最強魔女の本気の怒り
魔物は、アリスティアの魔力で破壊された枝を修復中なのか、吹き荒れる風は止んでいた。
魔物の不気味な息遣いは感じるが。
「 兄上! 」
「 皇子殿下!!! 」
ここに来てのジョセフの登場に、皆が歓喜の声を上げた。
レイモンドは破顔した。
嬉しくて仕方がないと言う顔で。
緊張感満載の暗闇での戦いだった事から、彼の持つランタンの優しい灯りに目頭が熱くなる。
そして、もう片方の手に持つ液体に期待が高鳴る。
オスカーは「 皇子殿下~遅いですよ~ 」と笑いながら泣いている。
レイモンドがここに向かった事を、オスカーに知らせたのはジョセフだ。
彼はずっと待っていたのだ。
天才ジョセフが希望を持って駆け付けて来てくれる事を。
「 兄上?その液体は何ですか? 」
「『 消滅 』だ! 」
「 もしかして……わたくしの作った『 消滅 』ですか? 」
「 ああ、それを更に強力にした 」
皆が一斉に魔木を見た。
この巨大な木ならば、タナカハナコに掛けた消滅の薬品よりも、より強力である必要がある事に納得をする。
サラに憑依されていたタナカハナコは、魅了の魔力を持っていた。
それならば魔木の本体に魅了の魔力があるのは当然の事。
だからジョセフは、より強力な『 消滅 』の薬を作って来たのだ。
魔木の持つ、魅了の魔力を完全に消滅させる為に。
幸いにも、サラは自分に魅了の魔力がある事は知らないでいる。
もし彼女が知る事になり、魅了の魔力を使う事になったらと考えれば。
世の中が大変な事になるのは明らか。
実際。
サラに憑依されたタナカハナコが街で演説をした時。
民衆の気持ちを一瞬にして掴み、何かの強烈な宗教みうに、聖女を崇拝する事になったのだから。
まるで違法な麻薬を使ったかのように。
あの時。
タナカハナコを崇拝してしまったオスカーは頷いた。
「 魅了の魔力は危険だ 」と言って。
あんなブスでバカな女に、恋心に似た感情を持ってしまったのだから。
オスカーにとっては人生最大の汚点。
その魅了の魔力を、完全体の魔物となったサラが使ってしまったのなら。
最早、人々がどうなるかは分からない。
狂った世になる事は確か。
「 魔木を消し去るのは、この『 消滅 』の薬品を魔木に掛けてからにしてくれ 」
ジョセフは、瓶に入った液体を揺らしながら皆に説明した。
それを聞いた皆は、魔木を消滅させれば魅了の魔力も本体と共に消えて無くなるのでは?と思ったりもしたが。
皆はジョセフの言葉に素直に頷いた。
天才ジョセフのする事には間違いなどないのだ。
魅了の魔力に関する事は、自分の責任だとジョセフは強く思っている。
魔物がどんな災いを世界に犯すのかは知らないが。
何としても魅了の魔力だけは消滅させたいと。
媚薬を魔木に注いだのは、紛れもなく自分なのだからと。
まさか……
こんな事になるとは思ってはいなかった。
忘れていた苦々しい感情が湧き上がる。
そこには彼が研究に没頭する原因があった。
人に対して興味が無くなる程の。
「 俺が行く! 」
液体を魔木に掛ける役目はオスカーに決まった。
騎士団で鍛えているオスカーは、領地住みのカルロスよりも俊敏に動けるからで。
「 危険な時は、わたくしが魔力を放って助けてあげますわ!」
アリスティアは、黒のローブの袖を捲り上げて指先を魔木に向けた。
大きな瞳をギラギラとさせて。
可愛い。
自分の横で、ジョセフも目を細めたのをレイモンドは見逃さなかった。
そこにあるのは、微かではあるが柔らかな微笑み。
直ぐに何時もの無機質な顔に戻ってはいたが。
ジョセフがこんな柔らかな表情を向けるのはアリスティアにだけ。
「 兄上……ティアは僕のものですから 」
「 そなたは本当に……昔から煩い 」
「 ……… 」
大好きな兄だが。
アリスティアの事に関してだけは警戒心マックスだ。
