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奴隷から始まる異世界旅行記  作者: 三之山勝
《 第3章 平穏な日常に飽きてくる年季奴隷 》
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<3-14> 「読書する年季奴隷  (中編)」

最新の本文修正日は2014年12月17日です。

 馬車村で給料日に暇つぶしの為に買った3冊で銀貨5枚もした本の一冊を読み始める俺ですが、いままでこういった心に余裕がなかった事を改めて思い知る。


 荒野で倒れ、奴隷になって。魔獣に追いかけられたかと思うと、病気になったり。結構、予定が立て込んでいて心安らぐ一時に、ある意味飢えていたかもしれない。読書とはそんな安らぎの一時である。嗚呼、プイホンさんい癒される時間は別腹ですよ?!



 そんな読書で衝撃的な過去の出来事を知ってしまった俺はこれから向うその貿易都市ゴルムディアが一体どんな所か胸が膨らむ。まだこういう時間がありそうなので、もっと詳しく読んで見たいと思う俺であった。






 次の日の朝に何時ものように早朝の軍事訓練を横目にこの前の対戦のイメージを膨らませながら一人稽古をしていると、二対一で赤い服の3人が対戦する風景を目撃してしまう。


 一人はアミュネス少尉で二人はこの隊にやってきた中尉達で薙刀と槍を使っている二人である。彼女達は頭が切れるが武道は人並みのようで一人のアミュネス少尉に軽くあしらわれている。いや、アミュネス少尉が出来るお人なんだよね?


 そんなアミュネス少尉はジョルジョネ大尉に軽くあしらわれる。そのジョルジョネ大尉は次にユロジェン少尉と、もう一人の中尉で大剣を振り回す二人も同じように軽くあしらう。



 そんな風景を横目に見ながら、俺はこの前の動きを復習する。ふと、思う。「ジョルジョネ大尉とメルディム護衛分隊長がやったらどっちが強いのかな?」


 そんな疑問が浮かんで、色々想像したが素人の俺が想像することなどできない。そんな事を考えながら、この前のように3人の彼女達が俺に矛先が向けないように俺はこっそり練習をする。



 5人の肩慣らしが終わったようで、朝の爆音大会が始まる。大尉を先頭に皆一様に違う魔素術を見物することが出来る。火球であったり投槍が地面に刺さって土ぼこりをあげるのは良く分らない。ユロジェン少尉は両手の剣を交差させて振り下ろすと、見えない空気の塊のような物を目的の地面に叩きつけていた。


 薙刀を使う彼女は火球というか火の弓矢のような細長い火矢の魔素術を放つ。槍使いさんは地面を耕すが如く土の突起が草叢を揺らして2m程の高さで次々に連続して目的の距離まで突き上げる。最後の大剣彼女は水の矢を広範囲にばら撒くが如く打ち放つ。


 まあ、色々と攻撃方法があるのは良いのだけど、皆さん他人の土地を荒らした跡をきちんと後始末して欲しいものだと思うよ。


「見てよ、この荒れた大地を」


 そう呟いた所で誰一人興味がないように後始末をしないまま、朝飯を食べるようです。半分呆れながらそんな様子を見ていた俺であった。



 移動の準備が出来ると皆一様に配膳の列に並ぶ。あれ? この土地って所有者はいないのか?


 村と村の間の土地って荒野以外はこういった草叢が多いけど‥‥‥。分らない。


 果樹園は広大な広さがあって見渡す限り果樹が整然と並んでいたが、境界のような草叢があってそれからは線を引いたように開墾はしていなかった事を思い出す。


 良く分らないまま朝飯と薬を飲んでしまう。支度をして指揮車に乗り込むと、今日も同じメンバーで出発前の発送作業をやっている。


 それを尻目に俺は日記を付ける。ついでに彼女達に算術を教える為にわら半紙に問題を書いてしまう。今日は桁を多くするより問題数をこなす為に何時もより多くの問題を書き込む。


 そして、彼女達が問題の多さに発狂することなく、俺の計算が終わると同時に彼女達も終わったようだ。それを添削して花丸をつける。結構計算に慣れてきているようで、俺が何時もやる集計表の横の計算は殆ど埋まるようになっていた。


