格の違い
魔物騒ぎが終わった事により、皇宮では急遽パーティーが開かれる事となった。
魔物対策に奔走した大臣達や、議員達への慰労会として。
しかし貴族達の間では、皇太子殿下の新たな婚約者選びが本来の目的だと言う噂で持ちきりになっていた。
招待されたのは、大臣や議員達とその家族の他に、伯爵以上の上位貴族達の家族もいたからだ。
何よりも、先日議会で皇太子殿下の婚姻に付いての会議が行われた事もあって。
今までは皇太子の婚姻の議題なんて上った事など無い。
彼には幼い頃から既に婚約者がいたのだから。
パーティーは、魔物討伐の夜から2週間余り過ぎた頃に行われた。
急なパーティーにも関わらず、皇宮の大広間にはきらびやかなドレスを着た令嬢達が沢山いた。
何時もの舞踏会や夜会よりも、派手に着飾った令嬢達が。
もしかしたら皇太子殿下のお眼鏡に叶い、もしかしたら皇太子妃になれるかも知れないと言う淡い期待を抱いての事。
「 皇族方のお出ましであります 」
アナウンスと共に扉が開かれると、男性達は手を胸に当てて頭を下げ、女性達はカーテシーをして皇族ファミリーを迎えた。
顔を上げた皆は驚いた。
ギデオンがミランダ妃をエスコートして現れたのだから。
魔物騒ぎの間は、ミランダも公の場に出る事も増えたが、それは魔物と言う未曾有の出来事があったからで。
人々は、皇族間の変化を感じる事になったのだった。
その事にも驚きはしたが、レイモンドがエスコートしていたのは、母親であるクリスタ皇后だった。
腕を組んだ二人は、楽し気にお喋りをしながらゆっくりと歩いている。
今までならば、レイモンドの横には必ずやアリスティアがいた。
産まれた時からレイモンドの婚約者であった彼女は、既に皇族ファミリーの扱いだった。
因みに、皇族ファミリーと言ってもジョセフの姿は無かった。
魔物騒ぎでは、彼も会議に参加したり、魔物討伐の折りには一役買ったのだが。
議会では、アリスティアとの結婚を絶対に譲らなかったレイモンドだったが、この場に彼女がいない事で皆は確信した。
魔女になった彼女は、やはり皇太子妃候補から退場したのだと言う事を。
いくらレイモンドがアリスティアを求めても、皇帝陛下が認めなければこの婚姻は成立する事はない。
世継ぎである皇太子の結婚は、国民が拒絶するような結婚であってはならない。
なので、皇帝陛下も慎重にならざるを得ないのは当然の事だった。
***
大きな舞踏会では無い事から、陛下達のファーストダンスは無く、皇帝陛下からの労いの言葉を賜った後はフリースタイルとなった。
スタッフ達が酒の入ったお盆を持って、忙しく人の合間を歩き回っていて。
人々は宮廷楽士達の奏でる柔らかな音楽の中で、各々が歓談する輪があちこちに出来ている。
皇帝陛下の周りには大臣達が集まり、クリスタ皇后の周りには大臣達の夫人達が集まっていた。
その輪の中にはミランダ妃もいて。
皇族の何かが変わった事だけは確かな事だった。
そしてレイモンドの周りにも、沢山の男女達が集まり楽しそうに話をしていた。
その輪の中にいるのは、外交官の女官であるニアン・オードリー伯爵令嬢。
彼女はやたらとレイモンドに纏わり付いている。
まるで彼の恋人は自分だと言うように。
ニアンは、他国の王女に娼婦みたいなドレスだと揶揄されたと言うのに、やはりこの時も胸の谷間が露なドレスを着ていた。
自分のスタイルの良さをアピールする為に。
レイモンドを誘惑する気満々だ。
そんな彼女だが、かなり有能な外交官ではある。
気配りと要領の良さと、他国語を話せる事は彼女の武器だ。
しかし、レイモンドの傍にいる事を当然のように振る舞う事から、女官達からは嫌われている。
レイモンドの脱いだ上着を受け取ったり、袖を通して着せたり、また、当然のように執務室に出入りする事も、女官や侍女達から嫌われている要因だ。
仕事の場にはアリスティアがいない事から、より大胆に。
そんなニアンのような女を、易々と叩きのめしてしまうアリスティアは、女官や侍女達からは絶大な人気がある。
世間では悪役令嬢だと揶揄されているが。
強い彼女が皇太子妃として入内する事を、皇宮の使用人達はとても楽しみにしているのであった。
