#006
ぺちぺち。
寝ている親友のほっぺを叩いても起きる気配はまったくない。
こういうときイタズラしたくなるのが子供心。天界にいるときアエロス様に勉強を教えてもらって色んな知識はつけたが、大人になったわけではない。まだ思考は小学四年生のままだ。
辺りを見回し、何か使えそうなものを探すと、机の上にペットボトルの水を発見した。
「リアル寝耳に水ってな!」
ペットボトルの蓋を開けると、オレはトウヤの耳に水を注ぎはじめた。
☆
美しいビーチ。
俺は、美女と二人で鬼ごっこを楽しんでいた。
「待て待て〜!」
俺が巨乳美女を追いかける。
「きゃあ! ははっ、はははっ!」
「捕まったら罰ゲームなー!」
「え〜」
どんな罰ゲームをしてやろうか。夢が膨らむ。
「みんな! 高いところに逃げろ!」
突然、誰かが大声をだし、皆に警告した。
視界に映るのは水でできた巨人。目算で五十メートルほどはあるだろう。
そいつが二足歩行で上陸していた。
「取り込まれると溺れるぞ! みんな急いで逃げろ!」
「トウヤ! 早く逃げよう!」
美女が俺に寄り添い、そう告げた。
「つーかまーえた」
「え?」
俺は爽やかな笑顔で、美女に軽くタッチした。
「罰ゲームとして、あそこの高い山まで全力疾走な」
「だったらトウヤも一緒に!」
「ははっ、俺はいいんだよ。たったいま用事ができた。あとで合流しよう。さあ、早く行って」
一度してみたかったんだよなー、こういうの。
「絶対帰ってきてよね!」
「ああ、約束だ」
小指と小指を絡め合わせて指切りげんまんをすると、美女は遠くへ走っていった。
まったく、可愛いやつめ。
「よっしゃ、かかってこいよ! デカブツ!」
自分を鼓舞するため、大声をだして、水の巨人に体を向けると、そいつはもうすぐそこまで迫っていた。
「え?」
そのまま一瞬で俺は取り込まれた。
「ぐぽぽぽぽぽ、がは、がは……」
やばい意識が……
悪い、俺、死んだ。
☆
「耳があああぁぁぁぁあ!」
絶叫とともに飛び起きた。死んでいない。美女と水の巨人はいない。状況が理解できない。ただ分かることは、目の前に腹を抱えて笑っているリョウがいることと、耳にたっぷり水が入っていること。
そうか、答えはただ一つ。
目の前のガキをぶち殺せばいい。
「待てこらぁぁあああ!」
体にかかっていた布団を剥ぎ取り、ベッドから飛び降り、リョウをズタズタにすべく走った。
「とうや! 朝からうるさいわよ!」
足音が大きかったのか、声がデカかったのか、たぶんどちらもだろうが、母さんが腹を立てていた。
その後俺は母さんにこっぴどく叱られた。
そして俺は心に誓った。
あいつだけは生かしちゃおかないと。
朝食をたいらげると俺は足早に学校へ出発した。リョウは後ろからついてきている。
「もう、怒ってない?」
「ああ、あんなことで怒る器の小さな男じゃない」
嘘である。
「そうだよな! あれだけでブチギレてたらさすがのオレもビビるぜ!」
ふーよかった、と言わんばかりに涼は服で額の汗を拭った。一旦水に流したと見せかけて、忘れた頃にお見舞いしてやる。
「ルイ、もういるかな?」
「俺が普段行くの遅すぎてみんなの詳細がわかんねぇのが情けない」
今日は早くルイと合流して守ってもらわないといけない、というわけでいつもより三十分も早く学校に行っている。だからなのか、典子とはすれ違わなかった。
ルイの昨日のウォルフとの戦闘を見た限り、そうとうやり手であることは間違いない。というか人ではない領域にいる気がする。
そうしていつもよりだいぶ早く学校についた。
「あれ、トウヤ? 今日はやけに早いんだな」
学校に着くと、運動場で朝練をしていた陽が駆け寄ってきた。
「心境の変化ってやつだ」
「もしかして八汐さんか? お前昨日一緒に帰ってたらしいじゃんかよ」
噂広まるの早すぎんだろ。
もはや感心する。
「うんうん、あいつに惚れるのはわかる。俺も一時期危なかったぜ」
「じゃ俺教室行っとく」
「冷たいなぁ、美人局かもしれないから気をつけろよー」
余計なお世話だ。男だし。
結論から言うと、ルイはもう来ていた。
俺に気づくとすぐに手を振って近寄ってきた。
「内貴くん、おはよう」
「ア、オハヨウ」
「昨日仲良くなったと思ったんだけどまだかたいね」
「ソウカナ」
一回喋っても次に繋げられないのが俺が童貞陰キャたる所以だ。
「話があるからちょっといいかな?」
教室で喋るとまた野次馬がピーピーうるさいからと、俺たちは学校の屋上へ行くことにした。
「昨日内貴くんの家から出たあと篤男さんとウォルフさんと話し合った結果、二人が今日は典子ちゃんの後をつけてくれることになったよ。何かあればすぐに連絡がくる」
その時、ルイの携帯が鳴った。
典子に何か異変があったのか?