 まあ、確かめをするので何時もと変わらない時間になってしまうのだが。これで算盤を覚えちゃうと俺はお役ごめんなのかなと。一回目の馬車の休憩時間になり道具を片付けていると、彼女達はこの馬車から出て行ってしまう。俺も出ようとすると大尉から呼び止められる。




 「また、余裕が出来始めてきたから、一時ほど付き合うよ」




 ジョルジョネ大尉はそんな事を言ってくる。そんな事を突然言われても困ってしまうのだけど、話をしてくれるのなら遠慮はしない。昨日読んだ「大陸回廊消失事件」の話をする。


 「あの~。昨日『大陸回廊消失事件』と、いう本をざっと読んだのですけど。あれって真実ですか?


 まあ、陸地が沈む事はそんなに珍しく無いのですが、その最後の方に書かれていた魔人族まびとぞくの事なんですけど‥‥‥。あっ、いや。軍機なら良いのですけどね」




 「へ~、村の本屋で手に入れたのか?」




 「はあ、そうです」




 「あれは、ゴルバンだとかドルバンだったかという書記官が残した日記を本にしたものだ。まあ、大半はそいつの自慢話なんだが、教訓を広める為に広く世間に広まっているようだ。


 まあ、何れ知ることになるから話すけど、その消失した回廊大陸の先を俺らは暗黒魔大陸と称している。そこの住人に魔人族という種族が住んでいるといわれている。いわれているというのは噂だという事で人族でその事件以降その土地に足を踏み入れたのは、とある貿易商というか探検家のような人達だといわれている。


 その前にいにしえより海運は出来ないと書いてあっただろ? それには理由があるのだけどな。昔から海を渡るのは命がけなんだ。創世大陸からアラレスティ大陸に渡ってくる航路も一つしかない。それも海に住む海人族あまぞくという陸地と海の仲介者のような種族がいてね。その彼らの力を借りて辛うじてその二大陸の航路を維持している。


 他の航路も、その海人族に頼めば良いじゃないかと思うけど。その海人族にも縄張りがあってな、気軽にその縄張りを越えて海を旅する事は出来ない。海人族の中にも人族を毛嫌いしている者が多数居るし、その海人族でも敵わない海の魔獣『海獣』が所々に出没して、安定的な航路を作れないでいる。その現状が今も続いている。


 それでな、その冒険家のような商人が奴隷事件後にその海を奇跡的に渡ってその暗黒魔大陸に渡る事が出来たそうだ。どういう接触をしたのかは良く分からないが、そこに住んでいた魔人族と交渉をして、アラレスティ王国と交易を行う事を了承させた。


 そこでお互いの窓口を両大陸に設けてアラレスティ大陸側には貿易都市ゴルムディアの隣に領事館を造り、暗黒魔大陸側にも同じような貿易都市というか荷を積み出す港町を作った。


 本来ならば海人族を雇ってその二大陸間の航路の安全を確保するのだけど、その近郊には海人族は寄り付かない。理由は分らない。その代わりに魔人族が必ず貿易船に乗船することが決りになっている。


 その魔人族が乗船する貿易船の進む先は不思議と波は穏やかになり、海獣も寄っては来ないそうだ。それに不思議な事に帆を張らなくても海流が自然にその港町と貿易都市近郊に循環するように流れていて、船は自然に進むそうだ。


 しかし、魔人族が乗船している時だけだぞ。それ以外で無事な舟はいないそうだ。目的と違う航路を取ろうとすると自然に元の航路に戻ってしまうと船員は言っていたな~‥‥‥。


 それで魔人族は見た目は俺ら人族と変わらないようなんだけど、どちらかいうと森人族に姿が似てるといったほうがいい。髪は漆黒で肌は透き通るような真っ白で瞳は血の様に真っ赤だといわれている。まあ、それだけかな俺らが分っているのは。姿形だけで、彼らというか彼女達が何を望んで何を考えているのかは俺らには計り知れない。


