037 悪党の最後
この世界に来てから、癒しの加護のせいで夜中に目が覚めるようになり、もう一度寝るためにトレーニングで体を疲れさせるのが習慣になった。そんな二度寝のための訓練で最も本気で取り組んだのがメイスの素振りだ。
走ってもスクワットしても腕立てしても疲れるのに時間がかかりすぎたが、メイスの素振りは本気でやれば短時間で疲れることができた。そして、その素振りはちゃんと俺の力になり、山越えで出会ったどんな魔物にも通用した。どんな速い魔物にもだ。
「素人にしてはいい構えだ。まだやる気みてぇだな」
フォルトがニヤけた目を鋭くする。
「だが素人のメイスが俺に当たるかなー?」
そう言って鋭い踏み込みからの突きが来た。鋭い。だけど見える。合わせられる。このタイミングで振り下ろせばいける!
ブン、ドーン!
メイスが地面を叩き、砂塵巻き上げた。短剣を折った手応えはない。
「これを狙ってたんだろうが、見過ぎなんだよ。しかもこの状況で武器狙いか。お前、人と戦うのを避けてきた口だな。その様子だと、人が殺せねぇんだろ!」
この少ないやり取りでそこまでわかるのか。
「こりゃいい。馬鹿みたいな身体能力だが、それだけなら俺の敵じゃねぇ!」
フォルトが俺の周囲を回るように走り出した。そして低い姿勢からの攻撃が飛んでくる。俺はそれにメイスを振り下ろすが、掠りもしない。
俺が狙うとフォルトが手を引き、もう一つ短剣で斬られる。
ギン!
なんとか反応してメイスで受けるが、全ては受けられない。
ザシュ!
グサッ!
当たらない。動きは見えてる。でも当てることができない。これが技術と経験の差か!
苦し紛れに、メイスを大きく振り、フォルトを遠ざける。
「いやー、硬いねー。こんな人間初めて見たよ」
フォルトが、2本の短剣をぶらぶらさせながら楽しそうに笑う。
「だが、この手応えは新鮮でいい。俺は女を抱くのと同じくらい人を斬るのが好きでね。お前は過去一斬りがいがあるよ!」
フォルトが俺を翻弄する動きで攻めてくる。このままじゃダメだ。何かこいつの動きを止める方法を!
ドカン!
振り下ろしたメイスがまた地面を叩き、砂塵を撒き散らして空振りに終わる。
そして、左の肩に痛みが走る。また斬られた。普通の体だったら、何度殺されたか分からないくらい斬られた。
結構血が流れてる。体も少しダルい。失血からの疲労?
これ、ダメな気がする。このままじゃやられる。
砂塵が風に流され、その向こうからニヤニヤしたフォルトが現れる。
「お前なぁ、早く死ねよ。さすがに飽きたぞ。硬過ぎて人間と戦ってる気がしねぇし」
肩が上下してる。あっちもそれなりに疲労してる? そういえば、俺が地面を叩いて視界が悪くなる度に休憩してるようにみえる。
いや、視界が悪くなった状態で戦うことを避けてる? 避け損なって俺のメイスに当たるミスを避けるため?
「仕方ねぇ。これを使うか」
フォルトがポーチから小瓶を取り出し、短剣の刃に塗りつける。
「これは牛や馬を痺れさせる薬でね、人間にはよく効くんだ。お前にはどうかな?」
痺れ薬。そんなものがあるのか。
「お、顔が引き攣ったな。毒耐性はないのか。助かったぜ。もう疲れたからな。痺れさせた後で、目から短剣を突き入れて、脳を貫いてやろう」
毒耐性はある。キマイラの尻尾の蛇に噛みつかれても痛いだけだった。でも、全ての毒に耐性があるかは分からない。もしあの毒を受けて痺れたら終わる。殺される。
向かってきたフォルトにメイスを振り下ろす。早すぎるタイミングであえて地面に振り下ろす。
ドーン!
砂塵が巻き上がり、フォルトがそれを避けるように遠ざかった。
もしかしたらと思ったけど間違いない。フォルトは視界が悪い中での戦闘を避けてる。
間違っても俺のメイスが当たらない立ち回りをしてるんだ。
だったら、もっと視界を悪くしてやれば……そうだ、あれなら!