『もしもしルイちゃん、憧也いるか?』
「いま隣にいます」
『スピーカーにしてくれ……典子ってんは、茶髪でポニーテールの娘であってるよな?』
「あはい、そうです」
『安心しろ、まだ悪魔に取り憑かれてはいない。そんなことより、なんかオメェの家ジロジロ見てんだけど』
「はい?」
『たぶん憧也のこと待ってないか?』
「まじですか?」
『マジ』
もしかしていつも俺のことまってたのか? それで偶然を装ってすれ違ってたのか?
『どうすんだ?』
「と、とりあえず見張っててください」
おいおいおい!
来ちゃうんじゃない!?
少し遅めの青春が夏の足音と共に到来しちゃうんじゃない!?
落ち着け俺。慎重に立ち回れば勝てる試合だ。ナイス篤男さん! 窓ガラスの件は許します!
『典子が動き出したぞ』
そろそろいかないと学校に間に合わないと思ったんだろうか。
「そのまま追跡お願いします」
『りょーかい』
まてよ、じゃあ悪魔が憑依するのはいつだ?
前回は教室に来たときにはもう既に取り憑かれていた。だから今回も……
『おいおい冗談だろ……』
「篤男さん、どうしましたか?」
突然の篤男さんの焦った声に、ルイが反応した。
『あれは……おいお前ら! いますぐ逃げろ! ルイちゃん! 急いで奈織さんに』
プーーッ、プーーッ、プーーッ
そこで通話が切れた。
そして、ほぼ同刻、轟音と共に俺の家の方向で雷が落ちた。今は快晴。雷なんてありえない。なにかよくないことが起こった、それだけは理解した。
「僕は様子を見に行く。内貴くんはここで待っていて」
「いや、俺もいく。リョウもついてこい」
「さすがトウヤ! そうこなくっちゃ!」
「仕方ない、三人でいくよ。各々警戒を怠らないように」
俺たちは学校を出て家の方向へと走り出した。
☆
「こっちだ!」
リョウが先陣を切って進んだ先の道では血生臭いが漂っていた。そして、昨日の二人が大量の血を流しながら地面に倒れ込んでいた。
どうやら俺の最悪の予想が的中したらしい。
「内貴くん! 後ろ!」
ルイが短く叫んだ。
後ろを振り返るとそこには、あの日のように口が耳まで裂け、目は黒一色の典子が立っていた。
《ヤア、トウヤ君》
ノイズがかかったようにガサガサな声が耳に響いた。
「なんだよ……お前……」
典子の姿をしたそいつは奇妙に笑っている。
まただ、動けない。
いや違う今回は、動きが封じられているんじゃない。体が震えて、怖くて、おろそしくて、動けない。
「内貴くん! 悪魔の言葉に耳をかしちゃダメだ!」
突如、典子の身なりの化け物は瞬間的に移動し、ルイの頭を鷲掴みにして地面へ強烈に叩きつけた。
「ルイ!」
そして、ルイの頭を掴み空へと掲げた。
そこには顔中から血を流し、鼻が変形し、気を失っているルイがいるだけだった。
《トウヤ君、君デ最後ダ。君デ、全テガ終ワル》
その悪魔はルイをドサっと地面に落とすと、俺を見てそう言った。
こいつ言ってんだ……俺で、最後?
突如、典子の腕が切断された。
「オマエ、だれだか知らないけど、いい加減にしろよ。ちょっとおいたが過ぎるぜ」
どうやらリョウが魔法で腕を切断したらしい。
《アナタ、今魔法ヲ? ……名乗ルノガマダデシタ。私ハ、ケイルシール》
ケイルシール!? こいつが……!
「はっ! オマエが本元か! いいぜ、かかってこいよ!」
リョウが挑発するようにケイルシールに言い放った。
《今日トウヤ君ヲ捕マエル予定デシタガ……アナタガイルトナルト少々厄介ダ。今日ハ、トウヤ君ヲ殺シテ撤退トシマス》
そう言うと、典子の姿をした悪魔は、俺の目の前に突然現れた。
「させるかよ!」
《遅イデスネ》
リョウが助けにくるよりも早く、そいつは動いた。
その悪魔が手刀で空気を横に撫でると、俺の首はまたたくまに吹き飛んだ。
その日、俺は人生二度目の首ちょんぱをくらった。
☆
「とうやー! 遅刻するわよー!」
七月一日、木曜日。
再びループが起こった。
……リョウは!
「あいつ、とんでもねぇな、話も通じないし、いきなりトウヤ殺すし、めっちゃ強ぇ」
慌ててリョウを探すと、俺のすぐ側であぐらをかいて不満を露わにしていた。
「なんでいるんだ?」
「ん? わかんね」
なにがなんだかわからない。リョウも俺のループについてきたのか?
殺された不快感はあるが、前回ほどは酷くはない。
というか、即死だからかほとんど痛みも感じない。
「そうだ! ルイとウォルフとアツオ。あいつらが生きてるか確認しないと」
そう言ってリョウは階段を降りていった。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
俺はお守りをポケットに入れて学校に向かった。




