028 秘密の抜け道
エレナ将軍の下に着くと、彼女は一枚の手紙を手に真剣な表情をしていた。
「ロイネに何かあったんですか!」
「はい。情報によると、ロイネさんはラウルにとらわれているとのことです」
血の気が引いた。俺のせいだ。俺の考えが足りなかった。深く考えずにロイネを放置してエルガルドへ来たから……。
「今はどこに?」
「それは調査中です」
「調べてる人がいるなら、その人との連絡方法を教えて下さい!」
「行く気ですか?」
「はい!」
エレナ将軍の目をまっすぐに見て答える。
「……止めても無駄ですね。わかりました。協力しましょう。ですが少しお待ち下さい」
「何をまつんですか?」
協力してくれると言ってるのに、言葉が強くなってしまう。気持ちが焦る。今すぐに出発したい。
「今、頼りになる者を呼んでいます。どうか気を落ち着かせて……」
ソファーに座るように言われるが、座る気になれない。エレナ将軍が紅茶を出してくれたが、それに口をつける気にもなれない。早くしてくれ。待ってる間にロイネに何かあったらどうするんだよ。
コンコン
部屋のドアがノックされる。
「どうぞ」
「今日は忙しい日だなー」
そこに、見覚えのある顔が現れた。グレイシアの模擬戦の相手だった、Aランクの剣士スレイドだ。エレナ将軍が彼に状況を説明した。
「なるほど。そういうのは俺の専門だ」
スレイドがそう言って、少しだけ不敵な笑みを浮かべた。模擬戦でグレイシアと互角に渡り合った男だ。確かにこの人なら頼りにはなるだろう。
「だが、一緒に行くなら俺の指示を聞いてくれ。何をやるにしても、こういうのは相手に気づかれないことが重要だからな。そっちの英雄のにーちゃんが強いのは分かるが、目立った行動をしてたら、救出前に救出対象を殺されかねないからな」
「わ、わかりました」
その通りだ。俺にあるのは馬鹿みたいに成長した身体能力だけ。気づかれないように近づいて、ロイネの安全を考えながらの救出なんて、どうすればいいのかわからない。
スレイドのアドバイスで、俺たちは変装することになった。
俺はレッグアーマーとアームガードを外して、砦の兵士から地味な服を借り、盾も置いていくことにした。持っていくのはメイスだけだ。
グレイシアはフード付きのマントを羽織り、顔の半分を隠した。獣人であることを悟られないための用心だ。本当なら連れて行くべきじゃないと思うけど、俺が心から信用できる数少ない仲間だ。申し訳ないけど同行してもらおう。
「ラウルは拠点を複数持ってるから調査に時間がかかるかもな」
スレイドが不安なことを口にする。
「すでに現地調査員が動いてくれています。あなた達が到着するまでに判明していることを祈りましょう」
エレナ将軍の言葉に、俺はただ頷くことしかできなかった。
「じゃぁ行くか! 救出に必要なことは道中で説明する」
「お願いします!」
俺とグレイシア、そしてスレイドは、エレナ将軍の部屋から下におり、国境の門を抜けた。するとそこには軍馬が3頭準備されていた。
「使ってくれ」
スレイドがそれに飛び乗りながら言う。しかし、俺は馬に乗れない。ここまで全て徒歩か馬車だったからな。馬に乗る技術がない。
「俺は走ります」
「私は使わせてもらおう」
「え、走る? 緩衝地帯は急いでも半日はかかるぞ?」
「それくらいなら大丈夫です。行きましょう!」
俺は先に走り出した。問答する時間が無駄だ。急ぎたい。
「おいおい、本当に走って行く気かよ!?」
「オルトにその心配は必要ない。私の何倍も走れるからな」
「獣人の何倍もって、まじで?」
「行こう」
グレイシアとスレイドが馬を走らせ追いついてくる。本当ならもっと速く走りたい。1秒でも早く助けたい。だけど我慢だ。何もわかってない俺が勢いだけで行動して、ロイネを危険にさらすわけにはいかない。すでに俺の行動で迷惑をかけてるんだ。今もきっとつらい思いを……クソ。
緩衝地帯を進む。サリウス王国を目指す道のりは、俺とグレイシアが魔物から逃げ、死闘を繰り広げた山越えとは違い、時々荷馬車とすれ違うだけでとても穏やかだった。しかし、俺の心は穏やかではない。
「結界で魔物はでないが、たまに山賊が出る。注意しといてくれ」
スレイドが注意を促すが、山賊の姿を見ることなく進んだ。でなくてよかった。今の俺は気が焦りすぎてる。山賊なんかに足止めされたら、手加減ができそうにない。
「ここだ。こっちに来い」
スレイドが道の脇で馬を下り、荷物の中から水とパンを取り出す。
「え、休憩?」
「疲れてはいないが」
まさかの休憩に戸惑う。休憩なんてしたくないぞ。全然疲れてない。グレイシアにも疲れた様子はない。
「お前ら、普通に国境を抜けられるとでも思ってるのか?」
スレイドが呆れたような目を俺とグレイシアに向ける。
「あ、そうか」
国境で身バレして、それがテッセラのラウルに伝わったら……。
「英雄のにーちゃんは、ラウルの私兵をボコボコにしたんだろ? そんな奴が向かってくると聞いたら、ロイネって子は消されちまうだろうな」
