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039 エルガルド

 俺とロイネとグレイシア。そしてスレイドと助け出した獣人女性たちは、秘密の抜け道を使って、サリウスからエルガルドへ向かった。

 ドリアーナの発情を慰めるためにグレイシアがかなりの時間を費やしたため、出発が遅れ、空はすでに夕日に染まっていた。

 だがエルガルドのロック砦まではあと少しだ。


 サリウス王国とエルガルド帝国の関係は、亜人種差別の問題で微妙らしいけど、交易はそれなりにあって、商人の馬車と何度もすれ違った。


「あんたら、その子たちを助けてきたのか。良かったなぁ。エルガルドで幸せになれよ」


 と声をかけてくれる人。


「苦労したんだろ。これを食いな」


 食べ物を分けてくれる人。


「こんなことしかできないが、何かに使ってくれ」


 小銭をくれる人。何人もが優しい関わりをもってくれた。


「エルガルドって凄いな」

「話には聞いてたけど、優しい人ばっかりでびっくりするね


 グレイシアが獣人女性たちの会話を聞きながら、難しい顔で黙っている。


「グレイシア?」

「この様子を村の仲間が知ったらどう思うかと考えてた。村を捨てエルガルドに移住する選択も悪くないが、白狼族、特に白狼族の男は自分たちの縄張りに対する固執が強い。縄張りの多くを人に奪われても、残された縄張りから離れようとしない。きっと、この様子を伝えても移住しようとは思わないだろうな」

「そっか……」


 どんな不遇な状況になっても、縄張りにこだわる習性のようなものがあるんだろう。サリウスに残ってる亜人種のほとんどが獣人なのも、亜人種の中でそういう習性があるか無いかの差なのかも。


「まぁ今後はサリウスも少しは良くなると思うぞ」


 スレイドがいつもの軽い調子で言う。


「今回のことが良い方向へ影響するってことですか?」

「ああ、今回のことは停滞していた問題を大きく進めることになる。なんたって、古い価値観を維持する貴族の中でも、特に強烈だった家が、2つも取り潰しになるんだからな」

「取り潰しにまでなるんだ!」


 ロイネが驚く。貴族の家が取り潰しになるのは驚くべきことなんだろう。


「取り潰しまで行かなくても、権威は地に落ちる。サリウス王家は亜人種差別を禁止しているからな。これまでは王家派とクソ貴族の力関係が拮抗していたが、名の通った家が2つも傾いたら、そのバランスが王家に大きく傾く。そして、今回のことが知れ渡れば、裏でアストレア家と同じようなことをやってた貴族が危機感をもつことになる。一人でアストレア家に乗り込んで大暴れした謎の男が我が家にもくるかも……ってな」


 スレイドが俺を見てニヤッと笑う。


「はは、俺が脅しのネタに使われるんですね」


 乾いた笑いが漏れた。そんなつもりではない、と言うとは後の祭りだ。


「使うだろうな。サリウスが綺麗になるチャンスだからな。使えるものは何でも使う。きっとオルトにスカウトも来るだろう」

「えっ、また貴族の家に突撃しろとか頼まれるんですか?」


 それはしたくないぞ。ロイネは助けるのが当たり前で、ドリアーナさんたちのことも助けられて良かったと思ってるけど、国家の方針に従って人の家に突撃したいとは思わない。


「それも良い手だが、そこまでしなくても、オルトが表に出て、その化け物っぷりを何かで見せつけるだけで、王家に敵対する貴族が手のひらを返すことになる」

「そんな目立ちまくることは絶対にしたくないですね」


 そんな恐怖の対象にはなりたくない。そんなことになったら、普通の生活ができなくなる気がする。俺はそんな立場にはなりたくない。普通が一番だ。


「じゃぁ断ればいい。それはオルトの自由だ」

「スレイドさんは、俺にそういうのを望まないんですか?」


 スレイドさんはいつも軽い調子だけど、差別で苦しむ人を助けたいという思いは、もう軽い仮面では隠せてない。俺をとことん利用して、改善を目指しても不思議じゃない立場でもある。だけど、そんな感じにならないのが気になる。


「望まない。お前ら漂流者はそういうのを嫌うからな」

「そうなんだ……え?」


 俺、自分が漂流者だとかスレイドさんに話したっけ? いや話した覚えがない。


「当たりみたいだな。エルガルドじゃ漂流者を恐れることはあっても、差別なんてないから心配しなくていいぞ」

「えーっと……」


 まさかここでそれを言い当てられるとは思わなかった。気まずい。転移トラップで記憶障害になった男って設定が崩れた。


「オルトって漂流者だったの? でも納得かも。いろいろと普通じゃないもんね!」


 ロイネが嬉しそうに話に入ってきた。


「なんというか……ごめん。嘘ついてた」


 ロイネに手を合わせる。


「異世界から来たとか言ったら、どんな扱いになるか怖くて黙ってた」


 正直に言おう。 


「しかたないよ。サリウスはあんな国だからね。まぁ漂流者差別なんて聞いたことないけど、それを黙ってたのは正解よ。何もわからないうちにそれが広まったら、きっとヤバい奴らに捕まって利用されてたと思うわ。実際私がオルトの力を利用しちゃってるしね」


 ヤバい奴に利用されるのは嫌だな。まぁそういうのが怖くて黙ってた。でもロイネに利用されるのは歓迎だ。むしろ、またロイネが酷い目に遭わないように、何にでも対抗できる身体能力に鍛え上げておきたいくらいだ。


