他国でも悪役令嬢―空白の4日間
「 ねぇ……食事が終わったらアタシと一緒にあっちで話をしない? 」
女給が指差ししたのは、ホールを出た廊下を挟んでの扉。
そう言う事に使われている部屋だと言う事は分かる。
要はワンナイトラブの部屋だ。
店に入っていきなりのナンパ。
それもこの店で働く従業員が。
隣に連れの女がいるにも関わらず。
気持ち悪い程の甘ったるい声で、レイモンドを誘惑して来たのだ。
パンとメニューを閉じたアリスティアに、近くにいるジジイ達が口々に話し掛けて来た。
身体を乗り出すようにして。
既にかなり酔っぱらっている。
「 諦めな~!サリーちゃんに誘われたら誰でもイチコロだぜ 」
「 サリーちゃんが狙った獲物は逃さないからね~ 」
「 サリーちゃんは貴族キラーなんだぜ~ 」
ボトルを手にしながらジジイ達が、ヒャヒャヒャと愉快そうに笑っている。
レイモンドとアリスティアが、貴族だと言う事は一目瞭然で。
それもかなりの高貴な貴族だと。
それはマントを纏っていても。
二人の立ち振舞いだけでも平民のそれとは全く違うのだから。
その高貴な貴族がこんな場所に連れて来る女は、愛人か妾。
貴族達が集う店では、流石に愛人を同伴出来ない事から、この店を利用する貴族は少なからずいる。
アリスティアをレイモンドの愛人と思ったわけで。
フードも取らすに顔を隠している辺り、かなり訳ありの二人なんだと。
サリーちゃんはハーフ。
茶色の髪は黒髪ばかりの人々の中で一際目立つ存在で。
美人でスタイル抜群で愛嬌のある彼女は、この店の人気者だ。
レイモンドが店に入って来た時から、サリーちゃんは目を付けていて。
いや、正確には彼が店の外にいる時から。
背が高くスラリとしたスタイル。
深く被ったフードで顔は見えなかったが、少々顔が不細工でも構わない。
サリーちゃんは高身長男が大好物なのである。
タルコット帝国の男は平均的に背が低い。
なので外国からの旅人が多く来るこの店で働いているのだ。
「 僕には妻がいる 」
「 そんな事はどうでも良いわ。愛人とよりも私と良いことしない? 」
サリーちゃんは自慢のはち切れそうな白い胸の谷間を、レイモンドの顔の前に付き出した。
「 ? 愛人などいない。僕は妻一筋だ 」
横にアリスティアがいると言うのに、意味が分からない。
そもそもこの手の女は話が通じない事は、今までの経験から明らかだ。
何時もならオスカーかマルローが対処してくれていたが。
自分では上手く対処出来ないだろうと、レイモンドは店を出る事にした。
ややこしくならない内に立ち去る事が得策だと。
その時。
椅子から立ち上がろうとテーブルの上に手を付いたレイモンドの手に、サリーちゃんの手が伸びて来た。
パシーン!!
閉じたままの扇子がサリーちゃんの手を打った。
勿論、打ったのはアリスティア。
扇子は貴族令嬢の必須アイテム。
他国で揉め事は犯したくはないのだ……が。
レイモンドは、あちゃーとばかりに額を押さえた。
フードでアリスティアの顔は見えないが。
怒りのオーラをひしひしと感じた。
***
危ない所だった。
レイモンドが自分の事を「 妻 」と言った事にアリスティアは感動していて。
危うくレイモンドに触られる所だったのだ。
我が国の大切な皇子様を、こんな下衆な女に触られてなるものか!
