<閑話3-1> 「奴隷王物語 (前編)」
最新の本文修正日は2015年1月14日です。
昔々ある所に、虐げられていた奴隷の中で『隷属の首輪』の頚木から開放される為に立ち上がった男が居た。
その男はアラレスティ王国建国から続く奴隷の体と精神を縛る『隷属の首輪』を外す方法を見つけ仲間を募り、アラレスティ王国の直轄領地の各地で反乱を起す。そして、次々と主要都市を落とすと、奴隷にされていた人々を解放して行く。
しかし、解放された奴隷とは裏腹にいままで自分達を虐げていた貴族や主人、それに奴隷を生業にしていた奴隷商人を捕まえては自分達の代わりの奴隷にしていく事になる。
外された隷属の首輪の変わりにその男が作ったといわれる新しい首輪『服従の首輪』を手に、今度はアラレスティ王国の王都を目指して進軍していた。
この男の名はスルマーダという。聞く所によるとスルマーダと呼ばれた彼は創世大陸の北方に位置する国の出身で、ある商家の裕福な家族の元に生まれ、家族共々敬虔なアーベ神教の教徒であった。
そのスルマーダに手を貸した集団が在ったという話は当時の占領された王都や各主要都市に住んでいた住民の証言により明らかである。その時、我々の国王陛下はその集団が崇拝する神の名の下で処刑されたという。
その神の名はアーベ神。彼らはそのアーベ神を信仰するアーベ神教と名乗る集団であった。各地でスルマーダが叛乱を起せた理由にその彼が教徒になっていた宗教の力を借りた事があげられる。アーベ神教の教徒は自分達の教義を広げる為に叛乱を起した奴隷達と手を組んだのだ。
これから語られる話はそんな彼らが行ってきた事を周辺の者による証言から導き出された話である。
ここにその証言と見聞きした事を記する事にしたのは今後このような事が二度と起こらないように人々に伝えなければならないと決心したからである。
我が名はガイセウス。アウタルス王子殿下の一番の家来でこの「奴隷王事件」を終始、王子殿下と共に行動して、このアラレスティ王国人民を解放した一人でもある。
巷には一番活躍したのは名無しの「勇者」とか、人前に出るのが嫌いで人見知りの「賢者」がという輩がいるが、一番活躍したのはこのガイセウスである。
☆ ☆ ☆
ちょっと待て、このガイセウスって確か間抜けな奴でアウタルス王子が大森林で命を助けた奴の事だよね? そんな疑問を持った俺は移動日の馬車の中である本屋で仕入れた本の三冊の内、その一冊を手に取って読み始めた所であった。いい加減あの大陸消失事件の自慢話に飽きたからでもあった。
ジョルジョネ大尉が知り合いの森人の話を聞いて書いたという絵本を先に読んでいた為に改めてこの本を読み始めた時に疑問が生じる。しかし、昔の人間が書いた話で当時の人によって聞いた話や語り継がれた話は変わって行く事は今も昔も、それに異世界だって起こりうる事で不思議ではない。
それにしても「救国の勇者」が名無しの勇者に「救国の大賢者」が人見知りの賢者か、実際に会った事が無いから分らないけど‥‥‥。それにしても酷い言い方に呆れてしまう。
それに皆が奴隷王と呼び捨てにしている人物の名前が知れただけでも良しと思い、これは新たな話を読むのだと、自分に言い聞かせてこの話の続きを読む事にする。
☆ ☆ ☆
自己紹介で話がそれてしまったが、その宗教のアーベ神教とはアラレスティ王国が建国する以前から創世大陸にある宗教であった。
元々古くからの土着のさばざまな神を信仰していた創世大陸の人々であった。それは創世大陸には魔法術があり火、風、水、土の4つの属性によってそれらを守護する神々がいたとされているからである。
アラレスティ王国がこの地に建国して五百年程たった頃に創世大陸ではそれら幾多数多の宗教を統合していった集団が台頭してきた。その名をアーベ神教という。
そのアーベ神教はアラレスティ王国が建国した頃に教祖が創世大陸のある地方都市周辺住民に広めたとされている。その教祖は今までの魔法術に変わる新しい術である聖法術の使い手でもあった。
