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20 借金取り


「クレス、あんた誠実な人ね。淫魔わたしにたぶらかされても屈しないんだもの」


 さっきまでの色仕掛けが嘘みたいに、エロナは天真爛漫な笑みを輝かせている。


「まあな」


 と、強がってみせる俺。

 しかし、本音を言えば、半分以上屈しかけていた。

 小麦色の首筋に吸い付き、柔らかく膨らんだ修道服を引き裂いて、華奢な体を地面に押し倒してやる、ってところで子供たちの視線に気づき、辛うじて理性を取り戻したのだ。


 暮杉太郎30歳。

 未だ、女の味を知らず。

 サキュバスの誘惑は甘美なる蜜だ。

 本気で来られたら絶対に勝てないと声を大にして宣言できる。

 羞恥心とプライドをかなぐり捨てればの話だがな。


「もっと、はやくはやくーっ!」


「きゃーっ! このお馬さん、はやぁーい!」


 ちなみに、俺は今、子供を背中に4人ほど乗せている。

 で、教会の庭を疾走している。

 四足歩行でな。

 お馬さんごっこだ。


 すでに、庭を10周ほど回っているが、乗りたい子供たちが長蛇の列を作っているからして、あと50周は覚悟すべきだろう。

 このくらい余裕だ。

 元・勇者だもん。

 たぶんな。


「子供たちもこんなに懐いてる。お金のことはさておき、私、やっぱりあんたを堕とすべきなのかもしれないわね」


「どこに?」


「恋に、よ」


 艶かしい舌なめずりを見て、俺はうっかり転びそうになった。

 一回落ちたら二度と這い上がれないだろうな。

 サキュバス沼は。

 堕ちてみたいような、堕ちちゃいけないような。


(絶対ダメです!)


 天使の輪っかと真っ白な翼を生やしたルノンが俺の脳内でそう叫んでいる。

 そうだな。

 やめておこう。

 俺が堕ちたら、この真っ白な天使が豚シメ包丁を持ってサキュバスを追いかけ回しかねない。

 やめとこ。


「それで? 手っ取り早く稼ぐ方法、何かありそうかしら?」


 俺は走りながらウーンと唸った。

 エロナ教会の立て直しか。

 少なくとも、この村にチャンスはなさそうな気がする。

 ノーデン村じゃ、もっぱら物々交換が主流だ。

 貨幣価値なんてあってないようなもの。

 ゆえに、金を稼ぐ必要も手段もこの村には存在しないのだ。


 となると、


「村の外に出るのが吉だが」


「子供たちと離れるなんて嫌ぁぁ……ッ!!」


 途端に泣き崩れるエロナである。

 羽交い締めにされた子供が白目を剥いている。

 ほどほどにな。


「じゃあ、金になりそうなものを探すしかないな」


 黄金とかダイヤモンドとかだ。

 村を訪れる行商人が目の色変えて飛びつきたくなるようなものがいい。


「アテがあるの?」


「あるぞ」


 俺は大きく頷いた。

 先日、黒の森で狩りをしていたとき、巨大樹の根元に洞窟を見つけたのだ。

 魔力をまとった風がものすごい勢いで吹き出していた。

 俺の勘じゃ、あれは、


「ダンジョンだな」


 それも、魔力密度から言って、かなり高難度のダンジョンだ。

 ここは辺境地だし、冒険者すら寄り付かない。

 おそらく、未発見のダンジョンだろう。

 中はきっと手付かずのままだ。

 純度の高い巨大魔石がキノコみたいにニョキニョキ生えているに違いないのだ。


「それよ! それだわ!」


 エロナが日光に照らされたミラーボールみたいに顔を輝かせた。


「村のそばなら私も行けるわ!」


「お前も行く気なのか?」


「あんただけに押し付けるなんて、できるわけないじゃない」


「お、おう……」


 勇者時代が思い起こされる。

『淫姫』エロナルーナの恐ろしい権謀術数の数々。

 何度死にかけたことか。

 こんなまっとうなことを恥ずかしげもなく言うような奴だったとはな。

 超意外。


「だが、大丈夫か? 強力な魔物の巣窟になっているはずだが」


「大丈夫じゃないわね。私にできるのは男をたぶらかすことだけだもの。あんたみたいに魔物を狩るのは難しいわ。でも、近くで応援することはできるから」


 要するに、お荷物じゃないか。


「そんな顔しないでよ。サキュバスは戦闘向きじゃないの。いちおう、淫ブレードは使えるけど」


 なんだ、そのえっちそうな武器は。

 刺されると、どうなるんだ!?