誰かに連れて行かれたゴルフ場で、地面を叩きまくったことを思い出す。
俺は下手くそすぎてゴルフボールより芝と土を飛ばしてた。
今の身体能力であれをやれば、フォルトの視界を奪うことができるかも。近づけさせないことができるかも!
俺は、フォルトに向かってゴルフの構えをとった。長さ的にも、今日はこれだけを使えと言われて待たされた7番アイアンと似た長さだ。
「なんだそれ。何がしてぇんだ?」
俺の構えを見て警戒したのか、それとも奇妙に思ったのか、フォルトが動きを止める。
そのまま動くな!
「ふぅー」
しっかり吸った息をゆっくり吐きながらメイスをテイクバックする。そして、息を少し吐き、そこで止めて思いっきり振り下ろした。
ドバーン!
砂塵を飛ばす目的だった俺のスイングは、地面を大きく抉り、土も砂も石も巻き込んで前方広範囲に弾き飛ばした。
「ぐぁ!」
それに巻き込まれたフォルトが、砂塵向こうで転がっていくのが見える。
なんだこれ。
足元の地面が大きく抉れている。
今の身体能力で地面を叩くこうなるのか。この威力ならロングールでもワンオンが狙え……馬鹿か俺は。
今は記憶に振り回されてる場合じゃないだろ!
この手は使える。これだけ広範囲なら、このフォルトでも避けようがない!
「ぶわっは、なんなんだよその攻撃は!」
フォルトが立ち上がり俺を睨む。その顔にはさっきまでの余裕がない。そしてその手から短剣の一本が失われている。
俺はフォルトに駆け寄り、またゴルフの構えをとった。
「下手なゴルフだよ!」
ドバーン!
さっきよりも強く地面を叩き、振り抜く。弾き飛ばされた砂礫がフォルトのあちこちに命中する。
「んがぁー!」
砂礫に撃たれたフォルトが転がっていく。滅茶苦茶な攻撃だけど、やっと効果的な攻撃ができた。あ、メイスがちょっと曲がった。これ以上の力でやるのはまずいかも。
「うっ……くっ……」
フォルトが小さく呻きながら立ち上がる。俺はそれに駆け寄った。
この攻撃を繰り返していれば、距離をとりながらダメージを与えて動けなくできるかも。
と、思ったら、フォルトが地面に膝をついた。
「くそ、こんな化け物とは……」
よく見るとフォルトはボロボロだった。身体中が傷だらけになり、目からも血を流している。
「だ、大丈夫ですか?」
思わずそんな言葉を口走る。自分でやった事なのに。
「おま……何言ってんだ?」
「いや……痛そうだなっ……って」
「痛ぇよ! 目も潰れた。クソ、あいつの匂いがした時点で逃げりゃよかった」
「あいつ?」
フォルトが何かを諦めたようにその場に座り込む。俺のせいで痛い思いをさせてると思うと申し訳ない気持ちになるが、こいつは悪党だ。油断するな。もう武器は見当たらないけど、何をしてくるかわからない。
「……スレイド……来たか……」
そう言いながらフォルトが後をゆっくりと振り返る。その様子にはもう戦う意志がないように見える。
「あぁーあ、つまんねぇ終わり方になっちまったなぁ」
その先から人影が向かってきている。スレイドだ。
明るくなり始めた空、冷たい空気、こんな状況なのに爽やかに感じる草の匂い。そして目の前の血まみれの男。不思議な光景だ。さっきまでの戦闘が嘘みたいに静かだ。
その静かな草原を貫くようにスレイドが走ってきた。
「よう、久しぶりだな!」
フォルトが、久しぶりに会った友人のように声をかける。
「フォルトー!」
スレイドがこれまで見せたことのない怒気のこもった叫び声を上げ、フォルトの横を駆け抜けた。
ズバッ!
