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038 告白

 俺の首が大変なことになってる。抱えてるドリアーナさんが、はぁはぁと艶めかしい吐息で俺の首をペロペロと舐めてる。もうシャツまでベトベト。強制発情させられてるから仕方ないって顔で歩いてるけど、そろそろ新たな性癖に目覚めてしまいそうだ。


「オルトー!」


 ロイネとグレイシアがこっちに向かってくる。グレイシアが俺たちの到着を、その嗅覚で察知したのだろう。

 ロイネが元気そうだ。良かった。血の滲んだ白いワンピースが痛々しいが、もう打撲の痕はどこにもない。


「ただいま」

「おかえり……て、血だらけじゃない! 大丈夫?」

「あちこち切られたけど、もう血は止まってるし痛みもほとんどないよ」


 我ながら奇妙な体になってる。そのおかげでフォルトの攻撃に耐えられたのだから、癒やしの加護とこの体には感謝だ。


「さすがね。で……その人はなんでオルトを舐めてるのかな?」


 聞かれると思った。獣人美女がペロペロしてたら気になるよね。俺もずっと気になってるけど、頑張って放置してる。


「発情の毒だな」

「え、何それ、どういうこと?」


 ロイネは獣人の発情のことを知らないらしい。あ……グレイシアがそうなったことも、その後のことも知らないはずだ。これは……まずいかも。


「獣人狩りの連中がよく使う手口だ。戦闘能力の高い獣人の女は、強制的に発情させる毒でその戦闘能力を大きく低下させてから捕まえに来るんだ」

「そ、そんなこと、酷いね」


 確かに酷い話だ。きっとその強制発情の毒は捕まえるだけじゃなく、それ以外でも悪用されてるに違いない。獣人の普段の姿も美しいが、発情で脱毛した姿も本当に綺麗だからな。獣人女性を偏愛する変態野郎の気持ちは、正直言うと少し分かる。だけど、こういう犯罪的なのはダメだ。


「どうしたらいい?」


 毒で強制的に発情させられてるとは言っても、発情そのものは異常じゃないから、俺の癒やしの加護でも解消できない。それはグレイシアで経験済みだ。


「3日ほど耐えれば元に戻りますが」

「かなり苦しむことになります」

「ドリアーナさん、可哀想」

「興奮状態が続くのって、すっごく苦しいんです」


 移動中ずっと様子をみてたから分かる。はぁはぁと艶めかしいが、強い運動負荷がかかった後の呼吸にも見える。もしこれが、激しい運動の直後のような状態なら、疲労は相当なものになるだろうし、心配への負荷は最悪の場合、命に関わる可能性だってあるかもしれない。

 この世界に俺の医療知識がどれくらい当てはまるかは謎だけど、見た目で苦しそうなのは間違いない。


「じゃぁ俺が満足させてやろうか?」


 周囲の思い空気の中、スレイドがお気楽な声で提案する。その直後、グレイシア以外の全員が鋭い目をスレイドに向ける。


「何言ってるんですか!」

「ふざけないでください」


 そりゃ怒られるよな。スレイドが悪い。重い空気をなんとかしてくれようとしたのかも知れないけど、今の発言はただのエロ親父だ。


「その役目を頼むならオルトさんよ!」

「ドリアーナさんもオルトさんを求めてるわ!」

「へ?」

「オルトさん、強制発情の苦しみは交尾で満足させると落ち着きます。オルトさんが嫌じゃなかったら、ドリアーナさんを助けると思ってお願いできないでしょうか?」

「強制発情を消し去るくらいの、激しい交尾をお願いします!」

「満足できると楽になるんです。オルトさん、お願いします!」


 とんでもないお願いきたー! 獣人女性たちの期待の目が刺さる。冗談じゃない真剣な目だ。それで苦しさを楽にできることは、グレイシアとのことで知ってるけど、この皆に囲まれた状況でその選択を選ぶのは厳しいでしょ。恥ずかしすぎるしロイネの前だぞ?


「さ、さすがにそれは」

「なぜですか?」

「ドリアーナさんはオルトさんを求めます。強制発情であっても、誰にでもそんなふうに求愛するわけではありません。スレイドさんには見向きもしないでしょ? 体を張って守ってくれたオルトさんだからこそなんです」


 言わんとすることは分かる。分かるけど……。


「俺も頑張ったのに、残念!」


 スレイドがわざとらしくうなだれる。


 あんた、さっき幼馴染にとどめを刺したばっかりなのに面白いな!

 切り替え早すぎじゃね? そういうもんなの?