 しかし、分っている事は世界をどうするとか、アラレスティ大陸に攻め込んで支配するだとか、そんな支配欲は無いということだ。まあ、一時は確かに王国民が被害にあったのだけど、その消失事件以後五百年以上も経っていたし、何となく貿易協定と不可侵協定を結んで今はあっちからは魔素結晶の欠片や鉱物など、こちらでは滅多に手に入らない物を運んで来る。こちらからは農産物が殆どのようだ。それに貿易といっても毎日行っているのではなく年に数回往復する程度だからな。


 そんな程度だけど、その大量の魔素結晶の欠片のお陰で魔素道具が身近に手に入る環境になっているのだから、その数回の貿易も馬鹿には出来ない。話を戻すがその魔人族も長命のようで領事館にいる魔人族側の領事は百年毎に新しい人物が赴任するそうだ。今は確か、魔王と呼ばれた人物の娘、魔王王女殿下が赴任されているはずだ。まあ、詳しくは現地に行って紹介するぞ」




 長々と話を聞いていた俺は、最後にとんでもない事を聞いたようだ。何で俺がその魔人族の王の娘と会わないといけないのだ? 意味が分らない。


 ひょっとして新たな試練の始まりなのか? そんな事をつい考えてしまう。


 「はあ、そうですかとしかいえないのですが‥‥‥。あえて聞きますが何で私がその王女殿下と会わないといけないのでしょうね? ひょっとして軍機ですか?」




 「あぁ‥‥‥。軍機ではないけど、ぎりぎりまで知らない方がその間何も知らないで平和に過ごせるというものだけど‥‥‥。それでも聞いてみる?」




 また、何かを考えている嫌なニコニコ顔のジョルジョネ大尉になってしまう。こういった顔をした時はろくな事が無い。また、ミリクナ医務長が飛び込んできて俺の記憶を操作しかねないと思わず怯んでしまう。



 「嗚呼、それなら良いです。どうせそこに向っているのですよね? まあ、その場所に着いてからで良いです。それより気になっている事というか、これからどうなるのだろうと思っている事が一つありまして」




 「へっ? 行き成り何かな?」




 「いえ、大した事ではないのですが。今順調にアミュネス少尉とユロジェン少尉が算術の腕をめきめき上げていっているのですが。まあ、何れは簡単な算盤の足し引きに到達してしまう勢いですよね?」




 「嗚呼、そうだな。そうなる事を望んでいるのだが、そんなに美味く行くのかね?」




 「いや、彼女達は元が良いので私より遥かに出来が良いですよ? それで、何れ計算の仕事が無くなると俺はお払い箱になるのですか? っと、いうか今の秘書の主な仕事がそれなんで次は何をやらされるのかな? と、思いまして」




 「グッ、いや、その。まあ、心配する事じゃないと思うな~‥‥‥。それに今は計算だけだったが何れは他の仕事も任せたいし‥‥‥」




 嗚呼、何かの本で人は都合の悪い事を話す時に無意識に左上に視線が向くそうです。そう、この目の前にいる()()()()も何かを見るように左上に視線を向けて何処か遠くの方を見ている。


 そんな何かを誤魔化そうとしている感じである。まあ、知った所で俺が拒否出来る訳でもない。しかし、このおっさんは確かに何かを企んでいる感じであった。



 このなんともいえない雰囲気を誤魔化すようにジョルジョネ大尉は次の馬の休憩だと言い放つと、俺は指揮車の外に出されてしまう。もう、こういう事は手馴れたもので、諦めて今日の癒しをプイホンさんで補充する。彼の頭を撫でながら今日の分の花丸をつけて新しい問題を渡す。



 昨日の本をもう一度読み返して、作者のおっさんの自慢話を読んで行く。まあ、嫁自慢や子供自慢など大陸消失以外は至って平和な内容であった。


 それに奴隷のくだりの所に出てきた隷属の首輪が気になって仕方が無い。確か魔素術が出来たのが400年前の奴隷王事件前後であるから、それ以前は魔法術とかそんな名前の力を利用したものなのかもしれない。


 また、海の支配者は海人族というらしい。どんな格好の人達なのかなと想像をする。一瞬人魚を想像したが、ここは特異な世界、獣人がその例ではないかと頭の中から人魚を除外する。そうすると、何処かホラーじみた半漁人を想像してしまい身震いしてしまう。


