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025 山越え

 グレイシアの体調は問題なさそうだ。俺の体調も問題ない。こんな場所で寝ても、すっきり爽快なのは癒しの加護のおかげだろう。

 しかし、体調以外は問題だらけだ。


「これからどうしよ」

「とりあえずは朝飯だな」


 グレイシアが服と装備を身につける。まだ短毛がうっすらとしか生えてないから、上下セパレートの服にアームガードとレッグアーマーを装備した美女という、なんとも過激な姿になってる。


「毛がない姿を見られるのは恥ずかしいな」

「そ、そうなんだ」


 短毛は服のようなものってことか。


 グレイシアが周囲を見渡しながら匂いを嗅ぐ。


「……見つけた」


 何かに向かって走り出した。すると草原の中をピョンピョンと小さな生き物が逃げ始める。あれはウサギだ。ということは朝飯は生肉ってことか……。生肉の刺し身は嫌いじゃないけど、朝一でそれはちょっと微妙だな。いや、焼くことはできる。昨日準備したんだ火起こしの続きをやってみよう。


 土台にした木に棒を当て、両手で挟んでクルクルと強く擦り付ける。何度かズレてやり直しになったが、さほど苦労せず煙が出だした。身体能力の高さに感謝だ。

 さらに擦り付けると火種ができた。それを枯れ草を裂いて繊維にした物で包んで。


「ふー、ふー、ふー」


 息を吹きかけ、火種の勢いを強めると、ポッと火が着いた!


「できた!」


 そこにグレイシアが戻ってきた。獲ってきたのは予想通りウサギで、グレイシアはそれを解体して、肉のブロックを俺にくれた。俺は、木の串を作り、肉を刺して焼いて食べた。

 うーん、調味料がないと、味気ないなー。身体強化のおかげなのか、硬い肉でも余裕で咀嚼できるけど、味がないのが辛い。グレイシアは生肉をうまそうに食べてるが、俺はそこまで野生ではない。


 味気ない朝食を終えて、出発の準備を整える。しかし、どこに出発するかが問題だ。


「荷物を取りに……戻れないよなー」


 貴族の私兵と争っちゃったもんな。戻ったら追いかけ回されることになるだろう。


「ロイネはどうする?」


 グレイシアが聞いてくる。それが一番の問題だ。


「俺たちを探し回ってるかも」

「あいつはオルトのことばかり見てたからな。きっと心配してるだろう」

「でも、俺がテッセラに戻ってロイネと合流したら、ロイネが仲間と思われて、追われることになるかも」

「なるだろうな。そして捕まれば、私を引き渡すように要求されるだろう」

「だよなー」

「すまない」


 グレイシアが申し訳なさそうな顔で謝る。


「いやいや、グレイシアは何も悪くないだろ。変態貴族とこの国の差別意識が悪いんだ。謝らないでいいよ」

「だが、こうなったのは……いや、ありがとう」


 そう言って微笑み、俺に近づく。そして俺の首筋をベロンと舐めた。


「オルトはいい男だな。私の見る目は正しかった」


 もう分かった。これはただのマーキングじゃない。グレイシアの愛情表現だ。


「私にできることがあったら何でも言ってくれ。お前の子を産むまでは死ねないが、死ぬこと以外なら何でもしよう」


 至近距離でそんなことを言われたら、また変な気になるぞ。


「ん、興奮の匂いがする。あれだけ激しい交尾したのに、またしたくなったのか?」

「そ、そんなことしてる場合じゃないよね。これからどうするか考えよう」


 ロイネを放置して、交尾に励む気にはなれない。いや、励んだけど。と言うか、交尾って言い方はエロすぎるぞ。もしかして獣人って、自己認識が獣寄りだったりするのかな。気になるけど、違ってたら失礼すぎるから聞けないな。


「これから……か」

「どうしたらいいと思う?」


 これまでは何をするにしてもロイネのアドバイスがあったから、決め事で困ることがなかった。ロイネと離れた今は迷子になった気分だ。俺は、自分で思っていた以上にロイネに依存していたんだな。


