千年の怨み
暗闇の中。
魔木の根は、蛸の足みたいに四方八方に伸びて行き、その根は大きく太く盛り上がった。
太くなった幹は暗い空に向かって、グングンと空高く伸びて行った。
真っ暗なので、どれだけ上に伸びて行ったのかは分からないが。
とてつもない大きさになった事だけは確か。
どんよりとした空気感の中にある、その不気味な佇まいはどうみても生き物。
千年もの永い永い時間、魔女の森の木々に分霊されていた魂の欠片や、時戻りの剣にあった魂の欠片をアリスティア経由で回収し、魔木は完全体になったのだった。
「 これが魔物の姿…… 」
皆はその異様な雰囲気に震撼した。
3ヶ月余り前。
それは魔女リタが聞いた天のお告げを、ギデオン皇帝陛下に伝えに来た時から始まった。
『 近い未来に魔物が出現する。世界を救うのは帝国に現れる一人の聖女 』
魔物の正体が分からなかったが、ようやくその姿を表したのである。
ただ。
お告げにある世界を救う筈の聖女は、異世界に戻って今はいない。
悲しいのは、聖女が異世界に戻る時に、魔物をお持ち帰りしなかったと言う事で。
お持ち帰りしたと思っている皇帝陛下やハロルド達は、魔物がまだこの世界にいる事を知らない。
暫く振りに家族の元へ帰宅した騎士達は、幸福な夢を見ている事だろう。
魔木の広がった太い枝が大きくうねりを上げた。
バラバラと枝や葉が落ちてくる。
魔物だとしても木。
葉っぱもちゃんとある。
それはギザギザとした葉。
あの動く木達と同じ葉なのは、アリスティアも納得だ。
「 許さ……ない 」
それはサラの低い声。
陶器の中で喋っているような籠った響き。
今までの声には、フワフワとするような心地よさがあったのだが。
「 陛下と共に戦うのは私……戦ったのも私……王妃のお前ではない! 」
サラはアリスティアの言葉を聞いていた。
レイモンドと二人で一緒に戦うと言ったアリスティアの言葉を。
「 お前は私から陛下を取り上げた。陛下が求めていたのは、お前より私だ! 」
その激しい憎悪は、何故かアリスティアに向けられていて。
サラはアリスティアを王妃だと思い込んでいる。
魂が完全体になった事で、彼女は千年前の自分に戻っていた。
次の瞬間。
魔木の太い枝がいきなりアリスティア目掛けて上空から降って来た。
ゴーッと言う凄い音と共に。
「 危ない! 」
咄嗟に帯剣していた剣を抜いたレイモンドは、アリスティアの前に立ち、剣で枝を振り払った。
バシッ!!と言う音と共に。
「 ティア?大丈夫か? 」
「 ええ。有り難う。レイは? 」
「 僕も大丈夫だ 」
そこにあるのは労り合う恋人同士の姿。
大切な人を守る為に剣を振るレイモンドは、自分を守りながら敵陣に進撃するセドリック王。
だけど彼が守っているのは私じゃない。
………王妃。
サラが何かを言いかけたが。
それより先にアリスティアが叫んだ。
「 いきなり何なの? レイに当たったかも知れないのよ! 貴女はレイを愛してるんじゃないの!? 勿論、わたくしの方がレイを愛してますけどね 」
そう言ってレイモンドを上目遣いで見たアリスティアを、レイモンドが嬉しそうに抱き寄せた。
レイモンドの前では、ガンガンあざとさを出せる女アリスティア。
どんな場合でも。
そして。
そのあざとさに完全に毒されている皇子様は、甘い顔をしてアリスティアの瞳を愛おしそうに見つめるのだった。
そんな二人の姿は、更にサラを逆上させる。
王妃が、セドリック王との仲の良さを見せ付けていると思って。
そんな光景を何度も見て来たのだ。
王妃を労るセドリック王の姿を。
セドリック王の労いを、当然のように感受する王妃の姿を。
労れるべきは戦いを共にした自分である筈なのにと、サラは何度も臍を噛む思いをしたのだった。
千年前。
セドリック王と凱旋したサラは、戦いの功績の報酬としてセドリック王の側妃になった。
戦いでは、常にセドリック王の傍らにいる事が出来たのだが。
宮殿ではそうはいかない。
宮殿にいる女性達の頂点にいるのは王妃。