 そんな事を考えていると、今日の野営地に着いたかと思ったが違ったようだ。馬の休憩に止まったようで、プイホンさんと共に馬の水やりを手伝う。それから何時ものように馬車村に着くのは夕方であった。



 ここのネコさんはどんなものかと厩舎を覗きに行くと、今日も忙しそうにネコさん達が走り回っている。まあ、厩舎のネコさん達は一期一会なのでたっぷり彼らの仕事ぶりを観察をする。


 若干鯖模様のネコさんが増えてきた感じなのは気のせいなのだろうか? 住む所によって俺の居た所でも様々な種類があった。そんな事をやっていた為に車庫に戻って馬車の天井で乾かした紙の回収をすると少し遅くなってしまったようだ。当然、風呂には誰もいなくて急いで体を洗い、食堂に向うと殆どの人は食事が終わったようで一番最後にぽつんと食事をしてしまう事になる。


 そんな俺が一人で食事を取っていると、厨房の女性達が俺より遅い晩飯を食べるようで、皆集まって静かに食べ始める。それを横目にある事に気付く。


 いち早く晩飯を食べた女性がなにか冊子のような薄い本というには余りにも粗末な紙。ああ、俺が漉いたわら半紙だ。そのわら半紙製の冊子を手に横の人と話しながらキャッハウフフ状態で話し込んでいる様を目撃してしまう。


 時折俺の方をチラチラ見ながら、俺が顔を上げると何も無かったように視線を外される。それに、例のギムネーヤ料理長のお弟子さんがこの前渡した紙に必死に何かを書いている風景も目にしてしまう。


 導きだされる答えは一つである。とうとう彼女の初版本が完成してそれを女性年季奴隷達の間で回し読みしているのであろう。当然その内容については想像が出来る。


 この前に紙を渡して覗き読んだというか、彼女が恥ずかしさで必死に隠したBL小説であろう。と、いう事はあれは俺とプイホンさんを題材にしたBL小説の薄い本である。



 まだ小説の段階であるが、これが漫画本のようになってしまうと目も当てられない。しかし、どんな内容なのか読んでみたいという好奇心が沸いてくるがさすがに作者を目の前に読ましてくださいとはいえない。


 そんな彼女達を尻目に薬を飲んで食器を下げる。さりげなく紙は足りてますかとお弟子さんに声を掛けてみるも、この前の事があったせいか紙の束を持って厨房の奥へ遁走してしまう。


 ギムネーヤ料理長に紙の補充はいつでも出来ると話して自分の部屋に戻る。すっかり遅くなってしまった為に部屋の中は真っ暗であった。寝ている人を起さないように自分の道具袋を置いたベットに上がって眠りに付く。途中で探査の練習をする事を思い出して5分ほどそれを行って眠りに就く俺であった。






 次の日、何時もの日課を済ました後は直ぐに指揮車を追い出され暫くは空いた時間に大陸消失の本の内容をかみ締めるように読みふける事が多かった。


 この日に彼女達が読んでいた薄い本の事など忘れてしまったある日、それは何個目かの馬車村を通り過ぎて、次の日は農作業をするといわれた馬車村での出来事である。






 何時ものように指揮車の中でアミュネス少尉とユロジェン少尉に算術の問題を出して自分の計算を済ます日常に慣れて来ると、他の事を考える時間が増えてくる。


 今ではA4の大きさのわら半紙一杯に算術の問題をびっしり書いている。さすがに彼女達も時間がかかるようで、俺が計算が終わった後も彼女達は必死に問題に取り組んでいる。


 ふと、何気に彼女達が真剣に問題を解いている風景を覗いていると、足元に何か落ちている感じがして足に当たっている何かを拾い上げる。


 それは表紙こそボロソロで何が書いてあるかわからないが中身は多少無事なようで文字は判別できる。それを最初から読んでいくと何処かで見たシーンに人物など、思い当たること多数である。俺がその薄い本を読んでいるのは彼女達は気付いていないようで、俺はその本の続きを読み始める。


