22 魔石と魔物
奇怪な形の巨木が並ぶ黒の森。
池ぽちゃした地点から10分ほど歩くと、ひときわ大きな木が見えてきた。
その根元では真っ黒な穴がオオオオオオオオオ……ッ、と怪獣のように風を呑み込んでいた。
「ここがダンジョンの入口だ」
「いやいや。いやいやいや……」
エロナの顔色がよろしくない。
一体どうした?
「ちょっとあんた、このダンジョン相当ヤバイわよ!? 魔王城ほどじゃないけど、すごい魔力を感じるわ」
「そうなんだ。この黒の森はどうも地下に魔石の大鉱脈があるらしくてな、その相乗効果もあるんだろう。並の人間なら濃すぎる魔力にあてられて小1時間もすれば酔っ払うだろうな」
「それまで生きていられたらの話だけどね」
入口のそばに散らばる白骨を見て、エロナは尻込みしている。
「子供たちが待っているぞ」
「言われるまでもないわ。それじゃ行きなさい、クレス」
「お前も来るんだ」
「ひいいい……」
半ば引きずる感じでダンジョンに入る。
途端に悪寒に襲われた。
気持ちの問題ではなく、気温の問題だな。
足元に霜柱ができている。
「ザクザクして気持ちいいな」
楽しげに跳ね回るクロとシロ。
俺の頬も思わず緩んだ。
エロナだけは青い顔で落ち着きなく周囲を見回しているが。
「あんた、のんきね。戦場でもよく寝られた口でしょ?」
「馬鹿言うな。誰かさんに操られた男が毎夜毎晩寝首を掻きに来るせいで、夜しか眠れなかったぞ」
「十分じゃないの」
ダンジョンの奥へと吸い込まれる風に流されるようにして、俺たちは洞窟を下っていった。
そして、早くも魔物と遭遇する。
天井に張り付いた黒い巨大な――パンチ!!
なんだか知らないが、動き出す前に殴っておいた。
魔物は岩肌に叩きつけられて動かなくなる。
「よし」
「よしって、クレス、今のなんだったの?」
「トカゲか何かだろ」
狩人手帳にも載っていなかった気がする。
このダンジョンの固有種かもな。
どうでもいいけど。
「あっ、あそこにもいるわ! 魔物よ!」
「パンチ」
地面をノソノソ歩いていた巨大なダンゴムシみたいなものを、とりあえず殴る。
エロナは綺麗な顔に若干の呆れをにじませつつ俺を見上げた。
「あんた、とりあえず殴るのね。やんちゃ盛りのゴリラか何かなの?」
「これがな、長い戦闘経験から導き出された最適解なんだ。毒液攻撃や火炎ブレスは撃たれたが最期、簡単には防げない。だから、動き出す前に殴る。――フン!」
コウモリの魔物をチョップで両断してから、俺は親指を立ててニカッと笑った。
「いくら暗殺者を送り込んでもうまくいかないわけだわ……」
いいや、それは違うぞ。
さしもの俺も美少女アサシンをいきなりぶった斬るわけにはいかない。
だから、毎度毎度死にかけたぞ。
魔王討伐の旅で最も危険だった瞬間ベスト10はすべて美少女アサシンで埋め尽くされていると思う。
いや、ホントに。
「……ッ!!」
エロナの赤い目がカッ、と見開かれた。
その視線の先にあるものは、――Oh!!
特大の魔石だ。
壁から威勢のいいキノコのように張り出して燦然と輝いている。
「上物だな。入口に近いところでこれほどの一品にお目にかかれるとは」
やっぱり未発見のダンジョンらしいな。
「ねえ金? これ金ぇっ!?」
魔石のそばでピョンピョン飛び跳ねるエロナ。
落ち着け。
目がドルマークになってんぞ。
それと、質問は具体的にしろ。
俺は目をすがめて魔石を観察した。
ガラスのような透き通った色合いに、涼しげな空色の光。
「風煌石だな。空気中の魔力が結晶化したものだ」
桜の花びらを思わせる含有物が美しい。
しかし、何より着目すべきは風煌石の中心部だ。
細く枝分かれした焦げ茶色の結晶石が中に閉じ込められている。
「まるで枯れ木のようだろう?」
「そうね。これ、なに?」
「翁樹石というんだ。10年で1ミリほどしか成長しないらしい」
「……みり?」
「おまけに、脆くて壊れやすいんだ。触っただけで簡単に折れる。普通、採掘できるような代物じゃないんだ。でも、これは風煌石に取り込まれているだろう? だから、こんなふうに果実をもぐように簡単に採ることができる」
俺はもぎ取った翁樹石in風煌石をエロナに押し付けた。
「よく見てみろ。老いた桜の木が花びらを散らしているように見えるだろう? 生と死、そして、春のひと時を永遠に閉じ込めたロマンチックな魔石だ」
「あんた、意外と詩人なのね。それに、やたら詳しいじゃない」
魔王軍を追ってダンジョンに潜ったことは一度や二度じゃないからな。
そのとき、冒険者に教えてもらったのだ。
ダンジョン巡りはけっこう好きだったな。
ワクワクするし。
夜の戦場で魔王軍の骸骨兵団を際限なく斬り続けるよりよっぽど楽しい。
「成り立ちなんてどうでもいいわ。大事なのは値段じゃないかしら」
「現金な奴め」
だがまあ、ロマンは金のある奴の道楽だからな。
「うーん、そうだな。どちらも純度が高そうだ。それに、これだけ大きいのは初めて見たな。ざっと500万カラウってところじゃないか?」
「ごまひゃうううううううううううううううううう……ッッ!!!」
スピーカーで拡声したような金切り声がダンジョンを押し揺らした。
俺はキャッキャと飛び跳ねるサキュバスの頭をしたたかに引っ叩いて、
「おい馬鹿、ダンジョンで大声を出すな!」
と、声を殺して唸るが、時すでに遅し。
シンバルでも叩いたみたいに、わんわんと声が反響している。
それに呼応するように、ダンジョンのあちこちから無数の怪獣が蠢くような音が聞こえてきた。
「行くぞ! 獲物の悲鳴を聞きつけた肉食獣がすぐに殺到する!」
「い、いやよ! 私、死にたくないわ! これさえあれば、借金完済どころか貯金までできるの! 子供たちの明るい未来が、ああああ助けてクレスああ!」
「ええい、ジタバタするな!」
豊満な肉体を抱えて走り出す俺の行く手を何かが遮った。
二足歩行で、人間の子供のような体躯。
鬼のような顔。
数は5、6匹だ。
「ゴブリンだな」
「あら、子供みたいで可愛いわね」
「お前、解像度、低すぎない?」
そして、子供部屋おじさんまで受け入れる馬鹿広いストライクゾーン。
ワンチャン、コモドドラゴンもいけそうだな。
ゴブリンどもはエロナを見るや顔をニタアァ、と歪めた。
股間をそわそわさせている。
わかるわかる。
でも、どけ。
「オオオオオオオオオオ――――ッ!!!」
俺は猛獣のポーズで地鳴りのような咆哮を上げた。
突風で吹っ飛ばされるみたいにして、ゴブリンどもは散っていった。
近づいていた他の魔物も踵を返して遠ざかっていく。
「たいていの魔物はこれで逃げていくんだ。……っておいエロナ、お前まで逃げようとするな!」
「勇者の迫力ハンパないわね。ライオンの神が荒ぶってんのかと思ったわ。噛まないでね!?」
「噛まぬ噛まぬ」
お前がもう少し静かにしてくれたらな。
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