35 夏祭りの夜に
「とっても可愛いです! 皆さんっ!」
「んあ~んっ! やだやだ、むちゃくちゃ可愛いじゃないのぉ~! きゃあああああ!」
豚さんフードをかぶった子供たちの前で狼少女と淫魔が身悶えている。
俺はその様子をキッチンの窓から眺めているところだ。
焼き鳥うっま。
「サイズがあってよかったです。その服、もらっちゃってください」
「え、いいの!? タダで!? 私、感謝はするけどお金は払わない派よ!?」
「エロナさんのことは苦手ですが、子供たちには笑っていてほしいので。以前から気になっていたんです。子供たちがボロボロの服を着ていたこと」
ルノンはにっこり笑ってこう続けた。
「だから、豚さんの服、夜なべして作っちゃいましたっ!」
凄まじい閃光がウチの裏庭を照らした。
それは、ルノンの後光だった。
まばゆい光を見上げて、俺とエロナはただただ膝をついて息を呑むほかない。
「天使だ……」
「天使がいるわ……」
俺たちの頬を熱いものが伝った。
神はいる。
だって天使がここにいるのだから。
「えへへ……。本当に可愛いですね、子供たち。えへへ……」
いたいけない子らを聖母のごとき少女が愛でている。
……ん?
いや、違う。
ちょっと何かがおかしい。
よく見ると、あれだ。
目つきがこう、なんというか、子豚を狙う飢えた狼みたいだ。
らんらんと光っているのだ。
男を漁るときのサキュバスの目と言い換えてもいい。
「んへへぇ……」
口元もよだれを垂らしそうなほど、だらしなくなっている。
可愛いなんて言っているが、美味しそうってのが本心じゃないのか?
エロナ、祭りが終わったとき、子供が一人減っていたらルノンの腹を探せ。
たぶん見つかるだろう。
「しかし、手作りとはいえ高かったんじゃないのか、これ」
凝った作りの垂れ耳をつまんで、眉根を寄せる俺。
この世界では、衣服ってのは気軽に買えるものではない。
勇者時代の俺だって破けたマントは自分でひと針ひと針縫っていたくらいだ。
「高かったです。でも、いいんです。子供たちに豚さんの格好をしてもらえれば、豚肉の宣伝にもなりますから。あと、んへへ、とにかく可愛いので理屈はどうでもいいんですよ、えへへ……」
この天使、欲望と商魂がドロドロに絡み合っているな。
堕天使の類だろうか。
ま、子供たちは大喜びだし別にいいか。
食うなよ?
俺から言えることはそれだけだ。
○
夕日が西の大地に沈む頃、俺たちは家を出た。
イカ焼きに綿菓子、射的に金魚すくい。
楽しい祭りの始まりだ。
子供たちは豚コスに身を包んで今にも走り出しそうなほどウズウズしている。
だというのに、ルノンはというと浮かない表情だった。
「月は出てないですよね……」
ひさしに隠れるようにして恐る恐る空を見上げている。
「出ていないな。雲がかかっているからな」
俺がそう言うと、ホッとした様子で表に出てきた。
「よかったです」
「何がよかったんだ?」
「い、いえ、なんでもないです……!」
変なルノンだ。
俺は月の光より日差しのほうがおっかないね。
この歳になると、すぐにシミができるのだ。
おっさん談義はこのくらいにしておいて、俺たちは子供たちに引っ張られながら駆け足で祭りの会場に向かった。
会場は丘の中腹にあるちょっとした平地だ。
村の中央広場とか言われているらしい。
王都の広場と比べると、空き地みたいなものだな。
ただ、今宵ばかりは王都にも負けない盛況ぶりだった。
篝火がオレンジ色に照らす広場を多くの人が行き交っている。
村中の人が集まっているみたいだ。
祭りの喧騒に目を回している子供たちに俺はこう呼びかけた。
「ガキんちょはタダみたいだぞ。好きなもん貰ってこい!」
「いやったああ!」
「祭りだああ!!」
「焼き鳥ぃぃーっ!」
子供たちは屋台のうまそうな匂いに釣られて一目散に走っていった。
扱いやすい奴らだ。
大人の俺は遊んでばかりもいられない。
まずは、挨拶回りからだな。
「ルノンは子供たちといてやってくれ」
「はい、クレスさん!」
「クロはシロと一緒に焼き鳥でも食べてこい。バルスルの出店でな」
「あるじ殿、あの駄犬めはエロナルーナの尻を追って突っ走って行きましたぞ」
「本当に駄犬だな。お前の寄り代は……」
「あるじ殿! なぜ我輩を白眼視するのですか!」
ニャーニャーうるさい相棒に軽く手を振って、俺はラオサ老の元に向かった。
ラオサ老は丸まった腰をめいっぱい伸ばしていた。
藁を編んで作った巨大な龍を静かに見上げている。
「村長殿、この龍はなんです?」
「おお、クレス殿。これですかな。これぞ、まさしく氷神様の御姿ですぞ」
冬を司るこの地の神か。
村の老人たちが代わる代わる藁の龍に祈りを捧げている。
「クレス殿が調査してくれたこともあり、とりあえずのところ、村の衆は落ち着いておりますじゃ。しかし、まだ不安があるのでしょうな。皆こうして氷神様を拝んでいるのですじゃ」
一時は村存亡の危機とまで言われたからな。
村人たちも忘れかけていた信仰心を取り戻したのかもな。
勇者といえども、季節の訪れを拒むことはできない。
もし、氷神様とやらの不興を買えば俺の平穏な日々も終わりを告げることになるだろう。
「どれ、俺も拝んでおくか」
「ホッホッホ。クレス殿は若いのに殊勝な方ですな」
若いか。
最近言われた中で一番嬉しい言葉だな!
「クレスさん、お肉持っててください……!」
駆けてきたルノンに両手いっぱいの焼き鳥を押し付けられた。
「あっちでこれから牛肉ステーキを作るそうなんです! でも、焼き鳥を買いすぎてしまって! あと、あっちで豚肉焼きますからクレスさん、並んでてください! お願いしましたからね! ね!?」
口元に肉汁をべったりつけたルノンにそんなことを言われた。
お肉大好きっ子だな、君は。
もしかして、子供たちより祭りを楽しんでいるんじゃないか?
「お、おい。ルノンちゃんがいるぞ……」
「マジだ。や、やべえ……」
「ひいいいい……!」
村の若衆がなぜか悲鳴を上げている。
なんだその森で熊に出くわしたみたいな反応は。
ウチのルノンは人なんて食わんぞ?
豚の格好をしていたら保証はできんがな。
「うう、やっぱり皆さん、怖いですよね。わたしがいたら……」
ルノンはがっくりとうなだれてしまった。
「なんだか知らないが、俺は怖くないぞ。ルノンの優しいところをたくさん知っているからな」
「クレスさん……」
束の間、視線が重なり合った。
ルノンの顔が真っ赤に染まっている。
ドーン、と爆音が轟いた。
花火でも上がったのだろうか?
俺は音のほうを見た。
――火柱が、そこにあった。
闇夜を赤々と染め上げて、天高くそびえ立っている。
火の粉とともに燃え盛る残骸が降ってきた。
それを俺は呆然と見ていた。
「わ、わしの家が……」
ラオサ老が尻餅をつく。
火柱は村長宅から上がっていた。
家を丸ごと吹き飛ばし、ぐるぐると渦を巻いている。
それは、勇者時代に何度も目の当たりにした光景だった。
花火などではない。
火炎魔法による爆撃。
俺は空を見上げた。
そして、火の雨が降り注いだ。
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