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38 後日談


「ホ、ほホ、ホホ……。よもやこのわたくしが村娘などにやら、れる、とは……」


 アウルダンは自分で吐いた血反吐の海に沈んでいる。

 その傍らに立つルノンは両手の先から紅の魔爪を生やし、口元には薄笑いを浮かべているようにも見える。


「まさかルノンが狂狼ヴォルフの一族だったとはな」


「え、マジ!? あの満月限定で勇者なみに強かった奴ら!?」


 エロナは、ひぃ……と震え上がって、俺の陰に飛び込んだ。


「…………」


 銀髪の間で鋭い目がギラついている。

 なんか、こっち見てない?

 おいおい、ふくろうの次は俺たちに斬りかかってこないよな?


 と、気が気ではなかったが、月が再び雲に隠れると、ルノンの様子は目に見えて変わった。

 爪がスッと縮み、ルノンはしばし呆然とあたりを見渡してから尻餅をついた。


「……へ? ふぇっ!? 村がめちゃくちゃになってる!?」


 氷鳴龍との戦いで様変わりしてしまった広場を見て、ルノンはすっかり取り乱しているご様子。


「あれ、あれれ!? ここ、お祭りの会場!? わたし、今日はおうちでクレスさんたちの帰りを待つつもりだったのに……」


 む?

 どうやら、記憶が混濁しているらしい。

 そういえば、狂狼ヴォルフの戦士も戦いの後は何もなかったみたいな顔していたな。

 一人で戦況を変える活躍しておきながら、アホみたいにポカーンとしていた。


 まあ、全部忘れたのなら好都合だ。

 俺が実は勇者だったってことも忘れてくれただろうからな。

 俺は黄金の残光を放つ剣を鞘に仕舞った。


「うう、わたし、取り返しのつかないことしちゃいました……。村の皆さんに怪我がないといいですが」


 なんだ?

 自分が村を破壊した張本人とか思っているのか?

 まあ、狂狼ヴォルフの戦士たちも敵味方関係なくぶった斬っていたがな。


 俺はぐずんぐずんと鼻を鳴らしているルノンの肩をそっと抱いた。


「気にするな、ルノン。お前は村を襲ったこの悪いふくろうから村のみんなを守ったんだからな」


「ふ、ふくろう男さんが血まみれになってる……!?」


 ごめんなさい、ごめんなさい、と平謝りするルノンをエロナに任せ、俺はふくろう男の頭をひっぱたいた。


「どうする、アウルダン? ちゃんとごめんなさいするなら傷を癒やしてやってもいいぞ?」


「わ、わたくしは腐っても魔王軍大幹部……。敵におもねるぐらいなら潔い死を選び、ま、す」


「いや、死なせないぞ? ルノンを人殺しにはできないからな。じゃあ、どうするのかっていうとだな、――えい!」


 俺はふくろう頭をグーで殴った。

 一瞬意識が飛んだアウルダンだったが、ハッと我に返って豆鉄砲をくらったハトみたいな顔になる。


「お前が改心するまで永遠に殴り続ける」


「ホ、ほほ……。スミマセンデシタ……」


 三つ指を突いて土下座するアウルダンに治癒魔法を施してやる。

 その上で、土魔法セメントで首から下をガッチガチにしておいた。

 あとで裸に剥いて木に吊るし、村人総出で石を投げてやろう。


「とりあえずまあ、これにて一件落着だな」



 (○○○)