 そうである。彼女達というか女性年季奴隷達が回し読みしていたあの薄い本だ。俺が荒野で倒れていた所から始まっているではないか。プイホンさんに始めて出会った俺は電撃が走ったように何かを感じたと書いてある。まあ、確かにあの時は感動したのは確かであるが‥‥‥。



 次第に捲って来る手が段々震えてくる。プイホンさんが「受け」で書かれていて俺が「攻め」で必死に彼を落とす為にあらゆる手を尽くす話で、最後には見事成就してベットインする話であった。背中が痒くなって来てこのおぞましい内容の本を破り捨てようと思ったが最後まで読んでそんな気がなくなってくる。


 と、いうか最初に書かれていた事以降に書かれている事の大半は事実ではないと反論したい。しかし、背中が痒くなってくる中でも最後まで読んだ後は男性目線で書く小説と、女性目線で書く小説はさすがに違うようだと感心する。ああ、それだけは分った。


 最後にこれはフィクション。「これは架空のお話し」と、書いてあったのがせめての救いではないであろうか? 一線を越えていないというか、現実にいる俺に被害が及ばないような配慮と俺は受け取る。作者の良心といっても良いと思う。



 そんな事を思いながら背中をぼりぼりかくと、どうやら彼女達は問題を解き終わったようだ。何個か間違ったものを直させ最後に花丸をつけて返す。その問題用紙と一緒に薄い本を載せて帰すと、ユロジェン少尉が微かに顔が引きつるが、にっこりと微笑んで俺の感想を聞きたいと問いかけてくるではないか。


 「まあ、これは物語の創作の話ですからね。実際にこんな事はありえないし、暇つぶしには面白い話でしたよ」


 そういうと、あからさまにガッカリした顔をされてしまう。




 「え~、何時もプイホンちゃんと仲が宜しいから私はこのような事が実際にあったと思っていましたわ!!」




 そう突っ込んできたのはアミュネス少尉であった。普段から俺とプイホンさんが仲が良い事に不満であった彼女はそんな理由付けで自分を納得させていたようだ。


 それ程まで仲が良いのだから実際にそんな関係だと思ったのだろう。本当に迷惑な話である。しかし、一々、この冊子を読んだ人に言い訳をするのも面倒なのだが、今の所、読んだ女性で詰め寄るというか意見を聞いてきたのは目の前の女性達であったから気にはしていなかった。



 俺が平和になってきて暇な時間に読書をして過ごすように他の人も平和な日々の暇な時間に各々読書をするらしい。それは分った。次はどんな展開になるか予想は出来たが、それは作者であるギムネーヤ料理長のお弟子さんの彼女が決める事であろう。


 そんな事があった為、残りの時間は呆然としてモヤモヤしながら無為に時間を消費してしまう。農作業をする馬車村に着いてからその事を忘れる為にその宿泊所の厩舎でネコさん達を観察して癒し成分を補充する。


 何時ものようにというか、この前のように少し遅くなって風呂に入った後に食堂に行ってしまう。すると、また同じような光景を目撃してしまう。どうやら新作が出来たようですね‥‥‥。前にも増してキャッハウフフ度が増したように感じてしまったのは気のせいであろうか?


 無言でわら半紙を50枚ほどギムネーヤ料理長に渡してその場を去る。



 次の日に日課を終わらして指揮車から出た俺はぼ~っとしながら農作業をしていると、誰かが俺を訪ねてくる。すっかり忘れていたがこの国の貴族様が俺を見物に来る事を思い出す。しっかり3人の中尉さんが横に着いて睨みを効かしているではないか。


 相手の貴族様もそんな事には動じないようで堂々と自分の名前と娘か孫か分らないが横の女性の紹介をする。まあ、俺としては昨夜の事が気になっていてそれどころではなく、話半分で聞いてしまう。


 途中、彼らが何かに怒って帰った事などどうでもよい事であった。それに後で聞いた話であったが彼は横にいた3人の中尉に何か言われて立腹したようで、俺が粗相をした訳じゃ無いと横で作業しながら俺らの様子を見ていたドルバン車長がそういっていたので間違いないと思う。


