皇太子殿下の愛の真実
『 皇太子殿下が恐ろしい魔女を皇太子妃にしようとしている 』
皇太子と言うお立場は、やがては我が国の皇帝となられるお立場。
当然ながら、皇太子妃は国母となり女性達の頂点に立つ身分に。
そんな大事なお立場を担う皇太子妃が、魔女であって良いものだろうか?
何よりも、彼女は魔物を一瞬にして消し去ったと言う、恐ろしい魔女である事を忘れてはならない。
我が国の公爵家の一人として、今一度国民に問いたい。
魔女が皇太子妃になって良いものであろうかと。
ニコラス・ネイサン公爵談。
***
ニコラスのインタビューが新聞の記事になった事から、政府は急遽会議を行った。
それは皇太子の婚姻についての会議だ。
魔物騒ぎで国民は疲弊している。
国を盛り上げる為には、皇族の慶事が一番良いのではないかと、大臣達がギデオンに進言していた事もあって。
そう。
皇族の慶事は、レイモンド第二皇子誕生以来行われてはいない。
ならば。
国を活気付ける為には、皇太子殿下の婚姻が何よりも効果的だと。
今現在、レイモンドには婚約者はいない。
婚約者選びは、貴族社会を活気付かせる筈だとして。
この提案はギデオンも頷いた。
皇太子の婚姻話を早急に進める事は必要な事だと。
結婚相手がアリスティアであろうと他の令嬢であろうと。
そもそもレイモンドは25歳。
世界的にみて、皇太子と言う立場で、この年齢でまだ妃がいないのは遅い位だ。
国の安寧に何よりも重要な事は、次世代への血の継承を確実に繋ぐ事だと言われているのだ。
まあ、婚約者であったアリスティアとの年齢差が、5歳だった言う事も皇太子の婚姻が遅れた要因なのだが。
議会場にはニコラス・ネイサン公爵の姿があった。
彼は皇帝陛下から叱責された後は、議会には顔を出す事は無かった。
因みに、公爵家の当主に限っては、議員ではなくとも議会に参加出来る事になっている。
公爵家は皇族の血を引く家系。
皇族を支える為に特別な立場を与えられているので。
アリスティアが魔女だと言う事は、ここにいる議員達からは概ね好意的に受け止められていた。
何しろ魔物を討伐したのが彼女なのだから。
だけど……
魔女が皇太子妃になるとすれば話は別だ。
「 魔女が皇太子妃になるなどあり得ない 」
「 魔女が未来の皇后陛下など似ての外だ 」
「 いや、魔女が皇太子妃なら我が国は最強じゃないのか? 」
「 そうだ!強い魔女が我が国にいる事は、抑止力にもなる 」
皆の意見は様々であったが、年頃の娘がいる大臣や議員達は、挙ってレイモンドとアリスティアの結婚を反対した。
もしかしたら、自分の娘が皇太子妃になれるかも知れないのだから。
色んな意見が交わされている中。
ずっと静かに成り行きを見守っていたレイモンドが口を開いた。
「 僕の気持ちを言う 」
彼は上座にある皇太子席に座っていて、皇帝陛下の席は彼の後ろの高座に設けられている。
因みに、左右の席にはハロルド達大臣達が座り、全面には議員達や秘書官達が座る席があるのだ。
議会場が一瞬にして静まり、皇太子殿下の話を聞こうと皆の視線が彼に集まる。
「 僕には幼い頃からアリスティア・グレーゼ嬢と言う婚約者がいたのはそなた達も承知のはずだ。彼女以外に妃を娶る気はない!彼女が魔女であろうが無かろうが、僕の気持ちは変わらない 」
レイモンドは新たな妃選びを否とした。
「 しかし。殿下は既にグレーゼ公爵令嬢との婚約は解消されているではありませんか!?」
「 魔女になった事を悲観した謙虚で天使のような彼女が辞退したまでで、僕は認めてはいない 」
謙虚で天使?
