魔女は満月の夜に浮かぶ
レイモンドとアリスティアは魔女の森から戻って来なかった。
それは4日目の朝を迎えても。
不安だけが募って行くが、魔女の森には誰も入る事が出来ないのだから成す術もなかった。
魔女の森の周りに、騎士達を配備する事位しか出来なかった。
あの議会での話から、二人が魔女の森にいる事は国民の知る所となり、既にパニック状態にあった国民達の間から様々な話が飛び交った。
「 魔女が皇太子殿下を連れ去ったのでは? 」
「 それとも魔女の色香で皇太子殿下を狂わせたのか? 」
それだけならまだ良いが。
「 そもそも、魔女が魔物なのでは? 」などと言う話も囁かれていた。
この異変は魔女の魔力のせいではないのか?と言う声も。
それはニコラスと同じ考え。
……と言ってもニコラスのそれは、憎きハロルドへの嫌がらせへの発言に過ぎないが。
その後、政府への不満を募らせていた人々が、皇宮の門の前に続々押し寄せて来る事態となった。
少人数ならば追い返せるが。
流石に百人も集まってくれば慎重にならざるはえない。
しかしだ。
今何とかしなければ、数千人、数万人規模になると暴動に発展する恐れもある。
集団心理が働けば何が起こるか分からない。
政府としては早急に手を打たなければならない案件だと、各大臣達との話し合いが行われた。
皆で頭を考えあぐねている所で、ギデオンが口を開いた。
「 余が直接国民に話をしよう 」
バルコニーに立って自らの言葉で国民に説明すると言う。
魔物討伐に関する事は未定だが、今はそれしかない。
魔女の森に行ったっきりのレイモンドとアリスティアの報告待ちだ。
二人が戻って来るのを待つしかない。
なので先ずは国民を安心させる事が必須。
「 陛下。それは……何の策もない今、得策ではありません。最悪、陛下の御身が危うくなるかも知れません 」
ハロルドが反対するが他の大臣達は違った。
「 陛下は国民から慕われておりますから、問題ないですな 」
「 陛下のお言葉ならば、素直に聞き入れてくれるでしょう 」
「 陛下の身は我々がお守り致します 」
ギデオンを褒め称える大臣達から一歩前に出た国防相が、張り切ってドンと胸を叩いた。
「 陛下!よくお考え下さい! 今、国民が求めているのは未来への希望です。聖女の変わりになる何かが必要なのです 」
その何かが示せないのに無理なのだと。
ハロルドがかなり力説したが、結局は他の大臣達に押し切られた形になった。
ギデオンが「 余の口から思いを伝えたい 」と切望している事もあって。
そうしてこの日の午後に、皇帝陛下からのお言葉を頂戴すると国民に向けて発表した。
皇宮の広場には続々と人々が集まって来ていた。
抗議の声を上げている者達とは別の人々だ。
「 皇帝陛下自らのお言葉を聞けるなんて有難い事 」だと言って。
そんな輩達ばかりなら良いが。
彼を恨む輩も中にはいるだろう。
ニコラスがハロルドを憎悪しているように。
ギデオンは国民から人気のある皇帝だが、それでも100%の支持がある訳ではないのだから。
厳戒態勢の中、ギデオン皇帝は国民の前に立った。
ギデオンを仰ぎ見る人々達から大歓声が上がる。
突然の召集だったのにも関わらず、集まったのは数十万人。
人々はそれ程までに未来を求めていたと言う訳だ。
ベランダから人々を見下ろすギデオンが見たのは、希望に目を輝かせている国民達の目。
皆が期待しているのだ。
恐怖を希望に変えてくれる言葉を待っているのだ。
しかし。
言葉が見付からなかった。
恐怖に駆られている彼等を安心させる言葉が。
用意されていた言葉は《 食糧の配給 》だ。
備蓄はある事から当面は食糧に困る事はない。
海や川に行けば魚介類もある。
しかしだ。
人々が待っているのはそんな小手先だけの言葉ではない。
安心して暮らせるようになる未来。
怖い。
ギデオンはこの時、初めて国民が怖いと思った。
『 近い未来に魔物が出現する。世界を救うのは帝国に現れる一人の聖女 』
人々が求めているのは聖女 。
自分ではない。
改めてハロルドが言っていた意味を理解した。
世界を救う聖女がいない今。
何を言えば国民達が安心するのかが分からない。
生きる希望を抱いてくれるのかが分からなかった。
バルコニーで佇むだけのギデオンに、人々はざわつき始めた。
「 陛下! 」
「 皇帝陛下! 」
後ろに控えているハロルドや大臣達が焦り出した。
国民達に弱さを見せてはならない。
強い王であるからこそ民衆は付いて来るのだから。
言葉を発しないギデオンに人々はイラつき始めた。
ざわつきが更に大きくなる。
「 皇帝陛下! 聖女様がいない今、魔物を討伐出来る秘策はあるのですか!? 」
口火を切ったのは……多分記者。
何処かの新聞社の。
「 我々の未来はありますか!?」
「 皇帝陛下! 我々に未来への希望のお言葉を! 」
民衆の前で、次々に記者達からの質問が相次いだ。
何の希望も何の未来も約束出来ない。
国民に向かって掛ける言葉が見付からない。
余は……
無力だ。
ギデオンはギリリと奥歯を噛み締めた。
その時。
銀色の光が西の空に輝いた。
「 !? 」
何事が起きたのかと皆が一斉に光った方角を見た。
そこは魔女の森。
何だ?
