不法侵入と器物損壊で豚箱にぶち込んでやる!」
俺の怒声に空気がピリつき巨体の男もさすがに申し訳なさそうに俺の方を見てきた。
「ア、ゴメッ……グオッ!」
謝ろうとしていた巨体の一瞬の隙をついて、ルイが目にも止まらぬ動きで剣の柄頭を使い、男の脇腹を突いた。
「ウォルフさんは大人しくしといてください」
「土下座だ土下座! ドゥーユーノウジャパニーズドゲザ? あ?」
「…………」
「無視すんなよ! 限定品だぞ? 世界に百個しかない魔法少女リカルカのメイド服verなんだぞ? わざわざ東京まで行って並んで買ったんだぞ! 価値わかってんのか!」
いまでもあの日のことを思い出す。ちょうど二年前、このフィギュアが東京限定で発売されると知り、飛行機で東京へ行き、満員電車で人波に飲まれながらも、やっとの思いで秋葉原まで行った。発売日の朝六時から並んでいいと店舗からの知らせがあったため、それに間に合うように行き、着いたのは朝五時五十分。だが、その時にはもう何百人もの人が並んでいた。ルールを守らない人がこんなにも多いとは思わなかった。同時にここまで来たのが完全に無駄足だと分かり、絶望した。
だが、一筋の極太の光が差し込んだ。なんと店長が、時間より前に並んでいた人は買えないようにしてくれた。
そんなスカッとする出来事もあり、俺はリカルカを手に入れた。お小遣いを貯めた甲斐があったってもんだ。
……それを、こいつは、こいつは!
絶対、許さない。
「ただいまー」
俺が男をギャン詰めしていると、リョウが戻ってきた。
「ほらよ!」
リョウは部屋のドアを開けると、自慢げにそう言い放って、何かをドサっと床に投げた。
「え? なに、これ……?」
怒っていることすら忘れるほどに困惑した。
床に雑に投げられたそれは、蜂に刺されたかのように顔がボコボコに腫れ上がった男だった。
「篤男さんまで、ここで何してるんですか」
ルイがその男を睨みつけて吐き捨てた。
「ルイちゃん助けてくれ! このチビにやられてよぉ!」
「いやです。一般人を突然襲うなんて考えられません」
それから数分間その男はルイに小言を言われていた。
☆
それからめちゃくちゃになった部屋を少し片付けて、話し合いを始めることにした。
「で、あんたら二人は誰なんだ。部屋めちゃくちゃにしやがって」
「俺たちは、ルイちゃんと同じく冥斬士。直方篤男だ」
「ウォルフ、ダ、ヨロシク」
なんでこいつら冷静なんだよ。
こっちは大事なもん壊されて、はらわた煮えくり返ってるんだよ!
「弁償だ! 弁償! 一千万払え! 話はそれからだ!」
「どうやら内貴くんは取り乱しているようだ。僕が話を聞くとしよう」
ルイに丸め込まれ、俺は黙って話を聞くことにした。
「それがよぉルイちゃん、俺たちもよくわかんねぇんだわ。上からの命令で内貴憧也を捕えろっていわれてだな、奈織さんに見張りを頼まれたからここにいたんだけど、そしたらそいつから悪魔の気配がしたから殺そうと思ったわけや」
篤男が俺のことを指差してそう告げた。
「俺が悪魔ってどういうことだ? ルイもそんなこと言ってたけど」
「あ? オメェからは悪魔特有の気配がするからよ、こんな例みたことないから勘違いしちまった、すまん」
すまんで済まんで? 危うく死にかけたんだからな。
悪魔特有の気配、か。
なるほどまったくわからん。
「そもそも悪魔ってなんなんだ?」
「僕から説明しよう」
ルイが口を開き説明を始めた。
「悪魔はかつて天界で禁忌を犯した神が処刑されたことで誕生したと言われている。誕生した悪魔の名を《ケイルシール》。ケイルシールは自分の体をもとにして作った悪魔を各地に放った」
「じゃあ今日本にいる悪魔は全てケイルシールの一部ってことか?」
「そういうことだよ」
なんとなくは理解できた。
俺は勝手に悪魔は何種類もいると思っていたが、実際はケイルシールというのが一体いるだけということらしい。
天界か……本当にそんなところがあるなんてどうにも信じられないな。
「そのケイルシールってやつの本体はいまどこにいるんだ?」
「わからない。それに、見つけたところで勝てない」
ルイは俯いてそう言った。
倒すべき大元はいるが見つけられない。
それに強すぎて勝てない。
俗に言う無理ゲーってやつか。
「なあ、なんでルイちゃんはそいつの味方すんだよ」
ここで篤男が首をつっこむ。
黙って聞いていればいいものの。
「内貴くんは、ループしています」
「まじかっ!」
ウォルフと篤男が揃って目を皿にする。
あたかもループする人を探していたかのような口ぶりだ。
「あなた達のせいでまだ話を聞けていませんが、この七月一日はこれで二度目だそうです」
篤男が髭の生えた顎に手を当てて、まじまじと俺を見つめる。
「篤男さん、奈織さんは今どこにいるかわかりますか?」
「さあな。まあ、なんとなく予想はできるがな」
だから誰なんだその奈織って人は。
「おいそこのチビっ子。お前は何者なんだ? 恐ろしいほど強かったぞ。おかげさまで俺様の顔がパンパンじゃねえか」
「それは僕も気になるな」
「トウヤ、オレの正体言ってもいいか?」
「好きにしろ」
俺がそう返答すると、おもむろに立ち上がり腰に手を当てた。
「オレは神だ!」
・・・
「内貴くん、君から説明をしてもらっていいかな」
そりゃそうなる。俺だってそうなった。
「おい! 疑ってんのか? もういい、みんな見てろよ!」
そう言って涼はブツブツと何かを唱えだした。
「とうっ!」
刹那、部屋の中が神々しい光につつまれた。
そして、
涼の頭の上にキラキラした漢字の『神』が浮きあがった。
それを見た三人は一瞬びっくりした様子を見せたが、何もなかったかのように話を進めた。
「じゃあ僕らはもう帰るよ。続きはまた今度ね」
「お、おい無視すんなよ!」
「憧也だっけか? 今日は邪魔したな。窓はまあ……おいおい直す」
絶対直さないだろこいつ。
「フィギュアゴメンネ」
お前は絶対殺す。
「そうだ、明日内貴くんを殺すのは誰?」
ルイが部屋から出る前に振り返って俺に尋ねた。
「あ、そうだった、典子です」
「彼女か、今日は異変はなかったはず……わかった。次は守るからね」
なにこれ甘酸っぱい。
好きになりそう。
そんなこんなでみんな帰っていった。
「とんでもない日だったな。ところでリョウ、お前はどこで寝泊まりするんだ?」
「ぐすんっ……オレ、そんなにつまらなかったかなあ結構面白いとおもったんだけどな」
いまから慰めないといけないのか? めんどくせぇ。
体操座りをしながら涙で地面に『神』と書いている。
「はぁ、みんなリョウの神々しさに恐れ慄いて声も出せなかったんだよ。冷蔵庫にアイスあるからそれでも食おうぜ?」
「オレ、ハーゲンダッツがいい……いちご味」
「お前落ち込んでないだろ」
その後俺たちはパピコを半分ずつにして食べた。




