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024 発情

 グレイシアを抱えて、水場を目指して走った。グレイシアは苦しげな息が続いてて、体が妙に熱い。ずっとぐったり動かず、意識を失ってるのか眠っているのか分からない状態だ。

 眠ってるなら癒やしの加護で少しは回復してくれると思うんだけど、苦しげな息は一向に良くなる様子がない。

 生け捕り目的で、弱体化させるような毒なら死ぬことはないと思うけど、致死性の強力な毒を使って捕まえ、後で解毒するつもりだったりしたら……どうしよ。




 どれくらい走っただろう。なるべく揺らさないように走ったから時間がかかったが、なんとか小川に辿り着いた。グレイシアの苦しそうな様子には変化がない。悪化してそうではないが、改善するようすもない。途中で何度も脈を測ってみたが、それも変化がない。荒い呼吸と熱感が続いている。

 水の流れる音が届いたのか、グレイシアがゆっくりと目を開く。


「川の近くに……立たせてくれ」


 グレイシアが弱々しい声で言う。


「わかった」


 川のそばに立たせる。


「あり……がとう」


 そう言って、ゆっくりした動きでアームガードとレッグガードを外し、川の中へ入っていく。その背中は、何箇所も脱毛し、赤くなった皮膚が見えてなんとも痛々しい。


「これで良くなるのか? 毒は大丈夫なのか?」


 水に触ってみると、かなり冷たい。川に入っても荒い息を続けている様子に、不安になって問いかける。


「毒は……大丈夫だ……だが……まだ……苦しい」


 毒は抜けているが、別の何かがグレイシアを苦しめてるってこと? それをなんとかするために、水に浸かってるってこと?


「俺にできること、何かない?」

「火を……頼む」

「そうだな。寒いよな」

「この……姿を……見られるのも……恥ずかしい」


 小川に流されたのか、グレイシアの脱毛が広がってる気がする。


「あ、ごめん」


 なんで俺は女性の水浴びを凝視してるんだよ。苦しそうだから患者として見てた? できることもないのに? 俺は慌てて後ろを向いた。


「火か……荷物を持ってこなかったけど……なんとかしよう」


 火起こしの魔道具はロイネのザックの中だ。でも、今の俺の身体能力なら、木をこすり合わせる方法で、なんとかなる気がする。


「近くにいるから、何かあったら声をかけてくれ」


 俺は周囲を走り回って、使えそうな木を拾い集めた。そして、グレイシアのナイフを借りて、なるべく真っ直ぐな棒を造り、次に擦り付ける木に小さな窪みを作る。あとは火種にする火がつきやすそうな枯れ草を探して、そこから火を大きくするための木くずを作って……。

 よーし、これで準備は出来た。はは、また記憶が少し戻ってきた。というか火起こしの動画を思い出せた。動画を見ただけで、実際にやったことはないけど、グレイシアを温めるために頑張ろう。


「オルト……ダメだ……これは……おさまらない……」


 背後から、グレイシアの切羽詰まった声が聞こえる。その声は寒さで震えているようだった。


「そっちに……行って……いいか?」

「まだ火が」

「火はいい、お前が温めてくれ」


 その言葉に、俺は思わず息をのんだ。

 俺は傷ついた女性をいやらしい目でみるような男じゃない。それが必要ならば、グレイシアが楽になるならば、その体を抱きしめて温めよう。大丈夫。大丈夫だ。抱きしめて、温めて、癒やしの加護でもう一度寝てもらおう。

 そうすれば、きっと時間が解決してくれるはずだ。


「わ、わかった」


 しかし、その考えは甘かった。近づいてきたグレイシアの姿に、俺は言葉を失った。

 グレイシアは、俺が火起こしの準備をしている間に、短毛の全てを失っていた。その結果、狼の耳と尻尾だけを残した、とんでもない美女がそこに居た。そして豊かな体から溢れんばかりの色気を滲ませ、トロンとした表情で俺に寄ってくる。

 短毛に覆われ鋭さを感じさせていたグレイシアの顔が、今は短毛を失い妖艶さを帯びている。濡れた体の扇情的な曲線が夕焼けに照らされ、キラキラと浮き上がっている。


「ど、どうなってるんだ? 大丈夫か?」


 釘付けになった目を、無理やり首ごとそらす。


「私が受けた毒は……強制的に……発情……させる……ものだ」

「発情!?」


 発情するとこうなるのか。


「火照りを冷やせば……なんとか……できるかと……思ったんだが……無理だ……助けてくれ」


 グレイシアが、苦しさと寒さに耐え、震えた声になってる。これは……この懇願するような目は……本気だ。なんとかしようと体が震えるまで水に浸かって、それでもどうにもならないから、俺に助けを求めてる。


「ロイネには……申し訳……ないが……助けて……ほしい」


 ロイネに対する義理なのか、序列的な考えなのか、この状況でそこを気にするところが、グレイシアなんだろう。

 でも俺は、グレイシアの申し出を聞いて、ロイネのことを考える余裕はなかった。獣人の存在に興味はあったが、獣人萌えなんて趣味はない。でも今は、本能が、全身が、グレイシアの魅力に抗えなかった。グレイシアの魅力と、切羽詰まった誘惑に俺はあっさりと負けた。

 これは、グレイシアの苦しみを楽にするため……なんて言い訳はダメだ。それはグレイシアに失礼だ。素直に気持ちを伝えよう。これは仕方なくじゃない。


「グレイシア、こんな時に言うことじゃないけど、凄く魅力的だ。だから……君を抱くよ」


 その夜、俺たちは互いの体を求め合った。小川に冷やされたグレイシアの身体はすぐに熱くなり、俺も熱くなった。





 翌朝、川面に朝日がキラキラと反射し、その光で目が覚めた。

 隣には、穏やかな寝息を立てるグレイシアがいる。その顔は安らかな寝顔で、強すぎる発情の苦しみが消え去っていることが分かった。よく見ると、薄っすらと短毛が生え始めている。俺は、グレイシアを苦しみから解放できたことに心から安堵した。


 ゆっくりと体を起こす。すると、グレイシアも目を覚ました。


「おはよう」

「……おはよう、オルト」


 グレイシアの美しい顔に、どこかからかうような笑みが浮かんでいる。


「昨日は凄かったな」

「え……?」


 予想外の言葉に反応して、昨晩の記憶がフラッシュバックする。夢中でグレイシアを求めた自分を思い出す。


「私より発情してたぞ」

「発情って……」


 顔が熱くなる。恥ずかしい。昨日の俺、確かに凄かったかも。俺にあんな性欲があったとは。あれは欲望の全てをぶちまけるような……思い出すのはやめよう。恥ずかしすぎる。


「身体能力が高いのは知ってたが、まさかそっちも強いとはな。求めたのは私だが、壊されるかと思ったぞ」

「ご、ごめん」


 そうなった理由はわかってる。この世界に来てから全然処理できてなかったからだ。この世界に来てから、ずっとロイネと一緒だから処理するチャンスがなくて、もうそういう習慣を忘れそうになってた。そこにあのグレイシアの誘惑だ。そりゃ爆発するよ。


「だが、助かった。楽になった」

「それは……よかった」

「オルトも、よかったか?」

「はい……とても」


 とても良かった。それは間違いない。そして、とても恥ずかしい。恥ずかしいとしか言葉が出てこない。


「次は、もう少し優しく頼む」


 そうからかうように言ったグレイシアの顔は、とても綺麗だった。



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