<2-12> 「視線の先の恐怖 (中編)」
最新の本文修正日は2014年11月19日です。
悪夢に出てきた視線がいよいよ現実のものになってきたようで、馬車に乗っていても感じるようになってきた俺ですが、途中の兎の魔獣の視線にも気付く。視線の先は俺ではなかったようですが、はっきりとは言えないが確かにそう感じてしまう。
何時ものように指揮車での仕事中でも、自分の荷馬車に移ってからもその嫌な視線を感じてしまうが、自分の馬車に戻ってから気合で数回跳ね除けた感じに、何かコツがつかめたようだ。しかし、結局その視線のせいか、俺は気を失ってしまう。
目が覚め食事を貰い薬を飲む前に便所に行ったのが悪いのか分らないけど、その嫌な視線の持ち主が俺の方にやってくるではないか‥‥‥。ああ、また失神タイムですね。そんな視線の先に恐怖を覚える俺であった。
☆ ☆ ☆
リョウジが便所に行く数刻前から事は起こっていた。最初に気が付いたのはボグフムであった。
ボグフムは何時ものように野営地を周回しながら今日の得物を探していた。今日は三日に一度の食事の日だからだ。
野営地から2メタ程離れた所で普段は嗅ぎなれない物の匂いを感じる。幸いこちらが風下で奴にはこちらの匂いは分らないはずとボグフムは思っていた。
しかし、その匂いの主は真直ぐこちらに向ってくるではないか。ボグフムは慌てて立ち位置を変える為に移動したが、どうやら匂いの主は自分に気が付いたのではなく野営地に向って居るのだと気付く。
このままの侵入を許せば、男性年季奴隷達の馬車の所に向ってしまう。また、リョウジを狙う魔獣なのかと、ボグフムは首をかしげる。
ボグフムはクワビムに笛で合図して先行して様子を見るように合図をする。そして、自分の主人であるメルディム護衛分隊長に不振なものが近付いてくると笛で合図をする。当然人族には聞えない。
ボグフムもクワビムの後を追掛けて匂いの主を確かめる為に聖獣に跨りながらその方向へ向う。
ボグフムはそれに近付くにつれて、匂いの主の正体が異様な事に気付いてしまう。
「クワビム!! 正体は見たの?!」
「はい、姉さま!! 変な奴です~!!」
「じゃあ、姫様に見たままを報告してきて!!」
「はーい、姉さま~!!」
ボグフムは慌ててクワビムを呼び戻し、正体を見た事を確認して見たままを姫様に報告するよう命令をする。クワビムは自分より夜目が利くとボグフムは考える。そのクワビムは聖獣を翻して姫様の所に向って行った。
「行くわよ!!」
ボグフムはそいつを翻弄しようと、相棒に命令して一緒に走出す。
メルディムは何か慌てた感じの獣僕達の様子に怪訝な顔をする。ボグフムの笛の合図の様子だと、何時もとは違う獲物でも見つけたのかと思っていたが、クワビムが聖獣に乗ってこちらに向ってきた事で察しはついたようだ。
「クロッ!! 何を見た?!」
「あう、分らない。始めて見たよ姫様~」
「チッ。じゃあ、大きさは?!」
「首がひょろひょろして、足がこんなに長くて、腕をバサバサして走ってきたよ。あ、20メト位かな、姫様?」
「たっく、今日は厄日だね。どう思うラグフム?」
「多分、陸ハトゥーの魔獣化したものかと思います、お嬢様」
「一応、奴らを起こしてきて、ここら辺で待機させておきなクロッ! あとは、大尉を連れてきな!!」
「はい、姫様!!」
そういうとメルディムとラグフムは走出して目的のものに向う。
クワビムは聖獣に跨って野営地に行き仮眠していた仲間の護衛隊員を起す。一人は馬番として残し、残りは集合場所の距離と方向を示す。そこに「武装して待機」と、いう命令を伝える。次に指揮車に向かいジョルジョネ大尉を聖獣に載せて現場に向う。
