湖の思い出
この作品は果たして恋愛タグでいいんだろうか。
恋愛未満な気がしてなりません。
馬車での移動から、馬に変わったのでノヴァはご機嫌だった。
ロゼは馬に乗ったことはなかったけれど、動物は好きだ。
なので、すぐに馬の乗り方を覚えてついていけるようになった。
「ロゼ、もうすぐでシャスター侯爵領に入るよ」
もう少しすれば陽が落ちる。
夜になる前でよかった。
「侯爵の領地の館があるはずだ。確かシャスター侯爵の父親で、前侯爵がそこにいる筈だから、話を聞こう」
シャスター侯爵領、ということにロゼは少し引っかかっていた。
どうにも彼に縁がある。
悪い人ではないので、嫌なわけではないけれど。
「うーん、元侯爵様かー。ノヴァだけで行くのはダメ?私場違いなんだよねー…」
それを聞いてノヴァが苦笑する。
「前侯爵もとてもいい方だよ。祖父、父の代で宰相を務めた名臣なのに、とても心優しい領主でもあったらしい。きっとロゼの事も気に入るよ」
「…なんか、ノヴァの話を聞いてると世の中みんないい人に聞こえる…」
そんなわけない、と世間知らずのロゼだって知っている。
それでも常に王族から高評価を抱かれるシャスター侯爵家は相当凄いのだろう。
「基本的にうちの国は皆いい人ばかりさ。上層部がしっかり睨み利かせているからね」
つまりは、上がしっかりすれば、その分下も不正や野心を育てられないということだろう。
その上層部の一角を担っているのがずっとシャスター侯爵家らしい。
本来ならば公爵になってもおかしくないのだけれど、驚いたことに一度も王家と婚姻を結んだことはないらしい。
「それでも所詮私は庶民で魔女だからねぇ。やっぱり宿かなんかで待ってた方が…」
そう言って断ろうとすると、ニッコリ笑顔のノヴァが言う。
「大丈夫だから。行くことは確定してるからね」
拒否権はないのか、と思わずロゼは呟く。
短い付き合いだが、意外にノヴァは頑固だということをロゼは知っている。
領主の屋敷がある街は、賑やかな場所だった。
着いた時間は陽が落ち始めていたが、人々が市場を行き交い、笑顔にあふれていた。
「うん、いい街だね。収めている者の優秀さが見える」
名君なのは間違いないのだろう。
領主の屋敷は小高い丘の上にあった。
そこに登っていくと、街の少し先にある湖がキラキラ夕日を反射させた。
侯爵という身分を持つ一族の屋敷としては、とても質素なものだった。
王都の屋敷と同じなのは、屋敷の周りが綺麗なバラで囲わられているところだ。
「シャスター侯爵家の人たちはバラが好きなのかな?」
様々な色のバラが咲き誇っている。
どれも手入れが行き届いていて、見事としか言いようがない。
「さぁ…それは聞いたことがないけれど。でも私はバラが好きだよ」
ね?と聞いてくるノヴァは、確かに男性だがバラに見劣りしていない。
何というか、女としては複雑な思いに駆られる。
二人はそのままバラのアーチを潜る。
王都のシャスター侯爵邸の作りと似ているが、それとは違いどこか懐かしい気がする。
ノヴァがシャスター侯爵家の家令と話すと、家令は驚いたように慌てて中へと消える。
国の第一王位継承者がいきなり現れれば無理もあるまい。
戻ってきた家令は平伏して、二人を中へ通した。
「これはこれはノーヴァリス王子殿下。触れもなしに来られたと聞いて、耳を疑いましたぞ」
中で待っていたのは、初老の男性だった。
だが、どこかシャンとしていてまだまだ現役といったようだった。
そしてシャスター侯爵によく似ていた。
「すまないね、シャスター前侯爵。少し込み入った状況下だったから、連絡より先に私たちがついてしまったよ」
平然と言うノヴァは、やはり王族なんだなぁとロゼとしては再認識する。
