17 犬か猫か
「俺、やっぱり犬派だったのかな」
ボウルいっぱいのミンチ肉を手のひらでコネコネしつつ、俺はふとそんなことをつぶやいた。
「あ、あるじ殿……!?」
リビングの椅子の上で眠りほうけていたクロが爆竹でもくらったように飛び起きる。
「我輩に何か不満でもございましょうか!?」
「いやさ、あの犬のベタベタくっついてくる感じが懐かしいと思ってな。最近のお前ときたら、たまにしかなでさせてくれないし、無理やりなでると逃げていくもんな。俺は寂しいよ」
「あるじ殿、猫とはそういうものにございます。自由で誇り高い生き物なのです」
「俺はがっつり依存されたい派だ。やっぱ犬だな」
「あるじ殿……!!」
コネた肉玉に火炎魔法で火を通して、と。
「ほら、できたぞ。お前の大好きなハンバーグだ。豚肉3牛肉1鶏肉1がお前の黄金比だったよな。計りを使ったからバッチリだ」
美味しそうな匂いを放つ特大ハンバーグをクロに差し出す俺。
スンスン……。
クロはしかし、匂いだけ嗅ぐとぷいっ、と横を向いてしまった。
そして、寝息を立て始める。
「ほぉらー! そういうとこだぞー!」
尻尾を掴んで振ると、クロは煩わしそうに目を開けた。
「あるじ殿、せっかくなのですが、あまり美味しそうには見えませぬ。人間で言うなら、カレー3、うな重1、焼きそば1を混ぜて焼いたものとでも申しましょうか」
それ、絶妙に不味そうだな。
そして、かつて、お前はそれを喜んで食べていたわけだが。
「我輩、カルパッチョが食べとうございます」
「いつだったか釣ったサケを刺身にしたとき、お前、俺にドン引きしていたろ。生魚を食うなんてってさ」
「それも味覚の変化にございますれば」
身勝手だな、猫って。
深いため息をつくと、クロは渋い顔をした。
「この体に憑依るよう申し付けたのはあるじ殿でございます」
「別の犬にしとけばよかった」
「あるじ殿ぉ……っ!!」
冗談だ。
爪を振り回すんじゃない。
「しかし、もったいないな。捨てるわけにもいかないし、このドッグフードはルノンにでも食べさせるか」
「人の心をなくしましたか、あるじ殿……!」
大丈夫だって。
普通に人間でも食える材料だからさ。
「川行くぞ、川」
「カルパッチョですな。あるじ殿、大好きです」
「そういうとこだぞ、猫助」
そういうわけで、俺たちは手製の釣竿を持って家を出た。
「にゃ? あるじ殿、何かが丘を駆け上がってまいりますが」
俺の頭上でクロがキリンみたいに首を伸ばしている。
ややあって、俺にも見えてきた。
全力全開で駆けてくる、小さな白い影が。
「犬だ」
それも、ただの犬ではない。
あの面影、あのシルエット、あの走り方。
気づけば、俺も駆け出していた。
「わんわん! わんわんわーんっ!」
「クロぉぉぉぉ――――ッ!!」
飛びついてきた犬を俺は広い胸で受け止めた。
ガシッ、と抱きしめ、もう二度と君を離さない的な雰囲気を醸し出す俺たち。
そんな俺たちを頭の上から冷めた視線が見下ろしていた。
クロだ。
まごうことなき俺の相棒、クロである。
じゃあ、この胸の中でよだれをまき散らしながらクゥンクゥンと泣いているクロはなんだ?
「くぅん……!!」
人の言葉を話さないな。
なるほど、寄り代のほうか。
王都の城門で最後に会って以来、実にひと月ぶりの再会だった。
「あーあー、クロ、お前どろんこじゃないか。それに、ずいぶん痩せてしまって」
「あるじ殿、それを我が名で呼ぶのはやめてくだされ。ヒトを豚呼ばわりするくらい失礼な行為ですぞ」
頭の上でニャーニャーうるさい。
俺はあらためて、クロの寄り代を見た。
「こいつ、少し見ない間にめちゃめちゃアホな顔になったな。目なんてほら、どこ見てんだ?」
「深謀遠慮に富んだ我輩が体から抜け出したのですから、その犬はもはや絞りカス。だたの駄犬でありましょう。あるじ殿、時代は猫ですぞ」
「ワンッ! ワンワンワンッ!」
クロを見るや、けたたましく吠える元・クロ。
恨みは健在だな。
「ワンワン! ワワン!」
「ほう。あるじ殿を追って遥々ここまで来るとは、犬にしては見上げた忠義ですな」
「クロ、犬語がわかるのか?」
「我輩、15年も犬をしておりましたゆえ」
では、通訳を頼むとしよう。
「ワワン! ゥワン!」
「あるじ殿の匂いを追ってきたそうですぞ」
「そんなに臭うか、俺……」
「犬時代の我輩でしたら星の裏からでも探し当てられますぞ」
得意げに言うな。
恥ずかしくなっちゃうだろうが。
でもまあ、とにかくだ。
俺は元・クロの顔がぐちゃぐちゃになるまで、なで回してやった。
「忠犬だな。シロロンティーヌと名づけてやろう」
「わんっ!」
顔をペロペロされた。
この感じ、懐かしいな。
「……フン。こやつ、ドッグフード暮らしを忘れられんのでしょう。食い物に釣られて馳せ参じるとは、しょせんは犬ですな」
クロよ、それはお前も似たようなものだぞ?
食事のときだけは呼ばれなくても起きてくるもんな。
「しかし、やっぱりしゃべらない動物はいいなあ」
俺はシロを抱き上げて、つくづくそう思った。
すぐに、黒いほうが噛みついてくる。
「あるじ殿! それは我輩のアイデンティティを根底から否定する発言ですぞ!」
「しゃべると邪念を感じるんだよな。動物にはピュアであってほしいんだ。ああ、癒やされる、あー」
「あるじ殿、あるじ殿! 邪念なら我輩もございませんぞ! 見てくだされ、このピュアな肉球を!」
肉球が何の証明になると申すか。
ま、たしかにピュアだから、あとで匂いとか嗅がせてもらうとしよう。
「さ、帰るぞ、シロ。美味しいハンバーグを用意しているんだ」
「わふぅーん! くぅぅーん!」
「我輩のカルパッチョは!?」
「また今度な」
「にゃあああ!?」
「わっふっふ!」
シロはニチャアと口元を歪めて勝ち誇った顔でクロを見下ろした。
こっちはこっちで邪念アリだな。
可愛いから別にいいけど。
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