アリスティアの防衛力はフルパワーに。
「 痛い! 何すんのよ! 」
サリーちゃんが打たれた手を押さえた。
「 わたくしの夫に触らないで貰えます? 」
「 えっ!?あんた本妻なの? 」
周りの男達も驚いている。
てっきりこの貴族男の愛人だと思っていて。
サリーちゃんはニヤリと笑った。
相手が本妻ならば、目の前で寝取ってやる価値は増大だ。
お高く止まった貴族女を笑い者にしてやるチャンス。
平民の女に男を寝取られた貴族女の悲痛な顔は、店にいる男達に取ってもメシウマなのだ。
「 あんたの夫がアタシを選んだんだけどねぇ~ 」
チラリとレイモンドを見たサリーちゃん。
彼女は勘違いしていた。
レイモンドが立ち上がろうとしたのは、自分とワンナイトラブ部屋に行く為だと。
一瞬にして自分に落ちた事に満足していて。
それは今までの男と同じ様に。
「 飛んだ勘違いですわね。わたくしの夫がお前などを選ぶ筈が無いでしょ? 」
ホホホとサリーちゃんを嘲笑うアリスティアは、扇子で口元を隠した。
「 あんたの男はアタシに一目惚れしたんだよ!それが分からない? 」
「 わたくしの夫がお前ごときに一目惚れしたですって!? ブスなくせに笑わせないで頂きたいですわ! 」
それを聞いたサリーちゃんはケラケラと笑い出した。
男達も皆。
「 みんな~ぁ。アタシがブスなんだってサ~。それならフードを取ってあんたの顔を見せな! アタシに勝ってる顔を拝んでやるわよ~ 」
アタシに敵うわけがないと、胸を付き出したサリーちゃんの胸のボタンが弾け飛んだ。
白い豊満な胸の谷間が露になる。
ワーッと男達の歓声が上がった。
最早、店の中にいる皆の注目の的。
酒瓶やボトルを持って女の対決を楽しんでいる。
今夜は貴族女の泣きっ面が見れるとニヤニヤとしながら。
「 ねぇちゃん止めとけ! サリーちゃんの美貌には敵わないぜ! 」
「 今までサリーちゃんが負けた所は見た事もないぜ 」
「 サリーちゃんはさ~顔も綺麗だけど~ヨダレが出る位のエッチな身体なんだよね~ 」
「 ティア! もう出よう! 」
レイモンドはアリスティアの手首を持ち、店を出る事を促した。
しかしアリスティアはレイモンドの手を振り払い、それを制止した。
売られた喧嘩は買う主義だ。
今まで負けた事などただの一度もない。
美貌対決なら尚更受けて立つ。
アリスティアは黒のローブのリボンを外しながら、ゆっくりと立ち上がった。
そして徐にフードを取ると、ローブが肩から床にパサリと落ちた。
ヤンヤと騒いでいた店の中が、一瞬にして水を打ったように静寂になった。
現れたのは絶世の美女。
サリーちゃんも凄い美女だが、それは単なる平民間の事で。
公爵令嬢のその輝くような美貌は、全く比ではない。
当然ながら平民達は公爵令嬢など見た事はない。
それは何処の国の平民も同じ。
公爵令嬢が深層の令嬢と謳われているのは、高貴過ぎるから。
そこが民衆の前に立つ王女とは違う所で。
ましてやアリスティアは持って生まれた美貌の持ち主。
小さな顔。
陶器のような白い肌に可愛い赤い唇。
艶やかなミルクティー色の髪。
長い睫毛のある大きな瞳はヘーゼルナッツ色。
サリーちゃんの顔がデカク見え、厚化粧が何だか汚ならしい。
先程までは美しいと思っていた顔なのだが。
「 わたくしの美貌は世界一ですわ! これで分かったでしょ? こんな美しい妻のいるわたくしの夫が、お前のようなブスを選ぶ事は万が一にも有り得ないですわ! 」
オーホホホ。
胸を付き出し腰に手を当てたアリスティアが、腰を仰け反らしながら高笑いをした。
スタイル抜群の自慢の身体を見せ付けるように。
刹那!
アリスティアの脱いだローブを拾い上げたレイモンドが、アリスティアの頭からすっぼりと被せた。
「 キャア!? レイ!何ですの? 」
レイモンドはそのままアリスティアを抱え上げると、スタスタと店から出て行った。
その時。
レイモンドが被っていたフードがハラリと脱げた。
現れたのは金髪碧眼の美丈夫。
キラキラと輝く眩いばかりの美しい顔。
他の女給達のキャアキャアと言う黄色い声が、店中に溢れて返っていた。
***
「 まだ言ってやりたい事がありましたのに 」
公園のベンチに下ろされたアリスティアは不満満載だ。
他人の男を寝取ろうとする女など、再起不能にしなければならない。
それが世の中の為にもなる。
そこは貴族も平民も関係ない
アリスティアはレイモンドをむぅぅと睨み付けた。
「 君をハイエナどもに見せたくなかった 」
レイモンドがアリスティアの顔を覗き込んだ。
そんな顔も可愛い。
騒ぎを起こしたくないのは勿論だが。
何よりも。
アリスティアを、男達のいやらしい目で見られるのが嫌だった。
サリーちゃんを見ているあのいやらしい目が、アリスティアに注がれるのを。
勿論、アリスティアが着ているドレスは、赤のチェックの普通の可愛らしいドレスなのだが。
「 店に戻ってギャフンと言わせて来ますわ! 」
「 だ~め! 」