ちらっと、前侯爵はロゼを見る。
「…して、王子が急に我が屋敷を来訪した理由をお聞きしても?それに、こちらの女性は?」
「もちろん、貴方に隠し立てすることなど何もないのだから」
ノヴァは事の成り行きを全て前侯爵へ打ち明けた。
それだけ、前侯爵を信頼しているというのが分かる。
聞いているうちに、前侯爵の顔色・表情が険しいものへと変わる。
何かある、とまでは思っていたが、国家のピンチ、とまで予想はしていなかったのだろう。
「そんな…国王陛下や王妃様まで…」
全て聞き終えて、前侯爵の口から悲しそうな声が出た。
忠臣というのは本当なんだろう、野心があるものではこんな言葉はきっと出ない。
「今はシャスター侯爵が中心となって政治を支えてくれている。だが、そんなに長い猶予が残されていないのも事実だ。私はロゼと一緒に原因である魔女の元へと向かっている最中なんだ」
そこで紹介されて、ロゼは急いで椅子を立ち、軽くお辞儀する。
「ロゼッティ・ルボワと申します。魔女見習いとして、ノーヴァリス王子殿下と同行しています」
ノヴァの事を畏まって言うのは何だか変な感じだ。
だが、ここで愛称を出すのは違うだろうと流石のロゼにも分かる。
「魔女…か。まさかこの国に再び魔女が厄災を招き、また別の魔女の力を借りることになるとは…」
いっそ呪われてる気もしないでもない。
心の中でロゼは前侯爵に謝った。前回も今回も、厄災を招いたのはロゼの親戚だ。
というか、母と伯母。
「ロゼはとても良い魔女だよ。私に助言をくれるし、何よりも得難い友だと思っている。この国とは関わりはないのに、私に無償で協力してくれている。魔女に対抗できるは同じ魔女だと言ってね」
得難い友、と言われてロゼは真っ赤になる。
友だち、と言われるだけでも嬉しいのに、そんな風に言われると逆に照れてしまう。
「そのように思える友ができたのは喜ばしいことですな。しかし、二人旅とはまた…」
一応ミラもいるのだが、伝説級の魔道具を出すのはあまりよくないだろう。
鏡、というと、この国の人々の中でまだセビリアーナの影が濃いだろうから。
「何せ真紅の魔女プレシアスに、多勢は無意味だからね。寧ろ治安に回ってもらった方が国の為さ」
ノヴァの王族としての力強い言葉に、前侯爵も納得するしかなかった。
「実は、ロゼの母君がこの領内に以前来たことがあって、魔道具や魔導書を隠したと教えてくれてね。プレシアスに対抗するため、それを探しに来たんだよ」
ノヴァが本題を切り出すと、前侯爵は不思議そうな顔をする。
聞いたことがなかったのだろう。
「だから、明日からこの領内を探す許可が欲しいんだ。勝手に色々するわけにもいかないしね」
その点、領主様のお墨付きならば領民たちも納得しやすいだろう。
因みにセビリアーナは隠したことを先日まで忘れていたこともあり、隠し場所までは思い出せなかった。
長年生きている弊害がここに現れた。
湖の側だった気がするという曖昧な情報だけで、明日は宝探しだ。
「それは勿論ですとも。…しかし、ここは特に特色もない田舎ですからなぁ。そういった類のものは私も聞いたことがない」
そう言われて、ロゼは心の中で「そうだよねー」と呟く。
寧ろ湖に沈んでたらどうしようという心配もしている。
何せロゼは、炎と闇の魔法が得意で、水の魔法は苦手なのだ。
「湖を探されるのでしたら、街の外れにボートの管理人が住んでおります。湖の事なら彼に聞けば詳しく聞けるでしょう」
何という良い情報。
早速明日になったら、そのボートの管理人のところへ行くことに決まった。
そして前侯爵のお言葉に甘えて、今日は屋敷に泊めてもらうことになったのだが。
