026 英雄
「私は警備隊の隊長を任されているクラートです。オルト殿を案内できてとても光栄です」
「ど、ども」
クラート隊長が、兜を外して笑顔でそう言う。その頭には垂れた耳がある。獣人が町の警備隊長か。町の中にも獣人が多い。サリウスではあり得ない光景だ。
しかし、将軍の所に連れて行かれて、どうなるんだ?
「こちらから来たということは、山越えで入国したということですよね? 驚きました。この山脈を越えるのは命がけですよね? 噂で強い人だとは聞いていましたが、たった2人でこの山脈を越えるとは。オルト殿は噂以上ですね」
俺とグレイシアがエルガルドに逃亡してくることは、何らかな情報網で把握してたみたいだけど……これって問題にならないのだろうか。
「あのー……俺たちは国境を通らずこの国に入国したんだけど、そこは咎められたりしないのでしょうか?」
将軍の所に連れて行かれて、結局、不法入国で投獄されちゃったりしない? それとも、日本と同じで不法入国や不法滞在でも、甘々対応だったりする?
また変なこと思い出した。転移前のことは名前すら思い出せないのに、こういうどうでもいいことは思い出せる。
「心配せずとも、あなたは特別待遇になるでしょう。これまでも獣人を助けて、この国に逃亡してきた者は、皆、良い扱いを受けています。そしてあなたは、獣人を助けるために、あのラウルの私兵を倒して逃亡してきた人だ。間違いなく特別待遇となるはずです」
なんか嬉しそうだ。と言うか、そこまで把握してるんだな。驚いた。それはともかく、なんでこの獣人は皮膚が人間と同じなんだ? 兜を外すまで獣人だと分からなかったぞ。男も発情すると毛が抜け落ちる?
「グレイシア、獣人は男も発情で毛が抜け落ちるの?」
小声で聞く。
「男に女のような発情はない」
じゃぁこの人は?
「私は人と獣人のハーフです。だから体毛が薄いのです。サリウスでは珍しいかもしれませんが、こちらでは人と獣人との混血は珍しくないんです」
小声でも聞こえるんだ。獣人の聴力恐るべし。
「そうなんですね。知りませんでした」
ハーフかー。そりゃ差別のない環境なら……!
町の中を案内されている途中で、すれ違った男の尖った耳に目が奪われる。あれは……もしかしてエルフ? 金髪で細身の美男子に尖った耳。エルフだよな?
「グレイシア、エルフだ!」
「そうだな」
「え、驚かないの?」
「たまに見るからな」
「サリウスにも居たの?」
「深い森の中に隠れ住んでる者を、何度か見たことがある」
なるほど、まだサリウスにも隠れ住んでるエルフが居るってことね。それはともかく、エルフ……ファンタジー好きとしてはたまらんなぁ。大変な思いをしたけど、エルガルドに来て良かった。
将軍の居場所は、国境の砦、その最上階の一室だった。警備隊長が先に中へ入り、少し待たされた後、耳の尖った細身の美しい女性が笑顔で迎えてくれた。
「どうぞー、そこに座ってー」
将軍ってエルフなんだ! エルガルド、すげぇ!
将軍の部屋はイメージしていたものとはまるで違った。普通に家だった。なんと言うか、すごく広いワンルームマンション的な感じで、部屋の左右に端に小さなキッチンとベッドがあって、真ん中に応接セット的なソファーとテーブルが置かれている。
俺とグレイシアをソファーに座らせると、将軍はキッチンに立ち、飲み物を準備し始めた。
「そんなに見られると恥ずかしいなー。もしかしてエルフを見るのは初めてかな?」
「あ、すみません。エルフを見るのは今日が初めてです」
凄く綺麗だ。なんと言うか、透き通るような美しさってやつだ。グレイシアも綺麗だけど、この将軍の綺麗さは方向性が違う。グレイシアが生き物としての動的美しさなら、この将軍は美術品だ。服装は地味なのに輝いて見える。
「そかー。じゃあ仕方ないね。でもこの国じゃそんなに珍しくないからすぐ見飽きるよ」
そう言いながら、紅茶っぽい飲み物をテーブルに並べ対面に座る。
「私はエレナ。この国境、ロックスを任されてる将軍よ。でも将軍って柄じゃないから気楽にしてね」
美術品のような笑顔で自己紹介をしてくれた。歓迎されてるっぽいけど、こういう綺麗すぎる人って、いまひとつ感情が読み取りにくい気がする。俺が気後れしてるだけかもしれないけど。
「オルトです」
「グレイシアだ」
「癒やしの加護しか持ってないんだ。聞いてた通りねー」
「見ただけで分かるんですか?」
前にギルドで見たような、鑑定スキルは使われてない。
「エルフは簡単な魔法なら魔法陣を描かなくても使えるの。というか魔法陣はここよ」
エレナ将軍が、自分の目を少し見開いて指差す。その目の中に小さな魔法陣が見える。
「わぁ……そんな所に」
「魔法が得意な種族だからねー。特に私は純血のエルフだから」
純血のエルフ、目の中に魔法陣、ファンタジー過ぎてちょっと感動。
自分が今、エルフと会話し、隣に獣人が座ってる状況が面白すぎる。だけど、喜んでる場合じゃない。この状況に流されたままなのは凄く不安だ。
「あの、俺はなんでここへ連れてこられたのでしょうか?」
「オルトさんは、凄いことをした自覚がないみたいね」
この会話は確認かな? 俺がどんな人物なのか、将軍自ら確かめる的な。
