30 入浴
夕刻。
俺はすっぽんぽんで仁王立ちしていた。
いよいよだ。
ようやく、この時が来た。
薄暗い寝室の片隅で、タオルで体を拭く日々は今日終わりを告げるのだ。
俺は今から風呂に入るぞ。
夢にまで見たMy風呂に。
「風呂付きマイホームだなんて幸せ者だな、俺は」
思えば、今日まで長かった。
戦場で暗殺に怯えながら泥水で体を洗ったこともあったな。
大雨のたびに外に飛び出して天に感謝しながら自然のシャワーを味わったことも一度や二度じゃない。
それはそれでいい思い出だがな。
感慨にひたりつつ俺は風呂場に一歩踏み出した。
拾った石ころで作ったタイルゆえにデコボコだ。
でも、それがいい。
絶妙な足裏マッサージになる。
……さてと。
「お湯、どーん!」
魔法で湯をなみなみと満たして、俺は湯船にダイブした。
……いや、寸前で踏みとどまった。
湯船のふちに蜘蛛みたいに張り付いてギリギリな。
「まずは、かけ湯だ」
魔法で湯の滝を作って全身をダババババと洗う。
こんなもんだろう。
「とうっ!」
と言いつつも俺はそろりそろりと湯船に浸かった。
熱い湯で足先がピリピリ痺れる。
「ふえ……あっちち」
なんとか肩まで浸かると、体が軽くなって全身が溶けていくような錯覚を覚えた。
「ああー……」
口をついて出たのは、幸せの吐息である。
最高だ。
あはは、生きててよかった。
どぅはははははッ!!
やっぱ風呂だ、最高だ。
壁画の富士山こそないものの、窓の外には紅蓮に染まったノーデンベルク山脈が見える。
オツだねえ。
たまらん。
俺は氷魔法でひえひえにしたタオルを頭に載っけた。
「は、入りますね。クレスさん」
「おう。……え? いや、え?」
急にルノンが入ってきたので、思わずそういう展開か!? と思ったが、なんのことはない。
ルノンはちゃんと衣服を身に着けていた。
腕まくりしているけど。
「お背中お流しします!」
やや赤面しながらの申し出であった。
「昔、お父さんが言っていたんです。ウチに風呂があればルノンに背中を流してもらいたいなぁって」
そう言われると、断れないな。
「俺の背中でよければ、思う存分頼む」
ちゃんと隠すところは隠してバスチェアに座る。
背後でルノンが息を呑むのがわかった。
「おっきいですね、クレスさんの背中。それに、あちこち傷がいっぱいです」
そうだろう。
ずいぶん鍛えたし、それでも深手をたくさんもらった。
もうあんな日々は御免だな。
目の粗いタオルがシャコシャコシャコと上下に動き出す。
おお、ほどよい。
「いい力加減だ!」
「は、はい」
「……」
「…………」
「……」
「………………」
突如訪れた静寂にルノンの緊張を感じる。
裸のおっさんと二人きりだもんな。
内心、後悔しているんじゃないのか?
でも、ドキドキしてくれていたらいいな。
なんか青春っぽいぞ。
……青春か。
ああ、なぜ俺はおっさんなんだ。
なぜ18歳じゃないんだ。
いつの間にか去っていった青春よ、お前は今どこにいる?
「お、終わりました……!」
無言のしゃこしゃこタイム終了。
振り返ると、ルノンはよく熟れたトマトのように真っ赤な顔をしていた。
夕焼けでそう見えるだけかもしれないが。
「……」
ルノンが一心に見つめてくる。
俺の顔に穴でもあける勢いで。
「クレスさん……っ!」
「あ、はい」
「エロナさんほど綺麗じゃないですが、わ、わたしもちゃんと女の子ですから……!」
それだけ言い残すと、たーっ、と走り去っていった。
「どういう意味だ?」
ぽかーんと首をかしげる俺。
「青春ですな」
脱衣場のほうからクロが顔を覗かせている。
冷やかすような物言いが気に入らん。
俺は細い首をむんずと掴んだ。
「にゃひ!?」
「洗ってやろう。俺は風呂場の魔王だフハハハハ」
「にゃはああああああ……!??」
頭の先から尻尾の先までドブ漬けで洗ってやった。
「後で吸わせろよ、クロ」
「あるじ殿には二度と吸わせませぬ……」
やっぱ風呂は最高だな!
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