「その通りだ。過去には悪事に加担していた漂流者もいたからな。そうならなくて良かった」

「そっかー、オルトが漂流者かー……私、人を見る目があるね。最初に出会った時、なんとなくだけど特別な感じがしたんだよねー。だから私が面倒見ようって思ったの!」

「ロイネに助けてもらえて本当に良かったよ」

「どういたしまして」


 本当に良かったと思ってる。ロイネで良かったと。


「で、今後はどうするんだ?」


 スレイドが聞いてくる。


「エルガルドで冒険者ですね。ロイネとグレイシアが良ければ」

「良いに決まってるじゃん。私、冒険者しかできないし」

「オルトに任せる」 


 2人とも賛成らしい。


「そか、それがいいかもな。でも、エルガルドについたらエレナ将軍の所には一緒に来てもらうぞ。心配して待ってるはずだからな」

「わかりました」





 エルガルドに到着した俺たちは、そのまま砦に入り、エレナ将軍の部屋へと向かった。獣人女性たちは休める場所へと連れていかれた。


「おかえりなさい。無事で良かった。さぁ座って」


 前回来たときと同じように紅茶が出され、エレナもソファーに座る。


「スレイド、まずは報告を。みなさんは遠慮なく飲んでて」


 スレイドがこのロック砦を出発してからのことを報告する。いつもの軽い調子で、経緯と俺の戦闘シーンは特に面白おかしく語っている。見てないフォルトとの戦闘まで見たかのような臨場感で語ってるのが凄い。

 最後に俺が漂流者であることも報告した。しかし、エレナ将軍はそれを聞いてもさほど驚かなかった。2人で山越えしてきた時点で普通ではないと見ていたらしい。


「色々大変だったみたいね。でも本当に無事で良かったわ。オルトさん、お疲れ様でした。ロイネさんとグレイシアさんもお疲れ様でした。つらい思いをしましたね。私からできることは僅かですが、この町に滞在する間は、宿と食事を提供しますので、しっかり体を休めてください」


 あの高級宿にまた泊まらせてもらえるのか。ありがたいな。


「そして、オルトさん」

「はい」

「今後はどうする予定ですか?」


 また聞かれた。まぁ分かる。俺みたいなイレギュラーな存在の動向は、気になるのが当然だ。過去に悪事に加担していた漂流差もいたって言ってたもんな。見張られても不思議じゃない立場だ。


「スレイドさんにも話しましたが、エルガルドで冒険者を続けようと思ってます」


 もう冒険者登録も終わってるしね。あとはロイネが登録すれば準備完了だ。


「私が推薦すれば、王国軍に英雄待遇で迎え入れてもらうこともできますよ?」

「それって、どんな待遇なんですか?」

「それなりな規模の軍団を任され、爵位と領土が与えてもらえると思います」

「すみません。そういうのは求めてないんで遠慮します」


 立場なんて必要ない。自由が一番だ。


「そう言うと思いました。やはり漂流者は地位や名誉じゃコントロールできませんね」

「エレナ将軍は、漂流者と付き合いがあるんですか?」

「私は皆さんより長生きしてますからね。いろいろありますよ」


 さすがエルフ。その時間的余裕が羨ましい。


「俺、会ってみたいんです」


 冒険者として旅をしながら、漂流者に会いに行きたい。


「でしたら、私が連絡を取りましょうか? 彼らは突然の訪問を好みませんので事前に連絡をとっておいたようが良いでしょう」

「いいんですか?」

「はい。オルトさんも漂流者なら、問題なく受け入れてくれると思いますよ」

「じゃぁお願いします」

「お任せください。先方からお返事が来るまでは、この町で冒険者として暮らし、エルガルドでの生活に慣れるとよいでしょう」

「そうします」


 次の目標ができた。


「あ、ロイネとグレイシアは何かしたいこととかある?」


 勝手に目標を決めようとしてた。パーティーなんだから2人の希望も聞かなきゃ。


「私はある程度稼げたらなんでもいいよ。オルトにまかせる」

「オルトと一緒なら、どこへでも行こう」

「ありがとう」


 こうして、俺たち、というか俺の予定が決まった。

 漂流者たちからの返事が来るまで、このあたりで活動しエルガルドでの生活に慣れ、返事がきたら旅に出よう。

 この1週間くらいで色々ありすぎて大変だったけど、これでやっと普通の冒険者生活に戻れそうだ。

 そうだ。待ってる間にロイネとグレイシアの身体能力を鍛えよう。2人が添い寝してもいいって言ってくれたら、訓練して寝てのハイサイクルで、身体能力を加速度的に鍛えることができるはずだからな。

 無知すぎる俺には2人を守るのに不安がある。ならば、2人を守る必要が無いくらい強くしちゃえばいい。


「オルト、なんか楽しそうね」


 これからのことを考えてたら、ニヤニヤしていたらしい。いや、2人と添い寝することを考えてニヤニヤしていたのかも。


「色々あったけど、普通の冒険者生活に戻れるのが嬉しくてね」

「私もよ」

「私もだ」

「じゃぁ、あらためて、今後ともよろしくね」

「うん」

「ああ」

「ふふ、いいパーティーね」


 俺たちの様子にエレナ将軍とスレイドが包み込むような笑顔を向けてくれた。



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