33 調査、黒の森!
「クロ、ひとっ走り頼む! 黒の森までな!」
「承知です、あるじ殿。川が凍っては魚も食えませぬからな」
猫になって以来、クロは久々にやる気モードだ。
俺は巨大化したクロにまたがって村から飛び出した。
「しゃべる猫がデッカくなっタァ……!?」
と、バルスルが素っ頓狂な声を上げていた。
正体を勘繰られるのは少し困るな。
まあ、あいつはシロなみに馬鹿っぽいからテキトーに言い訳すればいいだろう。
猫は液体だからな。
デカくなることだってあるさ。
とか言っておけば納得するだろう。
「話は聞かせてもらったわ!」
突然頭上から声が降ってきた。
見上げると、翼を生やした絶世の美女が飛んでいるではないか。
でも、女神とかではない。
むしろ、正反対の存在だ。
淫魔だしな。
だいぶえっちな我が家の隣人、エロナだった。
「上位のサキュバスは飛べるんだったか」
光を編んで作った桃色の翼が彗星のように尾を引いている。
「そうよ。昔はこうしてよくあんたたちを見下ろしてやったわね」
ニマニマするエロナを下から見上げるこの構図。
たしかに、俺にも覚えがあるな。
すごくイラっとくる……。
「シャアアアアッ!!」
クロも同じ気分らしい。
「で、何しに来た?」
「お風呂のお礼よ。あんたたち、黒の森を調べるんでしょ? 私も調査に協力してあげるわ」
そう言い終わらぬうちにエロナは木の枝に衝突した。
人を見下ろしているからだ。
「ウケ狙いに来たって言った?」
「ちょ、調査協力に来たのよ……。ちょっとくらい心配しなさいよ」
鼻を押さえて毒突くエロナだったが、その眼差しがふと真剣みを帯びた。
「村存亡の危機なんでしょ? これも、子供たちのためよ。協力させなさい」
まあ、人手が増えるのはありがたい。
お礼というなら受け取っておこう。
だが、言っておくべきことがある。
俺はまっすぐな目をエロナに向けた。
薄褐色の頬がポッと赤らむ。
「な、なによ?」
「俺、思うんだ。大事なのは役に立つか立たないかじゃないって。役に立とうとするそのひたむきな姿勢こそが大事なんだ」
「……要するに、なに? 私は役立たずだって言いたいの? そりゃ、ダンジョンじゃキャーキャー喚くことしかできなかったけど。おんぶに抱っこで金目のものだけいただいたけど」
エロナが何かに気づいたかのようにハッとした。
「もしかして、私、かなり無能だったりする!?」
「やっと気づいたか」
「やっとですな。やれやれです」
俺とクロは同時にため息をつく。
「うう、悔しいけど、返す言葉がないわ……。思えば私、四天王やめてから惨めな思いばかりしているもの。土下座したり、土下座したり。それに、土下座したり……うう」
なんか空でうなだれている奴がいる。
そっとしておこう。
黒の森が近づいて来ると、向かい風が氷のように冷たくなってきた。
そして、ある地点を越えた瞬間、急にあたりが雪景色に変わった。
一面の銀世界だ。
しかし、来た道を振り返れば、そこにはまだ緑が残されていて……。
「冬の境目って感じだな……」
「そうね。こんなにくっきりと分かれるものかしら」
「いや、自然現象ではないだろうな。上位の氷魔法を使うとちょうどこんな感じになる」
でも、黒の森全体が凍りついているように見える。
この規模の魔法はさすがの勇者でも扱えない。
一体何がどうなれば、こうなるんだ?