薄明かりの空に、赤黒い血の噴水が現れ、フォルトの頭が地面に転がった。そしてその体も少し遅れて倒れた。
「うわぁ」
俺は情けない声をあげて後ずさった。だけど、前みたいに死を見て吐き気が込み上げてくるようなことはなかった。
恐ろしい光景に驚きはしたけど、悪党の最期を俺にしては落ち着いて見ることができた。
そして、助かった、終わった……と安堵した。
「すまない。こいつがオルトたちを追いかけていったことに気づくのが遅れた」
スレイドが怒りと悲しみが混じった声で謝る。俺は何も返事ができなかった。するとスレイドが一人で語り始めた。
「こいつは幼馴染でな。こんなクズになっちまったが、昔は俺の仲間だった。獣人の境遇を良くするために、俺と二人で耳と尻尾を切り落とし、人間の振りして冒険者になった……。活躍して、誰からも認められる存在になった時に、獣人であることを公開して……獣人のことを人間社会に認めさせようと……頑張ってたんだ」
フォルトと仲間だった? 耳と尻尾を切り落とした? スレイドさん、獣人だったのか! だから動きがグレイシアに似てたのか。
スレイドが地面に伏したフォルトの死体を見ながら泣きそうな声で続ける。
「だがこいつは腐った。実力をつけ認められるようになったら、獣人のためじゃなく自分のために行動するようになって、最終的には獣人を苦しめる権力者と組んだ。だから……いつか俺が殺そうと思ってた。でもこいつは強くてね。何度か戦ったが、いつも逃げられてた。オルト、ありがとな。やっと殺せた」
俺は返事ができなかった。なんと応えたらいいのかわからない。殺すことに協力してくれてありがとうと言われて、それに返す言葉を俺は持ってない。
「王国騎士団の皆さんは……」
何を言っていいか分からず、話をそらすようなことを言ってしまった。でも、気になる。
「あっちは問題ない。魔物の襲撃だと大騒ぎした後、全員で砦から脱出したはずだ」
「え、戦わずに?」
「ああ、ホールドマンは好戦的だが馬鹿じゃない。優れた指揮官だ。あの戦力差で無謀な戦いを挑むなんて選択はしない。すでに中央に応援も要請してるらしいから、それが来たらあらためて、砦の管理者であるルーファー・クライルを捕らえに行くだろう」
俺が心配する必要なんてなにもないな。それよりも。
「じゃぁ俺達は?」
「帰るぞ。エルガルドに」
「スレイドさんは、後処理とかないんですか?」
「そんな面倒なことは、全てラムセットにまかせればいい。俺はそういうのが苦手でね」
スレイドが元の調子に戻ってる。眼の前にフォルトの死体があるのに、もうそれを見てもいない。うーんドライだ。切り替えが早い。さっきは泣きそうな声だったのに。
「行こう。グレイシアたちと合流して、一休みだ」
「はい」
獣人女性たちと一緒に、ロイネとグレイシアが待つ場所を目指す。
「しかしオルト、お前、よく見たら血だらけだな」
「ですね。あちこち切られました」
「にしては平気そうだな」
「いや、痛いです。これくらいなら耐えられます」
出血も治まってきてる。やっぱり俺は寝なくても回復が早いらしい。
「まったく、お前は凄いよ。フォルトは最低な奴だが、サリウス王国では指折りの実力者だ。俺はお前らが皆殺しになってるんじゃないかって焦って追いかけてきたんだが、まさかフォルトが返り討ちにされてるとはな」
「普通に戦ってた間は、ほとんど何もできませんでした。俺の攻撃はまったく当たりませんでした」
身体能力だけじゃどうにもならない、圧倒的な技術と経験の差があった。
「どうやって倒したんだ?」
「これで地面を叩いて、砂礫を飛ばしました。それでなんとか」
少し曲がったメイスを見せる。
「そんな手で……そうか、オルトの身体能力ならそんな手が使えるのか」
「思いつかなかったら、切り刻まれて失血死してたかも」
「そうかもな。なんにしても無事で良かったよ」
「無事じゃないですけどね」
「どうせ、寝たら治るんだろ?」
「はは、それはそうですね」
スレイドの軽い調子に乗せられてるけど、頭のなかでは、頭部を切り落とされた首から血が噴き出す様子が繰り返されてる。
どうにもならない悪党はその場で殺す。それが当然の世界だ。それはもう分かってる。でも、それを眼の前で見せつけられたのは初めてだ。
フォルトは間違いなく「どうにもならない悪党」だった。だからスレイドさんに殺されたんだ。でも、そのどうでにもならない悪党になった経緯を聞くと、何とも言えない気持ちになる。
この国の亜人種差別がなかったら……と。
きっとスレイドさんもそういう思いがあったから、泣きそうな声になってたんだろう。
さっきからスレイドさんが軽口を連発しているが、それがとても悲しげに見える。
俺はフォルトの最後の姿を、きっと一生忘れないだろう。