 助けを求めるようにロイネとグレイシアを見る。するとロイネはオロオロしてて、グレイシアがウンウンと頷いている。なんか嫌な予感がする!


「オルトなら、まちがいなく満足させてくれるだろう。私は満足させてもらえた。あれ良かった」


 ああ、やっぱり言われた。それは言わないでほしかった!


「え?」


 グレイシアが何かを思い出すように頷きを繰り返し、ロイネがピシッと固まった。

 なんて発言をしてくれるんですか!


「ロ、ロイネ……さん?」


 ああ、ロイネが動かなくなってしまった。目を真ん丸にして俺を見てる。

 自分が暴行を受けてる時に、俺とグレイシアがお楽しみだったとか知っちゃったら、そりゃそうなるよね。

 やばい、嫌われるかも。それは嫌だー。俺はロイネに恩があるし、ロイネが好きだ。感謝と恋慕の思いは本物なんだよ。これで嫌われたら辛い!


「オルト、その女は助けてやらないのか? オルトは誰にでも優しいのかと思ったが」


 グレイシアが不思議そうに見てるがそういう問題じゃない。性的モラルの問題なんだ。


「そ、それ以外の手段を考えてもらいたいなー」


 たぶん獣人と人間の性に対する価値観には大きなズレが有る。

 流されちゃダメだ。この場には、俺とロイネ以外獣人しか居ないからな。


「オルトがやりたくないならしかたがない。私がやろう」

「できるんですか?」


 獣人女性たちの目がグレイシアに向く。


「前に強制発情で苦しむ者を慰めたことがある」

「できるならお願いします!」

「お願いします!」


 お願いしてることは苦痛の緩和なのに、やることはエロいことだからなぁ。女同士でどうするのかは知らないけど、この状況では俺にできることはない。グレイシア、頑張ってくれ。


「オルトほどスッキリさせることはできないが、やれるだけのことはやろう」


 俺との比較はやめて。ロイネに聞かれたくない。


 グレイシアが俺の手からドリアーナさんを奪う。

 状況を理解しているのかドリアーナが素直にグレイシアに抱かれ、その首を舐め始める。スレイドは嫌がったのに、グレイシアはいいんだ。いや、女性同士なら子どもができる心配がないから安心なのかも。強制的に発情させられたからと言って、好まない人の子は欲しくないだろうしな。

 ん? そうなると、このドリアーナさんは俺の子なら産んでもいいって思った? 俺とスレイドで選択肢があるのに、俺に求めたってことは、もしかして俺って獣人にモテるタイプ?

 やめよう。この思考はよくない。俺の価値観がおかしくなる。


「熱いな。小川まで急ごう」


 グレイシアがそう言って歩き始める。


「俺も慰めるの手伝おうか?」


 スレイドが軽い調子でグレイシアを追いかける。


「グルルルッ!」


 あ、ドリアーナさんに威嚇された。


「うわー、まじで凹む。俺、結構いい男だと思うんだけどなー!」


 さっきより大きくうなだれた。

 スレイドって、どこまで本気なんだろ。


 グレイシアとドリアーナを囲んで、獣人女性たちと悲しげなスレイドが先に進み始める。


「オルト……」


 固まっていたロイネが、絞り出すように声を出す。


 気まずい。申し訳ない。そして恥ずかしい。でも誤解はされたくない。ちゃんと流れを説明しよう。グレイシアと2人で待ってる間にどこまで聞いてるかは分からないけど、この様子だとあの夜のことは説明してないんだろう。


「ロイネ……何と言ったらいいのか悩むんだけど、グレイシアがラウルの私兵に追いかけられてた時に」

「オルト、言わなくていいよ。びっくりしたけど、大変だったのは知ってる。さっきのは知らなかったけど、グレイシアから色々聞いてるよ。私のために凄く頑張ってたって」


 ロイネが立ち直った。怒ってる様子もない。


「でも、なんか……ごめん」

「謝らないで。悪いことなんて何もしてないじゃん。危険なのをわかってて助けにきてくれたじゃん。私、凄く嬉しかったよ。捕まってる間、ずっとオルトと会いたいと思ってた」

「俺も、すごく心配で、すごく会いたかった」


 ロイネと見つめ合う。ロイネが優しく微笑みながら俺の顔をじっと見てる。これは信頼と好意の目だ。グレイシアとのことを聞いても、前と変わりない優しい目だ。


「ありがとう」


 色々言い訳みたいなことを言うのはやめよう。無駄だ。

 そう思ったら感謝の気持ちが声に出た。


「ありがとうは私のセリフよ。オルトと出会えてから毎日が本当に楽しいし、強くもなれた。オルトが身体能力を高めてくれたおかげで、ラウルの木剣が平気だったの。もしオルトに出会う前の私だったら死んでたかも。ありがと。オルト」