「村には戻れないな。もし見つけられたら巻き込むことになる」

「そうなるかー。だったらもう、エルガルドに逃げるしかないかも」


 今からロイネの所に行くと、ロイネだけでなく、身内であるロバートさんまで危険に晒す可能性がある。すでに俺の行動が、二人に迷惑をかけてる可能性もある。

 凄く気になるけど、ここは我慢してエルガルドに逃げるべきだろう。あっちはサリウス王国みたいな差別がないらしいから、エルガルドでグレイシアが安心して過ごせるようになったら、俺1人でロイネに会いに行って謝ろう。その後は……その時次第だ。

 冒険者なら国境を越えるのは簡単だって言ってたから、ロイネが俺と一緒にいることを望むなら、追いかけてくる可能性もあるな。もともとエルガルドに行く予定だったし、俺たちが東側に逃げたことは、ロイネなら気づくはずだ。

 エルガルドに到着したら、とりあえずは国境に近い町に滞在して様子を見よう。




 俺とグレイシアは、国境を避けて山越えでエルガルドに向かった。

 冒険者なら国境を越えるのが簡単だとは言っていたが、俺は指名手配されてる可能性があるし、そもそも獣人は国境を通してもらえないらしいから正規ルートは避けた。

 しかし、山越えはなかなかに危険だった。サリウス王国とエルガルド帝国の間には、南北に長い山脈があり、そこは人の手が届いてない魔物の巣窟だった。

 俺とグレイシアは地面に寝る野宿を繰り返し、山を越えるのに3日かかった。

 この3日間は我ながらよく頑張ったと思う。

 グレイシアは山での生活に慣れてて、足場の悪さなんて問題なく走ってたが、俺は何度も転び、何度も斜面から転がり落ちた。

 自分の打撃耐性が高くなってるのは知ってたけど、今回ほど感謝したことなない。この世界に来た頃の俺だったら、何回死んでたかわからない。

 そして魔物も凄かった。ゴブリンとオークとロックゴーレムしか見たことがなかった俺が、この山越えで20種類くらいの魔物に追いかけられ、苦しい戦闘を否応なしに経験した。

 なんとか生きてエルガルドに入ることが出来たが、もう山越えは2度としたくない。


 平地まで下って食事をとりながら一息つく。

 食料はずっと生肉だ。ちょっと野生にかえった気がする。


「ここから山脈に沿って北に行こう。国境があるはずだから、そこから街道沿いに進めば最初の町があるはずだ」

「わかった。まかせる」





 北に半日走り、国境の砦を見つける。そして町も見つけた。


「見えた!」

「国境と町が一つになってるのか」


 国境から町が近いのはギルドで見た地図でなんとなく覚えてたが、ここまで近いというか、国境と一緒になってるとは知らなかった。


「エルガルドの町か……人と獣人が共存する街……いつかは見てみたいと思ってた」


 グレイシアが呟く。


「グレイシアの脚力なら、いつでも来れたんじゃない?」

「無理だ。獣人は国境を越えられない。今回の山越えも、私一人なら途中で死んでいただろう。オルトの癒やしの加護がなければ、体力がもたなかった」

「そうかも。本当にきつかったもんな」


 どちらかが休み、どちらかが周囲を警戒し、体力を回復しながらの移動だった。あと、グレイシアが小動物を捕まえてくれてたから食べることに困らなかった。でも……生肉はもういい。さすがに飽きた。醤油とニンニク的なものが手に入ったら話は別だけどね。


「ロイネがオルトに執着していた理由がよく分かった」

「癒やしの加護のこと?」

「ああ、少し休んだだけで疲労がとれ、体が整った上に、わずかだが身体能力が高まるのが分かった」

「秘密にしといてね。俺は、誰とでも添い寝したいわけじゃないんだ」

「わかってる」


 話しながら国境の街へと進み、町の入口へと向かう。

 名前すら知らない街だが、その防壁はテッセラと同じくらい堅牢に見え、国境の重要な防衛拠点であることが一目でわかるものだった。


「入れるかな」

「どうだろうな」

「身分証明、これしかないけど」


 胸元のギルドカードを手に取る。


「私は何も持ってない」

「なんか、不安になってきた」


 不法入国者の扱いてどんな感じになるんだろ。牢屋に入れられたりしたら嫌だな。あんな苦労して山越えしたのに、行き着く場所が牢屋でしたは洒落にならん。


「どうする? 不安なら私は野宿生活でもいいぞ」

「それはちょっと」


 グレイシアは、そういう生活でも何も困らないんだろう。あの熱い夜から3日、もうグレイシアの姿は完全に元通りだ。毛がない時は寒そうにしてたけど、基本どんな場所でも丸まって眠ることができるし、食料は自分で捕まえて生で食べることができる。

