そして完全体に
星の光が瞬くだけの暗い森の中。
一際大きな木は銀色に光っては消え、光っては消えを繰り返していた。
その光はアリスティアが開けた黒い穴から、ドクンドクンと点いては消えるを繰り返している。
まるで心臓が動いているかのように。
「 これが魔物の正体…… 」
レイモンドが呟いた。
いつの間にかレイモンドがカルロスとオスカーの側に来ていた。
アリスティアと一緒に。
それは生き物みたいな不気味な姿。
いや、間違いなく生き物。
波打っているのは心臓かも知れない事に震撼する。
これが天のお告げである魔物だと言う事は間違いない。
世界を滅ぼす程の。
この先この魔物が何をするのかは分からない。
何をもって世界を滅ぼそうとするのかも。
しかし。
今直ぐに始末しないとならない、危険な生き物だと言う警鐘だけは鳴っていた。
それはこの場にいる者達全員に。
レイモンドはアリスティアに視線を落とした。
その美しい顔は真っ直ぐに魔物を見つめている。
少しも怯みもせずに。
何不自由なく、蝶よ花よと育てられた公爵令嬢が、こんな場所にいなければならない事に胸が痛んだ。
しかしだ。
今、この魔物を討伐出来るのは彼女しかいないのは事実。
天のお告げでは、世界を救うのは聖女だったが。
なので今、どうしてもアリスティアに頼るしかない。
「 ティア……魔力はまだ残っているか? 」
「 ええ。問題ないわ 」
レイモンドを仰ぎ見たアリスティアは、そう言ってニッコリと微笑んだ。
「 疲れているだろうが……君の魔力に頼るしかないんだ 」
今日1日、ずっと魔力を使い続けている。
疲れてない筈がない。
国を守るべき皇族の自分が、何も出来ない事が情けない。
叱られて耳を垂れた仔犬みたいな情けない顔をしているレイモンドの頬に、アリスティアは手をやった。
「 ねぇ、レイ。自分が何も出来ないなんて思わないでね 」
「 …… 」
「 わたくしはね、レイがいるから頑張れるのよ 」
レイモンドが転生前の事に胸を痛めている事は、アリスティアも分かっている。
自分の諸行でアリスティアを魔女にしたと、自分を責めてる事も。
「 わたくしは魔女である事が誇りですの。こうしてレイと一緒に戦う事が出来るのですもの 」
あの時。
射殺されるしかなかった魔女を、生かせてくれた事は皇太子であるレイモンドだからこそ出来た事。
魔女になった事が、世界を滅ぼす魔物を討伐する事に繋がるならば、その全てが間違ってはいなかったのだと。
アリスティアは、そんな自分の想いをレイモンドに告げた。
「 だから……我が国の皇太子殿下が、こんなに弱々しい顔をしては駄目ですわ。未来の皇太子妃が、こんなにもやる気満々ですのよ 」
ニヤリと片方の口角を少し上げたアリスティアは、レイモンドの下がった眉を指先でニリニリと押し上げた。
ああ。
もう駄目だ。
こんなにも愛しい。
自分を奮起させてくれるのは何時もアリスティア。
それは幼い頃からずっと。
「 強い魔女が僕の妻になる事が誇らしいよ。ティア……二人で共に戦おう 」
「 はい 」
レイモンドが、何時もの皇太子然とした力強い眼差しになった事に、満足したアリスティアはニッコリと微笑んだ。
妻だと言ってくれた事にも満足して。
この先にあるのは幼い頃からの二人の未来。
二人の生きて来た意味。
皇太子になる為に。
皇太子妃になる為に。
やがてはエルドア帝国の皇帝と皇后になる為に、二人は共に努力して来たのだから。
それはどちらが欠けても実現しない未来。
***
「 わたくしの魔力で消し去ってやるわ! 」
魔木の前に立ったアリスティアは、ローブの袖を捲り上げながら、指先を魔木に向けた。
しかしこの時。
地面がまたもや大きく揺れ、アリスティアは地面にしゃがみこんだ。
それと同時に、辺りに渦巻くような強い風が吹き荒れ出した。
魔木を見れば、不自然に大きく広がった枝を揺らせている。
突風で空中に舞い上がった木の枝や葉っぱが、この辺りに降って来た。
地面に伏せているアリスティアの側へ駆け寄ったレイモンドは、アリスティアの頭を覆いながら自分の胸の中に入れ、地面に膝を付いた。
