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27 風呂作り


「風呂を作ろうと思う!」


 ある日のことである。

 豚肉たっぷりコロネをぺろりと平らげた俺は、食卓を叩いて決然と立ち上がった。


 俺は今、思春期真っ盛りの女の子と同居している。

 廊下でふとすれ違ったり、一緒に洗濯をたたんだりしている。

 手を伸ばせば届く距離にいつでもルノンがいるのだ。


 手が届くということは、体臭ニオイも届くということだ。

 おっさんというと、年頃の女子が最も忌避する存在だからな。

 くっさ……、とか思われないように身奇麗にしておきたいのだ。

 そこで、風呂である。


「我輩は反対ですな」


 クロが真っ向から異を唱えた。

 ルノンの膝の上で首だけ持ち上げて俺に睨むような目を向けている。


「風呂など作ったら、我輩が洗われる回数が増えてしまうではありませぬか」


「清潔なのはいいことだろう」


「水を吸った毛で全身が重くなるあの感じ……。我輩、想像しただけで身の毛がよだちますぞ」


 まあ、人間と違って毛がフサフサだからな。

 俺も全身が頭みたいに毛まみれなら風呂には入らんだろうな。

 拭くの大変そう。


「わんっ!」


 シロはというと、馬鹿っぽい顔で尻尾を振り回している。


「クロ、シロはなんと言ったんだ?」


「いいえ、なにも。ただワンと鳴いただけにございます」


「おーよしよし。シロ、お前はそれでいいんだぞ。馬鹿っぽいところがお前の長所だ。えらいえらい」


 褒められて夢見心地になったシロを、俺は顔の高さに抱き上げた。


「わん!」


「おう! ちょっと臭うな、シロ!」


「わ、わふ……!?」


 やっぱり風呂は必須だ。

 思う存分吸うためにも。


「わたしもクレスさんの案に賛成です」


 ルノンが前のめり気味にそう言うので、食卓と胸の間に挟まれたクロが、ぐにぇ……、となっている。

 羨ましくなんかないぞ。


「わたし、汗をかくお仕事をしていますし、クレスさんに嫌われるのは嫌なので」


「心配なさらずともルノン殿はいい匂いですぞ。我輩、ルノン殿のお膝の上でこうして匂いを嗅いでいるのが好きでしてな」


「え、クロさん、ちょっとムリです……」


「にゃあ……!?」


 ポイされたクロが床に転がった。


「でも、クレスさん、お湯はどうするんですか? 川まで汲みに行くのは大変ですよ?」


「そこはほれ、俺が水と火の魔法でチョチョイのチョイだ」


 俺は手のひらにコップ1杯ほどの水を創り出して、それをボコボコと煮立たせた。


「わーっ! クレスさん、魔法もお得意なんですね!」


 腐っても元・勇者だからな

 王国広しといえど俺を超える魔術師はおらんよ。


「ところで、ルノン」


 俺は居住まいを正して真剣な面持ちで切り出した。


「なんです、クレスさん?」


 ルノンも背筋を伸ばして表情を固くする。

 真剣な眼差しだが、頬は少し赤い。

 なぁに、別に愛の告白をしようってんじゃないさ。


「この家は君がご両親と過ごした思い出の場所だ。俺の都合で手を加えてもいいのだろうか」


 ルノンは目を伏せて頬をますます赤くした。


「クレスさんはやっぱりとっても優しいです。わたし、そんなクレスさんのことが……」


「ことが?」


「な、なんでもないです!」


 こほん、と咳払いすると、ルノンは空気を変えるように明るい声で言った。


「家族の思い出はもちろん大切です。でも、新しい思い出を作っていくことのほうが大切だと思います。……あと、単純にお風呂入りたいです。毎日がいいです」


 だな。

 お風呂最高だ。

 正直でよろしい。


「それじゃ、お風呂を作る法案を賛成多数で可決とする」


「あるじ殿あるじ殿、まだポエ殿の1票がありますぞ」


「ポエさんは豚舎在住だ。投票権ナシだ」


「クロさん、ポエさんはお風呂好きなんですよ? 泥浴び専門ですけど」


「わんっ!」


「にゃあ……」


 そういうわけで、お風呂作り開始だ。


「まずは、場所をどこにするかだが……」


 湿気がこもるとカビの温床になりかねない。

 風通しがよくて、かつ、使っていない部屋といえば……。

 あそこしかないな。


 2階北側の角部屋。

 勇壮なるノーデンベルク山脈を望む一室だが、日当たりが悪いせいか物置のようになっている。

 大きな窓が2つあるから湿気がこもる心配はいらないだろう。

 2階というのもいい。

 朝風呂しているところを鼻の下とあごひげを伸ばした老人に覗かれずにすむからな。


 さっそく行ってみると、


「床の材質は木か。傷むな」


「やめますか、あるじ殿? やめましょう、あるじ殿」


 クロは俺の足元にコテッと転んで、お腹を丸見えにする。


「風呂など綺麗に忘れて、我輩を可愛がってくだされ、あるじ殿! 今日は吸っても構いませんぞ?」


「お前もちょっとニオイがな。完成したら一番風呂に入れてやる」


「あるじ殿ぉ……!!」


 ニャーニャーうるさい黒猫を頭の上に放り上げて、俺はせっせと家具を運び出す。

 たまったホコリを風の魔法で吹き飛ばしてっと。


「あっという間に、何もない少し物悲しい部屋のできあがりだ」


「あるじ殿は働き者ですな」


「それは俺に対する最大限の侮辱と知れ」


 気を取り直して、俺は夢想する。

 完成した浴室の姿を。


「浴槽はこの辺だな。こう、ふと視線を上げると雪の大山脈が見えてだな。脚を伸ばせるのがベストだから、あー、だいたいこのくらいの大きさで。肩まで浸かりたいな。深さはこのくらいで……」


「あるじ殿、それより我輩と日向ぼっこでもしませぬか?」


「おお、忘れるところだった。クロを洗えるスペースを確保しないと」


「声をかけねばよかったです……」


 俺の頭上で小さなため息が聞こえた。


「まあまあ、お前も意外と風呂にハマるかもしれないぞ。濡れるのが嫌なら俺が風魔法で水気を全部吹っ飛ばしてやる」


「あるじ殿の風魔法は要塞の鉄門扉を吹き飛ばす威力なのですから、我輩に向けないでくだされ。約束ですぞ?」


「おー、約束約束」


「絶対守らぬでしょう」


「お約束だな」


「……」


 ジト目で睨まれる俺であった。


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