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036 追跡者

 ゴゴーン!


 スレッジハンマーが砦の壁を砕く。しかし、その奥にも大きな石があり通路には届かない。でもこの手応えならいける!


 ゴガーン! ドゴーン!


 3撃目で内部に繋がる穴が空いた。大人がギリギリ通れるくらいの穴だ。そしてその先に、こっちを見て顔を引き攣らせる兵士が見えた。見つかった。見つかるのは想定内だけどこう目が合うと驚く。お互いに。


「に、人間だと?」


 次の瞬間、スレイドとラムセットが曲芸のような動きで穴から中へと飛び込み、兵士を一瞬で殴り倒した。


「当たり前だが、まだいるぞ」

「制圧する。オルトは穴を広げて、牢を開放だ」

「はい!」


 ドゴーン!


 次の一撃で、苦労せず通り抜けられる穴になった。俺もすぐに中へと入る。


 ドカン! ガキン! キーン!


「何があった!」

「さっきの音は何なんだ!」

「だ、誰だ!」

「ま、魔物じゃないのか!」

「ぎゃっ!」


 通路の先で混乱した兵士の声と、戦闘の音が聞こえてくる。

 この通路の左右が牢か。急ごう。

 俺は先に進み、左右にあった鉄の扉をこじ開けた。合計8室。そのうちの5室に獣人の女性が居た。


「壁に穴を開けました。ここから出て、南東へ逃げてください!」


 獣人女性たちはすぐに状況を理解し、牢から出て外へと走った。獣人だけにその動きはかなり素早い。でも1人だけ部屋から出られない人がいた。あの夜のグレイシアと同じように、体毛が抜け落ちて、はぁはぁと艶めかしい息をしている。そしてその体には無数の痣がある。

 これはアレだ。強制的に発情する毒を使われた時の症状だ。強制的に発情させられた上で暴行を受けたんだろう。


「すみません、痛いかも知れませんが抱えて逃げます」


 スレッジハンマーを置き、わずかに頷いた獣人女性を抱きかかえて牢から出る。


「全員解放しました!」


 通路の奥に向かって叫ぶ。戦闘の音は聞こえるが返事がない。声が届かないほど奥で戦ってるんだろう。


「先に行きます!」


 もう一度叫んで砦から出る。スレイドさんとラムセットさんは、時間を稼いでから脱出するはず。俺は少しでも遠くへ。


「待ちな!」


 走り始めてすぐに背後から知らない声に呼び止められた。走りながら振り返ると、両手に短剣を持った男が、ニヤニヤと笑いながら追いかけてくる。

 人を抱きかかえて逃げる俺を見て、余裕で追いつけると言いたげな顔だ。でも、追いつかれるつもりはない。


「痛かったらごめん」


 抱きかかえた女性に謝ってから本気で走った。獣人たちを逃した南東ではなく真東に走った。


「なにぃ!」


 背後から男の声が小さく聞こえたが、すぐに置き去りにして姿が見えなくなった。そのまましばらく東に走り、その後南東へと走った。

 これで国境方向に逃げたと勘違いしてくれるはずだ。

 そしてしばらく走り、逃げる獣人女性たちを見つけた。彼女たちの走りは素早く、低い姿勢で目立たなかった。グレイシアの走りを知らなかったら見つけることができなかったかもしれない。


