大聖堂の鐘の音
明けましておめでとうございます。
新年最初の投稿です。
今年も宜しくお願い致します。
太陽が登ると直ぐに、エルドア帝国の皇都の街にある大聖堂から鐘の音が鳴り響いた。
それは、魔物が討伐された事の喜びの鐘。
街の中心の広場にある皇室の掲示板には、朝一番に号外が張られた。
『 魔物がエルドア帝国から居なくなった 』
『 天のお告げ通りに聖女様が世界を救った 』
『 世界に平和が訪れた!救世主聖女様万歳! 』
そんな見出しの張り紙が、政府の発表を心待ちにしていた民衆達を歓喜させた。
昨夜の魔女VS魔物の空中戦は、多くの民衆達が目撃していて。
それにより、皇宮には夜の内から大勢の記者達が詰め掛けていたのだ。
皇帝陛下と宰相と国防相が夜明け前まで会議をし、国民に向けての声明を纏め上げ、夜の内に記者達に公表したのである。
聖女が魔物を異世界に連れ帰って行った事を。
『 近い未来に魔物が出現する。世界を救うのは帝国に現れる一人の聖女 』
魔女の森に住む魔女リタが聞いた、天のお告げ通りになったのである。
世界に平和が訪れた。
もう魔物に恐れて生きる必要はないと言うのが、この時の政府の見解だった。
この三ヶ月余り、どれだけの恐怖に耐えて来た事か。
なので一刻も早く国民達を安心させたくて、ギデオン皇帝の一存で早朝の発表となったのだ。
宰相ハロルドとしては、レイモンドとジョセフ、アリスティアから聴取してからの方が良いと進言したのだが。
しかしだ。
まさか魔物がまだエルドア帝国に存在していたなど、この時は思いもしなかった。
皇帝宮にあるギデオンの部屋に、早朝にやって来たレイモンドからの報告を受けるまでは。
***
雲一つ無い青空。
大聖堂の鐘の音は朝から鳴り響いていた。
世界各国の王族や要人達が大聖堂に集結し、祝福の声を上げている。
国民達は皇都の街で酒を酌み交わし、お祝いの舞を踊っている。
この佳き日に、エルドア帝国の皇太子と公爵令嬢の結婚式が行われるのである。
皇都の街の中心にある大聖堂で。
扉の前では、純白のウェディングドレスを着た幸せな花嫁のアリスティア・グレーゼ公爵令嬢が佇んでいた。
純白のウェディングドレスは一年を掛けて用意した、彼女のお気に入りのドレス。
彼女は、産まれた時からエルドア帝国の第二皇子の婚約者。
この日の為に最高の教育を施されて生きて来た。
その美しさと気品は、正に皇太子妃になるに相応しい令嬢。
20歳の花嫁は、扉の向こうの祭壇の前で待つ、花婿の元へ歩む事に胸をときめかせている。
花婿の名はレイモンド・ロイ・ラ・エルドア。
エルドア帝国の皇太子だ。
ブロンドの髪に、瑠璃色の瞳を持つ長身の美丈夫。
25歳の若き皇太子殿下は、国中の女性達は勿論、老若男女の全ての人々から愛される皇子であった。
そんなイケメンの美丈夫である彼だったが。
彼はあらゆる誘惑をものともせずに、五歳年下の婚約者である公爵令嬢を、一途に愛し続けてこの佳き日を迎えたのである。
トランペットの音が鳴り響く。
いよいよ結婚式が始まるのだ。
大聖堂の扉が勢いよく開かれると、三人の妖精達がアリスティアの元へやって来て、白いブーケを手渡した。
「 リタ様。ロキ様。マヤ様。有り難うございます 」
それは……
とても可愛らしい妖精姿の……笑顔の婆さん達からの花嫁のブーケ。
婆さん達は妖精の姿になっていた。
アリスティアの目の前には、高窓から注がれるステンドグラスの虹色の光が広がった。
列席者からは暖かい祝福の拍手が送られ、父親であるハロルド・グレーゼ公爵から手を引かれて歩いて行く。
一歩一歩ゆっくりと。
ドレスの長い裾を引き摺りながら。
ウェディングドレスの姿をレイモンドに披露宴するのは初めてだ。
あの日……
出来上がったドレスの試着をする時。
ドレス姿のアリスティアを見たいと言ったレイモンドに、結婚式まで楽しみにしていてと言ったのはアリスティアだ。
レイは綺麗だと言ってくれるかしら?
ううん。
綺麗だと言ってくれますわ。
だってわたくしは……
花婿に愛され過ぎている、世界一美しくて幸せな花嫁なのですもの。
一歩。
また一歩。
花嫁は花婿に向かってゆっくりと歩みを進める。
「 魔物を討伐した自慢の花嫁だ 」と言ったハロルドは、アリスティアに目を細めた。
そう。
魔物を討伐したからこそ、この佳き日を迎える事が出来たのだ。
拍手と称賛の声に包まれながら、アリスティアは大好きな人の元へ歩いて行く。
あら?