その聖法術を使い、魔法術には無い傷や病気を癒す生命活性術などの聖法術を使い信徒を徐々に増やしていった。
その宗教の教義にはアーベ神は人々を癒すと共に人の死後、人から抜け出る魂を救済する。そして、救済された魂はアーベ神の世界に行き、幸せに暮らせるという。
更には現世で「徳」主にアーベ神教信徒になり教会に尽くすなど、その「徳」を積むとアーベ神の世界に召されて使徒になれるという。使徒になると人々の元に降臨し、この世界各地の土地神になれるという。
アーベ神教はこういった教義で信徒を増やし、教会支部を新たなる土地神が光臨して元から居た土着宗教の神を置き換えていった。
因みにアーベ神教には信徒以外の者や徳が少ない者は死後の魂は地下深くの燃える土の中で永遠に焼かれると説き、アーベ神教に改宗したり徳を積む努力をした子孫によってはアーベ神は慈悲の心を持って使徒を遣わし先祖を救済してくれるという、そんな宗教であった。
聞く所によるとスルマーダとその家族は敬虔なアーベ神教教徒であった。当時、その国の国王が代替わりしてからアーベ神教が禁止される事になる。
何故そのような事になったかは遥か創世大陸の向う出来事で窺い知る事はできないが、裕福な商家の出を考えると、その王国でも権力争いの結果代替わりした側の勢力が相手側の権力を追い落とす勢力争いのような物が遭ったに違いない。
その為、彼を含むアーベ神教の教徒は迫害される。迫害されるといっても殺される事は無く、奴隷として彼を含む教徒は奴隷商人に売られる事になる。
しかし、教義を広める中心人物は必ず惨殺されたので迫害されたといって良いのかもしれない。その彼の両親は迫害された人々の中にいた。
彼はその時、奴隷用に用意された荷馬車の鉄格子の中から両親が殺害される様子を見たとされる。後に彼はこの時、両親から衣服や財産を剥ぎ取り、その金勘定をしていた貴族を恨む事になる。いや、そこにいた貴族だけではなくその背後に居る王族も恨んでいたとされている。
そんな彼は何度も奴隷商人に転売されて流れ着いたのはアラレスティ王国のとある都市だったといわれている。当時もアラレスティ王国はアラレスティ大陸を開拓している途中であり、奴隷から平民に至るまで多くの人手を欲していた。
流れ着いたスルマーダは何年かを大陸の開拓に従事する。そんな中、スルマーダは同じ奴隷の中に自分と同じアーベ神教の教徒と出会うことになる。
彼の名はナキリシスといって、その彼はアラレスティ王国で生まれ育ったアーベ神教の教徒だと言う事であった。そんな事でスルマーダとナキリシスは同じ教徒という事で同じ仕事を一緒にこなすことになる。
そんなある日、偶然にも隷属の首輪を外す為の術を発見してお互いの首輪を外して逃亡する事に成功する。
これには諸説あって、ナキリシスは魔法術と聖法術の専門家で解術を研究していたとか、スルマーダがアーベ神教の使徒様から隷属の首輪を解く方法を授かったなど嘘か真か分らない話まである。
真実は両者が死亡してしまった為に明かされる事はない。しかし、その両者が奴隷から脱走したのは事実である。それに彼らを匿ったのはアーベ神教の教会であった事や、彼らは教会に匿われて力をつけていたのも事実である。
その前に説明しなければならない事が有る。そのアーベ神教なる宗教はアラレスティ王国が建国してから200年ほどしてからこのアラレスティ大陸に入ってきた。
当初は土着宗教を全否定していた為、各地で問題を起す宗教であった。終いには我がアラレスティ王国の建国の守護聖人までも全否定し始めて、一時はアラレスティ王国では禁忌されていた宗教でもあった。
しかし、近年はもっぱら聖法術を前面に出して、傷ついたり病に冒された民衆を癒す、療養所のような所となっていた為に王国はアーベ神教の教会を築くことを許している。
その為、中には逃亡奴隷や犯罪者が隠れ蓑にしてその教会に巣くっているという噂が在った。そんな教会にスルマーダとナキリシスは逃げ込んだといわれていた。