何が起こっている?
人々はざわつき始めた。
恐怖が人々の心を支配する。
あちこちから悲鳴が上がる。
我先にと逃げ出す者や、頭を抱えてしゃがみ込む者達で広場はパニックとなった。
「 皆、落ち着け! この光は魔女が放ったものだ! 」
ギデオンの良く通る声に皆はフリーズした。
そしてギデオンを仰ぎ見れば、彼は広げた両手を上に上げている。
「 魔女? 」
「 魔女だって? 」
人々は、以前に見た魔女と魔物の空中戦を思い出した。
箒に乗った魔女の放つ銀色の光が、夜空に輝いていた光景を。
銀色の光は魔女の魔力。
戦っている。
魔女の森にいる魔物と魔女が戦っている。
「 あああああ…… 」
あちこちで言葉にならない喜びの叫びが上がった。
人々の瞳に希望の光が入った瞬間だった。
「 皆の者!よく聞くが良い。皆も知っている通り、 今、魔女の森には皇太子と魔女がいる! 魔物を討伐する為に! 」
ギデオンもまた瞬時に悟った。
この銀色の光は魔女アリスティアの放った魔力だと。
その時、またもや魔女の森に銀色の閃光が走った。
魔女の森の中心が眩しい程に光輝く。
それは希望の光。
広場にワッと歓声が上がる。
魔女を応援する声。
喜びに溢れる顔。
未来への希望を叫んで嬉し泣きする人々がいた。
「 我々には魔女がいる! 我が国を守る使命のある皇太子と最強魔女がいるなら、恐れるものは何もない! 」
ギデオンはここで鬨の声を上げた。
これは戦いに挑む者のモチベーションを上げる事に必要な事。
「 魔物は討伐される!我が国の未来は約束された! 世界は平和を取り戻す!!! 」
力強い帝王の声に人々の気持ちが一つになる。
「 我々は勝つ! 」
「 我々には魔女がいる! 」
「 何度魔物が現れても討伐してやる! 」
エイエイオーッ!!!