バージンロードってこんなに長かったかしら?
歩いても歩いても、レイモンドの待つ祭壇の前には到着しない。
そして……
アリスティアをエスコートする手が、ハロルドから誰かに渡った。
「 ……えっ!? 」
アリスティアの大きな目は、驚きのあまりに更に大きく見開いた。
アリスティアをエスコートしているのは……
ニコラス・ネイサン公爵。
ニコラスは、アリスティアを見ながらニヤリと片方の口角を上げた。
あの日。
騎士達によって大聖堂に追い詰められたアリスティアの見たニコラス・ネイサン公爵の顔。
柱の陰でほくそ笑んでいた顔。
魔女アリスティアが殺意を持った男の顔だ。
アリスティアは咄嗟に手を引いた。
しかし。
ニコラス・ネイサン公爵はその手を離さずに、アリスティアに向かって目を眇めた。
「 魔女ごときが何故皇太子妃になる?」
「 わたくしは……わたくしは魔物を討伐致しましたわ……だから…… 」
「 魔物を討伐したとて、お前の犯した罪が許される訳はなかろうに 」
ニコラス・ネイサン公爵はハハハと笑い出した。
大聖堂に彼の野太い笑い声が響く。
彼はアリスティアの手を持ち上げながら叫んだ。
「 極悪人の魔女が皇太子妃になるのは許されるべき事ではない! 皆はどうだ!?」
シーンとしていた会場が、ザワザワと騒がしくなった。
「 そうだ! 魔女が皇太子妃になるなんて似ての外だ! 」
誰かがそう叫んだ。
先程までは祝福の声に包まれていたと言うのに。
ニコラスからバッと手を離したアリスティアは、キョロキョロと辺りを見回した。
皆が席から立ち上がり、アリスティアに向かって罵詈雑言を浴びせ出した。
「 そうだ!この結婚は中止にしろ!大罪人が皇太子妃なんて有り得ない! 」
「 お前みたいな極悪な魔女が、皇太子殿下の隣に並べると思っているのか!? 」
「 俺の妻は瓦礫の下敷きになって死んだ!腹の中には……俺の子がいたのに! 」
そこには怒りの顔をした列席者の顔があった。
「 魔女を射殺しろ! 」
それは転生前に聞いた、魔女に対する罵声と同じ。
ガタガタと身体が震える。
「 レイ…… 」
アリスティアは、バージンロードの先で佇んでいるレイモンドにその視線を向けた。
「 !? 」
レイモンドの横には……誰かがいた。
それは自分ではない純白のウェディングドレスを着た女。
そして……
腰を折ったレイモンドが女に顔を寄せ、唇を落とした。
それはあの日に見た光景。
その女の顔は見えなかったが。
そこには銀色の光に包まれた花婿と花嫁がいた。
聖女を排除しても。
魔物を消滅させても。
アリスティアは花嫁になれなかった。
魔女は皇太子妃には相応しくない。
魔女は皇太子妃にはなれない。
アリスティアの瞳の色は真っ赤になっている。
だけど……
もう間違えない。
わたくしは魔女にはならない。
だって既に魔女だから。
大聖堂の鐘がリンゴンと鳴り響く。
世界で最も愛する男と誓いの口付けをする幸せな花嫁の姿を見ながら……
唇を噛み締めたアリスティアは、零れ落ちる涙を拭った。
***
目蓋を開けると、涙が目尻から枕に向かって流れて行くのが分かった。
見慣れた天井であるから、ベッドの上にいる事は理解出来てはいるが。
大聖堂の鐘の音が鳴っている事から、頭の中は混乱している。
夢だったのね。
アリスティアはホッと胸を撫で下ろした。
そもそもあの婆さん達が、妖精姿でブーケを渡してくれる事なんて有り得ないのだ。
あんな面倒な事をしてくれる筈など無い。
妖精の姿は凄く可愛いかったけれども。
良かった……夢で。
アリスティアは目に溜まった涙を拭いた。
「 お目覚めになりましたか? 」
天涯付きのベッドのカーテンの向こうから、声を掛けたのは皇太子宮の侍女頭のロザリーだ。
「 体調は如何ですか? 」
「 ……大丈夫です 」
「 では、湯浴みをなさいますか? それとも先にお食事をされますか? お食事は殿下が御一緒したいそうですよ 」
「 湯浴みを先に…… 」
「 承知致しました 」
昨夜は戦いに次ぐ戦いでボロボロの筈だ。
こんな姿をレイモンドに見せたくはない。
ベッドから下りて、飾り棚の上にある時計を見れば既にお昼近くになっていた。
