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029 救出作戦

 テッセラの正門では検問が行われていた。夕暮れ時だからか、荷馬車や農夫が列を作っている。


 身分証明を見せるだけの簡単な検問っぽいけど、周囲にいる兵士がラウルの私兵だ。きっとあの場に居た兵士も見張りに立ってるだろうから、あそこから入るのはやめておこう。

 俺はテッセラの防壁に沿って歩き、防壁の上に誰もいない場所を探した。

 そして防壁のわずかな凸凹に指をかけて登った。防壁の上は、意外なほど無警戒だった。この壁を登ってくる者がいるとは思ってないんだろう。頭だけ出して様子を見ると、遠くに兵士が見えるが、ぼんやりと遠くを見てる。

 こっちを見ていないことを確認し、防壁に登り反対側の薄暗い路地に飛び降りた。


 ドスン!


 急いで飛び降りたため体勢を崩し、背中から落ちた。かなりの衝撃で痛かったが負傷はなかった。高いところから落ちても痛いだけなのは、グリフォンに空から落とされた経験で確認済みだ。

 音に驚いて誰かが来る前に、そこを立ち去る。


 目立たない場所で時間を潰す。この世界の飲食店以外の店は、日が沈むと店を閉める。俺はそれを待ってロバートのパン屋へと向かった。

 ロバートのパン屋は店じまいをしていた。少し離れた場所で見ていたら店員が帰り、ロバート1人になった。


 カラン……


 店の中に入る。


「今日は……店じまいだ。また……明日来てくれ」


 店の奥から活気のない声が聞こえてくる。


「ロバートさん、オルトです」


 店の奥に向かって声をかける。するとドタバタと大きな足音を立ててロバートが姿を見せる。


「てめぇ、どのツラ下げてここに来やがった!」


 優しげな大男だったロバートさんが鬼の形相で迫ってくる。ロイネが囚われていることを知ってるからだろう。


「すみません、俺が……」

「お前が獣人なんかを助けたりするから、ロイネが囚われたんだ! なんでそんな事をしたんだ! 獣人を助けて何になる! なんでだ!」


 獣人を助けるのは、サリウスでは非常識な真似なんだろう。あの時のギルドもそうだった。ラウルの要請に応じる者はいなかったが、助けようとする者もいなかった。俺だけが助けに行った結果……ロイネが捕まった。この国の獣人に対する姿勢を今否定しても意味がない。今の状況は俺の配慮が足りなかったから陥った状況だ。


「すみません」


 そして今できることは謝罪だけだ。


「すみませんで済むか! ロイネは変態野郎に殺されるかもしれないんだぞ!」


 ゴスッ!


 ロバートさんの大きな拳が、俺の左頬に叩きつけられた。痛い。頬も痛いが胸が痛い。


「くっそ! お前、なんでそんなに硬いんだよ!」

「すみません」


 殴られた痛みは耐えられる。俺の体はいつのまにかそんな体になってる。だけど胸の痛みはきついな。ロバートさんの心配する思いや辛さが胸の奥に突き刺さる。そして、今この時にロイネが酷い思いをしてたらと思うと……痛い。


「お前、強いんだろ? ずっとソロだったロイネが信頼してたくらいだ。強いんだろ! 何とかしろよ!」


 ロバートさんが、すがるような顔で俺の襟首を掴み、激しく揺さぶる。


「その、つもりで来ました」

「助けられるのか!」

「助けます。ですが、その後にロバートさんに迷惑をかけてしまうかもしれません」


 ロイネとロバートさんが兄妹なのは調べればすぐにわかるはずだ。だからロバートさんや店に何かされる可能性が少なからずある。


「そんな事はどうでもいい。店なんか捨ててもいい。妹を助けろ! 絶対に助けろ! 絶対にだぞ!」

「はい。必ず」

「ロイネが死んでたら、お前も殺すからな!」

「はい」


 ロイネが死んでたら……そう考えただけで死にたくなる。俺のせいで世話になったロイネが、いつも俺のことを気にかけてくれていたロイネが……ダメだ。どうかなりそうだ。




 ロバートさんの店を出て、大通りから少し離れた路地裏でスレイドとグレイシアを待つ。気があせるが待つしかない。早く来てくれ。


「おっさん、ここは俺たちの縄張りだ。知らねぇで来たんだろうが、来た以上は通行料を払いな」


 何も考えずに適当に入った路地はハズレだった。モヒカンヘアーの3人組に絡まれた。世界が違ってもチンピラのファッションって似るんだな。今でなければ笑えたかもしれない。とりあえず騒ぎは困るから金を渡そう。


「そか……」

「まて、メイスに触れたら殺すぞ」


 ポーチから、金を出そうとしたら止められた。メイスなんか持つ気ないのに、ナイフの切っ先を顔に向けられた。これは怖い。キマイラに噛みつかれても死なずに済んだから大丈夫とは思うけど、怖いものは怖い。


「通行料は払うから、これはやめてくれ」


 そう言いながら、ナイフ男の手首を掴んだ。


「なっ、は、離せ!」


 ナイフ男が腕を引っ張るが、危ないので離さない。


「まぁ待ってよ」


 左手で右のポーチを開こうとするが、うまく出来ない。


「くそ、この馬鹿力が!」


 ゴッ! ドス! バシィ!