 それにしても態々見に来た対象の人物が俺のような間抜けだった事にさぞや肩を落とした事だろうと思う。



 休憩時間になって収穫していた実を口に入れた時に初めて今日収穫していたものがここの蜜柑であった事に気付いてしまう。余りのすっぱさに目が覚めたからだ。しかし、これが止められない後を引く味でプイホンさんの分を貰って食べてしまう。


 目が覚めた所でゴナベル奴隷長が話していた事が心に残る。来月からは春月になるそうで、泊まる馬車村での農作業がが増えるそうだ。気が付くと、この大陸に来てもう2ヶ月近く経っている。ということはあと4ヶ月もこういった旅が続くらしい。


 後半はのどかな農作業と移動日ばかりであった。まあ、チョコチョコいろんな事はあったが概ね平和な日常であった。こんな日常が続くのかな? ‥‥‥。これは有る意味新たなフラグの前振りのような気がしてきて背中がゾクゾクしてくる。



 そういえば先程の貴族様は無事に帰ってくれたのだろうか?


 この前の公爵達みたいに貴族の集団が待ち構えているという事はないよね?


 そんな事を思いながら後半の収穫作業を続け、今日の作業が終わると宿舎に向う。予想は裏切る為に有ると何処かの偉い人は言っていた事を思い出しながら増えた馬の世話を必死にするネコさん達を目撃してしまう。ああ、やはりそうですよね~。



 風呂から上がった俺は浴室の外の廊下で待ち構えていた3人の中尉さん達に両脇と後ろを確保されて食堂に連行される。また同じように衝立で仕切られた一角に一席を設けていたようだ。そこに居たのはこの前と同じような6組の男女と、俺にその横には中尉達が俺を挟むように座っている。


 目の前の人達は良いよね~、俺の名前を一つ覚えれば良いのだから。俺は新たにあなた達12人の名前を覚えないといけないのかよ!! っと、言いたい。


 談笑いしながら彼と彼女達の自己紹介を聞き流す。またもや砂を噛んだような感覚で夕食を頂く事になる。この流れから行くと最後はやはり保護者の方達と酒盛りをしないといけないのか? 


 そんな事を思い始めた頃に女性陣が去る。男性陣も素直に去ってくれたので思わずほっとする。そこで横の中尉に文句めいた事を言ってしまう。


 「あの~、私は貴方達の様に頭の出来が良くないので、突然訪問された人達の顔と名前を覚える事は出来かねます。せめて『ツリガキ』あ、う、じゃ無くて紹介文のようなものがあれば日記にそのような事があったと記述出来るのですが。私の国ではこれぐらいの紙に名前と身分を書いたものを初対面の人物に渡す習慣がありましてね」


 俺はつい名刺の事を彼女達に話してしまう。すると、彼女達は軍服の胸の所を開いて態々胸から名刺のようなものを俺に渡してくる。少し生暖かい名刺は和紙のようで少し厚みがある和紙で出来ているようであった。


 それを見ながら説明を聞くと、それには家名に貴族を示すガリルと呼ばれる身分名、最後に名前が書いてあると聞く。それに今日の日付と出会った日付が細筆で書いてある。


 そんなものがあるなら最初から出せよと突っ込みたい。それに思わせぶりで胸から出すとはけしからん!! 思わず目じりが下がりそうになるが黙って名刺大の大きさの紙をそれぞれ受け取る。最後についでとばかりにこの前にあった公爵家の人物の名詞を渡される。




 「すっかり忘れていましたわ。もっと早く仰ってくださればお渡ししましたのに」




 「ちょっと待ってください。あの~、こちらの仕来りに付いて詳しくは無いのですが、まさかと思いますがこれを貰うと何かの約束をした扱いにはなりませんよね? 例えば懇意にするとか、もっと進んで婚約を前提にとかそんな事はないですよね?」




 「ぶっ。そんな事ありませんわ!! 王国の社交界でもこういうのは常識ですよ。公爵家は八家だけですけどその下の家になりますともっと増えますからね。私達でさえすべてを把握するのは不可能ですわ」