皇太子の地位を譲っても、アリスティアだけは譲れない程に。
それがレイモンドの本心。
アリスティアのいない人生なんて、彼にとっては虚無なものでしかない事を、彼女が自分の側からいなくなった事で思い知った。
それだけ、アリスティアが魔女の森に消えた半年間は、彼にとっては辛いものだったのだ。
***
「 出来るだけ幹に近い場所に掛けろ! 」
「 御意 」
ジョセフの注意事項にオスカーが頷く。
……とは言ったものの。
オスカーは魔木を見上げながら不安そうな顔をした。
魔木は黒い血を流していた箇所が銀色に光り、ドクンドクンと不気味に波打っている。
そんな魔木に近付くなんて恐怖でしかない。
出来るならサラの気を逸らして貰いたい。
「 悪口ならまかせて! 」
完璧にサラをわたくしに集中させる事が出来ますわと、アリスティアが胸を張った。
ホホホと笑って。
「 止めろ! 俺は死にたくない! 」
アリスティアの悪口は天下一品だ。
相手を完膚無きまでに叩き伏せる実力の持ち主。
他国の王女さえ泣かせて退場させてしまう程の。
それも舞踏会と言う社交界の場で。
その悪口でサラが逆上したら、最早何を仕掛けて来るかは分からない。
「 あら駄目ですの?それならイチャイチャ作戦ですわね 」
イチャイチャ作戦も得意だ。
ウフフとアリスティアはレイモンドを仰ぎ見た。
可愛い。
勿論、レイモンドもイチャイチャ作戦は大歓迎だ。
仰ぎ見ているアリスティアの肩に手を回して、目尻に唇を落とした。
どんな時でも直ぐにイチャつく二人を見ながら、カルロスは肩を竦めた。
「 それも……同じでは? 」
こんな風にイチャコラしてる二人を見たからこそ、サラは逆上したのだから。
「 でも……他に方法がありませんわよ 」
「 もう……今から行く! 」
サラは傷の修復に時間を掛けている事から、魔木に近付くなら今。
グッと唇を噛み締めたオスカーは駆け出した。
魔木とは反対方向に。
魔木の周りには草木はない事から、正面から近付くのは得策ではない。
少し離れた草木が繁っている所から回り込むつもりで。
木に正面があるかなんて事は、彼は考えてはいない。
回り込んでも同じだと思ったのはジョセフだ。
その時。
魔木が大きく揺れた。
ガサガサと葉が揺れる大きな音を立てて。
視線を魔木に向ければ、アリスティアが破壊した枝が元通りになっている。
しまった!
もう修復出来たのか!?
皆がそう思って焦った瞬間。
「 王妃ーっ! 死ねーーっ!!」
太い枝がアリスティアに向かって振り下ろされた。
「 危ない! 」
レイモンドがアリスティアの腕を引っ張り、自分の腕の中に抱き寄せた。
その時……
バシッとした鈍い音が辺りに響いた。
枝の先端がレイモンドの頭に直撃したのだ。
レイモンドの額から、タラリと真っ赤な血が一筋流れ落ちる。
ブロンドの前髪が血の色に染まった。
額に手をやりながら、フラフラと跪くレイモンドの前にアリスティアも膝を突いた。
「 あああ……レイ……レイ! 」
レイモンドの額に、ガタガタと震える手を伸ばしたアリスティアは、流れる赤い血に指を這わせた。
アリスティアの指先や掌が、レイモンドの血で赤く染まる。
「 ……わたくしのレイを……我が国の皇太子殿下を……許さない…… 」
魔木に向けて踵を返したアリスティアの瞳の色は、真っ赤に光った。
それは今まで見た事のない鮮やかな赤い輝き。
怒りのエネルギーが身体から湧き上がり、アリスティアの身体からは、ゆらゆらとオーラが発せられた。
それは凄まじい魔力。
そのオーラが、ミルクティ色の髪が四方八方に広がらせている。
レイモンドの血で、赤く染まった指先が銀色に輝く。
「 王妃! 次は逃げられないぞ! 」
サラは最早、目の前にいる憎き王妃を殺す事しか考えていない。
そこにあるのは千年の怨みだけ。
またもや枝が振り下ろされた。
凄い音と共に。
刹那!
