18 来客はサキュバス
「にゃううん、にゃううん! あるじ殿、見てくだされ! 猫の可愛さを!」
「わんわん、くぅぅん! くぅぅん!」
黒い猫と白い犬が交互に体をこすりつけてくる。
小さな体をめいっぱい使って可愛さアピールに躍起だ。
クロか、シロか。
俺の相棒にふさわしいのはどちらか、白黒つけようってわけだ。
「どっちも可愛すぎて甲乙つけがたいですね、クレスさん」
ルノンが悩ましそうにため息をついた。
調理中だったらしく、豚さん柄のエプロン姿だ。
勝者、ルノン。
犬や猫より俺はケモ耳美少女派だ。
「ポエさんもいいですよねー!」
「そうか?」
「美味しそうですし!」
「そう、か……」
ルノンは包丁を握ったまま恍惚の笑みで身悶えている。
やっぱり、狼系はちょっと怖いな……。
今日から豚料理を食べる前にポエさんの安否確認をしよう。
そうしよう。
「バゥッ!! ハアハアッ!!」
シロが勢いよく駆け出した。
ルノンの股下をくぐって玄関のほうに一直線。
「あるじ殿あるじ殿! シロめは逃げましたぞ! 我輩の可愛さに戦意を喪失したのでしょうな!」
「そうか?」
喜々として飛びついてくるクロを抱えて、俺も玄関に向かってみた。
その時である。
「ねえ、勇者いるー?」
唐突に女の声が聞こえてきて、俺は心底ギョッとした。
今のはエロナルーナの声だった。
あの淫魔、でっかい声で俺の正体をバラしやがって。
「ゆーしゃ?」
ルノンが三角耳をピコピコさせている。
聞き間違いだと言うのは無理があるよな。
聴力は優れているだろうし。
「あー、あれだ。客はお隣さんみたいだな。先日挨拶に行ったとき、こんにちは勇者です、ってジョークを言ったんだウン、ふんふん」
俺はもっともらしい釈明をして、客を黙らせに走った。
「エロナルーナ、その呼び方はやめてくれ。俺はもう勇者じゃない。ただのクレスだ」
玄関扉を開けると、やはり淫魔がそこにいた。
今日も無駄に濃密な色香を漂わせている。
そりゃもう背景がピンクに見えるくらいだ。
「ちょっと、そのエロナルーナって呼び方やめなさいよ。魔王四天王だとバレちゃうじゃないの」
「こっちのセリフだ」
「私はこの村じゃエロナで通しているの。エロナと呼びなさい」
卑猥な名前しやがって。
お望み通り、そう呼んでやろう。
「エロナ!」
「なぁにクレス?」
エロナがいたずらっ娘な笑みをたたえて、俺に体を寄せてきた。
当たる。
あと1センチで俺に。
豊満なる膨らみが。
「もっと親しみを込めてエロエロって呼んでくれてもいいわよ?」
それ、もはや呼ばれるお前自身が嫌だろうに。
「呼びなさいよ、このこのー」
ええい、それ以上近づくでない。
胸より先に角が刺さりそうだ。
「クレスさん、なんですか、その人……」
いつの間にか、後ろにルノンがいた。
来客を見て、露骨に険悪な顔つきになっている。
手にした包丁が物騒な輝きを放った。
「……」
「………………」
「…………」
この不穏な空気なんなの。
浮気現場を見られた気分なんだが。
ルノンさんさ、とりあえず、その刃物片付けてこない?
「帰れ、エロナ。村が血で染まる前に」
「いやよ。あんたに相談があって来たんだから」
「クレスさん、その人をウチにお招きしましょうよ。わたし、料理します」
「誰をだ……!?」
お茶を用意しますね、と低い声で言い残すと、ルノンは音もなく引き上げていった。
こっわ。
誰にでもフレンドリーで笑顔を欠かさないルノンをあれほど不快にさせるなんて。
サキュバスってやっぱり女の敵なんだな。
「ハアハアハアハア……! バゥゥ!」
「やん、なによ、この犬」
修道服から伸びる薄褐色の素脚に、白いものがしがみついてカクカクしている。
シロである。
お前にはそれが可憐なメス犬にでも見えているのか?
「よく見たら、あんたの聖獣じゃない。たしか、オスだったわね。うふふ、私の淫気にあてられて性の獣になってるわ」
「失敬な! 我輩はこっちですぞ! この浅ましい淫魔め!」
俺の腕の中でクロがシャアアアア、と威嚇音を発した。
そういえば、お前、メス猫だったな。
犬時代のクロは鼻息を荒くしてエロナの尻を追いかけていた。
あるじ殿ぉ~、とか言ってな。
メスになった途端、嫌悪感を抱くようになったのか?
だとしたら、淫魔への印象は魂ではなく肉体に左右されるんだな。
どうでもいいけど。
エロナは発情犬と不機嫌な猫を交互に見比べて顔をしかめた。
「あんた、しゃべる犬だけじゃ飽き足らず、しゃべる猫まで召喚したの? というか犬のほう、なんか馬鹿っぽくなってない?」
「魔王軍との激動の日々が終わった途端、馬鹿っぽい犬になってな。一種の燃え尽き症候群かもしれん」
「あるじ殿、引っかきますよ!?」
爪をピキーンと伸ばしていたクロだが、ハッと我に返り、爪の先をエロナに向けた。
「あるじ殿、のんきに構えている場合ですか! 魔王四天王ですぞ、エロナルーナですぞ!」
「そういえば、クロにはまだ話していなかったな。こいつ、お隣さんなんだ」
「にゃはああ……!?」
うん、俺もそのくらい驚いた。
「……クレスさん」
豚シメ包丁を持ったルノンが音もなく背後に立っていたので、俺はヒッ、となった。
「お客さんが豚漬け食べるか訊いてもらえますか?」
自分で訊きなよ、と思ったがルノンは意地でも口を利きたくないって顔をしている。
つか、豚漬けってなんだ?
ぶぶ漬けみたいなものか?
はよ帰れって言いたいんだな、要するに。
「シャアアアアアアアア!!」
「ハアハア! クゥゥゥゥンン!」
「ちょっと勇者、この犬なんとかしなさいよ。ねえ、勇者ぁ、聞いてるぅ?」
「シャアアアアア――ッ!!」
ちょっとゆっくり話ができそうな雰囲気じゃないな。
エロナの相談とやらも気になるし、場所を変えるか。
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