人々の叫びが何時までも木霊した。
民衆達が騒ぐ中。
戻って来たギデオンをハロルドを始め、大臣たちが出迎えた。
「 陛下……お見事でございました 」
片膝を付いたままで。
目を涙で潤ませながら。
皆はギデオンの前で頭を下げている。
「 皇太子とアリスティア嬢に助けられたな 」
ギデオンは民衆の怒りに初めて遭遇した。
年に何度かこのバルコニーに立って、民衆に手を振るが。
そこにあるのは尊敬の眼差し。
賛辞の声。
国民から敬われる程には、国民の為に尽くして来たと言う自負はある。
自分は敬われるに相応しい皇帝だと。
しかし。
この日の民衆には恐怖すら抱いたのである。
自分に向けられる敵意の目に。
これが革命に繋がるパワー。
小さな不満が暴動と化し、やがては革命が起き、滅んでしまった王家が世界には数多くある事も知っている。
ましてや今は魔物の出現と言う未曾有の出来事に、国を担うトップとしての指揮を求められているのだから。
***
その後。
落ち着きを取り戻した人々は粛々と日常の生活を営み始めた。
皇宮の門の前には政府を批判する人々はいなくなり、代わりに配給を求める人達で日中は溢れ返っていた。
国民への配給は、各貴族の領地にも行っている事から大掛かりの物となっている。
その未来への希望は、聖女から魔女に変わったのだ。
それからも魔女の森は時折銀色に光った。
その閃光が走る度に「 魔女は戦っている。皇太子殿下と共に…… 」と、皇都の人々は二人の戦いに熱狂した。
その様子が、逐一皇室の発行する新聞によってエルドア帝国全土に伝えられ、人々が皇都に押し寄せると言う事態もなくなった。
「 我々には~強くて凄い魔女がいる~魔女が魔物を討伐したら~やがては皇太子妃となって~エルドア帝国を平和に導くのだ~ 」
そんな歌までもが歌われるようにもなっていた。
そんな中。
不思議な現象が起こっている事がギデオンに報告された。
魔女の森に銀色の閃光が走ると、荒れ果てた田や畑に新しい芽が息吹いて来るのだと。
しかしその新芽は、暫くすると急激に萎れたり枯れて行き。
そして再び魔女の森に銀色の閃光が走ると、またもや芽吹いて来るのだ。
この不思議な現象が何なのかを知りたいギデオンは、ジョセフを呼び寄せ彼の見解を求めた。
この場には、アリスティアの身内であるハロルドとオスカーしかいなかった。
気難しい皇子なので、またもや臍を曲げる事のないようにと考えて。
これはオスカーの入れ知恵。
ジョセフと二人で話をするのは疲れるのだ。
「 そなたの考えが聞きたい。申してみろ」
「 魔物は木。だから消滅させられても何度も復活出来るのだろう 」
銀色の光は、アリスティアが消滅の魔力を魔物に向けて放ったと言う事。
その時、魔物が消滅した事は間違いない。
消滅したからこそ新しい命が芽吹いたのだ。
しかし……
再び植物は枯れると言う現象が起きているならば、魔物は消滅しても直ぐに復活出来ると言う事になる。
それが木の恐ろしさ。
千年もの間。
魔物は魔女の森に根を張らしていたのだ。
「 全く厄介な存在 」だとジョセフは言う。
「 ……何と言うか…… 」
「 これではレイもティアも戻って来れないじゃないか? 」
ハロルドが眉間をゴシゴシと揉み扱き、オスカーが両手を広げた。
やれやれと首を横に振りながら。
「 ジョセフよ。そなたに何か策はないのか? 」
策はある。
ひとつだけ。
だけどそれには大きな代償を抱えなければならない。
ジョセフは首を横に振っただけで、それ以上は何も語らなかった。
先ずは二人が魔女の森から出て来る事を考えねばならない。
二人が魔女の森に行き、異変が起こってから既に二週間が過ぎている。
一体、魔女の森で何が起きていると言うのか?
「 銀色の閃光がある限りは、殿下も娘も無事であると思われます 」
まるで自分に言い聞かせるようにして、カルロスはギデオンに告げた。
その顔にはかなりの疲労感を滲ませている。
皇帝陛下を支えなければならない宰相として、国の事も考えなければならないが。
娘の事が気掛かりなのは当然で。
ハロルドは窓からアリスティアのいる魔女の森を見た。
勿論、ギデオンも同じ気持ちだ。
オスカーは一生懸命ペンを走らせている。
これは領地に帰ったカルロスの命令だ。
魔物に関わる事は全て記載しろと。
この歴史に残る未曾有の出来事を、後世に残す為にも。
世界が滅ぶ事になれば……必要ないよなと思いながらも、オスカーはペンを走らせた。
グレーゼ公爵家の嫡男の命令は絶対なので。
ギデオンの執務室は魔女の森の全体が見渡せる位置にある。
それは魔女の森は政府の監視下にある事を意味する。
歴代の王はこの部屋から魔女の森を見ていた事になる。
ギデオンは巨大になり過ぎた魔女の森を見つめていた。
ジョセフもハロルドもオスカーもまた、空を見上げた。
空に浮かぶのは巨大な満月。
今宵は特に大きく見えた。
その時。
魔女の森が銀色に輝いた。
それは今までよりも強く、大きい光。
次の瞬間。
強い銀色の閃光が夜空に向かって走った。
すると満月の前に何かが現れた。
「 !? 」
「 何だぁ!? 」
皆の目がその何かに釘付けになった。
満月をバックにして夜空に浮かぶのは……
箒に乗った魔女。
今宵は満月。
何処からか狼の遠吠えの声が聞こえた。




