37 解き放たれし力
巨大な龍が羽ばたくことなく空に浮かんでいる。
翼から吹き降ろす猛吹雪で、広場は瞬く間に銀世界になった。
「ホホゥ、この龍は氷鳴龍グラキアル。かつて、霊峰ノーデンベルクの覇者であったものです。古代遺跡の最奥よりこのわたくしが解き放ったのですよ」
アウルダンは勝ち誇った顔で俺を見下ろしている。
古代遺跡というと、黒の森のダンジョンのことか。
そして、おそらく森を凍てつかせたのは、あの龍の仕業だろう。
「もっとも、この地域では『氷神』と呼んだほうが通りがいいようですがホホ」
「氷神様か……」
俺は藁で作られた龍と氷鳴龍を見比べた。
なるほど、言われてみれば似ている。
氷神様のモデルになった龍か。
「神と讃えられしこの氷鳴龍さえいれば、わたくしが魔王になることも夢ではないのです。偉大なる新・魔王アウルダン伝説が今ここに幕を上げるのですよ。ホーッホッホッホゥ!」
「ああそう……」
雑魚にありがちなチンケなセリフの数々に、俺は長めのため息をつきたい気分になった。
そりゃ、デカさと迫力には多少驚いたよ?
でも、このくらいの修羅場、勇者やってた頃は日常茶飯事だった。
それに、まあ、こうなるわなって感じだ。
雑魚が表舞台に上がるのは、弱くても勝てる算段が立ったときだからな。
奥の手くらい持っていて当然だ。
「さあ、氷鳴龍よ! 地を這う虫けらに氷結の裁きを下しなさい! そして、わたくしの覇道を斬りひらくのです!」
『ゴオオオオオオオオオオ――――ッ!!!』
氷の大翼が羽ばたいた。
無数の氷塊が落ちてくる。
巨大なつぶてが家屋を丸々押し潰し、氷の花弁を咲き誇らせた。
さすが神と讃えられる龍だな。
だが、魔王はもっとヤバかったぞ。
「あるじ殿、防御は我輩に任されませ」
「ああ。それと、焼き鳥も頼む」
「……にゃむゥ!?」
俺はルノンから預かった焼き鳥をクロの口に突っ込んだ。
そして、聖剣を引き抜きながら言う。
「さあ、狩りの時間だ」
空を飛ぶ相手には昔からこうすると決めていることがある。
俺は足元に転がっていた手頃な岩を掴んで空に向かってぶん投げた。
岩はソニックブームを轟かせながら飛んでいき、氷鳴龍のあごに直撃。
あごから耳にかけて切り裂きながら氷の王冠を粉砕した。
天を覆い尽くしていた巨体がぐらりと揺らぐ。
やっぱ最強だな、投石って。
「ホホ……? い、一体何――ぐギャホ!?」
もひとつ投げて、アウルダンを撃墜。
「ようやく落ちてきたな、ホーホー野郎。首が痛くなるところを飛びやがって」
ふくろう頭を鷲掴みにして持ち上げると、大きな目が皿みたいに見開かれた。
「ホギョ……!? この腕力、ただの村人ではない!?」
「魔王を目指す者が勇者を知らないってのは考えものだな」
「ホホ! 勇者ホ!?」
アウルダンは俺の手を振り払うと、おぼつかない足取りで距離を取った。
地面は苦手らしい。
「村人風情が生意気な! 氷鳴龍よ、この勇者気取りのまがい物に本当の力を見せつけてやりなさい!」
『ゴオオオオオオオオ――――ッ!!!』
巨大な両翼が白銀の光を放つ。
光は胸に集まっていった。
そして、ガパリと開いた口の奥に白い光の玉が生み出される。
「ブレスか」
勘でわかる。
近隣一帯が消し飛ぶ威力だと。
「仕方ないな。久しぶりにアレやるか」
俺は聖剣を正眼に構えた。
昂ぶらせた全身の魔力を剣に注ぎ込んでいく。
銀の刃がにわかに黄金の輝きを見せた。
「ホ!? その剣はまさか……!」
そうだ。
勇者だけが扱える聖なる剣。
最近はすっかり便利な工具扱いだったが、お前もたまには本気を出したいだろう?
