31 豊穣祭と珍客2人
「豊穣祭?」
水魔法で食器を洗っていた俺は、少し顔を上げて気の抜けたオウム返しをした。
「そうなんです。ノーデンでは秋になると、その年の豊穣を願ってお祭りをするんですよ。たくさん屋台が並んですっごく楽しいんです」
ルノンはクロを猫じゃらしであやしつつ目を輝かせている。
祭りか。
建国祭に魔王討伐祭、それに、勇者祭り。
王都の祭りはどれも政治色か強くてあまり面白いものではなかったな。
国王の横で民草に手を振るとかそんなのばかりだった。
しかし、そんな世俗のしがらみとは無縁のこの村なら、純粋に祭りを楽しめるかもしれない。
「クロはどうするよ?」
「我輩は寝ます」
「魚料理とかもあるかもな」
「あるじ殿、我輩は今、行きますと申しました!」
後ろ脚で立ち上がって敬礼するクロである。
わかりやすくてよろしい。
「シロは馬鹿だから祭りとか好きだよな?」
「わふ! わふ!」
馬鹿っぽく跳ね回るシロである。
お前はそれでいいぞ、おー、可愛い奴め。
「もちろんルノンも行くんだよな?」
1ミリの疑いもなく訊いたが、ルノンは困り眉を浮かべてしまった。
「その日はちょっとわたし、難しくって」
「何か用事でもあるのか?」
「ええっとその、月がその……」
月?
月がどうしたんだ?
と重ねて尋ねようとしたところで、クロが俺の口に黒マスクみたいにへばりついた。
こら、爪を立てるな。
痛いじゃないか。
「あるじ殿、女の子にはいろいろとあるのですぞ」
真剣な目でそう言われて、俺はハッとした。
そうか、月のものか、と。
祭りに行けないくらいひどいなら、無理に誘うのは悪いな。
「それじゃあ、屋台で美味しいものでも買って帰ろう。きっと絶品肉料理もあるはずだ」
「わーっ! ありがとうございます、クレスさん!」
今週一番の笑顔を見られて目の保養になった。
と、ここで、俺の耳がかすかな音を聞き取った。
水滴の音。
それから、水が動くような気配を感じる……。
2階のほうからだ。
俺は素早く聖剣を腰に携え、音もなく2階に駆け上がった。
廊下を風のように進み、突き当たりの扉を勢いよく開ける。
朝風呂をしたからか中はむわっとした空気で満たされていた。
だが、湯気だけじゃないな。
この脳がとろけそうな甘い香り。
これは、覚えがある。
よく隣の教会から漂ってくる香りだ。
「な……ッ!?」
湯気の向こうに天女のような女がいた。
さるすべりの樹皮のごとき滑らかな肢体に俺の目は釘付けになる。
お尻の先で動くスペード型の尾針がこっちにおいでと誘っているようだった。
俺はごくりと喉を鳴らして、そろそろと女に近づいた。
……入浴中のエロナに。
「ダメじゃない、クレス。窓を開けていたらサキュバスが入ってくるわよ?」
「もう入っているわけだが……」
それも湯船にどっぷりと入り込んでいる。
入浴剤まで入れてやがる。
おかげで見たいものがギリギリ見えないじゃないか。
「ヲ前ドウシテ、ココニ……!?」
あまりのことに俺はオークの戦士みたいな話し方になった。
「お風呂を作ったって小耳に挟んでね。断られると嫌だから、無断で浸かりにきたのよ」
エロナは小麦色の肩に手酌ですくった白濁湯をかけた。
んはぁーん、と満足げに淫靡なる吐息を漏らしている。
「とってもいい湯だわ。眺めもいいし。このお湯、あんたが魔法で作ったんでしょ? 精気の残滓が残っているから、私ますます綺麗になりそうだわ」
「そうか。とっとと出て行け。この変質者め」
「あんたたち、豊穣祭に行くのね。羨ましいわ。子供たちも行けるといいんだけど。無理かしらね。……魔族だもの」
首根っこ掴んで窓から放り出してやろうかと思ったが、ふと憂いに満ちた顔をされたので俺は威嚇する熊みたいなポーズで止まってしまった。
「子供たち、村じゃ歓迎されていないんだよな」
「仕方ないわ。淫魔が連れてきた魔族の子なんて。差別してくださいって言っているようなものだもの」
「それは……。――んむ!?」
同情を口にしようとしたが、俺の唇はしなやかな人差し指に塞がれてしまった。
エロナはバスタブから身を乗り出すようにして、俺を見上げている。
す、すごい眺めだ……。
「いいのよ別に。置いてもらえるだけで感謝しているわ。あんたは優しい人だから、何か自分にできることはないかって考えているんでしょ? なら、子供たちの遊び相手になってあげて。みんな、あんたのこと大好きなんだからね。パパさん」
誰がパパか。
だが、遊び相手にならなってやってもいいぞ。
俺は仕事以外ならだいたいなんでも前向きなんだ。
「それはそうと出て行け」
「やーよ。お風呂好きだもん」
「教会にも作ってやるから」
「そしたら、あんたの家を訪ねる口実がひとつ減っちゃうじゃない」
「減らそうとしているんだ、俺は」
俺の平穏な日常をおピンクな光でぶち壊すんじゃない。
「もう、いけずなんだから。あんなことシた仲なのに」
「あれは悪い夢だ」
「でも、現実にできるかもしれないわよ?」
豊満なる胸を白濁湯に浮かせ、エロナは魔性の笑みを浮かべた。
ルノンの笑顔とはまた違った破壊力がある。
眼福だ。
だが、惑わされるな俺。
いい加減、目を反らせ。
せめて、まばたきくらいしろ。
「お前、四天王時代より強者感あるぞ……」
「光栄だわ」
すぐ出てけよ、と捨て台詞を吐き、俺は浴室を後にした。
胸のドキドキが止まらん。
淫魔の入浴シーンは致死毒だな。
「大変だああああ!」
ハアハアと肩で息をしていると、家の前が騒がしくなった。
大変か。
こっちには変態がいるぞ。
大変だな。
「兄貴いい! 大変なんっすよおおおおお!」
客はバルスルだった。
今日もアホ毛がくるん、としている。
「仮に大変だったとして、俺にそんな話を持ち込むんじゃない」
ピシャ、と玄関扉を閉めておいた。
面倒事はお断りだ。
俺は寝る。
クロとシロを抱いてな。
それじゃ。
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