 俺に気づいた獣人女性たちが集まってくる。


「ドリアーナ!」

「ドリアーナさん!」


 俺が抱きかかえている獣人女性はドリアーナというらしい。そのドリアーナがゆっくりと目を開く。


「はぁはぁ……ここは、どこ?」

「今、皆で逃げてます。この人が助けてくれたんです」

「王国騎士団と一緒に助けに来ました。皆さんをエルガルドまで連れて行きます」

「あ……あいつは? フォルトは?」


 ドリアーナが周囲を気にしている。


「わかりません。逃げる時は姿を見ませんでした」

「もうかなりの距離を逃げてます。追いつかれることはないでしょう」

「ダメ……よ。油断しないで。あいつ……獣人よ」

「え?」

「あいつが?」

「だとしたらまずい。追いつかれる」


 獣人女性の一人がそう言った瞬間、背筋に悪寒が走る。


「その人の特徴は? 武器は短剣?」

「そう、短剣の双剣でニヤケ面の男よ」

「獣人なのに獣人を凌辱するクソ野郎よ」

「獣人?」


 獣のような耳も尻尾も無かったような……。


「あいつは耳と尻尾と獣人の誇りを切り捨て、私たちを弄ぶ人間と組んだ最低最悪の男よ」


 たぶんさき置き去りにしたあいつだ。そして、あいつが獣人だとしたら、逃げる方向を誤魔化した程度じゃ逃げきれない。風向きも悪い。匂いを辿って追いつかれる。

 その考えに辿り着いた時だった。


「お前、人間のくせに速いな。やっと追いついたぜ」


 その声に振り返ると、砦で見たニヤニヤした男だった。


「フォルト!」

「最悪な奴に追いつかれた」

「せっかく逃げられたと思ったのに」


 獣人女性たちが表情を曇らせる。それはもう全てを諦めたような顔に見えた。それほどまでに、このフォルトという男が恐ろしいのだろう。


「誰か、この人を」


 ドリアーナを他の獣人女性に預けメイスを手に取る。そして俺は、彼女たちを守るためにフォルトの前に立ちふさがった。


「ほほう、俺とやるってのかい? あんたの身体能力が高いのは分かる。だが、あんたからは戦いの匂いがしないんだよなぁ。血や死の匂いがしないんだよ」


 フォルトが、両手に握った短剣をブラブラとさせながら俺を値踏みする。そして言い当ててる。俺は戦闘経験が少ない。身体能力の高さでなんとかやってきてるが、戦闘技術は素人に近い。こいつの言う通りだ。


「あんた、無理せず逃げてもいいんだよ。そいつは強い。最悪な奴だけど元Sランクの冒険者だ。追いつかれちまった以上、私たちはもうおしまいだ。逃げられるなら逃げな!」


 獣人女性の一人が叫ぶように言う。自分たちはもう助からないと諦めたような言い方だ。きっとこいつがスレイドさんの言ってたSランクの護衛だ。そんな奴に追いかけられるとは運が悪い。


「大丈夫です。俺が守ります。離れていてください!」


 でも、運が悪かろうと、俺は助けに来たんだ。俺だけ逃げるなんてことはできない。せっかく助けた人たちを、また地獄に送り返すようなまねはできない!

 この人がどれだけ強いのか知らないけど、俺はSランクでも苦労するような魔物を倒してる。きっとなんとかなる。勝つ必要はない。時間を稼げばスレイドさんが来る。それまで頑張れば……。


「そうかいそうかい。おまえの足で逃げれば助かるのに、この女どもを守るために俺とやるのかい。人間にしとくのは惜しい男だ。だが……生かしておくのが嫌になる野郎だ!」


 フォルトが姿勢を低くして短剣を構える。獣人女性が俺の後方に距離を取る。


「おまえらー、逃げたら殺すからなー。お前らは大切な宝物なんだから、大人しくしていてくれさえすれば、痛い思いはさせねぇ。っていうか、お前らを傷つけたらルーファーに怒られるんだよ。だから、逃げるなー。俺がこいつを切り刻むのをそこで見てろ」


 ふざけているようで冷酷な声だ。獣人女性たちが逃げ出さないのは、それが口だけじゃなく、逃げたら本当に殺されることを知ってるからだろう。


「じゃぁ、英雄気取り。戦いを楽しもうぜ!」


 そう言い放った次の瞬間、フォルトが距離を詰めてきた。そして短剣を俺の首元に突き出す。それをなんとか回避し、足にメイスを振り下ろす。

 しかし、フォルトはそれを難なく躱し、俺の首を狙って短剣を横に薙ぐ。それをのけぞって避けながら、メイスを下から上に振り上げる。フォルトがバックステップで距離をとり、俺のメイスが空振りとなる。


「すげぇな。素人の動きで反応が達人級か。どういう鍛え方をしたらそうなるんだ?」


 と言いながら、また距離を詰めてきた。そして、また首に短剣を突き出した、と思ったら、もう一つの短剣で腹を斬られた。


 シュパッ!


 振り抜いた短剣、それを持つ腕にメイスを振り下ろす。しかしそれも躱される。

 腹を横一文字に斬られた。痛い。シャツに血が滲んできた。これは結構深いかも。


「この程度のフェイントも対応できないのか」


 対応できない。同じようなフェイントならロイネに何度もやられた。だけど、そのスピードがまるで違う。というか、両手剣ってのがやりにくい。ほぼ同時に2つの攻撃がくるから、どう対応したらいいのかさっぱりわからない。


「しかし、今のでその程度の傷とは、丈夫すぎないか?」


 フォルトが首をかしげる。


「もういい、逃げてくれ!」


 獣人女性の一人が叫ぶ。でもそれはできない。それは許せない。


 俺は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。


 落ち着け。焦るな。斬られたところが痛いが、動きに支障はない。大丈夫だ。俺はこのフォルトに斬られても、すぐには死なない。

 ならば、防御を捨てよう。防御を捨てて、あの厄介な双剣をなんとかしよう。あのどちらか一本を叩き折って、状況を打開しよう。


 メイスを両手で握り、上段に構えて集中する。


 次の攻撃、それにメイスを合わせて、叩き折ってやる! 腕に当ててもいい。ためらうな。傷つけることをためらってちゃ、この人たちを助けられない。覚悟を決めろ。こいつは悪党だ。腕が一本無くなったくらいが丁度いいと思え!

 

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