閑話─その女官、誰?
きっと転生前も……
レイはこうして尽力してくれていたのですわ。
わたくしと結婚する為に。
転生前のあの夜。
レイモンドはグレーゼ公爵邸に一人でやって来た。
議会で決まった、聖女との結婚をアリスティアに伝える為に。
花嫁のすげ替えをすると言う、残酷な決定がされた事を伝える為に。
アリスティアは、レイモンドの辛そうな顔を今でも覚えている。
あの時。
レイモンドは「 僕を信じて欲しい 」とアリスティアに言った。
だけどアリスティアは、その信じて欲しいが何なのかも分からないままに。
結局は、信じる事が出来ずに魔女にまでなってしまったが。
転生前も今と同じ様に、こんなにも頑張ってくれていたのだと思うと、感動しないわけがない。
今、この気持ちを伝えたい。
大好きだと言う気持ちを。
議会室を飛び出したアリスティアは、先に議会室を後にしたレイモンドを追い掛けた。
廊下を駆け抜けた所で、皇太子宮に通じる中庭を歩くレイモンドがいた。
秘書官達と共に。
太陽の陽に照らされて、キラキラと輝く黄金色の髪はより一層輝いて見えた。
好き好きモードに突入している事から、神々しい程に。
後ろ姿も当然ながら素敵だ。
スラリとした細身の長身だが、騎士団で鍛えているから本当はかなり逞しい事は知っている。
ドキドキが止まらない。
いや、もうドクンドクンとなって心臓が破裂しそうだ。
時戻りの剣で、彼に貫かれた心臓が。
この溢れる想いを伝えたい。
どうしても今。
「 レイ! 」
アリスティアの呼び掛けに、レイモンドが振り返った。
まるでスロービデオを観ているかのようにゆっくりと。
キラキラと輝く前髪が揺れる。
何て美しい顔。
振り返ったレイモンドは、女官がアリスティアだと直ぐに分かった。
何時もの髪型とは違い、長い髪を地味に後ろで一つに束ねられていても。
「 ティア ……どうしてそんな格好で……」
「 わたくし。レイに告白いたしますわ! 」
「 えっ? 」
アリスティアの唐突な告白宣言に、レイモンドは目を大きく見開いて驚いた顔をする。
大きく息を吸い、仁王立ちになったアリスティアは両手を握り締めた。
「 レイが大好きですわ! 」
アリスティアからの愛の告白は、今に始まった事ではない。
何時も、とても真っ直ぐにレイモンドへの愛を伝えて来るのだ。
嫉妬深い女とか、執着心が怖いとか言われているが。
誰に何を言われようが、アリスティアの自分に注がれる強い愛は、レイモンドとしては何よりも嬉しいのだから仕方がない。
この絶対的な愛があったからこそ、レイモンドは頑張れたのだ。
皇太子にならなければならないと言う、母親からの極度のプレッシャーを与えられた特殊な環境の中でも。
アリスティアの可愛い告白にレイモンドは破顔した。
目の前にいる女官の勇ましい告白に。
「 ティア。おいで 」
レイモンドが両手をアリスティアに向けて広げた。
先程までは厳しい表情でいたが。
今の表情は甘く蕩けそうだ。
他の令嬢達には決してしない甘い顔。
レイモンドに向かって駆け出したアリスティアは、彼の胸に飛び込んだ。
「 レイ! だぁぁい好き 」
「 ……うん。僕も大好きだよ 」
レイモンドの言葉に満足したアリスティアは、彼の逞しい胸に顔をすりすりとした。
フワッと香る彼の匂いも大好き。
好き好き好き……
「 ……で? その格好は何? 」
「 ……あっ…… 」
「 また、忍び込んだの? 」
「 ……ごめんなさい 」
「 議会に忍び込んだら駄目でしょ? 」
「 でも…… 」
「 捕まったら、ハロルドの責任を問われるんだよ? 」
それは保護者としての責任。
今まででもバレた事はないのにと、アリスティアは口を尖らすが。