 感謝しながら恐ろしいこと言ってるぞ。死んでたかもしれないような殴られ方をしてたってことだからな。なんかラウムに腹が立ってきた! 先にそれを聞いてたら、ラウルを怒りに任せて殺してたかも。


「じゃぁ、とりあえずは、お互い無事に再会できて良かったってことにしてくれる?」

「当たり前じゃん。それ以外になにがあるの?」

「んー……何も無いかも」

「ふふ、オルトって素直ね。色々悩んでるのが顔にでてるよ」

「そ、そう?」


 出てるのか! 感情コントロールは得意なつもりだったけど、まぁこの世界に転移してきて、ロイネと一緒に過ごし始めてからは、ずっと素で過ごしてた気もする。


「もし、グレイシアのことで、私に申し訳ないなって思ってるなら……」


 ロイネが急にモジモジしながら上目遣いになる。


「なら?」

「私に告白してくれてもいいよ?」

「え?」

「あ、えっと、ごめん。そういう気持ちがなかったらいいんだ。私の勘違いだったら恥ずかしいな……。うーん、やっぱりこういうの苦手」


 なるほど、ロイネは恋愛経験がないんだ。どう恋愛を始めたらいいのかわからないんだ。俺もそれが得意だとは言えないけど、人の感情を読み取る訓練はしてきたつもりだ。そういう職業だったからな。

 今ロイネは頑張って気持ちを伝えようとしてくれてる。

 俺にはそれに応える準備がある。

 ならば前に進もう。

 上手に言えなくてもいい、気持ちをハッキリ伝えることが重要だ。


「ロイネ、勘違いじゃないよ。俺はロイネが好きだ。最初は感謝と恩が強かったけど、一緒にいるうちに好きになった。ロイネが囚われたと聞いた時、胸が引き裂かれる思いだった。ロイネ……好きだ。上手に言えないけど、本気で好きだ。だから、もし良ければ、俺と男と女として付き合ってほしい」

「……オルト」


 ロイネが目をウルウルさせる。


「私でいいの?」

「ロイネがいいんだ」

「嬉しい」


 ロイネがそう言って俺に抱きついてきた。ワンピース一枚のロイネから、その暖かさや柔らかさが伝わってくる。


「グレイシアはどうするの?」

「それ今聞くの?」


 この流れで2番目にするとは言えない。どうしたものか。


「ふふ、だって先をこされちゃったんだもん。意地悪くらい言いたくなるよ」

「ごめん。考えてなかった」

「私を1番にしてほしいな。先に出会ったの私だし」


 腰に回された腕に力を込められた。


「え、2番目ありなの?」


 思わず聞き返してしまった。


「グレイシアも私を命がけで助けてくれた恩人よ。その恩人をオルトから無理やり遠ざけたりはできないわ。グレイシアの方が強いし」

「そっか」


 価値基準がわからない。これがこの世界における男女関係の標準的な思考なのか、それともイレギュラーなものなのか、俺の知識じゃ判断できない。グレイシアの方が強いから遠ざけられないって強さ基準もピンとこない。しかし、俺にとって嬉しすぎる状況なのは分かる。だからといって鼻の下を伸ばしていい状況でもない。


「ありがとう」


 色々言う必要はない。今は器の大きいロイネに感謝だ。ロイネが大切だけど、もうグレイシアも大切な仲間だ。好意もある。それにグレイシアが居なかったら、山越えできずに死んでたはずだからな。命の恩人でもある。

 きっと俺たち3人は、もうそれぞれに恩があって、切っても切れない関係になったんだ。少々俺の価値観やモラルとはズレてくるけど、ここは日本じゃない。この状況に適応して3人で上手くやっていこう。


「ねぇ、抱っこして」


 抱きついていたロイネが上目遣いで言う。


「え、急にどうした?」

「うらやましかった」


 ドリアーナを見て羨ましく思ったのか。可愛いな。


「ちょっと待って」


 俺はドリアーナに舐められすぎて、ベトベトになったシャツを脱ぎ、乾いている部分で首や顔を拭いてからロイネを抱き上げた。するとロイネが満足そうな顔を見せる。


「オルトのそういう気遣いができるとこも好きよ」


 ロイネがそう言って、俺の首筋をペロンと舐めた。


「へへ、私もマーキングしちゃった」


 恥ずかしそうに笑うロイネの顔は、過去一可愛かった。



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