 「はあ、そうですか。それでこれはなんという名前ですか?」




 「えっ? そうね。改めて名前を聞かれると困りますわね。名を司る紙?」




 「ジーナ‥‥‥。それはって言うのよ。最初は木札が主流だったのだけど勇者様から伝わったワ紙を使うようになったのよ。その名刺という名も勇者様から伝わって広がったのに。何でも「トウ」だとか「ミン」とかいう国から伝わった作法で人に会いに行く時にタケとかいう木札に名前を渡したのが始まりだったような」




 「さすが識者ですねゼネは。おっとりしているかと思うと何時も私に教えてくれて助かりますわ!」




 「あっ、じゃあ。先程は立ち去ったあの人達の名刺を頂けませんか? それにこちらから持ちかければよかったのですか?」




 「いえ、どちらかというと、渡したい方が自分の名前を覚えていただきたい時に渡すのが流儀よね?」




 「ジーナ‥‥‥。そんなんだからお相手に倦厭されるのよ。貴方は上位の貴族、相手は格下の貴族ですから何時も貰う方でしたね。私もサルメも自分からお相手に名刺を渡して今の相手を捕まえたのよ?」




 「え~~、そんな話聞いていないわよ!! じゃあ、あなた達が婚約したのはそのお陰なの? ずるいわ!! ‥‥‥」




 「あの~、お取り込み中すいませんが。その名刺を催促しても失礼では無いということですよね?」




 「その通りですよリョウジ殿。ジーナは忘れていましたが、これが貴方の名刺です。私達が預かっていて、先方の貴族には一家に一枚という事でお渡ししています」




 そういって二人が何か言い合っているのを無視するようにサルメの愛称で呼ばれた背高さんが俺に自分の名刺を見せてくれる。それには氏名だけ書かれているだけであった。




 「あの~、それで貴方達の爵位が書かれていないのですが、他の人達も名前だけなんですかね?」




 「ああ、この家名が公爵と分らない貴族はこの王国にはいないもので敢えて書かれておりません。公爵以下は自慢するように名前の前にアラレスティ王国伯爵とか伯爵位と、書かれております。それでこのリョウジ殿の名刺は私達が管理していますのでそれは了承してください。無駄に配るものではないものですから」




 そういうものかと納得するしかないようだ。すると、名刺を置いていかなかった彼らは俺は取るに足らない存在なのかと思って渡してこなかったのか? 


 くだらない事だが気になってしまう。すると、二人で何か話していたジーナさんがこちらを向いて12枚の名刺を俺に渡してくる。いやいや、まとめて渡されても困るのだが‥‥‥。


 「あの~、言いにくいのですが。その、このように後になって渡されても誰が誰だか分らないというか、せめて会食する前に机の上に並べて置いて頂けると、名前と顔が一致するのですが」




 「そうね、それは良い考えだわ。次からそうしますわ!


 あっ、そうそう。明日と明後日も今日と同じ位の面会があるから覚悟してくださいね!!」




 そういって彼女達はテーブルから立去る。その横を彼女達の付人なのか後片付けをする人達が忙しそうに働き始める。メイドのような服装で、黒を基調に胸まで有る白いエプロンがその職種を物語っているようだ。


 彼女達は黙々と仕事をこなして俺が邪魔だと言わんばかりにテーブルの上を台拭きで拭いていく。そういえば正式な会食なのにテーブルクロスとかをテーブルに掛けないのであろうか?


 色んな疑問が出てくるが邪険にされたので仕方なく部屋の戻ろうとすると、ミリクナ医務長がヒョコッと顔を出して俺に薬を差し出す。それを飲み干して彼女に返すと、さっさと寝ろといわれてしまう。まるで俺を監視しているような素振りであった。ああ、監視しているのだったよね彼女は‥‥‥。



 貰った名刺を眺めながらあの三人の名前を思い出して、顔と名前を一致させる。部屋に着くと手探りでベットに潜り込む。ベットに上がってからサンダルを履いていた事を思い出して手探りで紐を解く。




 何時ものように目を瞑りながら探査の練習をやった後に名刺の起源を異世界で知るとは思ってもいなかったと思う俺であった。




 後編につづく

次話は1/30の夕方に投稿する予定です。

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