教会に逃げ込んで牙を研いでいたスルマーダとナキリシスはある日、王国に牙を剥く。王都周辺の主要都市数箇所で隷属の首輪をしていた奴隷が一斉に蜂起したのだ。
最初は小さな火種であったが、当時の王国でも奴隷に対しての処遇は奴隷王事件以後とは比べ物にならないほど劣悪であった。その為かスルマーダに同調した奴隷は各地で領主や守備軍を打ち破る事になったようだ。
しかし、不思議な事に他国との国境付近の領地には一切手を出す事は無かったとされている。なぜか王都の周辺の主要都市ばかり選んで叛乱を起していたようだ。
その頃アウタルス王子一行と我輩ガイセウスは、王国領以外にも未開の地を転々としてアウタルス王子に味方する人々を集めていた。
それは偉大なるアウタルス王子の先見の明というか、まるでこの事件が起こる事を予測したかの如くの行動であったと我輩は思う。
またまた話がそれてしまったが各地で反乱の火種が燻り出すと、当時の国王陛下は奴隷の叛乱だと軽く考え鎮圧部隊を小出しにした。結果、全て撃退され勢いに乗った元奴隷達は直轄領内の各主要都市を占拠していく事に拍車が掛かる。
国王陛下は王国直轄領地外周部の貴族領主軍を当てにしようとしたが国境付近はきな臭くなる。国境付近の領地内では不思議な事に奴隷の叛乱は起きていなかったが、国境付近でこちらを窺う軍隊が集結している情報が飛び交い領主軍は国境警備の為に動けないでいた。
そんな中、周辺に斥候を出していたある部隊から報告があがって来る。王都に約一万五千の軍隊が向かっているとの事であった。
連日王都の会議場では占領された都市を奪還する為に大部隊で一気に攻め立てるか、周辺の領主軍の集結を待ってそれまでは篭城するべきだという意見で真っ二つに分かれていた。
その中での斥候の報告である。当然打って出るという意見が多数を占める事になる。それに未確認では有るが叛乱の首謀者である人物が先頭に立って王都に向っているという情報も上がっていた為に、国王は賭けに出ることになる。ここで一気に首謀者を抹殺してしまえば各地の叛乱も下火になると考えたからであった。
この時、王都でかき集められる軍隊は四万強、防備は薄くなるが腐っても王都。城壁は5重で外側には深い堀に水が張ってあり、門扉も跳ね橋式で頑丈である。
その4万強の中には戦奴隷も多く含まれていたが、この時誰もその事に異議を申し立てる物がいなかった。
それに2倍半近い戦力で包囲殲滅すれば勝てるし、たかが奴隷の軍隊である。重臣達も納得して打って出る事を了承したようだ。
当時皇太子として君臨していた第一王子を歴戦の将軍達の頭に据えて、誰もが勝利を確信し、皇太子軍が勝つと思われた。
よく考えれば分る事だが、今回は奴隷の叛乱である。王都にも沢山の奴隷が居たのである。当時『隷属の首輪』は絶対であり、所有者に対して絶対的な服従をするように魔法術がかけてあり、解除は所有者以外不可能であった。
その事が頭の中にあったのか何故奴隷が反乱できたのかは深く詮索されていなかったのも問題ではあった。
反乱軍が王都近郊に出没したという報告を元に四万の皇太子軍が王都を後にし、陣形を整え叛乱軍と対峙している時それは起こった。
最初は、双方の特使が両軍を挟んだ間に出てきてそれぞれの口上を述べ合う。
「今、王都を放棄すれば、王族、貴族共々見逃してやる。さっさと尻尾を巻いて逃げるが良い」
「何を言っている下賎の者が!! お前達の方こそ即刻武装を解除して元の奴隷に戻れば命ばかりは助けてやるぞ!!」
その口上は売り言葉に買い言葉であった。双方の話し合いはお互いを罵る形で物別れになる。お互いの特使が両陣営に戻ると怒号があがる。
先に動き出したのは数で優勢な皇太子軍であった。皇太子は先ずは戦奴隷を前面に出して攻めさせる。
千人の集団の塊が十個に分かれて二段、全二十個二万名もの集団が反乱軍に向って進む中、五千の石弓部隊が戦奴隷と反乱軍を睨む。
戦奴隷は粗末な木製の丸盾に青銅製の片手剣を持たされ前に進む。何故だか進撃速度は遅い。号を煮やした皇太子は反乱軍の側面から騎馬で襲い相手の陣形を乱す為に命令を下す。命じられた騎馬三千は大回りして反乱軍を奇襲する為に皇太子達の陣から離れてしまう。