王都の屋敷と同じように、ロゼを悲劇が襲った。
「さぁさ、お嬢様。湯浴みに参りましょう?」
「ほら、お召し物はこちらへ…」
お嬢様扱い、再びである。
「いや、庶民ですからお構いなくっ!!」
ロゼがそう言って全力で断るが。
「そんな!シャスター侯爵家では接客がまともにできない、と噂されても困ります!というか、普段若いお客様が来られることが殆どないので寂しいので色々いじらせてください」
「本音出てる!!本音出てるから!!!」
本気のメイドさんたちに敵うわけなく。
着てるもの全て剝ぎ取られ(まさしく剥ぎ取られた)、お風呂に入れられた。
前侯爵の奥方は亡くなられて久しく、現当主に子どもどころか奥方もいない。
シャスター侯爵の兄たちはたまに訪れるものの、子どもは全員男らしく。
つまりは、華がないのです!とメイドさんたちは嘆いた。
パーティをわざわざ開くこともなく、静かに隠居している前侯爵に対して文句はないが、
自分たちの力を遺憾なく発揮することができるこのチャンスを逃してなるものか、という状況らしい。
「この国のメイドさんたちは何かがおかしい…」
ついロゼがそうやってぼやきたくなるのも無理はなかった。
でもまぁ、実害が(あるけど)あるわけではないので、ロゼは諦める。
せっかくなので、情報収集をすることにシフトチェンジした。
「あの…、街の外れにある湖について、何か知りませんか?」
ロゼがそう問うと、おしゃべり好きなメイドさんたちは待ってましたと言わんばかりに話し始めた。
曰く、この街随一のデートスポットで、若い男女に人気な場所だとか。
この辺の人たちのプロポーズの場所としても有名らしい。
というか、湖とこの領主の屋敷のバラ園(庭園はなんと領民が自由に出入りできるようにしているらしい)くらいしかスポットがないくらいの田舎なんだとか。
それでも安心の治世をしてくれるこの領が一番いいと付け足された。
「あら!お嬢様、明日連れの方と湖に?素敵な思い出になりますわね!」
装備はスコップと汗拭きタオルですが?と言いたくなったがやめておいた。
ロマンスの欠片もあったもんじゃない。
「そういえば、フラン様も昔よくあの湖に行かれてましたわね…」
メイド長が思い出すように言う。
「フラン様って…今のシャスター侯爵?」
ロゼが聞くと、「えぇ」とにっこり笑って答えてくれる。
「フラン様は絵を描くのがお上手でね。よく湖の絵を描かれていましたわ。それに…」
懐かしい、遠い目をする。
「昔、フラン様がとある女性を助けたことがありましてね。傷ついた彼女を癒そうと、あの湖に連れ出していましたわ」
その言葉に、ロゼは「おや?」と思う。
確か、王都の屋敷でもそんな話を聞いた。
侯爵様の、密かな恋話。
「でもその人、いなくなっちゃったんだよね?王都のメイドさんも言ってたよ」
メイド長は少し寂しそうな表情を見せる。
「えぇ…ある朝急に。フラン様はそれを承知だったみたいで、全てを納得されているみたいでしたわ」
そして、決して誰かに恋したりせず、侯爵位を継ぎ、国の為に尽くしてる。
それは一種の誓約の魔法みたいだ。
だけどそれよりも。
「…そんな悲しい恋があった場所なのに、デートスポットなんだねぇ」
思わずそう突っ込みたくなった。
「いえいえ、あの堅物のフラン様が常春の笑みを浮かべて女性をリードしていた場所だからこそ、デートスポットになったと言っても過言ではありませんわ」
ツッコミに対して、きっぱりとメイド長は言い放った。
ロゼはそっと心の中で「自分の主人を堅物扱いかい」と毒づいた。
ともかく、明日は宝探しを頑張ろう、ロゼは心に誓うのだった。
伏線とかが苦手なので、特に捻くれもない展開ですよ!




