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29 風呂完成!


 川で拾ってきた石を家の裏手で真っ二つに斬る。

 聖剣でズバッ、とだ。


「これで、1つの石から2枚のタイルができるぞ。俺、頭いいな」


「あるじ殿、平たい石を2枚に斬るのではなく、細長い石をスライスしていけばよかったのでは? きゅうりの輪切りみたいに」


 クロが茶々を入れてくる。


「クロ、正論はときに人を傷つけるぞ?」


「認めるのですな、正論だと」


「いいんだよ。素人なんだから。それに不揃いなほうが味が出るだろ。俺はもしかしたらそこまで見越していたのかもしれない」


 タイルの艶やかな断面を日光に照らして、俺は自分の高度な知性に感嘆の息を漏らした。


「四隅も落として正方形のよくあるタイルにしてもいいんだが、やっぱり天然石独特の丸みは残しておきたいよな。趣きがな、趣きがあるんだよ」


 俺は石をまとめて3枚両断しつつ、通ぶったセリフを吐いた。


「しかし、聖剣って便利だな。さっすが人類の至宝。よっ、大統領。――クロも手伝え」


 クロには魔力を束ねて作った爪『魔爪』がある。

 犬時代でもその斬れ味は聖剣に匹敵するほどだった。

 猫になれば、どれほどのものだろうか。


 ス――。


 煌々と輝く爪が石をなでた。

 しばらくしてからパカリと割れる。

 まるで、斬られたことにようやく気がついたかのように。

 剣の達人って感じでいいな。

 クロの哀愁を秘めた横顔も相まって絵になっている。


「にゃうぅ……。よりにもよって風呂作りの手伝いをさせられるとは。我輩、大変遺憾でありますぞ」


 それにしては、石にお魚マークを刻んだりと創意工夫に余念がない。

 俺もタイルの裏に屋号でも彫ってみるか。

『勇者』っと。


「大変です、クレスさん……!」


 家の勝手口からルノンが飛び出してきてそう叫ぶ。

 ゴキブリの魔物でも出たのだろうか。

 それは一大事だ。


 ルノンを追って2階に上がる。

 北の角部屋――我が家の風呂で彼女は足を止めた。


「なんてこった……」


 中を覗き込んで、俺は絶句する。

 部屋中に泥が散らばっていた。

 泥団子で雪合戦でもしたみたいに。

 そして、泥の海の中で豚みたいな何かがのたうちまわっていた。

 足元にはベレー帽。


「泥よ。嗚呼、泥よ。大地の流しし涙に濡れる我の慟哭よ。遠き山を越えて彼の地に届け、最期の哀歌エレジー


「ポエさん……」


 俺は泥まみれになった豚の名を愕然と呼んだ。


「嗚呼、我が黒き友のあるじよ、よき風呂を作られたな」


 いや、タイルを貼るつもりで緩めておいただけなんだ。

 泥浴びなら外で頼む。


「おい、ポエさん。このまま硬化して豚の彫像にしてやろうか?」


「ぶ、ぶひ……。我、急に急用を思い出せり」


 ポエさんは豚に似合わぬ俊敏さで去っていった。

 急用ってのは急だからな。


「ごめんなさい、クレスさん。わたしがちゃんと見ていなかったから」


「いいんだ、便利な剣持ってるから」


 聖剣でささっとなでると、泥は均一になった。

 壁の泥は乾いてから剥がせばいいか。


「あるじ殿ほど聖剣をぞんざいに扱う方はこの世に二人とおらんでしょう」


「使われない道具ほど悲しいものもあるまい。俺はな、隠された才能を見抜いて、新しい活躍の場を作ってあげたんだよ」


 15年間、片時も離れず戦い続けた相棒だ。

 だが、この平和な田舎では二度とあの黄金の輝きを示すことはないだろう。

 ならもう便利な工具として使ったほうがいいよな、うんうん。


「宝の持ち腐れですな」


 クロは、ふにゃー、とあくびした。

 昼寝もいいが、とっとと仕上げてしまおう。


「手伝います、クレスさん!」


「頼む!」


 ルノンと二人で、タイルをペタペタ貼っていく。

 ひとえに石と言ってもサイズも模様も照り返しもバラバラだ。

 テキトーに並べるだけで、オシャレな色合いに仕上がった。


 ついでだ。

 黒の森のダンジョンで見つけた魔石を散りばめてみよう。

 夜になったらぼんやり光って照明代わりになるはずだ。


「硬化させてっと。――おぉーし、風呂完成だ!」


「とってもオシャレです! さすがクレスさんですね!」


 完成を祝い、二人で拍手する。

 シロがワンッと吠えて、クロはムスっとした表情でうなだれた。


「あれ? ここにはタイルを張らなくてもいいんですか?」


 ルノンは床の隅を見下ろしている。


「おっと、忘れるところだった。そこには手形をつける予定なんだ」


 俺は泥を軟化させて、自分の手形をつけた。


「クロの足跡が可愛かったからな。みんなで手形をつけよう。クロとシロとポエさんは足形な?」


「じゃあ、わたしも」


 大きな俺の手形にルノンの小さな手が重なった。


「なんだか家族って感じでいいですね」


 その表情にはどこか寂しさが感じられた。

 家族か。

 俺では父にも母にもなれない。

 だから、せめて、毎日明るく過ごそう。

 ルノンがいつでも笑顔でいられるようにな。


「クロもいつでもなでさせてやれよ?」


「っ? あるじ殿、我輩、ルノン殿ならばいつでも歓迎ですぞ?」


「え、俺だと3回に1回は拒否るのに!?」


 衝撃の事実に崩れ落ちる俺であった。


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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