鼻息の荒いアリスティアの唇を、レイモンドはキュッと摘まんだ。
店に入っての食事を諦めた二人は、屋台の食べ物を食べる事にした。
あの店のエビ料理を食べられなかった事は残念だったが。
屋台の食べ物は食べた事はない。
食べ歩きもした事がなかった二人だから、それはそれでテンションが上がる。
自分でお金を払う事も楽しい。
因みにお金は、街に到着した時に既に両替屋で替えて貰っていた。
旅人が多く往き来する国では、街には必ず両替屋がある。
それはエルドア帝国とて同じ。
「 これ……焼き鳥って名前ですの? 」
アリスティアは、今まで食べた事のない味にご機嫌だ。
キラキラと大きな瞳を輝かせているのが可愛い。
「 うん。僕もこれが一番気に入ったよ 」
「 シェフがいたら調理の仕方が分かるのに…… 」
残念だわと言うアリスティアの頬を、レイモンドは指先で拭いて、その指をペロリと嘗めた。
可愛い頬っぺに焼き鳥のタレが付いていたのだ。
「 あら! わたくし達ってお行儀が悪いですわね 」
「 大丈夫。ここは他国だからね 」
顔を見合せ、互いにクスクスと笑い合った。
レイモンドは外遊の必要さを改めて感じた。
結婚したら二人で世界を巡りたい。
アリスティアと一緒ならば、楽しい事は間違いないのだから。
お腹が満たされた二人は宿屋に泊まる事にした。
魔女の森には明日の朝に戻る事にして。
訪れた宿屋の店主は、シングルの部屋だけしかないと言う。
小さなベッドは二人では寝られない程の大きさ。
ならば別の宿屋を探そうとしたが。
「 もう遅い時間なので、空いている部屋はないだろう 」と、言う店主の言われるがままに、この宿屋の部屋を二つ取る事にした。
宿屋の言う事が本当か嘘かは分からない。
何しろ皇太子殿下と公爵令嬢。
二人は当然ながら世間知らず。
宿屋のスタッフが二人を部屋に案内する。
「 お休み。良い夢を 」
「 お休みなさい 」
アリスティアの部屋の前で、アリスティアの頬にキスをしたレイモンドは、スタッフと一瞬に自分の部屋に向かった。
アリスティアが部屋に入ると直ぐに、下働きの女が入って来た。
「湯浴みの準備は終わってます」と言って。
バスタブには既に湯がくべられていて。
タオルも着替えも用意されていた。
「 湯浴みのお手伝いをしましょうか? 」
「 一人で大丈夫だから下がって良いわ 」
魔女の森で過ごした半年間があるので、一人でも事足りる。
貴族の宿泊には手伝いの者を付けてくれるのは、何処の国も同じ。
だから平民が泊まる時よりも、宿代はかなり高め。
湯船に浸かっていると……
何だか急に不安になった。
レイは大丈夫なのかしら?
レイモンドの世話をする侍従のマルローはいない。
自分と同じ様に、手伝いの女がレイモンドに世話をすると言ってる筈だ。
そうなれば……
女がレイの湯浴みを手伝う?
そもそもレイモンドと離れた場所に、自分の部屋がある事が怪しい。
部屋に案内したスタッフは……女。
アリスティアは直ぐに湯船から出た。
乾かしてない髪は後頭部で纏め上げながら、急いでレイモンドの部屋に向かった。
レイモンドの泊まる部屋が何処なのかは聞いてはいない。
……が、直ぐに分かった。
下働きの女達が群がっていた。
一番端にある部屋の前に。
アリスティアの部屋に来た女もいる。
何だかギャアギャアと揉めている。
各々の手には桶やバスタオルを持って。
何をしようとしているのかは一目瞭然だ。
「 お前達!何をしている! 」
近付いて来たアリスティアの凄みのある声に、女達はあたふたしながら後ろに下がって頭を下げた。
「 この部屋はわたくしの夫の部屋ですわね? 」
一応は確認する。
万が一違っていたら大変だ。
女達は頷いた。
頭を下げたままに。
「 わたくしの夫の世話はわたくしが致します。お前達は下がりなさい 」
「 あの……それが……部屋に鍵が掛けられていて 」
「 だから……入れなくて…… 」
「 ……でも……あの……中に…… 」
女達が口々に言う。
びくびくとしながら。
「 そう。鍵が掛かっているのね 」
鍵が掛けられていた事に安堵する。
……が。
中から漏れて出て来た声にアリスティアは驚愕した。
聞こえて来たのは女の声。
気持ち悪い程の甘ったるい声。
何だか聞いた事のある。
アリスティアの瞳が赤くなる。
それと同時に部屋のドアがバーンと開けられた。
勿論、魔力でドアを開けたのだ。
ちゃんと魔力は調節出来ている。
……が、小さいドアは吹っ飛んでいた。
皇宮の大きな頑丈な扉とは違って。
女達の悲鳴を後にしながら、アリスティアは部屋に入って行った。
驚いた事にレイモンドの部屋は広い部屋だった。
二人が寝れる程の大きなベッドも置かれている。
店主にはシングルの部屋しかないと言われたが。
混乱しながらも部屋を見回すアリスティアの視線は、部屋の奥に止まった。
そこはサニタリールーム。
そして……
そこにいる女は……
サリーちゃんだった。
それも真っ裸。




