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36 ふくろうの男


 燃え盛る火球が雨となって降ってくる。

 俺は砲声のような声で吼えた。


「クロオオ!! バリアアアア――ッ!!」


「了解ですぞ、あるじ殿ォ!」


 黒い影が颯爽と空に飛び上がった。

 全身の体毛が電球のように光り、広場の上空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 魔法陣は雨粒を弾く傘となって火の玉を払い除けた。


「さっすが聖獣だ!」


「なんのこれしきであります!」


 したり顔で落ちてきた相棒をキャッチし、俺はラオサ老に鋭い視線を飛ばした。


「村長殿、村のみんなを避難させてくれ!」


「がってん承知ですじゃ!」


「バルスル、お前は若衆の音頭をとれ!」


「は、はいっす兄貴……!」


 対魔結界バリアで弾かれた火の玉が、広場の外で火の海を作っている。

 無事避難できるといいが。


「一体誰の仕業だ?」


 火球は北の空から飛んできたようだが。


「馬鹿な。わたくしの魔法を防ぎきるなど……」


 まさにその北の空から甲高い声が降ってきた。

 闇夜の中を男が飛んでいる。

 ふくろうの顔を持つタキシードの男だ。

 獣面族。

 それも魔法翼を広げているのを見るに、かなり高位の種族みたいだ。


「ねえ、クレスクレス! クレスったら、ねえ!」


 エロナがギャーギャーうるさい。

 こんな非常時になんだ!?


「子供たちが怖がって動いてくれないのよ! あんた、なんとかしなさいよ! こういうのは勇者あんたの得意分野でしょ!?」


「丸投げすんな、エロナママ!」


 子供たちは民家の軒下で団子になって泣いている。

 なまじ数が多いだけに抱えて逃げるのも難しいな。


「……ホゥ?」


 ふくろう男の顔が90度横を向いた。

 そして、巨大な目がカッと見開かれる。


「な!? あなた様は『淫姫』エロナルーナ様!? エロナルーナ様ではありませんか……!」


「誰よあんた?」


「これは名乗り遅れました。わたくしは魔王国にて男爵位を頂戴しておりました、アウルダンと申します」


 アウルダンは空中で器用に腰を折った。

 しかし、エロナは首をひねるばかりだ。


「誰よあんた?」


「で、ですから魔王国男爵の……。魔王軍では大幹部も務めさせていただきまして……ホホ、ご存知ない?」


「知らないわね」


「……ホホゥ」


 アウルダンは思いっきり意気消沈していた。

 それはもう、遠目からでもはっきりとわかるくらいにな。


「男の面子を潰すなんてサキュバスの風上にも置けないな」


「興味ない男なんてそれこそ星の数ほど潰してきたわ」


 得意げに大きな胸を張るエロナである。


「ホホ、なるホホど。わたくしの魔法を防いだのはあなた様でしたか。魔王四天王様に火の雨を浴びせかけてしまうとは、知らぬこととはいえ面目次第もございません」


「おい、お前! 大幹部だかなんだか知らないが、村を攻撃するとはどういう了見だ?」


 俺は恨み節を口にしつつも、懐かしい気分に駆られていた。

 よくやったな、勇者時代にこういう口上。


「ホホ、決まっているでしょう。わたくしはこの北限の村にて魔王軍復活の狼煙を上げたのでございます」


 魔王軍復活の狼煙?


「偉大なる魔王様亡き後、わたくしは敗北の恥辱にまみれ、この地に逃げて参りました。そして、誓ったのです。必ずや魔王軍を復権し、憎っくき勇者めを倒そうと」


 その勇者が目の前にいるわけだが、アウルダンはまったく気づく気配もない。


「そして、今宵ここに魔王軍は復活するのです。村人を皆殺しにし、不死の軍勢を再び! ホーッホホッホゥ!」


「そんなことさせないわ! 子供たちが幸せに暮らせるこの村は私が守ってみせるんだから!」


 俺のセリフをエロナの奴が奪っていった。


「ホホゥ? 子供たち?」


 エロナが要らないことを言ったせいで、アウルダンの興味が子供たちに移ってしまった。

 素人だな。

 この村は俺が守る的なセリフは、敵の注意を自分に向けさせるために吐くのだ。

 言っていて恥ずかしいセリフほど敵の意識を釘付けにできる。

 勇者のなんたるかをわかっていないな、お前は。


「魔王四天王ともあられるお方がこの北の果てで何をしていらっしゃるのかと思えばホホ。魔王様への忠義を捨て、ハメを外して作った子らとのんきな隠遁生活を送っておられたか。なんと浅ましい」