そもそもアリスティアが、皇宮に忍び込んでいると言う事は、レイモンドの知るところだ。
彼女の侍女のディジーが忍び込んでいる事も。
皇宮の警備力を侮って貰っては困るのだ。
騎士や警備員達に、この二人が忍び込んで来てもスルーするようにとレイモンドは指示を出している。
知らないのは彼女達だけで。
バレずに上手く忍び込めていると思っているアリスティアが、レイモンドとしては可愛くて堪らないのだが。
アリスティアはこの時、レイモンドにきつくお灸を据えられた。
この場にオスカーが居なかったから彼が。
昔から、兄達からの叱責は屁とも思わないが、レイモンドに叱られると悲しくなってしまう。
愛しい恋人は、時に厳しい兄になるのだ。
叱られた子猫みたいにシュンとするアリスティアの頭に、レイモンドはチュッとキスをした。
「 議会に忍び込んだ理由は? 」
「 議題がレイの婚姻の事だと、カルロスお兄様が言ってたから 」
「 そうか…… 」
顔を上げたレイモンド顔が急に険しくなった。
アリスティアは気が付かなかったが。
「 でも……議会でのレイはカッコ良かっですわ 」
「 そう?カッコ良かった? 」
「 ええ。レイがわたくしを好きだと言う事が、改めて分かりましたわ 」
「 ハハハ……分かってくれて嬉しいよ。君の女官姿も可愛いね 」
「 当然ですわ! わたくしは何を着ても似合いますもの 」
アリスティアはツンと鼻先を上に上げた。
すると、レイモンドの視線と交わった。
綺麗な瑠璃色の瞳と。
彼の瞳の中に自分がいるのが嬉しくて堪らない。
好き好き光線が絡み合う。
コツンと額を合わせた後に、二人は仲良く手を繋いで皇太子宮の中に消えた。
***
「 えっ!?……えーーーっ!!!」
ギャラリーは騒然とした。
今回の議会はいつになく白熱した議会で。
議員や大臣達も廊下や中庭で立ち話をしていたのだ。
そこに、一人の女官が駆けて来た。
皇太子殿下は秘書官と話しながら、中庭を通って皇太子宮に引き揚げる所だった。
何時も傍にいる側近のオスカーの姿は見当たらない事から、この女官が何か殿下に用があるのかと。
皆は互いの話は途切れさせずに、そのまま何気なく見ていた。
殿下は相変わらず格好良いな~と思いながら。
ジジイでも見惚れてしまう程に。
やはりこんなに美丈夫である殿下が、一人の女性しか知らないなど、男として可哀想だと。
幼い婚約者では不憫だろうと、閨の世話をしようとした大臣もこの中にいる。
そして、どうにかしてうちの娘を嫁がせられないものかと思案する野心家議員もいて。
皇太子殿下が両手を広げると……
彼の胸に女官がいきなり飛び込んで行った。
「 !? 」
「 えーーー!? 」
注意深く耳を澄ましてみれば、「 レイ! だぁぁい好き 」と言う声が聞こえる。
耳が遠いジジイもいる。
すると……
皇太子殿下が女官を抱き締めた。
とても幸せそうな。
そして甘い甘い顔を女官に向けて。
皆が唖然として見ていると、二人は仲良く手を繋いで皇太子宮に消えて行った。
ジジイ達の両の目がポーン!
「 今さっき……グレーゼ公爵令嬢しか必要ないと言われてなかったか? 」
「 正妃は公爵令嬢で、側妃はいらないと仰有られてたよな? 」
「 殿下に新恋人?……いつの間に…… 」
ジジイ達は混乱していた。
結局は別の女がいるのだと。
魔女を皇太子妃にしたいと言ったのは、もしかしたら何かのカモフラージュ?
それよりも……
誰だ?
あの女官は?
ジジイ達の聞き込み捜査が始まった。
警備の者の話により、女官の正体がアリスティア・グレーゼ公爵令嬢だと判明するまで……
後、30分。
「 公爵令嬢は、何故女官姿になっていたのか? 」の謎を残して。




