16 密着! クロの一日!
「おい、クロ。クロはいるか」
ある朝、俺は黒いのを捜して家の中をうろうろしていた。
「クロ、クロぉー?」
犬だった頃は、俺が呼べば尻尾振りながらすっ飛んできたんだけどな。
舌出して。
バカっぽい顔で。
猫になってから、さっぱりだ。
「そこにいたか」
天井裏部屋にて黒いのを発見。
天窓が作る日だまりの中で、心地よさそうに丸まっていた。
俺はそのぽよぽよの腹をツンツンして言う。
「最近お前、猫化が進みすぎていないか?」
以前はどこに行くときも俺にべったりだった。
ボディーガードみたいに張り付いて、わんわんしていた。
散歩散歩ととにかくうるさかった。
しかし、最近のクロときたら1日の7割近くは寝て過ごしている。
俺でもそこまで寝ちゃいないぞ?
むしろ、狩りとか豚の世話とか無駄によく働いている気がする。
そこは、猛省すべき点だが。
「あるじ殿、猫とは寝る子に由来するそうですぞ」
面倒くさそうに片目だけ開けて、クロはそんなことを言った。
「俺の母国でもそうだ。だから、なんだ?」
「我輩は、名の由来を体現しているだけにございまする」
ぐでぇ……、とした動きで寝返りを打つクロ。
お手本にしたいほどの堕落っぷりだ。
「勇者時代を思い出してくだされ、あるじ殿。我輩、いつもあるじ殿より早く起きていたではありませぬか。よく働いた者こそ、よく寝るべきなのです」
「そうだな。俺より早く起きて、散歩に連れてけ連れてけって耳元でワンワンしやがったな。お前のせいで年中寝不足だった男がここにいる。俺だァ……」
「あ、あるじ殿、ゴゴゴゴゴゴってしないでくだされ……。家が揺れておりますぞ……」
揺らしているんだよ。
わかるか?
これが、怒りだ。
俺はため息で煮えたぎるマグマを鎮めつつ、黒い猫をつまみ上げた。
「お前、俺には建設的かつ生産的に生きろみたいなこと言っていたじゃないか」
「我輩とて起きている間は活発に過ごしておりますぞ? 例えば、あー。にゃー……。……」
何も出てこんのかい!
俺は呆れて言った。
「よし。なら、お前が日頃何をしているのか、この俺が密着取材してやろう」
「それは、あるじ殿もここで寝るということですか?」
寝る以外にすることはないのか、お前……。
再度呆れていると、クロはひとつ伸びをしてから階下に続く階段に向かった。
「そういえば我輩、最近茶飲み友達ができたのでした。あるじ殿、取材ついでに紹介いたしますぞ」
ほう。
友達か。
それは俺もまだできていないな。
クロの活発な一面が見られるかもしれない。
俺は真相を知るべく、クロの後を追った。
そして、やってきたのは家の裏手。
豚舎である。
今日もたくさんの豚たちがせっせと餌を食べている。
その果てに何が待ち受けているのかも知らずに。
「こんなところにいるのか? お前の茶飲み友達とやらは」
「おりますぞ。まさに、あるじ殿の目の前に」
「ひょっとして、この豚か?」
俺は豚舎の隅に寝転がるまんまるした豚を訝しげに見下ろした。
ほかの豚よりふた回りは大きい。
まだ出荷されていないのが不思議なくらいでっぷりしている。
そんでもって、なぜかベレー帽をかぶっていた。
「ぶぅ……」
まぶたがゆっくりと開き、その奥から怜悧な黒い瞳が俺を見上げる。
そして、信じられないことが起きた。
「そこな人の子よ、豚はなぜ豚なのだろうか」
「ぶ、豚がしゃべった……」
さんざん犬猫がしゃべるところを見てきた俺でさえ腰が抜けそうになった。
魔王と対峙しても抜かさなかった腰をだ。
俺が返答に窮していると、豚は遠い目で空を見上げた。
で、言う。
「空。悠久なる蒼き君よ、地に伏したる我をなんと見る? ああ、空よ。聴かせておくれ、青のハーモニー」
「……? なんだって?」
ホントなんなんだ、この豚。
「どうですかな、あるじ殿」
クロが得意げな顔で見上げてくる。
どうって?