ボグフムはその間も牽制で聖獣に命令して追いたてさせるのだが‥‥‥。如何せん、相手が大きすぎて様になっていない。四苦八苦していると応援の主人達がやって来てクナイや片手剣が空を切るのだが、全て跳ね返されて有効打になっていない。
メルディムは自分の得意の技法で剣を差し向けるが相手の長い首に翻弄されて中々頭には当たらない。ラグフムも同じように片手剣を大木のような足に切りつけさせるがすべて分厚い皮膚なのか硬い鱗なのか分らないが全て跳ね返される。
そんな状況なので足を止める事が出来ずにズルズルと、野営地の方に戦場が移って行く。その事にイライラしだすメルディムは魔素術を使って落とし穴を掘るが全て無駄に終わってしまう。
そうしている内にクワビムがジョルジョネ大尉を連れて、待機していた他の護衛隊を飛び越える。着地すると大尉を下ろして次の命令を待っているようだ。
「何じゃあれは? あれ、こっちに来るぞ!! 皆構えろ!!」
そう叫ぶと、他の護衛隊員達も身構える。次第に視界に入ってくるものの姿を見て皆に動揺が走るが、獣人だけは妙に落ち着いていた。
「おい、人族の護衛隊員は皆を起して来い!! 重歩兵用大盾だけ持って来いと!」
ジョルジョネ大尉がそう命令すると、それを聞いた人族の隊員は急いでその場を走り去り、皆に伝える為に消えて行く。残ったのは獣人のバールートとラグルートである。
ラグルートは背中の樵斧のような大きな斧を取り出すと何かを呟き左手で斧の柄を摩る。そうすると柄が伸びて立派なハルバートのような柄の長い両手斧に変わる。
バールートは腰の草刈用の片手鎌の様な武器を右手に持ち出して、左手に丸盾を構える。片手の草刈鎌だが一般に使われているものより遥かに刃は大きく両刃になっていて凶悪だ。それは引っ掛けて斬っても良いし、振り下ろして斬り付ける事も出来るようだ。
ジョルジョネ大尉も腰の自分のサーベルを抜いて左手を構える。しかし、暗闇の為、月明かりが有ったが今一遠くまでは見えていなかった。次第に地面が小刻みに揺れ出して、対象が大きい事を物語っていた。ジョルジョネ大尉は思わずよろけて足を踏ん張る。
「おいおい、メルディム姉さんも手に負えないのか?」
「隊長!! 少し下がっていてください!!」
バールートが叫びジョルジョネ大尉に促す。そして、彼も敵に向って駆けていく。ラグルートは慌ててその後をノシノシ付いていく。しかし、直ぐの引換えして来る。
「ラグ、おめぇはそこで奴の足を絡め取れ!!」
「うん、わかっだぁー」
そういって二人の獣人は身構えた。すると黄色い大きな大木のような足が空から下りてくる。三椏に分かれた足の指が見え着地すると地面が揺れる。
ラグルートは勢い良く斧を振り回しその着地した足目掛けて斧を振るうが少しめり込んだ所で斧は止まってしまう。
すると上の方から「グエッ~」と、声がして、そいつの頭と思われるものが上から降りてきてラグルートを啄ばもうとする。
それを狙ってバールートが鎌を振るうがクチバシのようなもので弾かれてしまう。そのお陰で軌道がそれてラグルートの横の土を耕す。
慌てたラグルートは身をそらして後ろに下がる。その頭を目指してメルディムの剣が飛んでくるが寸前でかわされてしまう。
「チィッ、大きいくせにすばしっこいよ!! こいつは!!」
次に大きな足で周りを潰そうと足踏みをするが下敷きになる者はいない。そして、また歩き出して野営地の方へ向うようであった。
☆ ☆ ☆
何かの振動がして便所から飛び出ると、あの嫌な視線を感じた暗闇の方向を見る。すると、何か戦闘らしきものを感じた俺ですが、肝心な時に足が震えて動かないのと、怖いもの見たさでつい逃げそびれてしまう。
次第に嫌な視線の相手の全貌が明らかになってくると。嗚呼、ジョルジョネ大尉が描いてくれた陸ハトゥーに似てる事に気が付く。
確かに大尉は人が乗れるって言っていたけど、でかすぎじゃねぇ?