レイモンドにベタベタするニアンに、周りにいる令嬢達がイライラする中、ある男が近寄って来た。
「 殿下。このパーティーを彩る為に、この若くて可愛らしい令嬢達とダンスを踊っては如何ですかな? 」
やって来たのはニコラス・ネイサン公爵。
二人の令嬢とその親達を連れて。
凄い顔で睨み付けているニアンを鼻で笑いながら、ニコラスは若い令嬢達をレイモンドの前に立たせた。
淫乱ババアは邪魔だとばかりに。
レイモンドに紹介され、少し恥ずかし気にカーテシーをする令嬢達は、家格も財力も3つの公爵家に次ぐ侯爵家の令嬢達。
彼女達はニコラスの親戚筋の令嬢達で、年齢は共に16歳。
レイモンドと10歳近くも歳が違う。
貴族社会では子息や令嬢達の結婚は早い。
特に高位貴族である侯爵令嬢は、アリスティアの年齢位では既に婚約している令嬢が殆どで。
皇太子妃になる条件としては、他の子息と既に婚約をしている令嬢は論外だ。
なので皇太子妃候補は、必然的に若い令嬢になってしまうのであった。
そもそも皇太子の愛する公爵令嬢は、彼より5歳も年下。
年下好きの殿下であるならば、もっと年下であろうが問題ないとして。
ニコラスは、レイモンドがダンスの申し出を断らない事を知っている。
優しい彼が、まだ若い令嬢達を無下には出来ない筈だと。
何よりも。
アリスティアがこの場にいない事が大きかった。
レイモンドに近付く女達の、巨大な壁になっていたあの悪役令嬢はいないのだから。
レイモンドは紹介された令嬢の手を取り、ホールの真ん中に向かった。
勝ち誇ったようにニヤリとほくそ笑んだニコラスは、宮廷楽士達に向けて片手を上げて合図をした。
既に打ち合わせ済みだったのか、楽士達がダンス曲の演奏を始めた。
緊張している令嬢を優しくリードしながら、レイモンドは会場の中を滑るように踊り始めた。
時折見つめ合い、優しい顔を向けて何かを語りかけながら。
そしてダンスを踊り終えると次の令嬢を迎えに行き、再び踊った。
そんなダンスに満足顔をしているニコラスをよそに、公爵に次ぐ高位貴族である侯爵達は臍を噛んだ。
「 こんな事なら、うちの娘を糞令息になんかと婚約させるんじゃ無かった 」と。
レイモンドには既に公爵令嬢と言う婚約者がいた事から、彼等は自分の娘を皇太子妃にする事は完全に諦めていたのだ。
各々の感情が入り交じった会場で、一際激しく拒否反応を示しているのは女性達だった。
「 あんなオドオドとした下手なダンス。見苦しいですわ! 」
「 嫌だわ……あんな貧相な小娘が皇太子妃になんて認めたくありませんですわ 」
「 頭の回転も悪そうですわね。こんな令嬢が他国の王女と対等に話せるのかしら? 」
女性達がこぞって扇子を広げ、口元を隠しながら酷い言葉を吐露し始めた。
皇子様との夢のようなひとときを終え、頬を赤らめている彼女に聞こえるように。
そう。
社交界で本当に怖いのは女性達の激しい嫉妬。
皇太子殿下の婚約者であり、公爵令嬢と言う身分であるアリスティアでさえ、悪役令嬢と揶揄され、皇太子妃には相応しくないとされて来たのだから。
当然ながら、まだ若い侯爵令嬢達には荷が重い立場だった。
彼女達は今にも泣き出しそうな顔をしている。
いきなり女性陣達の標的になってしまったのだから。
彼女達の母親である侯爵夫人達が、必死で娘達を庇ってはいたが。
女性達の嫉妬の相手は若い令嬢であろうが容赦はない。
そんな女達の醜い諍いの様子を見ていた男達は落胆した。
「 おいおい、我が国の未来は大丈夫なのか? 」と。
エルドア帝国は、外交に重きを置いている国だ。
当然ながら皇太子妃になれば、皇太子殿下と共に外遊に行くのは必須。
自国の社交界も牛耳られない皇太子妃が、他国の王族や貴族と渡り合える筈がない。
貴族達は強い焦燥感に襲われた。
今まではこんな不安など少しも感じた事は無かったのだから。
「 如何でしたかな? 」
揉み手をしたニコラスがレイモンドに近付いて来た。
「 彼女達は、どちらも皇太子妃になるに相応しい家格の令嬢達ですぞ 」
「 そうだな、素敵な令嬢達だ 」
