28 石、拾う
風呂作り2日目。
俺は大胆にも床板を剥がしていた。
それで、どうするのかといえば、こうだ。
「土魔法『粘泥波』――!」
俺の手のひらから茶色い粘体がドバドバ噴き出して床に広がった。
「これを棒か何かで平らにならしてから魔法で固めるんだ。それで、水気に強い床のできあがりだ」
どこかにちょうどいい棒はないだろうか。
探してみたが、見つからない。
「聖剣でいいか」
「あるじ殿ッ!!」
泥の表面を聖剣でなでると、面白いほど平らになる。
「これ、魔法を斬る破魔の力があるんだよな。最適解すぎるだろ」
「勇者としては失格ですぞ。料理人が包丁で人を殺めるくらいアウトです」
「いいんだよ。もう勇者はやめたんだ。俺にはクロ、お前さえいればそれでいい」
「あ、あるじ殿……」
クロとしばし見つめ合い、途中でバカバカしくなって互いに目をそらした。
「クロの足跡、おしゃれだな」
俺は泥の上に点々と残る肉球スタンプを指でなぞった。
「そうでありましょう。我輩の肉球は特一級品ですゆえ」
「ちょっと前まで、その辺の野良猫だったのに出世したもんだ」
「それは言わんでくだされ」
泥を固めたら、さあ、次は浴槽作りだ。
豚舎の裏に放置されていたレンガを使わせてもらう。
「これを土魔法でつなぎ合わせていくんだ。レンガは乾燥していると引っ付きにくいからな、前もって水に浸しておくのがコツだぞ。昔、要塞建設の現場でドワーフの職人から教わったんだ」
土魔法は便利だ。
即席の塹壕を掘って魔法爆撃をやり過ごしたり、捕らえた敵の幹部をセメント漬けにしたり。
こうして、戦場で風呂を作ったことだって何度もある。
「へえ、クレスさんって以前は要塞で働かれていたんですね」
クロに話しかけていたつもりだったが、いつの間にか隣にルノンがいた。
興味深そうに俺の作業を見守っている。
「あー、まあ、そうだな。要塞で働いていたこともあったな」
魔王軍の侵攻を食い止めたり、逆に攻め込んでぶっ壊したりしていたな。
職場と言っても過言ではあるまい。
「よし、こんなもんだろう」
俺は魔力を流し込んでモルタルを固着させた。
レンガ風呂の完成だ。
中に入って脚を伸ばしてみる。
ベッドほどじゃないが、十分な広さがあるな。
窓の外には雪かぶりの大山脈が悠然と佇んでいる。
ああ、疲れが取れるようだ。
お湯どころか、水一滴ないんだけどな。
「素晴らしい」
俺は達成感を熱いため息に変えてブハァー、と吐き出した。
「でも、少し味気ないような」
エア湯船に浸かって温まる俺に誰かが冷や水をぶっかけた。
ルノンである。
その肩の上から浴室を見渡したクロがこう嘆く。
「いささか殺風景ですな」
ふむ、言われてみれば。
鮮やかな赤色の湯船はともかくとして、泥を固めただけの床がなんとも味気ない。
夢中で作っていたから気づかなかったな。
視野が狭くなっていたようだ。
「す、すみません。わたしったら何も手伝っていないのに文句を言ってしまって……」
わたわたとルノンは陳謝した。
「いいや、もっともな意見だ」
俺はカッチカチの床にもう一度魔力を通して泥に戻した。
「タイルを張るといいかもな」
「村にタイルを作れる職人なんていましたっけ?」
「そこは心配無用だ。川で平たい石を拾ってくればいい」
それを泥に埋め込めばタイルっぽくなるだろう。
美観は大事だ。
綺麗な環境でこそ人はリラックスできるからな。
床にもこだわらねば。
俺は膝をポンと打って立ち上がった。
「クロ、シロ、石拾いに行くぞ!」
「わふっ!」
「我輩は寝なければなりませんゆえ」
なんかそういう使命でも背負っているのか、お前は。
俺は残念そうに言った。
「そうか、釣れたての新鮮な魚を刺し身にしてやろうと思ったが残念だ」
「にゃっぱり行きまする! あるじ殿ニャーニャー! あるじ殿好きですにゃー!」
途端にすり寄ってくるクロである。
というわけで、シロの散歩も兼ねて川に行く。
霊峰の雪解け水が注ぐ綺麗な川だ。
泳いでいる魚も丸見えなくらい純度が高い。
寝る気満々だったクロも水辺で大はしゃぎである。
「あるじ殿、我輩、あれ! あれが食べたいですぞ!」
「おお、立派なサケだな。潜って獲ってきたらどうだ? 犬時代なら迷わずやっていただろう?」
俺は浅瀬でジャバジャバしている馬鹿っぽい犬をあごで差しつつ意地悪げに言った。
「後生ですぞ、あるじ殿。我輩、濡れるのは御免です」
「よし。ならば、平たい石10個と交換だ。さらに10個拾ってきたら、さばいて骨まで綺麗に取ってやろう」
「にゃっはー!!」
クロも馬鹿っぽい感じで石拾いに行った。
その間に俺はサケを浅瀬に追い込み、素早く鷲掴みにする。
「む?」
……なんだ?
水面下を黒い影が動いている。
デカイな。
影は音もなく動いて、シロに迫っていく。
俺はとっさに声を張り上げた。
「シロ、100回褒めてやるからこっちに来い!」
「バウ――ッ!!」
水面を走るくらいの勢いでシロが駆け出す。
その時だった。
バーン、と水しぶきを上げて巨大な口が現れた。
ワニだ。
ワニの魔物だ。
さっきまでシロがいたところの水を呑み込んで、水面下に消えていく。
一度深みに潜ってから、再度アタックをかけてきた。
今度の標的は俺らしい。
よろしい、迎え撃ってくれる。
俺は足元から手頃な石をひとつ拾い上げた。
水面を割って空中に巨体がひるがえる。
大口がぐわりと開いて、――ここだ。
俺は腕を振り抜いた。
石が唸りを上げて飛んでいく。
俺の投げる石は音速超えだ。
口から入って頭を潰しつつ尻尾の先から抜ける弾道。
体を一直線に貫かれたワニが川原に転がった。
よく、これで敵のスケルトン・ドラゴンを撃ち落としたっけな。
懐かしい。
「あるじ殿、ご無事でフか!?」
クロは石をくわえてフガフガ言っている。
「この程度の魔物に後れは取らん」
「まさか、村の中にこれほどの魔物がいるとは」
「水中に城壁は作れないからな。入ってきたんだろう」
狩人手帳によると、黒大顎というらしい。
過酷な労働環境や賃金の未払いが問題になっていそうな魔物だな。
危険度はA。
やけに高ランクだと思ったら、黒の森の水辺を縄張りにする魔物らしい。
革は良質で高級皮革として有名。
そういえば、王都の貴族たちにも珍重されていたな。
新鮮な肉は絶品とある。
しかし、
「やせ細っているな……」
俺はぴくりとも動かなくなったワニを見下ろして顔をしかめた。
あばら骨が浮き出てしまっている。
俺はラオサ老の話を思い出した。
やせ細った魔物がノーデン村に流れてくる、か。
黒の森で何が起きているのだろうか。
ま、今は風呂だな。
「クロ、残念だな。食えるところはなさそうだ」
「猫はワニなど食べませぬ」
「さあ、狩りは終了だ。俺はここに宣言する。今週はもう仕事しないと」
石拾ってとっとと帰るぞー。
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