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035 砦

 スレイドと俺はテッセラに戻り、秘密の通路から町に入った。そこでラムセットという諜報員と会い、セプテム砦をどう攻略するかを相談した。

 ラムセットは砦の詳細な地図を準備していて、どこに獣人が囚われているかまで把握していた。

 俺の役目はアストレア家でやった事と同じ、正面から突っ込んでの時間稼ぎかと思ったら、予想外の救出担当だった。正面から行って騒ぎを起こすのは王国騎士団がやるらしい。


「急げよ。夜が明けたらやりにくくなる」

「ホールドマンはアストレア家の連中を牢に叩き込んで、すでに準備に取り掛かってる。この作戦を考えたのもホールドマンだ」

「やる気満々だな。ならば俺たちは先に行こう」

「しっかりな」


 俺はラムセットが準備していた、建築物破壊用のスレッジハンマーを受け取って、スレイドと一緒に秘密の通路からテッセラを出た。

 草原をしばらく進み、スレイドが笛を吹く。するとスレイドの愛馬がどこからか走ってきた。


「オルトも乗るか?」

「走ります」

「そう言うと思ったよ」

「行きましょう」


 スレイドと草原を並走する。


「よくそんなの持って走れるな」


 スレイドが馬上から感心したように言う。

 初心者用メイスと比べたら、大きく重いハンマーだが、前に使わせてもらったドルトンメイスに比べたら小さく軽い。走るのに問題はない。


「これくらいなら、余裕です」

「頼もしいな。この作戦は、オルトが砦の壁を破壊できることが前提になってる。よろしく頼むぞ」

「はい。任せてください」


 砦に使われてる石材は、ロックゴーレムの胴体に使われてた石材より小さいらしいし、今の俺は、あの頃よりかなり強くなってる。きっと問題なく破壊できるはずだ。




 夜の闇に紛れて砦の近くに潜んだ。まだ砦から距離があるが、スレイドによるとこの距離が見張りの遠視スキルでも見えない距離らしい。覚えとこう。いつか役に立つかも。


「入れてくれますかね。こんな時間に」

「負傷兵を拒否したら、王国騎士団の主力が調査に来ることになる。それは避けたいだろうから、受け入れるはずだ」


 ホールドマンは王国騎士団の10人で来る予定だ。山脈から降りてきた魔物を討伐した帰りということにして、怪我人がいて血の匂いで魔物を呼び寄せる恐れもあるため、砦の中で休ませてくれと要求することになってる。


「でも、こんな時間ですし、怪しまれませんか?」

「ホールドマンは、普段から巡回や討伐に熱心な男として有名だからな、こんな時間でも不自然だとは思われないだろう」

「それなら受け入れられそうですね」


 そういう部分まで、配慮された作戦ってことか。何も知らない俺の心配なんて必要ないな。自分の役目を果たすことだけに集中しよう。


 ブン……ブン……ブン!


 うん、悪くない。ドルトンメイスよりずっと振りやすい。


「凄まじいな……」


 スレイドが俺から離れていく。当てやしないのに。


「オルト、お前は今後の予定とか考えてるのか?」


 スレイドが軽い口調で聞いてきた。俺をリラックスさせるため?


「今後は……もうサリウスで冒険者を続けるのは怖いんで、エルガルドで暮らそうと思ってます。冒険者なんで、どこでも働けますしね」

「他にやりたいことは?」

「あちこち旅がしたいです。記憶障害なんで、その回復のためにも」

「そうか。エルガルドは広いし差別もないから、旅が楽しめると思うぞ」

「ただ、少し気になる事が……」

「何が気になるんだ?」

「サリウスに残ってる獣人のことです」


 アストレア家のことや、ここでの今からの行動が悪い方へ影響して、獣人差別が加速したりしないか、それが俺の心配事だ。


「俺のせいで獣人差別が加速したら嫌だなって」


 もし状況が今より悪化したら、俺はずっと罪悪感を抱えて暮らすことになる。


「そんな心配はいらないと思うぞ」

「そうはならないと?」

「ああ、差別はサリウスの残念な一面だが、全てが腐りきってるわけではないんだ。腐ってる差別意識だって、昔に比べたらマシになってる」

「そうなんだ」

「アストレア家のことや今からの事は、王国騎士団の手柄になり、王家は今回のことをチャンスと見るだろう。そして今後のこういった事例は王家と王国騎士団が積極的に調査、立ち入りを行うことになる」

「そこまで動くんだ」


 王家とか言われても今一つピンとこないけど、国を上げての動きになるのはありがたい。俺が見たような酷いことが無い国になるといいな。


「ロイネには申し訳ない言い方になるが、ロイネがさらわれ、オルトが関わったことで、この国の問題が一歩解決に進んだ。まぁ完全に解決して、エルガルドみたいになるには長い年月が必要だが、獣人に被害を出すような差別は確実に減る流れになる。だからオルトが気を病むことなんて何もないぞ。むしろ誇っていい」


