21 聖獣の力
「あー、そうですか。いーんじゃないですか? どこへなりとも行けば。楽しんできてくださいね、クレスさん。わたしは気にしませんから、ええ」
エロナと一緒にダンジョンに潜ると伝えると、ルノンはわかりやすく不貞腐れてしまった。
膨れたほっぺが絶妙に可愛らしい。
「お腹がすくでしょうから、これ途中で食べてください」
不機嫌を押して弁当を作ってくれた。
優しい子だ。
そっと頭をなでてやると、口を固く引き結んだまま頬だけ赤みを帯びる。
「気をつけてくださいね、クレスさん。ダンジョンって危険なところなんでしょう?」
「一般的にはな」
だが、俺を害せるものは存在しないだろう。
どんなダンジョンも魔王城と比べれば、遊園地のお化け屋敷みたいなものだ。
「……」
クロがジーっと見つめてくる。
「なんだよ?」
「元とはいえ魔王四天王たるエロナルーナのために危険をとしてダンジョンに潜るなど、我輩は反対ですな。もしやあるじ殿、魅了されてはおりますまいな? 忠臣クロ、あるじ殿ご乱心とあらば必殺の爪でもって改心させますぞ!」
前足から煌々と輝く魔力の爪が伸びた。
必殺って殺してどうする?
「別にたぶらかされてないって。魅了にかかった奴はホラ、あそこにいる馬鹿な犬みたいになるものだろう?」
俺は窓の外を目顔で示した。
家の表には修道服姿のエロナがいて、その艶かしい素脚にシロがカクカクと腰を振っている。
「なんと浅ましい……。高貴なる我輩の元・器としての矜持はないのでしょうか」
クロは猫に似合わぬ超嘆息を吐き出した。
「俺が浅ましそうに見えるか?」
「いえ、あるじ殿はいつも通り聡明に見えまする。チャームにはかかっていないようですな」
「そういうこと。これも子供たちのためだ。クロ、お前も来い」
「あるじ殿のおわすところこそ、我が居場所なれば」
うんうん。
忠犬ならぬ忠猫だな、お前は。
「でもな、俺、ああいうお姉さんも嫌いじゃないんだよな」
ボソッとつぶやきながら窓のほうを見ると、ガラスに頬を張り付けたエロナと目が合った。
思いっきり聞かれちゃったよ。
照れそう……。
「お姉さんって私、見た目はあんたより若いわよ、見た目は」
「あるじ殿はあまりに過酷な勇者生活が祟って幼児退行しておられるのだ。子供部屋おじさんとでも言えましょうか」
「え、クレス、子供なの!? 急にかわいい! 膝枕してあげよっか?」
してほしい。
だが、その前に失礼な猫を躾ける必要がありそうだ。
「にゃうーん……」
可愛いポーズで見上げても許さんぞ。
あとで死ぬほど吸ってやるから覚悟しとけ。
「気をつけてくださいね、クレスさん」
出発の段になってもルノンは不安そうに眉を歪めていた。
その顔がいささか険悪になりつつ俺の横に向けられる。
「……エロナさんもまあ、気をつけて」
「や、やだ、クレス! この子、めっちゃいい子じゃない!」
そうとも。
お前にもわかったか、ルノンの天使っぷりが。
「私を心配してくれた女なんて何世紀ぶりかしら!? やば、好きになりそう……!」
お前に好かれても困ると思うぞ、ルノンは。
それでは、いざ出発。
うちの天使は俺たちの姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。
マジ天使だな。
「わんわん! わわん!」
俺たちの後ろを白い犬が猛然と追いかけてくる。
ぴょーんと跳んで俺の胸の中へ。
「どうした、シロ? お前も行きたいのか?」
「わんっ!」
コクリと頷くシロ。
「でもな、犬を連れてダンジョンはなぁ……」
「あるじ殿、勇者時代は我輩連れで魔王城に行ったではありませんか」
クロが俺の肩の上でそう言った。
「そういえば、そうだが。でも、お前は聖獣だし、規格外の力を持っているからな。聖獣の抜け殻となった今のシロじゃ、壁におしっこをひっかけるくらいしかできないだろ」
「わぅ」
シロがムッとした。
そして、なぜか道端の岩を睨みつける。
前脚で地面をならすと、シロは一目散に岩へと突っ込んでいった。
ゴガ――ッ!!