レイモンドの言葉に、 皆はちょっと違うと頭を傾げた。
敢えて否定はしなかったが。
レイモンドと大臣達や議員達の舌戦が始まった。
「 魔女は皇太子妃になれないとした、グレーゼ公爵令嬢の想いも汲むべきではありませんか? 」
「 既に彼女の気持ちは僕にある。そなた達が気に病む必要はない 」
「 しかし…… 」
しつこく食い下がるのは、娘がいるジジイ達。
娘が皇太子妃になれるかも知れないのだから必死だ。
最終的に決めるのは皇帝陛下なので、アピールする必要があるのだ。
そんな皇帝は肘をテーブルの上に置き、静かに耳を傾けている。
彼は周りの声を吸い上げてくれ、国の為に尽力する思慮深い皇帝だと、国民達から絶大な人気を誇っている。
その時、ニコラスが挙手をした。
「 殿下が永きに渡り婚約関係にあった彼女に情があるのは理解出来ます。しかし殿下とて、まだ五歳での婚約は不本意な事ではありませんでしたか? 」
レイモンドの物心があるかどうかの頃に、アリスティアとの婚約が成立した事は誰もが知る事だ。
「 それは母上に対する遺憾か!? 」
アリスティアとの婚約を決めたのはクリスタ。
レイモンドの怒気をはらんだ声が議会に響く。
彼の低音な声は魅力的だ。
密着したダンスの時に、優しく耳元で囁かれたら女性達は腰砕けになるに違いない。
勿論、アリスティアがそれをさせないが。
「 と……とんでもない事です! ただ……我が国には殿下に相応しい令嬢が沢山おります。そもそも殿下程のおかたが一人の女性しか知らないなんて、不憫でなりません 」
ニコラスが男達に同意を求めるように、キョロキョロと辺りを見回した。
「 そうですぞ! わざわざ魔女を妃にしなくても、殿下に相応しい令嬢は他にもいますぞ 」
そう言ったのはやはり年頃の娘がいる議員だ。
チラチラとギデオンの様子を伺いながら。
レイモンドは、ハァと一つ息を吐いた。
「 確かに僕とアリスティア嬢は母上が決めた婚姻関係にあった。 しかし僕はずっと彼女を妃になる令嬢として接して来た。今更他の令嬢を娶る気はない 」
レイモンドは更に言葉を繋ぐ。
「 彼女が魔女になったからこそ魔物を討伐出来た事は忘れてはならない。身体に負担を負いながらも、我が国を守る為に魔力を放出し続けた彼女こそが、皇太子妃に相応しい存在だとそなた達は思わないか? 」
そう。
アリスティアは限界まで魔力を放出し続けてくれたのだ。
オスカーに嫉妬と言うエネルギーを与えられては、また疲弊して。
意識を失う程に。
「 殿下! それはそれ。これはこれですぞ!魔物討伐と皇太子妃選びは別にして考えなければなりませんぞ 」
もっともらしい事を言うニコラスにレイモンドはカチンとした。
転生前。
無理矢理聖女と結婚させたのはお前じゃないかと。
魔物騒ぎと自分の婚姻を別にしろと言うのならば、聖女との結婚などする必要は無かった筈だと。
花嫁をすげ替えてまで。
アリスティアがどんなに辛い思いをしたのかと、考えれば考える程にニコラスに憎しみさえ湧いてくる。
カルロスやオスカーが、彼を憎悪していた意味が今なら分かる。
その時。
一人の若い議員が挙手をした。
「 殿下のお気持ちを考えて差し上げるべきです 」
「 永きに渡り一人の令嬢を愛して来られた殿下が、他の令嬢を娶る事など難しいのではありませんか? 」
声をあげるのは比較的若い議員達。
そこには、もう一つの公爵家であるスワンソル公爵もいるのだが。
同じ公爵だとしても、まだ当主になったばかりの彼の発言力は弱い。
気が付けば、ジジイ議員対若い議員の対立の構図となっていた。
ジジイ議員達は国としての面子に拘った。
「 魔女が皇后になるなんて他国からどう思われるか…… 」
そんな堂々巡りの意見が繰り返された。
そしてそこでまたもやニコラスが挙手をした。
「 それ程にグレーゼ公爵令嬢をお気に召しているなら、二年後に側妃として迎え入れては如何ですかな? 陛下もそうされたように 」
ニコラスはとんでもない事を口にした。
ギデオンが結婚したかったミランダは、彼女の血縁者に犯罪者がいる事から結婚出来なかった。
それはここにいる皆の周知の事実だ。
側妃には自らミランダを選んだ事もまた。
クリスタ妃は愛されない正妃。
レイモンドは、母親が泣いている姿を何度も見た事もある。