ならば経緯を全て伝えよう。このエレナ将軍には、サリウス王国の情報まで手が届く情報網があるってことだからな。隠す必要がない。むしろ隠せば怪しまれる。
だったら素直に全てを話して、信頼を得てロイネのことを調べてもらいたい。今、ロイネがどういう状況なのか、俺のせいで困ったことになってないか、それが知りたい。
「俺はグレイシアを助けるために、ラウルって貴族の私兵と争ってしまいました。そして安全な場所を求めて、亜人種差別がないと聞いてたエルガルドへ逃げてきました。もしこれが、エレナ将軍に迷惑をかけることになるなら申し訳ないです」
しっかり頭を下げておこう。初対面で強気に出ても良いことはない。冒険者には初対面で舐められたらダメって感じの人も多いけど、俺はあのスタンスが好きじゃない。
「まぁ、礼儀正しいのね。ごめんなさい。貴族の私兵と一人で戦ったって聞いてたから、もっと荒々しい人なのかなーって思ってた」
どうやらこの態度を気に入ってもらえたらしい。
「心配しないで、エルガルドは亜人種の亡命を積極的に受け入れてるの。最近はオルトさんみたいなケースはずいぶんと減っちゃったけどね」
「前は多かったってことですか?」
「そうね、100年くらい前までは多かったねー。あの頃のサリウスは色々あったから」
「もしかして、その頃からここに?」
「もっと昔からかなー。もともとこの辺りに住んでたんだけど、サリウスから逃げてくるエルフを支援してたら、そのままここの将軍にされちゃったの」
さすがエルフ。この容姿で軽く100歳オーバーってことね。基本差別から逃げてきた人は受け入れてくれる姿勢ってのもありがたい。
「俺とグレイシアも受け入れてもらえたりします?」
確認確認。
「もちろんよ。久しぶりの英雄と逃亡者だからねー」
「その英雄ってのは、恥ずかしいです」
町の入口でオルトコールされた時は、本当に恥ずかしかった。
「差別されない立場の人が、亜人種を助けて自力でエルガルドまで来たのだから英雄よ。今のサリウスは国境警備が厳重になってるから、こちらからの手引で逃亡させるケースはたまにあるけど、自力でこっちに来るのは30年ぶりくらいなの」
それで英雄扱いされたのか。
「しかも、山脈を越えてきたんでしょ?」
「はい、国境は通してもらえないだろうと思ったので」
「それはそうだけどー、この国境間の緩衝地帯は結界があるけど、山の上の方は強い魔物だらけよね」
「だらけでした」
「よく生きて越えられたね。大変だったんじゃない?」
「そうですね。恐ろしい思いをしました」
ファンタジーで定番の恐ろしい魔物が次々に現れる場所だった。魔物の接近に気づけるグレイシアに何度も助けられた。1人だったら死んでたかも。グレイシアが寝てる時の見張りは本当に怖かった。いや、俺が寝る時も怖かった。というか目が覚めたら空だった時は、さすがに終わったって思ったな。
「私、貴族と争って獣人を助けた人がいるって情報が来て、すぐに支援するようにお願いしたの。だけど、東の方に行ったってこと以外は全然消息がつかめなくて、そしたら国境じゃなくて町側から現れたって言うんだもん。本当に驚いたわ」
エルガルドへ逃げたい人を支援する情報網と仕組みがあるのか。もしかしたらあの小川あたりで待ってたら、山越えの苦労をせず助けてもらえたのかも。まぁ過ぎたことだ。
それよりも、情報網を仕切ってるのがこのエレナ将軍なら、ロイネのことも調べてもらえるかもしれない。頼んでみよう。
「不躾ですが、お願いがあります」
俺はロイネのことを調べてほしいと頼んだ。エレナ将軍はそれをあっさりと受け入れてくれた。さらに、俺とグレイシアの身分を保証し、冒険者として働けるようにすると約束してくれた。
それからもう少し話をした後、俺たちは町の中心部にある立派な宿へと案内された。
その途中で、兵士から町の構造と今後のことについて説明を受ける。俺たちは本当になんの制限もなく受け入れてもらえるらしく、しばらくは宿にタダで泊めてもらえるらしい。
「こんな簡単に受け入れちゃって、大丈夫なんですか? 俺に見張りなどをつけなくていいんですか?」
「あなたが善良な方であると、エレナ様が判断したのです。ご心配には及びません」
おお、絶大な信頼だ。まぁわかる。エレナ将軍は全てを見通してるような雰囲気があった。しかもあの美術品のような美貌だ。彼女が大丈夫だって言えば大丈夫な気がする。俺のことだが。
「私は町の外で……」
宿に着くと、そこから立ち去ろうとしたグレイシアをなんとか引き留め宿に入る。
綺麗な部屋の中で、ベッドに座っているグレイシアが居心地悪そうにしている。
「居心地が悪い」
その通りだった。
「はは、そうなんだ」
部屋の外や窓から見える町の様子を気にしている。
「だが……こっちはこれが普通なんだな」
「そうだね」
「こんな綺麗な部屋に泊まる日が来るとは……」
グレイシアが戸惑っているようにみえる。でもその表情には、どことなく嬉しそうな色も浮かんで見えた。
せっかく差別のない国に受け入れてもらえたんだから、誰にも遠慮せずに宿や町を楽しめるようになって欲しい。
窓から見る町には、笑ってる獣人の姿がある。当たり前のように。グレイシアもあんなふうに、町中で笑って過ごせるようになるといいな。




