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023 私兵との戦い

 ロイネの昇格手続きが終わり、ギルドから出ようとした時だった。

 ホールの入り口がざわつき始める。目を向けると、数名の兵士がホールに入ってくる。兵士たちの装束には、見たことのない紋章が刺繍されている。その一人が大きな声で言った。


「町の外に不審な獣人がいる。捕まえるのに協力しろ。生け捕りにした者には、ラウル様が相応の報奨金をくださる」


 兵士の言葉に、周囲の冒険者たちが苦い顔になる。俺はその言葉を聞いて血の気が引いた。

 グレイシアだ。グレイシアが不審者扱いされてるんだ。


「また変態貴族のラウルか。悪趣味な奴だ」

「エルガルドと交流してるくせに、獣人の迫害とかよくできるよな」


 周囲の冒険者たちが呟く声が聞こえてくる。彼らに積極的に動こうとする様子はない。むしろラウルという人物に否定的な言葉が聞こえてくる。


「しかし、その獣人、なんでこの町に来たんだろうな」

「ラウルがこの町に来て間がないからな。獣人好きの変態が居るとは知らなかったんだろ」


 獣人好きの変態貴族がグレイシアを私兵に追わせ、冒険者にも金を払って協力させようとしてるってことか!


「ねぇ、追われてる獣人って」

「グレイシア……だな」


 ラウルとかいう貴族の私兵が追っているのは、間違いなくグレイシアだ。助けに行かないと。

 俺とグレイシアとの関係は、なんとも微妙な、俺から見れば押しかけ女房のような存在だ。でも、俺を慕って同行してる女性が、ひどい目に合うのは容認できない。そもそも俺と同行してなかったら、変態に目をつけられることもなかったはずだ。

 ただ、問題がある。権力者がグレイシアを追っているわけで、俺がグレイシアを助けると、ロイネの立場が危うくなるかもしれない。俺の独断専行で、ロイネに貴族の逆恨みが及ぶのは避けたい。大急ぎで思考を回らせ、俺は結論を出した。俺一人でグレイシアを助けようと。


「ロイネ、俺はグレイシアを助けに行く。ロイネは俺と関係ないことにしてくれ」

「え? オルト、何言ってんの? 貴族相手に戦う気? それにグレイシアなら逃げられるはずよ」


 逃げられると思うけど、そうじゃなかったら困る。


「どうなってるのか、どうなるか、行ってみないと分からない。だけど、もしものことを考えて、絶対に関わらないでくれ。ロイネを巻き込みたくないんだ」


 ロイネの目を見てそう伝え、俺は駆け出した。


 ゆっくり相談できたらもっと良い考えも浮かんできたかも知れないけど、今は時間が惜しい。世話になったロイネには、本当に申し訳ないけど、今はグレイシアの所に急ぎたい。

 ギルドのホールから冒険者が飛び出していくような様子はない。獣人と友好的なのか、ライルという貴族が嫌われてるのか、どっちなのかは知らないが、グレイシアを追うものが増えなくてよかった。ロイネには後で謝らないとな。




 町の門を飛び出すと、私兵たちの動きでグレイシアの居場所がすぐに分かった。グレイシアは草原の中を走り回っている。そして私兵がグレイシアを追い、大人数で包囲しようとしていた。


 あれは本来の走りじゃない。怪我でもしてるのか?


 俺は懐から竹の笛を取り出し、力いっぱい吹き鳴らした。ほとんど音のしない犬笛だが、グレイシアには届くはずだ。

 草原の中を低い姿勢で走っていたグレイシアが、一瞬だけ立ち上がってこっちを見た。遠すぎて表情は見えない。俺は包囲しようとしている私兵たちの中を駆け抜け、グレイシアの場所を目指した。

 本来の俊敏な走りではないグレイシアに追いつくと、ヨロヨロと足を縺れさせながら、俺にすがりつくように倒れ込む。


「やられた……毒だ」


 その言葉に、俺は愕然とした。グレイシアの短毛部分があちこち脱毛し、地肌が露出して皮膚が赤くなっている。何度も転倒したのか、体はドロや葉にまみれている。

 皮膚が赤くなってるのは毒の影響? もしかして乱暴なことをされた?

 グレイシアの姿を見ていると、怒りがふつふつと込み上げてくる。


「すまない、今の状態じゃ逃げ切れない。だが判断は任せる。無理して助けてくれなくてもいいぞ」


 グレイシアは息も絶え絶えに、しかし真っ直ぐな目で俺を見上げた。その言葉に、彼女の矜持と俺への信頼が感じられた。


「助けるに決まってるだろ」


 その間にも、私兵たちがどんどん集まってくる。しかし、グレイシアはもう走れそうにない。抱えて逃げる? しかし、逃げる方法を考えていた少しの間に完全に包囲された。


「なんでこの人を追ってるんだ」


 俺は近づいてきた私兵に問いかけた。


「不審な獣人がテッセラ周辺で目撃されたとの情報を受け、捕まえて取り調べるために来た。そこをどけ」


 私兵の一人が剣を抜き、切っ先を俺に向けた。怖い。人に敵意と剣むけられるのってこんなに怖いのか。でも引くわけにはいかない。グレイシアを変態貴族に渡すつもりはない。


「この人は俺の仲間だ」

「そんなことは知らん。何も罪がなければ、すぐに自由になれる。邪魔をするな」


 何も罪がなければ、すぐに釈放される……そうだろうか。グレイシアは獣人狩りの男を殺してる。この世界の常識なら誘拐犯を倒したに過ぎないが、グレイシアに何かをしようとしてる貴族がその情報を得たら、それを「人間を殺した悪い獣人」ということにするかもしれない。