ロザリーは湯浴みを手伝いながら、アリスティアがレイモンドにおぶされて来た事を話してくれた。
レイモンドはフラフラになりながらも、一人でアリスティアをベッドまで運んだと言う。
魔力切れを起こし意識のないアリスティアを、騎士達が運ぼうとしたら、レイモンドはそれを許さなかった。
「 ティアは僕が運ぶ 」と言って。
レイモンドこそが痛みに顔をしかめ、真っ青な顔をしていると言うのに。
頭に潜血した包帯が巻かれているレイモンドに、騎士達はオロオロとするばかりだった。
やれやれと言う顔をしたカルロスとオスカーは、しゃがんだレイモンドの背にアリスティアを乗せた。
遊び疲れて眠った小さなアリスティアを運ぶのは、何時もレイモンドだったのだ。
「 ティアは僕の妻だから 」と言って。
本当に。
この皇子がどれだけアリスティアの事を大切にして来たか。
それはアリスティアが想う以上に。
ふらつきながらも、宝物のようにアリスティアを運ぶレイモンドの姿に、二人の兄達や騎士達も胸が熱くなった。
勿論、この部屋でアリスティアの世話を任されたロザリーも。
「 殿下は本当にアリスティア様を想ってらっしゃいますね 」
「 ええ。当然ですわ 」
相変わらずのアリスティア節に、ロザリーはクスクスと笑った。
側に仕える他の侍女達もまた、嬉しそうにしている。
皇太子宮の使用人達は、アリスティアが大好きなのだ。
二人の幼い頃からずっと、二人の恋を見守って来たのだから。
「 ティア! 大丈夫か? 」
湯浴みを済ませ、支度を終えたアリスティアがソファーに座っていると、レイモンドが部屋に入って来た。
急いで来たのか、息を弾ませている。
皇帝陛下や大臣達と会議をしていたが、アリスティアが目を覚ましたと聞いて、居ても立ってもいられずにやって来たのだ。
「 わたくしは問題ないわ。レイは大丈夫? 」
「 うん……問題ないよ 」
レイモンドの頭に視線をやれば、ジョセフが応急処置で巻いたタイは外され、医師によって新しい包帯が綺麗に巻かれていた。
それでも痛々しいが。
「 ちゃんとお薬は飲んだの? 」
「 勿論。苦い苦い痛み止めと、不味い不味い化膿止めを飲んだよ 」
レイモンドがおどけたように言うと、ソファーに座るアリスティアの横に座った。
侍女達は食事の支度をするようにと言って下がらせた。
「 ねえ?この鐘の音は何? 」
目が覚めてから、ずっと鐘が鳴っているのが気になった。
「 魔物が討伐された事の祝いの鐘だ。今日一日鳴らし続けるそうだよ 」
レイモンドはそう言いながら、アリスティアを自分の膝の上に乗せた。
横抱きにして自分の腕の中に抱き入れた。
今度は自分がアリスティアを甘やかすのだと言う。
さっきはアリスティアが膝枕をしてくれたのだから。
食事も食べさせてあげると、その美しい顔を破顔して。
レイモンドのテンションが高い。
何時もは冷静な皇子様だ。
魔物が討伐されて嬉しいのは当然なのだが。
「 ティアが魔物を消し去ったと聞いて、大臣達は称賛していたよ。だからね…… 」
レイモンドはアリスティアの顔を覗き込んだ。
とても嬉しそうな顔をして。
「 僕は、聖女はティアだと、父上に言ったんだ! 」
だから僕達は直ぐに結婚出来ると言って、アリスティアの顔中にチュチュとキスをして来た。
「 聖女がこんなに美しくて、こんなに優しい天使なのだから、僕達の結婚に何ら問題はないよ 」
「 ……… 」
アリスティアは思った。
ちょっと違う……と。
美しいのは事実なのだが。
自分の事を優しいと言ってくれるのは、グレーゼ家の人々とレイモンドだけで。
人々から、嫉妬深い悪役令嬢だと呼ばれている事は知っている。
完膚無きまでやり込める事を平気で言う女なのだ。
勿論、レイモンドに言い寄って来る不埒な女限定だ。
レイモンドにキスをされながら、アリスティアは先程見た夢を思い出していた。
あれは正夢かも知れないと。
「 次に大聖堂の鐘の音が鳴る時は、僕達の結婚式だ 」
「 ……はい 」
アリスティアは、レイモンドの胸に顔を埋めた。
零れ落ちようとする涙を隠す為に。
その結婚式では……
自分じゃない令嬢を皇太子妃にするレイモンドを見る事になるのかも知れないのだから。
大聖堂の鐘が鳴る。
リンゴンと。