 ちょっと刺されてみたい気分。


「ウオラァーッ! サキュバスばばあァ!」


 表のほうで胴間声が轟いた。

 子供たちがひぃ……、と震え上がる。


「出てこんかい! クソ売女ァ!」


「早よ払わんかいボケェ! 耳揃えてオラァ!」


 ずいぶんと、ドスのきいた客だな。

 エロナが青い顔で頭を抱えているのを見るに、借金取りだろう。


 子供たちを裏口から教会の中にかくまって表に回ってみる。

 やはりと言うべきか、レスラーみたいな重量級の女が3人ばかし、いかめしい顔を並べていた。


「金ェ――ッ!!」


「す、すいません! 靴舐めます! ありません! 勘弁してください!」


 ひと吠えされただけでエロナは地面にダイブした。

 こいつ、こんなに平気で土下座できる奴だったんだな。


「おんどりゃああボケカスどらあああ!!」


「おおおああああ? あああええええあ」


「しょあああ! えやああカスおおおお?」


 翻訳不能な怒声が震えるエロナに降り注いだ。

 一番強そうなレスラーがチッ、と舌打ちし、エロナの頭を踏みつけて、


「あんた見てっとイライラすんぜェ!」


「姉御ォ、殺っちまいましょうぜェ! このアマァ!」


「アタイらのパワーを見せつけて二度と舐めた口利けなくしてやりましょうぜェ!」


「ごめんなさい、ごめんなさい! すみませんスミマセン!」


 エロナは終始下手に出ている。

 だが、取立て人はヒートアップする一方だ。

 サキュバスだもんな。

 女目線だと、食卓の上を這い回るゴキブリにしか見えないのだろう。

 下手に出たから何? って話だ。


 下っ端レスラー2人がエロナを羽交い締めにした。

 殴りやすいようにヘッドロックで頭部を固定。

 姉御が丸太みたいな腕をぐるぐるとブン回した。

 鼻水垂らしてヒンヒン言っている隣人を、さすがに俺は見過ごせない。


「そのパンチ、俺が受けよう」


 なので、俺は間に割って入った。


「なんだい、アンタ」


「姉御ォ、こいつアレですぜェ。鼻の下クソ野郎ですぜェ」


「ギャハハ! カモ野郎ですぜェ、姉御ォ!」


「たしかに、そうみてえだな。たぶらかされたボケヅラがよく見えるぜェ! ヒャッハー!」


 まあ、多少鼻の下が伸びているのは認めよう。

 仕方ない。

 男だもの。


「お望み通りリングに沈めてやらァ! 歯ァ食いしばれやァ!」


「やめといたほうがいいと思うぞー」


「命乞いしてももう遅ェ――ッ! くらいなァ!! アタイの必殺、龍殺し稲妻ダイナミック電光決殺ラリアットゥウウウウッ!!」


 大回転から振り抜かれた太い腕。

 それが関節じゃないところで折れた。

 バキッ、っと。

 だから、やめとけって言ったのに。


「ぎゃっはあああああああァッ!??」


「姉御おおおおお!?」


「おごごおお!?」


 のたうち回る姉御と、パニクる下っ端たち。


「もうやめて! クレス、お願いよ! それ以上痛めつけないで! 子供たちが狙われちゃう!」


 と、今度はエロナが割って入った。


「いや、俺は何もしてないわけだが」


 まあでも、たしかに、子供に累が及ぶ可能性も無きにしも非ずだ。

 軽率だったか。


「つ、次までに全額おおおお! あああああ!」


「覚えてろああああンン!!?」


「金ェ! 用意しとけオオオオオ!?」


 雄叫びを上げながら、借金取りたちは来た道を取って返した。

 ひとまず、厄介事は去ったな。


「次はないわ。なんとしてもダンジョンでお宝を手にしないと……」


 怯えきって真っ青になった顔を脂汗がしたたり落ちる。

 俺も責任を感じないでもない。

 協力しよう。


 ということで、いざゆかん!

 黒の森のダンジョンへ――!


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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