 どうにか言い逃れができないか。でも、この場をなんとかできる話術が俺にはない。


「受け入れられない。仲間は渡さない」


 拒否するしかない。それしかできない。たとえ戦いになっても。


「お前も怪しいな。獣人と結託して何か悪事でも考えているのか?」

「そっちこそ、捕まえて何をする気だ」

「取り調べだと言っただろ」


 その兵士の目が、グレイシアの体に向けられる。


「いい体してるな。一皮むけば最高のおもちゃになりそうだ」

「まぁ俺たち末端に与えられるとしても、しばらく先だがな」

「なるべく綺麗な状態で届くことを祈ろうぜ」


 包囲する兵士たちの話し声が聞こえてきた。それで全てが理解できた。いや、全てじゃないかも知れないが、目的がハッキリした。ラウルと言う貴族とこの兵士たちは、グレイシアを慰み者にする気だ!

 これまでに感じたことのない怒りと一緒に吐き気がこみ上げる。緊張と嫌悪感が混じった吐き気だ。


「おぇぇぇっ……」


 そして俺は吐いた。胃の中のものと嫌悪感を吐き出した。そして緊張を振り払うように覚悟を決めた。


「おいおい、吐くほどビビってるなら、さっさとどいてくれよ。無駄な殺生はラウル様から怒られるんだよ。今なら見逃してやるからさっさと」


 俺に剣の切っ先を向ける兵士が、ニヤニヤしながら言う。そして、その剣が俺の顔のすぐそこまで迫った時、俺は腰のメイスを手に取り振り上げた。


 パキーン!


 甲高い音を立てて、兵士の剣が真ん中から折れて飛んでいく。呆然とする兵士たちを睨みつけ、俺は精一杯の言葉を口にした。


「絶対に連れて行かせない。連れて行く気なら、まず俺を倒してからにしろ!」


 剣が折れてオロオロする私兵を、俺は盾で突き飛ばした。兵士が派手に転がり、呻き声を上げる。その光景を見て、兵士たちの敵意が一斉に俺へと集中した。


「我らをアストレア家の兵士だと知って歯向かうのか!」

「アストレア家とかしらん!」


 俺は叫んだ。その声が戦闘開始の合図となった。

 兵士たちが一斉に襲い掛かってくる。しかし、よく見れば一度に振り下ろされる剣は2本か3本。俺はその剣を盾で受け止め、メイスで叩き折る。


 ガンッ、パキーン!


「油断するな。こいつ強いぞ!」


 誰かの叫び声で兵士の動きが変わった。だが、ロイネに比べたら遅い。俺がやることは一緒だ。剣を受け止めて、メイスで折る。そして弾き飛ばす。これの繰り返しだ。

 振り下ろされた剣にメイスを合わせて折る。向かってきた兵士に盾を前にして体当りし吹き飛ばす。回り込もうとした兵士に、他の兵士を投げつける。

 グレイシアには触れさせない!

 

 20人近くいた私兵の半数以上が、あちこちに転がって呻いている。盾で弾き飛ばして転がした連中だ。きっと骨折くらいはしてるんだろう。


「うそだろ。なんなんだよこいつは」


 更に数人倒すと私兵の動きが慎重になり、残り5人から減らなくなった。残った私兵は動きがいい。盾を叩きつけようとしても避けられる。でもその動きは明らかに疲れてる。

 逃げるか? でもグレイシアを抱えて逃げ切れるか分からない。

 ならば……倒すしかない!


「おおお!」


 俺は無意識に雄叫びを上げていた。勇気を振り絞って私兵に走る。急に向かってきた俺に反応できなかった私兵が、俺の体当たりで地面に転がる。その勢いのまま、もうひとりにも突っ込む。正面衝突した私兵が、車にはねられたかのように飛んでいく。そして次に向かった私兵が、タイミングをあわせて剣を振り下ろしてきたが、その剣ごと吹っ飛ばす。そこで、止まって残りの二人を見る。


「う、うわああああ! バケモンだー!」

「殺されるー!」


 残った2人の私兵が、仲間を置き去りにして町へ走り去った。

 やった、なんとか守れた。


「グレイシア!」


 メイスを腰に戻し、グレイシアに駆け寄る。


「はぁ……はぁ……さすが……私が……選んだ男」

「だ、大丈夫か?」


 生け捕りに拘ってたから、死ぬような毒じゃないはずだけど、凄く苦しそうだ。街に戻ってギルドにつれていけば、なんとかしてもらえるかも……いや町は危険だ。もっと強い私兵が襲ってくるかもしれない。じゃぁどうする?


「グレイシア、俺はどうしたらいい?」

「後先考えずに……助けたのだな」


 グレイシアが、荒い息をしながら笑う。


「私はもうダメだ。耐えられない」

「え、そんなに悪いの?」

「頼む、体が熱い。水場に連れて行ってくれ」

「わかった。抱えるぞ」


 俺はグレイシアを抱えあげた。が、水場がどこかなんて俺には分からない。


「水場ってどこにあるんだ?」

「あっちだ」


 グレイシアが東を指差す。


「わかった。行こう」


 触れた部分から毛が抜け落ちてる。毒の影響? これ本当に大丈夫な毒?


「グレイシア、水場に就くまで少しでもいいから寝るんだ。寝たら俺の癒やしの加護で少しは良くなるかも知れない」

「そう……だな……着いたら……おこして……」


 グレイシアがそう言いながら目を閉じた。死んだんじゃないかと不安になったが、苦しそうな呼吸が続いてる。よっぽど疲労してたんだろう。俺の癒やしの加護、頼むから効いてくれよ。毒も治してくれ!

 俺はそう願いながら、水場へと急いだ。



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