 そして、アウルダンの乱から3日が経った。

 雪はすっかり溶けて、村人も冷静さを取り戻しつつある。

 しかし、加熱しているものもあった。

 氷神様信仰だ。


 氷鳴龍は俺の聖剣で肉片も残らず消滅した。

 それが、村人目線では、黄金の後光を放ちながら天界に昇っていったように見えたらしい。

 村を大火からお救いくださった氷神サマーって感じで、村人たちは深い感謝と祈りをノーデンベルク山脈に捧げていた。


 ラオサ老の話では、氷神様を祀る祠を作った上で、今年から毎年、氷神祭を開くつもりらしい。

 お祭り好きな村人たちだ。


 ちなみに、魔王軍残党のアウルダンは、ルノンが倒したことになった。

 村を燃やされた怒りでタガが外れ、満月モードでボコボコにしてやったって筋書きだ。

 もちろん、事実とは若干異なるのだが、とうの本人は覚えていないので否定のしようがない。

 村人からの惜しみない拍手を居心地悪そうに受け取るルノンなのであった。


 あと、もうひとり、英雄視されている奴がいる。

 うちの黒猫、クロだ。

 もともとしゃべる猫という神秘的ポジションにあったことに加え、火の雨から村人を守った功績が讃えられたのだ。

 晴れてノーデン村の守護獣である。

 信仰心の厚い村人が新鮮な魚を貢いでくれるので、クロはご満悦だった。

 ま、聖獣だから、もともと信仰の対象なんだけどな。


 ついでに、しゃべる豚のポエさんもクロのおこぼれに与っている。

 とうもろこしや雑穀を貢がれ、満足げにポエムを口ずさむポエさんであった。

 食われにくいポジションに座れてよかったな。


「ねえねえ、聞いて聞いて! クレスったら、ねえ!」


 一連の騒動で一貫して役立たずだったエロナは騒動後ギャグみたいにふさぎ込んでいた。

 だが、3日目にしてようやく持ち直したらしい。

 満面の笑みを太陽みたいに輝かせながら俺の家を訪ねてきた。


「うちの子たちがね、あのふくろう男に石を投げたでしょ? 村の敵と勇ましく戦った勇敢な子たちだって、村のみんなが口々に褒めてくれるのよ!」


 でねっ、でねっ、とエロナは続ける。


「村長のおじいさんが教会に直々に来てくれてね、言ったの! 子供たちを氷神祭に招待したいって!」


 それは、なによりだ。

 まあ、エロナに会う口実にしただけかもしれないがな。

 ラオサ老は年甲斐もなくエロジジイだから。


「全部クレスのおかげだわ! ありがと、クレス!」


 そう言うとエロナは背伸びして俺の頬に口づけした。

 ちゅぱ、っという音で俺の脳はデタラメな脳波を発するほどハイになる。


 エロナは薄褐色の頬をめいっぱい朱に染めながら、上目遣いで言った。


「パパになる話、考えておいてね。私は割と本気なんだから」


 俺も本気にしちゃいそうだ。

 天真爛漫に手を振りながら駆けていくエロナの姿を茫然自失の体で見送る俺だった。


 ああそう、下手人アウルダンは王都に移送されることに決まった。

 そこで、厳正なる法の裁きを受ける予定だ。

 まあ、今後一生、お天道様を拝むことはないだろうな。

 夜行性だから気にしないかもしれないが。


「お見事です、あるじ殿」


 騒動に一段落がつき、くたくたっぷりをため息で表していると、クロが労いの言葉をかけてくれた。


「久々の勇姿、我輩は目頭が熱くなりましたぞ」


「俺も久々に暴れられてスカッとした。たまには、ハメを外すのも悪くないな」


 とはいえ、仕事で無理強いされるのは御免だ。

 本当にたまにだけハラハラさせてくれるだけでいい。

 のんびり9割、ハラハラ1割。

 そのくらいがちょうどいいのさ。


「誰に感謝されずとも、我輩だけは存じておりますぞ。この村の平和な暮らしを守ったのが、あるじ殿であることを」


 膝の上にちょこんと座り、熱い目で俺を見上げてくるクロがいつになく可愛い。


「なんだぁ? 猫のくせに生意気な奴め~!」


「あ、あるじ殿、ひげを引っ張るのはやめてくだされ! 伸びてしまいますゆえ!」


「伸びろ伸びろフハハハー!」


 とまあ、そんな感じで俺の家にも平穏な暮らしが戻ってきたのであった。


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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