 誇っていい……か。でも、変化を起こした側になるってことは、そこから発生する争いや犠牲にも影響してるってことだ。責任が無いわけじゃない。

 このセプテム砦ににしても、俺がアストレア家で暴れたから、ここに囚われてる獣人が証拠隠滅のために殺される可能性が高まった。この作戦が成功して、獣人女性を救出できても、王国騎士団の人と、この砦の人たちが争って死人が出るかもしれない。


「スッキリしない顔だな」

「はい……」

「力を手に入れたら、やりたい放題になる奴が多いのに、根が真面目だと大変だな。だが、悩むのは終わりにしろ。そろそろ時間だ。壁の破壊、頼むぞ」

「わかりました」


 気持ちを切り替えよう。


 セプテム砦を見ると、ポツポツと松明が増え始める。


「争ってる気配はない。受け入れられたか」

「あの中って兵士が100人くらいいるんでしょ?」

「ああ、だが数は問題じゃない。ホールドマンはSランクに近いAランクの冒険者から王国騎士団に採用された男で、連れていった10人も間違いなく手練れだ。最悪の事態になっても脱出は可能だってラムセットが言ってた」

「強いんだ」

「強い、だが問題もある。あの砦には元Sランクの冒険者が来てる事があるんだ」

「もしそれと戦闘になったら?」

「下手すると全員殺されるかもな」

「だから、戦わない作戦をとったんですね」

「そうだ。オルトは強いが戦闘は素人同然だろ?」

「ですね」


 いくら身体能力が高くなっても、戦闘の技術と経験がないから、工夫を凝らした技や背後からの攻撃は防げない。魔物が相手なら正面からの殴り合いになるから、少々強いのを相手にしてもなんとかなる自信がある。実際なんとかできた。でも、ロイネのトリッキーな攻撃を受けちゃう俺が、Sランクの技に対応できるとは思えない。

 身体能力で耐えるのにも限界がある。もう治ってるっぽいけど、背中を斬られたのはかなり痛かった。あれより強い斬撃で切り刻まれたりしたら、きっとすぐに動けなくなるだろうし、いつかは失血で死ぬ。


「Sランクはヤバいが、チャンスでもあるんだ。ここを管理するルーファー・クライルを捕まえることができれば、一晩で2人の差別主義者を排除できるからな。そうなれば、サリウス王国にとってこれまでにない大きな転換点になる。命がけになるけどな」

「みなさん、勇気がありますね」

「ホールドマンはリスク承知で、野心で動いてる。ラムセットは信念だな。まぁ誰かがやらなきゃならないことだ」


 犠牲を覚悟しての行動ってことか。個人的なことで動いた俺とは違うな。でもそれに参加することになったんだ。俺も覚悟を決めて役目を果たそう。


「上から人が消えた。行くぞ。俺の後ろから静かに来てくれ」

「はい」


 スレイドが、グレイシアのような低い姿勢での動きで砦へと向かう。俺もそれを真似して追いかける。

 砦はグルっと防壁があり、背後は建物と壁が一体化していて、その壁の向こうに囚人を収監する場所があるらしい。俺はスレイドと共にその壁に張り付いた。


「ラムセットが来るまでここで待機だ」

「来たよ」


 うお! びっくりした。直ぐ側からラムセットが浮き上がるように現れた。


「居たのか」

「ああ、全て順調だ。ホールドマンの芝居がなかなかに凄くてな。実際に兵士たちに自分で腕や足を切りつけさせて、血を流しながら砦に入った。血の匂いで魔物が押し寄せてくるかも知れない、途中まで追ってきてたって大騒ぎして驚かせてた」

「やるねぇ」

「疑われたらおしまいだからな。だがそのおかげで、兵士の多くが正面に移動した」


 なるほど、この砦はエルガルドに向いてるからな。山脈のほうから魔物が押し寄せてくるかもって騒げば、戦力の多くがそっちに行く。


「ということで、急ぐぞ。場所は……」


 ラムセットが少し移動して、壁にを手で叩く。


「ここだ。ここを破壊すれば牢の通路だ」

「オルト、最終確認だ。オルトがこの壁を破壊したら俺とラムセットが突入して牢番を倒す。オルトは牢の扉を開いて獣人を外へ逃がし、ロイネたちの場所まで連れていってくれ」


 スレイドが真剣な顔で説明する。すでに聞いてる内容だが俺もそれを真剣に聞き頷く。


「わかりました」

「時間との勝負だ。音で魔物の襲撃が背後から来たと思って兵士が一気に押し寄せてくる。その隙に、ホールドマンたちが、正面の門を開いて退路を確保し、ラムセットの合図で戦うか逃げるかを決める。まぁそっちは気にしなくていい。オルトは追いかけてきた兵士をなんとかしてくれればいい」

「はい」


 獣人を牢から出して、守りながら逃げるのが俺の役目だ。

 緊張の冷たい汗が背中を流れる。

 アストレア家に突撃したときより緊張する。あの時はロイネを助けたくて必死だったからな。緊張なんてしなかった。頑張ろう。ミスは許されない。この防壁を本気の本気で破壊し、獣人たちを助け出そう。


 俺はスレッジハンマーを振り上げ、渾身の力で防壁に振り下ろした。



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