 俺も癒しの加護のおかげで、この3日間はそんな生活ができてた。でも流石に疲れた。体力は問題ないけど、精神がつかれた。グレイシアには言いづらいが、人間らしい場所で寝て、普通のご飯が食べたい。


「いや、行こう。もし悪い扱いだったら逃げよう」

「わかった」


 俺とグレイシアの脚力なら、馬で追われたって逃げられるはずだ。最悪、山脈に逃げ込めば、そうそう追いかけてこれないだろう。よし、覚悟を決めて行こう。


 ドキドキしながら町の入口に近づく。

 巨大な門の周辺には、兵士があちこちに立ってる。その視線が気になるが、兵士たちは俺とグレイシアを見ても特に気にした様子がない。


「似顔絵つきの国際指名手配とかは、されてなさそうだな」


 ギルドには、指名手配者の似顔絵がいくつか並んでいたから、そういうのが出回ってたら嫌だなって思ってたけど、今のところは大丈夫そうだ。


「獣人が当たり前のように……凄いな」


 グレイシアは俺とは違う部分に目を向けている。確かにサリウスでは見たことのない光景だ。町から東に伸びる街道に獣人が何もいて、人と楽しそうに会話してたり、獣人の男と人間の女が手を繋いで歩いてる姿も目に入る。


「種族差別がない国だって話は、本当だったんだな」


 グレイシアが呟く。


「信じてなかったの?」

「信じられなかった」

「そか……」


 何と言ったらいいのか、言葉がない。俺が何かを言うべきことでもない気がする。この世界のことなんて、ほとんどわかってないからな。何を言っても上っ面だ。

 周囲の様子を見ながら、検問へと進む。


「そろそろだ。身分証明は俺のギルドカードのみ。どうなることやら」

「なるようになるだろ」


 グレイシアの言葉は、なんとなく差別に慣れた者の言葉に聞こえた。この国に優しく受け入れられたらいいな。グレイシアにはもっと笑ってほしい。

 今は短毛で覆われちゃって表情がわかりにくくなってるけど、あの夜のグレイシアはよく笑ってた。

 きっと環境が良ければ、安心して生活できる状況であれば、グレイシアは発情した時じゃなくても綺麗に笑えるはずだ。流れでこんな場所まで来ちゃったけど、この国がグレイシアを差別から開放してくれることを祈ろう。


 そう願いながら、検問の兵士にギルドカードを見せた。グレイシアのことを聞かれたら、素直にサリウス王国でのことを話してみよう。他の手段なんて思いつかないんだから、正直に話すしかない。


「オルト?」


 兵士が目を丸くして俺を見る。あ、これはヤバいやつか? 逃げた方がいいやつか?


「あんた、オルトか!」

「えっと……」


 どう答えるのが正解?


「黒髪、盾とメイス、灰色の獣人。間違いないこいつがオルトだ!」

「オルトだ!」

「オルトがきたぞ!」


 返事を考えてる短い間に兵士たちが騒ぎ始めた。しかし、兵士たちの顔に敵意がない。驚いた顔、珍しいものを見るような顔、感激したような顔が、俺とグレイシアに向けられている。


「あの、これは……」


 ギルドプレートを見せた兵士に聞いてみる。


「皆! オルト殿は、状況を理解していないらしいぞ!」

「じゃぁ理解してもらおうじゃないか!」

「いいね!」


 何を理解させてくれるんだ。笑顔をむけられてるけど怖いぞ。


「オ・ル・ト!」

「「オ・ル・ト!」」

「「「オ・ル・ト!」」」

「「「「オ・ル・ト!」」」」

「「「「「オ・ル・ト!」」」」」


 なんだこれ、兵士たちが俺の名をコールし始めた。これどういう状況? 全然理解できないんだけど。


「オルト殿、ようこそエルガルドへ。私たちはあなたを歓迎します!」

「俺を歓迎?」


 少し豪華な兜の兵士が笑顔で近づいてくる。


「あなたが現れたら、将軍の所へ案内するように言いつけられています。ご同行いただけますか?」

「え、将軍って……なんで?」

「あなたがその獣人を救った英雄だからですよ」


 兵士が俺に向かって、凛々しい敬礼を見せた。



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