 アウルダンの巨大な目が真っ赤に染まった。


「不忠義者エロナルーナよ、あなた様には死んでいただく。そして、わたくしこそが新・魔王四天王となるのです。いいえ、それだけではありません。勇者打倒の大願を果たした暁には、わたくしは新たなる魔王として君臨するのです。ホーッホホホッホッホ――」


「お前レベルで魔王とか言われてもな」


 俺は挑発的な声で高笑いを遮った。

 エロナや子供たちに向かっていた興味を一身に引き受けるつもりで。


「……ホホ、わたくしレベル、ですと?」


「まとっている魔力からだいたいのザコさはわかるんだ。お前じゃ魔王どころか四天王にもなれやしない」


「あるじ殿、せめて『強さ』と言ってやってくだされ。ふくろうめが、悔しそうにしておりまする」


 クロも意図を察して協力してくれた。

 さすが長年の相棒だ。


「ザコはザコだもんな~」


「そこは、我輩も同意ですな~」


「お、おのれェ。次期魔王たるわたくしを村人とケダモノ風情が愚弄しますか……」


 アウルダンは噴火寸前の火山みたいに煮えたぎっている。

 村人としゃべる猫に煽られてマジになるところが小物臭いというのだ。


「矮小なる村人よ、まずは貴様から血祭りに上げてくれましょう!」


 魔法翼をひるがえしての滑空攻撃。

 ワンパンで沈めてやろうと拳を振りかぶったところで、


「そうはさせないわ!」


 エロナが立ち塞がった。

 まだ勇者ロールプレイ中らしい。

 邪魔なんだが。


「私を見なさい、ふくろう頭! ――あっは~ん!」


 エロナは内股になり首をすぼめて胸を突き出し、渾身の悩殺ポーズを繰り出した。

 夜にピンクの光が弾けた。

 傍目に見れば変態女の馬鹿ポーズだろう。

 だが、これが効くんだなぁ。

 俺の心臓は走ってもいないのにドクンドクンと暴れ始めた。

 直撃していたらコロッと虜になっていたかもしれない。

 クロは吐きそうな顔をしているがな。


「ホホ、わたくしの魔眼『真実のまなこ』には物事の真価が映るのでございます。惑わそうなどと片腹痛い」


 だそうだ。

 チャーム無効らしい。


「今日も役立たずだな、エロナは」


「う、うるさいわね……!」


 赤面するエロナを尻目にアウルダンはくるりと向きを変えた。

 天の高みから俺たちを見下ろし、くつくつと笑う。


「不忠義者とはいえ元・魔王四天王。正面から戦うなど知恵者たるわたくしのすることではありません」


 なんだ?

 空から火の玉でも降らすのか?

 なら、俺は石を投げてお前にぶつけてやる。

 音速の2倍でな。


「――いでよ、氷鳴龍!!」


 アウルダンが突然そんなことを言った。

 両腕を広げ、天を仰ぎ見ながら、だ。


「……」


「………………」


「…………」


 シーンとする広場。

 俺もエロナもクロも呆気にとられてポカーンとしている。

 一発ギャグでもかましたのかと思った。

 空を蓋する暗雲が白銀の光を帯びるまでは。


 それは、雲の間から静かに下りてきた。

 釈迦のごとき光をまとって。

 気温がグンっと下がり、吐く息が白くなる。

 粉雪がちらついたかと思えば、ほどなく視界が霞むほどの猛吹雪になった。

 降り積もった雪が火の海を白く塗り潰していく。


 それは、龍だった。

 白銀の鱗に覆われた恐ろしく巨大な龍。


「見なさい、矮小なる人族よ。これこそが、わたくしの真の力なのです」


 ホーーッホッホッホゥ、と勝利の高笑いが村に響いた。


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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