 また殴られた。そして背後と横から蹴られた。でも、ロバートさんの拳に比べたらまるで痛くない。


「痛った!」

「なんだこいつ」

「岩みたいだ」


 ナイフ男の殴った拳の指が、おかしな方向に曲がった。片腕を掴まれてる状態で無理に殴って、変な当たり方をしたんだろう。横からローキックした男も脛を抱えて倒れてる。俺の足ってそんなに硬いんだ。


「は、放せ。金はもういい。手を離してくれ!」

「いいの?」


 手を離すとナイフ男が遠ざかる。他の2人も俺から離れる。ナイフ男だけうっすら光ってるのは、俺が手首を掴んでたから癒しの加護が付与されたんだろう。


「すぐ家に帰って寝るといいよ。指、痛いだろうけど、真っ直ぐにして寝れば治ると思う。真っ直ぐにして寝ないと、曲がったままになるかもしれないから気をつけてね」

「何なんだよお前は」

「何言ってんだこいつ」


 骨折か脱臼のどっちかだと思うけど、あのまま治ると、一生曲がったままになりそう。理解してなさそうだから治しておこう。

 俺は素早く近づいてナイフ男の手を取り、指を真っ直ぐに引っ張ってから離れた。


「んぎぃ!」


 一瞬遅れて男が苦痛の声を上げる。


「これで大丈夫」

「な、何しやがった」


 怯えた様子でナイフを俺に向け後退りする。


「指を真っ直ぐにしただけ。癒しの加護を付与してるから、帰って早く寝……あ!」


 男たちの背後にグレイシアとスレイドが現れた。


「ちょ……まっ」


 ゴスッ! ガッ! ドス!


 俺が止める間もなく、3人のチンピラが地面に沈んだ。

 呻き声すらあげてない。息はしてるから死んではなさそうだ。俺は3人に癒しの加護を付与した。気絶してても効果があるはずだから、目が覚めたら元気になってるだろう。できればこれに懲りて、こんな真似はやめてほしい。


「こんな連中、ほっときゃいいのに」


 スレイドが冷たく言う。


「それよりも、ロイネの居場所は?」

「特定できた」


 グレイシアが答える。


「じゃあ行こう!」

「ああ、説明は走りながらするぞ」


 俺たちはスレイドを先頭に、夜の裏路地を駆け抜けた。スレイドはテッセラの町を熟知しているらしく、巡回の警備兵に遭遇しない道を選んで進んでいる。


「ロイネはアストレア家の屋敷、その敷地内にある建物に囚われてる。だが簡単には助け出せない。屋敷内には私兵の宿舎もあって、厳重すぎるくらい厳重だ」

「もしかして俺を警戒してたりする?」

「それもあるだろうが、悪党ってのは、自分が恨まれてる事をよく知ってるからな。屋敷内に私兵の宿舎を建てるような奴は、元々後ろ暗いところがあって普段から警戒心が強いんだろう」


 今までにも悪事を繰り返してきてるってことか。


「どうやって助ける?」


 今までよりも今からだ。


「私とオルトで正面から攻めて兵士の気を引く」

「その間に俺が助け出す」


 俺とグレイシアで騒ぎを起こして……それはダメだ。


「正面から行くのは俺だけでいい。グレイシアはスレイドと一緒にロイネを助け出してくれ」

「わかった」


 グレイシアが即座に承諾してくれたが、スレイドの表情は曇った。


「お前、一人で全員を相手にする気か?」

「俺は一人で大丈夫です」


 一人の方がいい。


「ラウルはこの国でも指折りの貴族だ。きっとAランクの兵士や魔法使いもいるぞ」

「なんとかします」

「なんとかするって……魔法使いと戦ったことは?」

「ないけど、キマイラに火を吹かれたことならある」


 グレイシアが、魔物のブレスは溜めがないから魔法より危険だって言ってた。魔法陣を作り出す必要がある人間の魔法はブレスより避けやすいはずだ。


「あ、そうだったな。英雄のにーちゃんとグレイシアはキマイラを倒したことがあるんだったな」

「私は逃げていただけだ。オルトが一人で倒した」

「そか、なら心配するのはやめよう。正面から突撃して大騒ぎを起こしてくれ」

「はい!」

「ロイネを助け出したら、この笛を長く3回吹く。合流場所は、町を出て真っ直ぐ東に進んだ小川にしよう」


 スレイドがポケットから取り出した笛を俺に見せる。作戦の説明を終えてすぐに、高い壁に囲まれた夜中でも華美だとわかる屋敷に辿り着いた。


「準備はいいか?」


 スレイドが小声で確認する。それに頷いて応える。準備なんてとっくにできてる。今すぐにでもロイネの所に行きたい。でもそれは俺の役目じゃない。


「じゃあ俺たちは裏に回り込む。ゆっくり100数えてから突撃してくれ」

「オルト、ロイネは私が助ける」


 グレイシアが冷静な目を俺に向ける。信頼できる目だ。


「グレイシア……頼む」


 2人が足音を立てることなく暗がりの中を走っていった。俺は数を数え始めたが、気が焦って早くなる。落ち着け。作戦通りにやれば大丈夫だ。俺は正面から突入して暴れるだけでいいんだ。あとは、グレイシアとスレイドがやってくれる。今は余計な事を考えずに役目を果たせ。

 そう自分に言い聞かせながら100まで数えた。


 ……98……99……100。


 そして、その時が来た。俺はアストレア家の屋敷に正面から近づき、門を守る2人の衛兵の制止を無視して、大きな門を蹴破った。


 ズゴーン!


 俺が蹴った門扉が勢いよく飛んでいき、屋敷の壁に突き刺さった。



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