国境……考えていなかった。いや、突破すればいいと思っていた。でもダメだ。この世界には俺の知らない通信網がある。エレナ将軍がロイネの情報を手に入れたのも、きっと何かの通信網を使ってのことだ。そうじゃなかったら、頼んで1日でテッセラの情報が手に入る訳が無い。
「心配するな。あの馬車が見えなくなったら秘密の抜け道に入る」
秘密の抜け道! そういうことか。
通り過ぎる荷馬車にスレイドが気さくに手を振る。それを見送った後、スレイドが何かの目印をみつけ、草むらを突き抜けるように秘密の脇道へと入る。獣道のような細い道は、草木に覆われ人の気配がない。
しかし、しばらくすすむと、細いが馬を走らせることができる整備された道へと変わる。
「この先には、結界の外になる場所がある。戦闘になる覚悟をしといてくれ」
「俺が先行します!」
スレイドを追い抜いて前にでる。
「私が警戒しよう」
グレイシアが俺のすぐ後ろを走る。
「お前ら、慣れない道に恐れとかないのか? あ、そうか、お前らは山脈を越えてきたんだったな」
この秘密の抜け道は、きっと古くから亜人種を助けるために使われてきたたんだろう。ここまで整備されてるってことは、それだけ需要があったってことだ。まさか自分が転移して楽しく過ごしていた国が、差別国家だったとは……。エルガルドの街を見てしまった今となっては、町に人しか居なかったサリウスの様子が異常に思える。
そんなサリウスで、ロイネは獣人を助けた俺と関わりがあったから捕らえられた。エルガルドならそんなことにはならなかっただろう。ロバートさんにも迷惑をかけてるかも。
「オルト、前方に何かいるぞ」
グレイシアが警戒を促した直後、暗がりから巨体のオーガが唸り声を上げて飛び出してきた。体高は三メートルを超え、体は岩のようにゴツゴツとしている。
「止まれ、オーガだ!」
スレイドの叫びが聞こえたが、俺は立ち止まらない。雄叫びを上げるオーガに向かって加速し、その勢いのまま跳躍して両足で蹴り飛ばした。
ズドン!
巨体のオーガが吹っ飛び、草木をなぎ倒しながら転がる。
「え、うそ。オーガって蹴り飛ばせる魔物だったっけ?」
そんな声が背後から聞こえてくるが、それに反応している時間がもったいない。俺は胸をおさえて呻いていたオーガの頭にメイスを振り下ろした。
ゴグシャ!
そしてすぐに走る。
オーガなんて山頂近くに居た魔物の中じゃ雑魚だ。
「うわぁ……まじかよ」
後ろから、スレイドの驚く声が聞こえる。
「これでCランクとか、ランク詐欺どころじゃないだろ。あんた何者なんだ?」
スレイドが馬を俺に並べる。
「俺は転移トラップで記憶が曖昧になってるんです。それで困ってるところをロイネに助けられたんです」
俺はそれだけを伝え加速した。
「おい、俺を置いていくな。この先は道がなくなるんだ。俺に先行させろ!」
秘密の脇道を抜けると高台になった場所に出て視界が広がる。
「サリウス王国に抜けたぞ。ここからならテッセラまでそう遠くない。まぁあと半日。夜中には到着することができるだろう」
高台からの風景には見覚えがあった。遠くに見える小川は、グレイシアを助けた後に一晩を過ごした小川だ。ここからなら道がわかる。小川を越え、その先の丘を越えたらテッセラの町だ。
「先に行きます! 合流場所を教えて下さい」
「まてよ。勝手な行動は救出対象を危険にさらすって言っただろ。先に行ってもできることはねーぞ」
わかってる。俺1人じゃロイネがどこに捕まっているのかもわからない。闇雲にさがしてたら、かえってロイネが危ない。
「ロバートのパン屋に行きます。ロイネのお兄さんの店です」
「行ってどうするんだよ」
「店が閉まるのをまって謝ります」
たぶん俺の足でも到着する頃には日が落ちてる。
「やめといたほうがいいぞ」
スレイドが少し悲しげな顔になる。
「謝って許されるとは思いませんが、謝りたいんです」
「そうか……わかった。だが、くれぐれも自分1人で探したりするなよ。全てが無駄になるからな」
「わかりました」
「そうなると、合流はどこにするかな……」
「場所はどこでもいい。私がオルトを見つける」
スレイドが合流場所に悩む素振りをみせると、グレイシアが答える。
「そうか。じゃぁ英雄のにーちゃんは用が済んだら人気のない場所で待ってろ。なるべく風上がいいぞ。俺は獣人のねーちゃんと情報を集めてから合流する」
「はい」
「オルト、気を付けて」
「ああ、グレイシアもな」
グレイシアの目を少しだけ見つめる。
ごめんな。グレイシア。危険なことに巻き込んで。でも俺はグレイシアの嗅覚に期待してるんだ。町の外から、町の中の俺を場所を把握できるグレイシアの鼻は、ロイネの場所を特定するのにも役に立つかもしれない。そう期待してるんだ。それでもしグレイシアが危険な目にあったら……それは俺がなんとかする。絶対に。
「じゃ、行きます!」
そう言い放ち、俺はテッセラに向かって全力で駆け出した。早く到着したところで、ロバートさんに謝ることしか出来ないけど、それでも少しでも早く、ちょっとでも早くと気が焦った。もしロイネに何かあったら、酷いことになっていたら、そう思うと胸が引き裂かれそうだった。