セドリックと会う事が出来ないのは、王妃が会わせないようにしているから。
そこにあるのは間違いなく嫉妬。
戦場でのセドリック王とサラの関係は、誰もが知っている事で。
勿論、王妃も。
戦いに勝利し戦士達が凱旋した日。
セドリック王を出迎えた王妃は、サラに労いの言葉をかけた。
しかしその後は、王妃は完全にサラをスルーした。
王妃にスルーされたサラは、他の側妃達からも無視をされた。
魔女である事を怖がられた事もあって。
彼女が魔女であったからこそ、国の勝利に貢献出来たと言うのに。
そもそも平民のサラが側妃となる事に無理があったのだ。
王宮では沢山の平民達が下働きをしている。
その平民達と同じ身分であるサラが、敬われる筈などない。
それは千年前も今も同じ。
全ての者からスルーされたサラは孤独だった。
時戻りの剣を作ろうと思ったのは、自分が一番輝いていた時代に戻りたいから。
セドリック王の傍らで、兵士達に囲まれて笑っていたあの時の自分。
そんな時間が再び来る事を夢見ながら、サラは自分の魂を剣に注いだ。
孤独な魔女サラにとっては、平和になった国よりも、戦いの場にいる方が幸せだったのだから。
王妃さえいなければ……
自分の魂を削ってまで、時戻りの剣など作る必要はなかった。
こんな木などに宿らずに済んだ。
恨むべきは……
約束を破り、普通の剣で自分の胸を貫いたセドリック王なのだが。
女の怨みは女に向けられるのは何時の世も同じ。
皇后になるに相応しい身分であるアリスティアが、サラの目には憎き王妃と重なって映っていた。
そこにあるのは千年の怨み。
***
魔木の周りを渦巻きながら飛んで来る木々を、レイモンドは剣で叩き落としている。
その後ろでは、アリスティアが指先に魔力を込めていた。
消滅の魔力を放つ為に。
レイモンドと背中合わせになって。
戦いの場で、背中を預けられるその体勢は絶対的な信頼の証。
千年前。
セドリック王と魔女サラに、確かにあった戦場での二人の姿。
何時も二人は一緒で。
お互いに守り守られていた関係だった。
「 どけ! そこは私の場所だ! 」
サラはアリスティアに向かって枝を横振りにして来た。
最早、アリスティアを殺る事しか頭にないサラは、レイモンドの姿は見えてはいない。
「 レイ!下がって! 」
今度は素早くレイモンドの前に立ったアリスティアは、その枝に向かって魔力を放った。
「 ギャアーッ!! 」
サラの叫び声が辺りに響く。
魔力は枝に命中すると、枝は木っ端微塵に吹っ飛んだ。
木の枝と共に、黒い液体が当たりに飛び散って行く。
それは魔物の血。
やはり……
この木は天のお告げのあった世界を滅ぼす魔物。
千年前の魔女サラの魂が宿った魔物に改めて震撼した。
少し離れた場所にいたカルロスとオスカーが、レイモンドとアリスティアの側に駆け寄って来た。
皇太子殿下を守るようにして、彼の両脇に立った。
早く討伐せねば……危険。
危険危険危険。
ここにいる皆のシグナルが鳴っている。
「 ティア!早く消滅の魔力を放つんだ! 」
「 ……はい! 」
アリスティアは三人の後ろに下がり、指先に魔力を込める事に集中した。
消滅の魔力を使ったのは一度だけ。
ジョセフ第一皇子の秘密の小屋を消し去った、あの時だけだ。
あの時は出そうと思って出した訳ではない。
なので上手く出せるかどうかはやってみないと分からない。
身体中のエネルギーを集めた指先が、銀色に輝いた。
「 間に合ったか…… 」
「 えっ!? 」
アリスティアの前に立つレイモンドとカルロス、オスカーが同時に振り返った。
アリスティアも、指先に向けていた視線を突然現れた人物に向けた。
そこにいたのは第一皇子。
ジョセフが現れたのだ。
手にはランタンを持って。
もう片方の手には小瓶を持っている。
暗い場所で緊張感マックスで戦って来た事もあって、ランタンの優しい灯りに泣きそうになる。
天才ジョセフ皇子が来てくれた。
「 兄上…… 」
「 皇子殿下!!! 」
皆の顔が喜びに溢れた。