「金色なる姿をいざ示せ! ――聖剣解放!」
久しぶりなのでテンションが上がって全力を出すと、世界が黄金に染まった。
金の刃が太陽のように輝き、吹雪を蒸発させていく。
『ゴオオオアア――ッ!!!』
氷鳴龍の口から白銀の閃光が放たれる。
俺は迎え撃つように聖剣を振り抜いた。
ッオ――――――!!!!!
黄金の波がほとばしった。
銀の息吹と混ざり合って凌駕し、勢いは衰えることなく天へと向かっていく。
金色の濁流が氷鳴龍を呑み込んだ。
巨体を焼き尽くし、それでもなお衰えぬ力は天を突き上げて暗雲を打ち払った。
そして、静寂が戻ってくる。
「ホ、ホあ、ああ、ホホ……。ま、まさか、本物の勇者……。勇者クレス!?」
アウルダンはよたよたと後ずさりして尻餅をついた。
「だから、そう言っているだろう」
俺は聖剣のひと振りで、アウルダンの頭頂部から伸びる飾り羽根を斬り落とした。
「大人しくお縄につくなら、羽根をむしって広場に吊るすだけで許してやるぞ?」
「な、なな……」
「なな?」
「舐めるなァアアアアア……ッ!!」
アウルダンが魔法翼を広げる。
俺は素早く翼を斬り飛ばすが、アウルダンは片翼で半ば体を引きずるようにしながら飛んでいった。
向かう先には子供たちがいる。
「しまった……!」
俺は慌てて地面を踏み込んだ。
しかし、俺が背中を斬る前に、アウルダンの前にエロナが立ちはだかった。
「子供たちは私が守るんだから!」
「そこをどくのです! エロ女ァ!」
「きゃああ……!?」
アウルダンの突進をもろに食らったエロナが民家の壁に叩きつけられる。
トドメの一撃が迫ったところで、何か白い影が猛然と駆けてきてふくろう頭に突っ込んだ。
「わふんっ!」
シロだった。
アウルダンは顔面を押さえてのたうちまわっている。
どうも額が割れたらしい。
やるな、シロ!
さすが俺の相棒の寄り代だ!
「エロナママをまもれぇ――!」
「あっちいけ、ふくろう頭ぁ!」
子供たちが石を投げ始めた。
アウルダンはたまらず逃げ出す。
その先には、……ルノンがいた。
「ルノン、逃げろ……!!」
と叫ぶが、彼女はなぜかぼんやりと空を見上げたまま一向に動こうとしない。
「おのれ、おのれェ……! 次期魔王たるこのわたくしを! ガキどもばかりか犬までもが愚弄しますか……!」
アウルダンがルノンの腕を掴み、長い爪をその喉笛に這わせた。
それでも、ルノンはボーッと天を見上げている。
「ルノン……!!」
人質を取られるとは、クソ!
俺の腕もずいぶんなまくらになったな。
「ホホホゥ! 形勢逆転です! これぞわたくしの頭脳のなせる技! 勇者よ! その聖剣でもって自らの首を斬るのです!」
「月……」
勝ち誇るアウルダンの横でルノンがぽつりとつぶやいた。
「月?」
視線に釣られて俺も夜空を見上げる。
そこには、大きな満月が浮かんでいた。
聖剣の一撃で切り裂かれた雲の合間から煌々と紅の光を降らせている。
俺は事ここに至ってようやくとある可能性に行き当たった。
そして、思い出した。
昔、戦場をともにした戦士のことを。
その戦士は狼系の獣人だった。
花を愛でるような優しい奴で、剣が似合わない奴だった。
ただ……。
ただ、満月の夜だけは違った。
満月の夜だけは、その戦士は誰よりも戦士だった。
両手の指先から伸ばした10本の魔爪で立ち塞がるすべてを切り裂いてみせた。
その戦士はこう呼ばれていた。
狂狼の一族、――と。
『わたし、ルノンヴォルフといいます。気軽にルノンって呼んでください』
そう言って微笑んだルノンの顔が思い起こされる。
そうだ、あの戦士も名前の後ろにヴォルフがついていた。
ルノンが月を恐れたこと。
ルノンを恐れた村の若衆たち。
そして、かつての名戦士。
すべてが一本の線で繋がった。
俺たちが見守る中、ルノンの両手から紅蓮の爪が伸びた。
その爪が音もなく振り抜かれ、アウルダンは宙を舞った。
鮮血とともに。
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