俺はラオサ老の言葉を思い出した。
「氷神様の祟りか」
「ぷふっ。あんた、そんなの真に受けたの。ぶふふ、勇者ウケるーっ!」
「おいクロ、この淫魔殴っていいか?」
「我輩も助太刀しますぞ、あるじ殿!」
きゃー、と逃げていくエロナを追いつつ凍りついた森を散策してみた。
多くの魔物が雪の下に没している。
猿の魔物なんて群れごと氷像になって枝にぶら下がっている。
「恒温動物を瞬時に凍らせるとはな。やはり自然の力ではないな」
「我輩のひげも得体の知れぬ魔力を感じておりまする」
クロは長いひげをアンテナみたいに動かしている。
魔力探知か。
お前、猫になって新しい能力に目覚めたんだな。
「犬のときよりずっと優秀じゃないか。手もかからないし。偉いぞ、クロ」
「素直に喜べませんぞ、あるじ殿……」
俺はシュタール・ベアの氷像に触れた。
「かなり痩せているな」
「森が氷漬けでは狩りもままならぬのでしょう」
クロの言うとおりだろう。
村のそばまで痩せた魔物が流れてくる理由がわかった。
棲家を追われ、狩場を失い、さまよい歩いた挙句、人の気配に釣られたのだろう。
「なんか落ちてたわよー?」
たーっ、とエロナが駆けてくる。
うちわみたいな大きさの鱗を持っている。
氷で作られたような白銀の鱗。
ダンジョンの奥で見たやつだな。
俺は今、容疑者の指紋を見つけた鑑識の気分だ。
「よし、クロ。お前の得意の嗅覚で犯人を嗅ぎ当てろ」
「あるじ殿、我輩はもはや犬ではありませぬ」
「またまたー。お前にとっての鼻は俺にとっての聖剣だろ? 数々の敵を追い込んできた最強の武器じゃないか」
「我輩は高貴なる黒猫ですゆえ。地面の匂いを嗅ぐなどという下賎な行いはしないのであります」
「え、クロ、それじゃお前、役立たずってこと!? ただ可愛いだけの黒い毛玉ってこと!?」
「あるじ殿、さすがに今日こそ引っかきますぞ? 八つ裂きです」
シュタール・ベアの爪より長い魔爪がニョキっと伸びた。
「俺、クロ好きー」
「あるじ殿、我輩もです」
「「えへへへへへ!!」」
「なにやってんのよ、あんたら」
見つめ合って仰け反り気味に笑い合っていたら、エロナにドン引きされてしまった。
こんな奴に引かれるとはな。
生き恥だ。
「しかし、氷神様に正体不明の鱗か」
謎は深まるばかりだな。
ただ、どうも自然現象ではないらしい。
早すぎる冬の到来で畑のお野菜が全滅うんぬんというのは杞憂に終わりそうだ。
面倒だし、このまま何事もなければいいのだが。
――むにゅ!
ん?
急に腕に柔らかい感触が。
なんだか知らないが、エロナが俺に抱きついている。
すると、豊満なる胸の谷間に俺の腕が挟まることもあるわけで、……おお。
す、すごい。
「やーん、寒いぃー! クレスぅ、もっと寄って寄ってぇ!」
とか言いながらエロナの奴が俺に幸せの弾力を押し付けてくる。
「金が目当てか!?」
「違うわよ……。もし村が潰れるようなことになれば子供たちはきっと生きていけないわ。だから、今のうちに既成事実を作るのよ」
「既成事実?」
「そ。あんたをパパにするの。わ、私、覚悟はできているわ……」
「何の覚悟だ!?」
「ママになる覚悟よ!」
エロナは顔を真っ赤にしながら自分の腹をさすった。
俺はウーンと思い悩む。
「どうなんだろうな、クロ。あの村じゃ出会いも少ないだろうし、俺も多少は妥協すべきなのだろうか」
「あるじ殿、エロナルーナを嫁にするなど我輩は認めませぬぞ!」
「妥協ってなによ!? 妥協してるのは私なんだからね!?」
物音ひとつしない森に騒がしい声が響く。
あるいは、騒ぎを聞きつけた氷神様とやらが姿を現すかと期待したが、北風がピューと吹いただけだった。
そして、調査は何事もなく終了したのだった。
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