割れた。
……岩が。
ただの頭突きで。
マジか。
「つっよ。シロつっよ……!」
「何を驚くことがありましょう。我輩の力の一端がまだ残っているのでしょう。この様子ならば、そこいらの魔物に勝るとも劣らんでしょうな」
自分のことのように得意げなクロである。
まあ、たしかに、並の魔物は目じゃないな。
「シロ、お前も行くか?」
「わふん!」
力いっぱい胸を張るシロの姿が昔のクロと重なった。
やたらエロいだけの足手まといもいることだし、戦力が増える分には困らないな。
「じゃあ、一緒に来い。ちょっとハードコースの散歩だ」
「わん!」
俺はシロの首にリードを繋いだ。
「シロ、あんた、馬鹿っぽい顔つきだけど、いい犬ね。礼を言っておくわ」
元・魔王四天王が犬に感謝している。
以前なら決して考えられない光景だ。
エロナ、お前に恩を感じる甲斐性があったとはな。
「無事に金目の物が見つかったら、シロにもご褒美をあげないとね。そうだっ! 太ももで挟んで息できなくしてア・ゲ・ル!」
途端に走り出すシロ。
やる気満々だ。
「おお、これこれ! グイグイ引っ張っていく感じ! たまらん!」
久しぶりの感覚に俺はスキップしたい気分になった。
しかし、肩の上では曇り空みたいなオーラが発せられている。
「あるじ殿、我輩と散歩するときはいつも、しかめっ面だったではありませぬか」
「勇者していた頃は散歩に風情を感じることもなかったからな」
なんで犬の都合で歩かされにゃならんのかと無実の罪で拷問でも受けている気分だったんだ。
悪いな。
だが、この田舎風景の中を、風を感じながら歩くのは癒やしそのものといっても過言ではない。
何時間でも散歩に付き合ってやれそうだ。
「あばばばばば……」
のんきな俺と違って、エロナは顔面蒼白だった。
「子供たちだけでお留守番できるかしら……」
散歩もいいが、子供たちも心配だな。
なるべく早く帰ってやらないと。
「クロ、久しぶりにアレを頼む」
「アレですな。心得ました。しかし、猫になってやるのは初めてですゆえ、うまくできるか……」
クロが空中でくるりと回転した。
着地する頃にはゾウ並みの大きさになっていた。
聖獣の秘技、『巨獣化』だ。
俺は漆黒の巨体を見上げて言った。
「化け猫って感じだな」
「あるじ殿、噛みますぞ?」
「キャハハ! クロったら、お尻の穴おっきい!」
「この淫魔めをひと思いに殺ってしまってよいでしょうか、あるじ殿!」
まあまあ。
俺はエロナの腰のあたりに腕を回して、ヒョイと担ぎ上げた。
「な、なんのつもりよ!?」
「早く帰りたいんだろ? なら、クロ特急がオススメだ」
「クロ特急!? ま、まさかあの速いやつなんじゃ……」
そのまさか、だ。
クロの背にまたがり、しっかりと毛を掴んで準備よし。
「行ってくれ、クロ」
「御意!」
「え? え、ちょ、え? ――きゃあああああああああ!??」
クロが風になった。
羽があったら飛びそうなスピードで丘を駆け下り、高い城壁を軽々と飛び越えて森に突っ込んでいく。
猛烈な向かい風で目を開けるのも一苦労だ。
新幹線の鼻先に座っている気分。
勇者時代はこれで幾多の戦場を駆け回った。
懐かしい。
「猫になって一段と速くなったな」
「体が軽ぅございます、あるじ殿」
「きゃあああああああ!??」
「わんわんおー!」
あっという間に黒の森が見えてきた。
というところで、
「ん?」
急に何も見えなくなった。
顔面全体が柔らかい感触で包まれている。
それは、胸だった。
それも、とびっきりデカイ。
エロナの奴、恐慌をきたして俺の顔にしがみついているらしい。
よって、前が見えない。
どんな暴れ馬よりも速いライドマシーンで目隠しだ。
さすがの元・勇者もこれは厳しい。
「うおおお!??」
「きゃああああ……!!」
バランス感覚を失った俺はエロナもろとも宙に放り出された。
そのまま池に突っ込む。
水をすべて吹っ飛ばす勢いでだ。
そして、ここに濡れた生地を肌に張り付けたイケナイ修道女が爆誕した。
眼福だ。
「えっち」
「悪い」
「いいわ。無事、借金を返せたら好きなだけ見せてあげるわよ。私を全部ね」
それは、モチベーションが爆上がりしそうだ。
張り切っていこう。
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