ようやく戦奴隷達が反乱軍の前面に到達して戦っている風景を確認すると石弓の部隊に命令を出す。射程ぎりぎりまで近づいた石弓兵は前にいる戦奴隷達にお構いなく弓を弾こうとした時に異変が起きる。
先ずは戦っていると思われていた戦奴隷達の様子に異変が起こる。それに伴って空の彼方から見た事も無い魔法術と思われる火球が石弓兵の一団に降り注ぐ。そこに居た五千ほどの石弓兵達は砂埃と爆音の後には全て消え去っていた。
慌てた皇太子はこちらの宮廷魔法術使いを繰り出して反撃を命じるが、彼らの射程範囲外からの攻撃だとして彼らの動きは鈍い。それでも攻撃せよという命令の為、彼ら宮廷魔法術使いも前面に出て魔法術を放つ為にその陣を離れる。離れた途端に彼らの射程外の火球によって宮廷魔法術使いも粉砕される。
そうしている内に前面に出ていた戦奴隷の集団が皇太子の陣に向ってくるではないか。最初は敗走してきたかと思われたようだ。その戦奴隷達の後から反乱軍が責めてきたからだ。体制を立て直す為に陣を後退させようという部下達や歴戦の将軍達の進言を無視した皇太子は側面に回った騎馬を当てにしていた。
皇太子は騎馬が奴らの伸びた陣形の側面を付けば形勢は逆転出来ると思っていたし、敗走してきた戦奴隷達を一時後ろまで下げて再編成してまた前面に出せば数で押し返せると考えていたようだ。
逃げて来た戦奴隷達を順次後ろに下げさせ、前面に正規兵の重歩兵を出す指示を出す。その間にも大回りした騎馬が上げる土煙が反乱軍の側面を突くべく突進して行く。しかし、彼等騎馬軍団は反乱軍の側面に達することなく石弓兵が消し去った同じ方法で消える事になる。
その事に気が付かない皇太子は目前に迫ってくる反乱軍に対処する為、歴戦の将軍が指揮する重歩兵に視線が行っていて周囲の異変には気が付かなかったようだ。
それは、重歩兵が上手く突進してきた反乱軍を抑えていたからで、それに彼らと近接すればあの訳が解らない魔法術も使えないと考えていた。
ようやく異変に気が付いた時には、伝令が皇太子の側に来て報告した時であった。一時背後に退避させて再編成していた戦奴隷達が行き成り隷属の首輪を外して自分達を後ろから攻めて来たという事であった。
それを聞いた皇太子と側近は顔が青くなる。直ぐにこの場から退避する為に手勢を含めて騎馬に跨る。こうなると前線を支えていた重歩兵も動揺が広がって来て、各所で反乱軍に敗れて前線に綻びが出てくる。
半日も経たない内に皇太子軍は崩壊する。4万以上いた兵士の内、半数は反乱軍に寝返り、残った半数は各所で撃滅されてしまう。それでも生き残った幾人かは自分の領地に逃げ帰る為にこの戦場を遁走したようだ。
命からがら逃げていた皇太子は王都の城門に辿り着いた時に絶望する。中から反乱軍が出て来たからだ。王宮は反乱軍、元奴隷であった者が占拠していて各役所や近衛軍本部までも占拠されていた。
皇太子と国王陛下は共に奴隷共に捕らえられて一時幽閉される。しかし、王都を完全に占拠した反乱軍によって衆目の中、何故だかアーベ神の名の下に斬首される。
多くの住民や隠れていた貴族がそれを目撃していたという。それから、敗走する貴族や民衆は捨て置かれ、続々と王都には怪しい集団が闊歩する事になる。
結局、叛乱から半年近くで王都を含む周辺直轄領地を掌握されてしまう。そして、なんと叛乱の首謀者の奴隷スルマーダが王を名乗り、高級貴族を含む貴族、奴隷商人、旧所有者共に新たに魔素術で構成された『服従の首輪』付けさせ、今までの借りを晴らすべく虐げた。
だが、所詮元奴隷である。そもそも国の運営なんて無理であった。徐々に民衆の不満が募り爆発寸前になりつつあった。
そこで登場するのが我が第六王子アウタルス王子殿下で在らされる。アラレスティ王国の国王継承権を持つ最後の生き残り、年は18歳にて聡明で利発なこのお方は、偶々国内視察旅行で王都直轄領内に不在であった。