アリスティアは枝に向かって魔力を放った。
魔木は激しい銀色の光に包まれる。
それは音もなく静かに。
ただ、銀色の光だけが大きく輝いた。
その銀色の光が消えると……
魔木は跡形もなく消えていた。
放たれたのは消滅の魔力。
あの巨大な魔木を一瞬にして消し去ったのだ。
魔木のあった場所の直ぐ近くでは、オスカーが引っくり返っていた。
***
アリスティアは最大級の魔力を持つ魔女。
魔物もまた最大級の魔物だった。
だけど……
魔女VS魔物の力の差は歴然だった。
アリスティアは破壊の魔力の魔女。
しかし今はレベルアップして破壊の魔力の持ち主でもあるのだ。
アリスティアは、きっと歴代の魔女の中でも最近の魔力の魔女。
こんな攻撃性の魔力を持つ魔女が、生き残ってレベルアップなど無かった事なのである。
対するサラは時間を自由に操る魔女。
アリスティアの魔力とは違って攻撃性のない魔力だ。
きっと彼女の魔力のレベルアップは、時空間に自分以外の者を連れ込む事が出来ると言う事。
その魔力があるからこそ、セドリック王と敵陣に乗り込む事が可能だったのである。
レイモンドは、枝が当たった事で軽い脳震盪を起こしていた。
血が大量に流れたのは傷が額にあったからで。
額には血管が多いので大量の血も心配はいらないとの事。
暫くじっとしているようにと言うのが、ジョセフの診断だ。
ジョセフが傷口を圧迫したから血はかなり止まったが。
やはり早く消毒してベッドに寝かしたい。
痛み止めも飲ませなければならない。
……と、言う事でカルロスが騎士達を呼びに向かった。
身体の大きなレイモンドを運ばなければならないからで。
待ってる間に、ジョセフとオスカーは魔木のあった辺りを調べている。
「 痛い? まだフラフラする? 」
レイモンドの頭の傷は、ジョセフのタイでグルグル巻きにされていたが、白いタイは血が滲んでいる。
レイモンドは、魔木のあった場所からかなり離れた所にある大きな木の幹に凭れていて。
かなり痛むのか少し動く度に顔を歪めている。
アリスティアはレイモンドの前に座っていて、涙目になっている。
「 レイ! ここに寝て 」
アリスティアは、よいしょと言いながら彼の横に座わり、自分の膝をパンパンと叩いた。
さあさあと言って。
「 ……… 」
レイモンドは戸惑いながら、アリスティアの膝の上にそっと自分の頭を乗せた。
憧れのシチュエーションに胸が高鳴る。
品行方正な皇子様と言えども、彼も普通の男なので。
一緒にベッドで寝てはいるが。
流石に膝枕はして貰った事はない。
アリスティアの膝の上は柔らかく暖かい。
レイモンドは少しドキドキとしながら、視線を上に向けた。
「 !? 」
アリスティアが真ん丸な目をして上から覗き込んでいる。
心配そうな顔をして。
可愛い。
「 少しは楽? 」
「 ああ……とても…… 」
「 良かった 」
ホッとしたアリスティアは安堵の顔をレイモンドに向けた。
レイモンドもまた「 良かった…… 」と呟いた。
そう。
魔物は討伐されたのだ。
『 近い未来に魔物が出現する。世界を救うのは帝国に現れる一人の聖女 』
そのお告げは世界中を震撼させた。
もう……
怯えなくても良い。
国民を安堵させる事が出来る。
未来は安寧の世が訪れる。
一生懸命レイモンドの様子を伺っているアリスティアの頬に手をやった。
「 ティア……キスして 」
「 えっ? 」
「 まだ痛いんだ。キスをしたら気が紛れるかも知れない 」
勿論痛みがあるのは本当だ。
痛み止めも何もまだ飲んではいないのだから。
「 ……良いですわ 」
アリスティアはレイモンドの顔に自分の顔を被せた。
そして……
そっと唇を寄せた。
傷に当たらないように、そーっと、そーっと。
次の瞬間。
レイモンドはアリスティアの後頭部に自分の手をやった。
そしてグイっと自分に押し付けた。
「 ☆*○★※☆ 」
何やら抗議をするアリスティアだったが、レイモンドはアリスティアの頭から手を離さない。
「 レイ! 傷口が開くでしょ! 」
ガバッと唇を離しプンスカ怒るアリスティアに、レイモンドはクスクスと笑う。
やがてレイモンドは目を閉じた。
頭を撫でてくれるアリスティアの掌が気持ちよくて。
アリスティアの指先に、自分の血が付いているのを気にしながら。
この後。
アリスティアもまた直ぐに眠りについた。
この日1日、魔力を使い過ぎた事もあり、最早体力の限界だった。
背中にある木の幹に身体を預けて。
空が白み始めていた。
夜明けが近付いたのだ。
幸せな夜明けが。
今年はこの話で終わりです。
物語はクライマックスに近付いておりますが、もう少しお付き合い下さいませ。
この一年間有り難うございました。
良いお年をお迎え下さい。
読んで頂き有り難うございます。