「我輩の茶飲み友達だけあって深い叡智を感じられる御仁でありましょう」
そうか?
俺はしゃべる豚を仔細に観察してみた。
「木々。緑なるものよ。淡き陽の光に背を伸ばし、君は何を奏でる? 緑なる木々よ、ともに唄おう、永久のラプソディ」
「深い叡智ねえ……」
俺にはただのポエム好きな豚に見えるのだが。
「だいたいポエムってのはな、特に意味のない言葉の羅列をさも何かありげに語る術なんだよ。それを叡智とか言われてもな」
「そんなことないですよ。今日も素敵です、ポエさん!」
俺の偏見にまみれた主張にルノンが真っ向から異議を唱えた。
手にしたおぼんには、山盛りのクッキーとミルクをなみなみと注いだ皿が載せられている。
「クロさん、ポエさん、お茶を淹れましたよ」
「ありがとう。それは唇を濡らす愛の欠片」
「かたじけない、ルノン殿」
そして、クロと豚は和気あいあいとクッキー片手によもやま話を始めた。
「ね、猫と豚が茶会やってる……」
しかも、狼に給仕させるとは。
すごい光景だな。
「クレスさん、安心してくださいね。お茶じゃなくてミルクですから」
楽しそうに茶会を見守るルノンがこそっと教えてくれた。
紅茶とかダメだからな、猫は。
豚は知らん。
「あの豚、ポエさんっていうのか?」
「はい。ポエム豚だからポエさんです」
なんだよ、ポエム豚って。
そういう品種なのか!?
「ある日、急にしゃべるようになったんです。みんな気味悪がるので出荷できなくて……」
「まあ、食べようとは思わないよな、普通」
でも、これでようやく腑に落ちた。
ルノンがしゃべる猫を見ても驚く様子がなかったわけが。
ポエさんで耐性ができていたんだな。
「ポエさんには普段、豚舎の番をしてもらっています。ふふ、ポエさんって働き者なんですよ? 牧羊犬みたいにほかの豚さんをリードしてくれて。それに、食べごろの子を教えてくれたりするんです」
「それ、単に自分が食べられたくないだけだろ?」
そうだろ、ポエさん?
俺が目顔で問うと、ポエさんは全身の毛穴から汗を噴出させた。
「ぶ……、ぶっぶー」
クイズで間違えたときみたいな鳴き声である。
図星だな。
「しゃべる豚か。クロはどう見る?」
「おそらくは精霊が宿ったものでしょうな」
クロはミルクで汚れた口元を前足で拭いつつ、こう続ける。
「熱病や大怪我で弱った動物に精霊が入り込んでその肉体を乗っ取る、などという事例が稀にあるようですぞ」
「精霊なら、クロの親戚みたいなものだな」
「下位互換と呼んでくだされ。我輩を有象無象の下級精霊と一緒にされては困りまする。我輩は極めて上位の高貴なる大精霊なのでありますからして」
「そもそも、精霊ってどういうものなんですか?」
興味津々のルノンである。
「思念体でありまする。魔力が集まり意思を持ったもの、と言えば伝わりましょうか」
「霊体系魔物と同じようなものか?」
「精霊も霊体も、元をたどれば人や動物の出す感情の波でありますからして、その認識で間違いないでしょう。中でも怒りや憎しみといった感情がアストラルと化して人を襲うようになるのです」
なるへそ。
俺はポエさんの背中をなでた。
「じゃあ、お前を出荷したら最悪祟られるってわけだな」
「黒き友のあるじよ、悠久なる時をともに紡がん」
「末永くよろしくってことか?」
「ぶう!」
「おう、よろしくな!」
俺はポエさんと握手しておいた。
さて、と。
「で、クロ。このあとは何をする予定なんだ?」
「寝まする」
「また寝るのかよ……」
密着しがいのない取材対象だ。
しゃべる豚を取材したほうがいい記事書けそうだ。
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