自分のマントをアリスティアの頭からすっぽりと被せ、飛んで来る木の枝や石を、抜いた剣で振り払う。
大切な宝物を守るようにして。
カルロスとオスカーの悲鳴が聞こえる。
枝や小石が身体に当たり、痛がる悲鳴が。
すると……
レイモンドの周りで跪いていた木が、スポッと地面から引き抜かれた。
根っ子が露になった木は、魔木に向かって飛んで行く。
そして、アリスティアが開けた穴の中に入って行った。
銀色の光が点いたり消えたりと、まるで動いているかのような心臓(←多分)の中へ。
木が吸い込まれ出すと同時に、吹き荒れていた風が止んだ。
「 木が……吸い込まれた 」
レイモンドの唖然とした声に、アリスティアがマントから顔を出した。
レイモンドの腕の中からヒョコっと。
「 うそ…… 」
木がスパッと地面から引き抜かれて、魔木の中に吸い込まれて行く。
次から次へと。
クルクルと回ったり、根っ子をめいいっぱい広げて、吸い込まれないように必死で抵抗している木や中には魔女の森に向かって逃げる木もいて。
サササササと。
しかし。
そんな抵抗も虚しく、一本一本地面から剥がされた木は、次々に魔木に吸い込まれて行った。
「 これは……今から何が起こるんだ? 」
「 サラは、木の中にある自分の魂を集めているのかも知れませんわ 」
魔女の森にいる動く木は、サラの魂の分霊したものかも知れないと、リタが言っていたのだ。
「 えっ!? 」
レイモンドは自分の腕の中にいるアリスティアをギュッと抱き締めた。
「 君が魔木に吸い込まれるなら、僕も一緒に吸い込まれるよ 」
アリスティアの身体に、サラの魂の欠片がある事はレイモンドも知っていた。
それは自分が、時戻りの剣をアリスティアの心臓に突き刺したから。
「 もう君を一人で行かせない……何処に行こうと一緒だ 」
アリスティアはレイモンドの首に手を回した。
「 嬉しい 」と言って。
「 でも……サラの魂の欠片は、もうわたくしの身体には無いのよ 」
「 えっ!? 」
「 魔木に埋め込まれていた時に取られているから 」
「 そうか……その時痛くはなかったか? 」
「 少し痛みを感じたけれども、今はスッキリした気分よ 」
「 …… 」
レイモンドの首に手を回しているから、彼の顔は見えないが、きっとまた泣きそうな顔になっているに違いない。
レイモンドが胸を痛めているように、アリスティアもまた、胸を痛めているレイモンドに胸を痛めた。
もう前を向くしかないのは分かっているが、人の心はそんなに割り切れるものではない。
「 レイ。愛してるわ 」
「 僕も愛してる……君がいないと生きていけない程に 」
見つめ合いながら二人は抱き締め合った。
お互いの頬にスリスリとして。
何だかんだと直ぐにイチャコラ始める二人の上空を、見覚えのある木が飛んで行くのが見えた。
「 あっ!? 」
「 ? 」
アリスティアが空を見上げているので、レイモンドも空を見上げると、木はいきなりクネクネと動き出した。
レイモンドに見られているのを意識して。
アリスティアの怒りに逃げたまま、姿が見えなかったが。
飛びながらクネクネしてるのが気持ちが悪い。
クネクネとした木は、レイモンドの腕の中にいるアリスティアに恨めしげな視線を向けた。
木なので目は無いが。
アリスティアはレイモンドの唇にチュッと唇を寄せ、ニヤリと笑った。
さっきのお返しだ。
アリスティアは木にも容赦ない女だった。
クネクネとした木は、アリスティアに向けては中指を立てると、レイモンドには投げキッスをした。
……勿論、そのように感じただけだが。
そしてクネクネとした木は、そのまま魔木の中に吸い込まれて行った。
吸い込まれる瞬間。
レイモンドに向かってサヨナラと言った。
愛してるとも。
……多分。
「 木…… 」
アリスティアは何だか切なくなった。
ライバルの最後に。
クネクネとした木が最後の木だったようで。
木が魔木の中に吸い込まれると、銀色に光っていた穴がシュルシュルと塞がって行った。
やがて銀色の光は消え、辺りは暗闇に包まれた。
魔物は完全体になった。