そこにあるのは正妃と側妃の確執。
それは……
永い年月が過ぎても尚続く確執。
先日の二人の事件を顧みても。
「 僕の正妃はアリスティア・グレーゼ嬢だ! 彼女を側妃にする事はない! 」
立ち上がったレイモンドはそう断言した。
***
混沌としたままに議会は閉会した。
この日の会議ではギデオンは裁可は下されなかった。
まだまだ議論しなければならない事として、この件は持ち越しとなった。
席を立った皇帝陛下と皇太子殿下を見送ると、大臣、議員の順で議会場を後にした。
ざわざわとした喧騒の中で、秘書席にいたカルロスはペンをギュっと握り締めていた。
「 あの糞野郎 」
怒りのあまりにペンを持つ手が震えている。
折角、表舞台から引き摺り下ろしたと言うのに。
久し振りに議会に現れたニコラス・ネイサン公爵は、転生前と同じくレイモンドとアリスティアの結婚を阻止して来たのだ。
花嫁は聖女ではなくなったが。
殿下に向かってあのような発言をするとは……
あれは完全に皇后陛下への侮辱だ。
ミランダ妃はニコラスの遠縁だ。
その事からも、クリスタ皇后を疎ましく思っている事は確か。
そこにあるのは、やはりハロルドへの憎悪。
このままでは転生前と同じ事になってしまう。
「 何か対策を講じなければ 」
カルロスが退室しようと席を立とうとした時。
グシグシと鼻水をすする音が聞こえて来た。
後ろを振り向くと、奥の席にアリスティアが座っていたのだ。
「 ティア!? お前……どうしてここに? 見付かたらどうするんだ? 」
議会は関係者以外は立ち入り禁止だ。
もし、忍び込んでいるのが見付かれば、ハロルドが責められるのは必須。
「 大丈夫ですわ。女官の制服を着てますから 」
皇宮での出来事を知りたいのが、今生のアリスティアの信条。
なので、アリスティアはこっそりと忍び込んでいた。
女官の姿なら議会場に出入り出来るとして。
それはやはり新聞記事にあったニコラスの記事を読んだからで。
女官の制服を持っているのは、自分の侍女のデイジーをスパイとして舞踏会に忍ばせていたからで。
因みに皇宮の侍女の制服も持っている。
「 お兄様!わたくし……今からレイに告白して来ますわ 」
アリスティアはバンとテーブルを叩いて立ち上がった。
「 えっ? 告白? 」
「 ええ。レイを改めて好きだと思いましたもの 」
頬を上気させたアリスティアは、そう言って議会場から出て行った。
とても嬉しそうな顔をして。
告白って……
何時もしてるだろうに。
兄は呆れたが。
彼もまた、アリスティアが感極まった理由を分かっていた。
アリスティアの転生前も、今のように皇太子の結婚についての会議が開かれていた筈だ。
聖女の魅了の魔力でラリッたニコラスには、レイモンドが何を言っても聞く耳を持ってくれなかったのだろう。
今でもこれなのだ。
ニコラスはハロルド憎しでアリスティアとの結婚を、こうして阻止して来るのだから。
ましてや当時のニコラスは宰相。
その発言権は絶大だ。
今回の宰相であるハロルドは、ギデオンと同じ様に静観を貫いていた。
それは転生前も同じ。
実直な性格のハロルドは、自分の娘の事については口を挟まない。
再び宰相になったのも、娘が皇太子殿下の婚約者でなくなったからで。
もしかしたら、大臣や議員達にも魅了の魔力が掛けられていたのかも知れない。
陛下も……
多分掛けられていたのだろうと言う事は、カルロスとオスカーも思っている。
花嫁のすげ替えなど有り得ない事が決まったのだから。
議会では聖女を正妃にと決められたが、レイモンドがそれを断固として許さなかったと言う話は、会議に参加していたハロルドからアリスティアが聞いた話だ。
『 聖女を側妃とし、アリスティアを正妃とする 』
それがレイモンドの精一杯の抵抗だったのだ。
カルロスとて、この議会でのレイモンドには惚れてしまっていた。
転生前の事を想像したら尚更に。
議員や大臣達に魅了の魔力が掛けられていない今生は、レイモンドの味方もいたが。
転生前は……
ラリッた奴ばかりいる議会場で、たった独りで抵抗していた事を想像する。
「 告白か……殿下の嬉しそうな顔が目に浮かぶ 」
書類を持ったカルロスは、クスリと笑って議会場を後にした。




