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39 星空


「く、クロが冬毛になってる!?」


 朝起きてビックリ。

 隣で寝ていたクロがいつの間にかひと回り大きくなっていた。


「ふわっふわのモッフモフだな!」


 さっそく顔をうずめる俺を、クロの短い前脚がペシペシと叩いた。


「氷鳴龍の凍気にあてられたのでしょうな。あ、あるじ殿、吸うのは……にゃふぁ!?」


「これが吸わずにいられるか!」


 もっふもふ!

 もっふもふだぞ、おい!


「シロ! シロはいるか!」


 珍しく早起きした俺は、家の軒先で番犬中のシロを見つけて力いっぱい抱きしめた。


「お前もモッフモフじゃないか!」


「わおっふ!」


 クロもシロもちょっと早い冬仕様だ。

 俺は吸うなら冬派だな。

 毛量たっぷりで吸いごたえがあるのだ。

 夏は夏でほっそりした感じが絶妙にいじらしいけどな。


「クレスさん、とんかつが揚がりましたよ!」


 窓からエプロン姿のルノンが顔を覗かせた。

 朝カツか。

 普通の奴なら胃にずーんとくるだろうが、俺は朝からガツンといきたい派でもあるから大歓迎だ。


「ふふふふっ!」


 食卓につくと、向かいに座るルノンが不敵な笑みを浮かべた。

 なんだか知らないが、いと得意げな顔をしている。


「どうしたんだ?」


「なんだと思います? 当ててみてください、クレスさん!」


「え、ポエさんの出荷が決まったとか!? まさか、もう調理済みなんじゃ……」


「やだな、クレスさんったら! ポエさんは食べたりしませんよ、……まだ」


 まだ?

 まだって言った!?


「目をつむってください!」


「お、おう」


 キスでもされるのだろうかとドキドキしながら瞑目し、息を止める俺。

 しかし、唇は寂しいまま、目の前の皿でカタコト音がするだけ。

 一体何が起きているというのだ?


「どうぞ! 目を開けてください!」


 そう言われ、俺は目を開けた。

 可愛い。

 目の前に座るルノンが可愛い。

 だがまあ、これはいつものことか。


 変化を探すべく視線を皿に落とし、俺は驚愕のあまり息を呑んだ。


「な……ッ」


 とんかつに……。

 とんかつにドロッとした黒っぽい液体がかけられている。


「ま、まさか、これは……!」


「そうですっ! クレスさんが欲しがっていたとんかつソースです!」


 えっへん、と胸を張るルノン。


「さあ、冷めないうちに食べてみてください!」


「おお、お……」


 俺は声にならない興奮を覚えつつ、とんかつにフォークを突き刺しガブリと食らいついた。

 サクサクの衣が口の中で火花のように弾け、そして、おお、き、来た……!

 ソースの甘酸っぱくもコクのある味わいが、ふあああああ!

 俺はあまりの衝撃に立ち上がって吼えた。


「うまい!」


 久しぶりのこの味。

 うーん、たまらん!

 気づけば、とんかつは無くなっていた。

 誰かが盗ったのかと思ってキョロキョロしていると、おかわりが出てきた。

 もちろん、ソース付きで。


「ルノン、ソースを作るなんて大変だったんじゃないか?」


 行儀が悪いと知りながら、俺はもごもごと訊く。

 聞き知っただけで食べたこともない異世界の味を再現するなんて、料理のプロでも困難を極めるだろう。


「煮詰めたリンゴを潰して作ったアップルソースに、とにかくたくさんのお野菜をドロドロになるまで煮込んでみたんです。試行錯誤は大変でしたけど、とんかつを美味しくするためです。えへへ、全然苦じゃありませんでしたよ、んへへ……」


 酔っ払ったみたいなニヘラ顔からは、たしかに苦悩の欠片も感じられない。

 作る過程そのものを楽しんでいた奴の顔だ。

 美味しいとんかつを夢見てニヤニヤが止まらなかったことだろう。

 よだれもな。


「なるほど。このフルーティな香りはリンゴだったか」


 元の世界のとんかつソースとはちょっと違う。

 だが、間違いではない。

 むしろ、正解の味だ。

 とんかつが30倍くらい美味しく感じる。

 聖剣を手に入れた勇者のごとしだ。

 切っても切れない二つがようやく揃ったのだ。


「ルノンの豚肉愛は本物だな! いいソースだ!」


「ありがとうございます、クレスさん! 今日から毎日3食とんかつにしてあげますね!」


 いや、さすがにそれは重すぎる。

 多くても週3までにしてくれ。



 (○○○)