レイモンドが令嬢達を誉めた事に気を良くしたニコラスが、彼女達のアピールを話し始めた。
「 まだ、何も知らない初な令嬢達ですから、お妃教育は結婚してから初めても……うんたらかんたら…… 」と。
レイモンドの周りには令嬢達が集まって来た。
皇太子殿下が貴族令嬢と踊ったのならば、自分とも踊ってくれるかと思って。
彼は他国の王族以外は、婚約者であるアリスティアとしか踊る事はなかったのだから。
しかしだ。
いちはやくニアンが自分の片手をレイモンドに差し出した。
「 殿下……次はわたくしと踊って頂けますか? 」
胸を押し出すように強調して。
ダンスのテクニックには自信がある。
身体だって、あんな小娘のような貧相な身体ではなく、成熟した大人の女の身体だ。
それに……
彼女は伯爵令嬢だが、侯爵家に匹敵する財力のある家の令嬢だ。
年齢は25歳。
勿論、婚約者はいない。
貴族令嬢としては晩婚なのだが。
働いている女性に限り、結婚年齢が遅い事は女性達のステータスにもなっていた。
何よりも外交を重視する我が国として、外交官である自分は、最も皇太子妃に相応しい存在だと言う自信があった。
そもそもニアンは側妃となる事を望んでいた。
既に皇太子妃は決まっていたのだから仕方なく。
それはミランダ妃と同じ立場。
ただミランダ妃と違う事は、皇太子の外遊に同行出来るようにと外交官になった事。
あんな日陰の側妃などにはならないと。
しかしだ。
皇太子妃になれるチャンスがあるなら、名乗り出ない理由はない。
ニアンは、まだ未発達な身体の小娘達との格の違いを見せ付ける為に、自慢の胸をプルンと揺らした。
「 この下品な令嬢は論外だ 」
エルドア帝国の未来を心配し始めた男達は、頭を抱えた。
誰か他の令嬢はいないのか?
何処に出しても恥ずかしくなく、女性達の上に立てる令嬢。
レイモンドはニアンの手を取ろうとした。
既に侯爵令嬢と踊った事で、ここでニアンと踊らない理由はないのだから。
これは荒れるぞ。
会場はざわついた。
バーン!!!
次の瞬間。
凄い音と共に扉が勢いよく開けられた。
皆が一斉に扉の方を振り向いた。
扉から現れたのは、アリスティア・グレーゼ公爵令嬢。
来たーーーっ!!
悪役令嬢は期待を裏切らない女だった。
***
「 カルロスお兄様! 我慢の限界ですわ! 」
アリスティアはその言葉を投げ捨てて、扉を開けた。
アリスティアとカルロスは、少し開けた大広間の扉からずっと中の様子を見ていた。
これ見よがしに、レイモンドの周りをウロチョロしているニアンにイライラしながら。
この女には転生前からイライラさせられていた。
兎に角レイモンドとの距離が近いのだ。
皇太子の公務は外交を主に担う事から、外交官の彼女と距離が近いのは仕方がない事なのだが。
実は……
レイモンドが他の令嬢と踊る事は、カルロスが立てた計画だ。
ニコラスが二人の令嬢を連れて来る計画をしている事を聞き付けて。
格の違いを見せ付けてやる作戦だ。
勿論、レイモンドとも打ち合わせ済みで。
アリスティアは、グレーゼ公爵家だけでなく、クリスタ皇后までもが、皇太子妃になるべく育てて来た令嬢だ。
何よりも皇族の血を引く公爵令嬢であるから、他国の王族に負けない身分でもある。
その上、あの気性。
その堂々とした所為を見て来た貴族達が、他の貴族令嬢は皇太子妃に相応しくないと感じる事は当然で。
その格の違いを見れば、アリスティア・グレーゼ公爵令嬢こそが皇太子妃に相応しい令嬢だと思う筈。
なのでアリスティアは、レイモンドが二人の侯爵令嬢と踊るのは我慢した。
しかしだ。
あのニアンが、レイモンドにダンスの誘いをすると言う想定外の事が起こったのだ。
カルロスからは、ニアンの様なハレンチな令嬢と踊る事も、比べる対象になるから我慢をしろと言われた。
……が、我慢出来なかった。
あのいやらしい女は、レイに必ずや激しく密着する。
あのプルンプルンの胸をレイの逞しい胸に押し付ける!
そう思ったら、魔力が扉を開けていた。
バーンと派手な音を立てて。
公爵令嬢アリスティア・グレーゼの登場だ。
魔女が皆の前に現れた。
漆黒のドレスを翻して。