ここで説明するがアラレスティ王家では15歳で成人とし、成人の儀が終わりしだい国内視察旅行に行くのが慣例であった。旅行といってもただ遊び歩いてる王子も居れば、民衆の生活に触れ今後の政治に活かそうとする王子もいたが、第六王子アウタルス王子殿下は後者であった。
そこには我輩ガイセウスも付き添いアラレスティ王国各地の領主との顔繋ぎや各先住民族の集落を訪問したり、各地住民の生活を3年近く体験して行ったのである。大陸の領地を西回りに周回し旅は続くが王国の情報を仕入れる為にあと少しで王国直轄領地に到着する予定であった。
アウタルス王子殿下が出発した時には我輩はいなかったが、当時5人程度の従者や護衛であった。王国の情報を手に入れる為に寄ろうとしていた王国直轄領地の手前の集落ではすでに百人近い従者や王子を慕う者達、旅の途中で家来にした名無しの勇者、人見知りの賢者を従えていた。
あ~、ここで名前が無いのは我輩に口止めされているからである。名前を書くとどんな仕返しがくるか分らないから、敢てここでは名前を省く事にする。決して勇者や賢者が恐ろしい訳ではない! 名前を出さないでくれと頼まれたからである。
そのアウタルス王子殿下を慕う者の中には領主の子弟、先住民の戦士や族長の子弟が多数いた。
そして、王国直轄領地の手前の集落に着いた我輩ガイセウスを含む一行は幹線道路にあふれかえる避難民を目の当たりにし、周辺都市の異変に気付く。
避難民に話を聞いた我輩は耳を疑った。それに他の従者が見聞きした話を合わせてアウタルス王子殿下に報告すると皆同じようにその報告に対して耳を疑った。
ついに集落に滞在して1月半後、国王陛下の崩御と第一王子、皇太子殿下の死を知る。直ちにアウタルス王子殿下は王位継承を宣言し、各領主や先住民集落に手紙ハトゥーで叛乱の全貌と前国王陛下の死、自分の王位継承の支持をする事と、領地の保障、返信の為の手紙ハトゥーの使用方法などを記し送ったのである。
これは人見知りの賢者が考えた遠くにいる相手に対しての新しい術の一つであった。その名を魔素術という。その仕組みは我輩には難しすぎて分らないが、大変便利で使い勝手が良く魔法術よりは段違いに性能が良いとアウタルス王子殿下は仰っていた。
その手紙ハトゥーを送った相手は最初は疑っていたが、手紙ハトゥーを貰った領主達も何度かやり取りしている内に信用して領主軍を派遣してくれるようである。
決め手になったのはなぜかアラレスティ王国国王の印綬である。王都陥落で行方不明になってたものが、なぜかアウタルス王子殿下の手の内にあった。ここまで王都を占拠されてから2月半、当時にしては驚異的速度である。
印綬が何故アウタルス王子殿下の手元にあったのか不思議に思った我輩ガイセウスはその時殿下に聞いたことがあった。「それは秘密」と一言だけで我輩にはついに教えてくれることは無かった。あ~、これが我輩の疑問の一つとなる。
この時点で不思議な事は多数あった。一つはスルマーダがどうやって隷属の首輪を解除する方法を見つけたのか。次に皇太子軍を打ち破った謎の魔法術の火球である。更に反乱軍を支えた資金力である。
軍は飯を食わなければ動かない。毎日飯を食う兵隊がどのように食事をしていたのか疑問である。それは我輩を含むアウタルス王子殿下ご一行もご多忙に漏れず苦慮したからだ。仲間の先住民共は勝手に狩りをしてきて飯を食うから良いが、我輩を含む人族はそういう訳には行かない。
しかし、アウタルス王子殿下の人徳の賜物のお陰か王都奪還が始まってからはそういう事に悩む事が無くなった。そうである、高々百名の人員でも困窮するのに王都付近に集結した一万五千名もの兵隊を養うには相当の物資が必要である。その物資を賄うにも金は要る。
まあ、周辺の領地を荒らして王都に向ったらしいので後先考えない反乱軍は略奪したり、援助を受けていたアーベ神教の教会から支援を受けていたのであろうか?
その三つの疑問に新たにこの印綬の話である不思議な事が次から次へと起きる。これ以降も話しは続く。
次話へつづく
次話は3/9日曜日の昼頃に投稿する予定です。