 日がな一日、クロと一緒に寝て過ごした俺は、夜になってムクっと起き上がった。

 家の外に向かう小さな気配を感じ取ったからだ。


 表に出てみると、庭のベンチに寂しげな後ろ姿を見つけた。

 薄明かりの中でも、その銀の髪は映えて見えた。

 ルノンだ。


「隣、いいか?」


 許可を待たずに、俺はドカッと腰を下ろす。

 ルノンはまぶたを慌てて拭ったようだった。

 そして、何事もなかった様子で、ふふっ、と笑う。


「クレスさん、夜更かしはダメですよ。豚になってしまいますから」


「それは、食ってすぐ寝たら、だろう」


「それ、牛です」


「そうだったか?」


「そうですよ! ふふ、クレスさんって面白いですね!」


 ルノンの声には、明るく振舞おうとしているような息苦しさがあった。


「無理しなくていいぞ」


 俺はそっと耳の間をなでた。

 ルノンがたまに夜泣きしていることには気づいていた。

 俺の感覚は無駄に研ぎ澄まされているからな。

 わかってしまうのだ。


「クレスさんには隠し事、できませんね」


 ルノンはしくしくと涙を流した。

 原因は言うまでもなく、両親の死だろう。

 もはや俺には一生わからない痛みだな。

 俺にできることといえば、こうして隣に座っていることくらいだ。


「田舎の夜は暗いな」


 俺は真っ黒な丘の下を見下ろして、そんなことをつぶやいた。

 ルノンはうつむいたまま言う。


「この景色みたいに、わたしもこの先ずっと暗い気分のままなんですかね」


「そんなことはない。どこにだって光はあるものだ」


 これ、元・勇者の金言な。

 どんな絶体絶命の窮地にも、必ずどこかに一筋の光明があった。

 一見気づきにくいところに、そっとな。


「上を見てみろ、ルノン」


「上、……ですか?」


 見上げたルノンは、うわぁっ、と声を弾ませた。

 そこにあるのは、満天の星空だ。

 真っ黒な夜空いっぱいに、まばゆいばかりに輝いている。


 戦場の夜空は真っ黒な煙に覆われて何も見えやしなかった。

 戦争が終わっても王都の夜空は暗いままだった。

 街の明るさでな。

 星のない空を眺め続けてきた俺だから気づける光だ。


 しばし星空に見とれていたルノンが小さく息を吐いた。


「イノシシの魔物に襲われたとき、わたし、本当は死んでもいいと思っていたんです。両親に会える気がしたので」


「そうか」


「でも、命がけでわたしを守ろうと戦ってくれたクレスさんを見て、生きなきゃって思ったんです」


 命懸けか。

 ちょっと蹴っ飛ばして、ちょっと斬っただけだけどな。

 まあいいか。


「クレスさん」


「ん?」


「わたし、前を向いて頑張ります。だから、クレスさんはいなくなったりしないでくださいね」


 小さな手が俺の服の裾を掴んで引っ張った。

 揺れる銀の瞳が不安げに見つめてくる。


「ああ、いなくなるもんか。俺はここに骨を埋めるつもりだからな」


 ノーデン村は、いい村だ。

 空気も綺麗で、人も温かい。

 永住希望だ。

 末永くお願いしたい。


「約束ですよ?」


「約束だ」


「わたしのそばにいてくださいね、……ずっと」


「もちろんだ」


 安請け合いしてしまったが、今のやり取り、ちょっとプロポーズっぽかったな。

 俺は頭を掻いて羞恥心を誤魔化しつつ、隣に座るルノンに苦笑いを向けた。


「……」


「……」


 刹那の間、ルノンと視線が重なった。

 彼女はひょいっとそっぽを向いた。

 赤くなった頬を隠すように。

 いや、この暗さだ。

 俺の見間違いかもしれないが。


 風に吹かれて精霊たちが星空に舞い上がっていった。

 それを二人で眺めているうちに、夜は静かに更けていくのだった。


これにて完結です!

読んでくださった皆様、ありがとうございました!

最後に下の★★★★★から『評価』をいただけると嬉しいです!

お疲れ様でした!




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