昼に見た兎の倍は有り、嗚呼、大体20m位か。5階か6階建てのビルのように大きい。その大きさに呆れてしまう。
しかし、相変わらず俺を睨んでいるので少し怖かったが睨み返してやった。見上げると急に立止まって硬直したように動かない。俺とそいつとの距離は10m位まで近付いていた。
そのチャンスを逃す人達ではなかった。まず白いちっちゃいのがいきなり横から走出し、腕から何か光る紐のようなものを放つのが見える。
それが巨大な陸ハトゥーの首に巻きつき、一瞬その紐が青白く光ったかと思うと、次の瞬間鮮血と共に大きな塊が地面に落ちてくる。
それを狙ったのか分らないか頭があった所に片手剣が空を切って空振りする瞬間も一緒に目撃してしまう。何が起こったか今一把握できない俺は呆けた顔でぼーっとしているしかなかった。
「危ない!!」
確かそんな声が聞えたと思うと、俺が今いた所に巨大陸ハトゥーの死骸が倒れてきて太い丸太のような首が仮設トイレの何個かを下敷きにして大きな音と共に破壊する。
破壊されたトイレの破片や土ぼこりが舞い散る中を俺は白い小柄な人にお姫様抱っこされて、別の場所に降ろされる。その後に大盾を持った集団が集まってきたが皆呆然としてその光景を眺めていた。
「さすが森人族のお二人ですわ!! こんな大きな獲物を獲るなんて!!」
「ああああああ~、そうだ!! さすが我らの護衛隊長だ!!」
そういって最初に言い放ったミリクナ医務長の後にジョルジョネ大尉が追い討ちをかけ、そう言い放つ。
「さて、皆悪いが、後始末を頼む。先ずは道具をしまってきてくれ!! 天幕と寝床を直して少し仮眠してからで良いぞ! 朝起きて明るくなってから後始末を頼む」
皆が一斉に返事をしてぞろぞろと自分の馬車に戻っていってガサゴソと大盾を出す為に捲った天幕を直している音が聞こえ始める。残った護衛隊員は警戒をしいて散らばるように命令されて主な者以外は去って行く。
ああ、いやな予感がする。確かに嫌な視線の犯人はこいつであったようで、こいつが逝ってからはぱたりと視線が無くなってしまう。
しかし、こいつの変わりに別の視線が俺に向いてくる。その数約4名、正確には5名だが1名は理由が分っているので無視する。ジョルジョネ大尉とミリクナ医務長、それに森人コンビである。
「さて、片付いたからリョウジさんはお薬飲んで眠りましょうね~」
何もなかったような素振りで俺の腕を引張る腕に、若干生ぬるい何かが付いて驚いてしまう。
「あのー、私のこの腕に付いた液体は何でしょうね、ミリクナ医務長?」
「あ、気のせいよ早く寝ないと大変な目にあっちゃうかもよ?」
そういって俺の腕を強く引張り指揮車につれて来て、腕に付いたぬるっとした血液を手拭で拭いて、顎で薬を飲めと催促してくる。仕方なくその言う通りに薬を飲むと睡魔に襲われ寝てしまう俺であった。
☆ ☆ ☆
ミリクナはリョウジを寝かしつけると、大きなため息を付きながら彼の寝袋を直して包み、外に出て待っているだろう人達の所に重い足取りで歩みを進めて行く。
「ようやく来たか。すまんかったね先生」
「で、何時ものように縮んだのですか、大尉? 大して大きさは変わらないように見えますが。あ、若干小さくなったかしら? これって陸ハトゥーよね?」
そう聞いたミリクナに返事をしたのは獣人のバールートであった。
「あのぉー、少し違うと思いますぜぇ。その、俺の居た又隣の山にいる『山ハトゥー』に似ていやすが。その、なんていうか、大き過ぎますぜぇ。あれはデカくても7か、8メト位でこんなに大きくは無いですぜぇ。それに頭に魔素結晶の欠片は嵌っていないと思いやすが‥‥‥」
そういうと皆が頭の拳大の魔素結晶の欠片を見る。すると、ジョルジョネ大尉が重い口を開く。
「ここにいる皆は分っていると思うがこれは軍機だ口外無用だぞ。先生とメルディム護衛分隊長だけ向うで少し話そう。後は解散して定位置に付くように。それに獣僕達は君らの兄弟が腹をすかしているのではないのかね?」
そう言ってジョルジョネ大尉は魔獣の頭の魔素結晶の欠片だけ器用にサーベルで切り落とす。それを手に持って3人だけで暗闇に消えて行き、暫く歩いて周りに誰もいないことを確認して重い口を開く
「先生は知っているが、メルディム姉さんはうすうす感ずいていると思う。あれは最近流行っているというか、異例の魔獣でリョウジを狙っている仕草で分ると思うが。そういうものだ!
これから何度もああいうのが襲ってくると思う。今度はしくじらないよう頼むよ、メルディム護衛分隊長! しかし、原因は今の所俺には分らない。軍や奴隷組合も必死に探っているが同じように今の所は分らない」
「仕方がないねー。ジョネの頼みは断れないから、心に仕舞って置くけど。分ったら教えておくれよ?」
「ああ、約束する。俺も護衛隊の皆は家族と思っているから危ない真似はさせない。但し、メルディム姉さんは妻じゃないから間違えないように!!」
「チッ、家族って言ったじゃないかー!」
そうおどけてメルディムは手を振って今夜の食事に向って行く。
「さて、先生! これをやるよ! どうせ消えると思うけど。それにしてもこんな大きな魔素結晶の欠片っていうかもうこれは魔素結晶そのものに感じるのだが。どう思う?」
「そうね、この大きさだと魔素結晶位だけど、何か違うのよねー。何処かの文献で見た記憶があるのだけど思い出せないわ。まあ、その内思い出すと思うけど貰っておくわ。
あっ、それでね大尉! リョウジの事なんだけど、あいつ何か隠しているわね。何かは分らないけど‥‥‥。それにあのハトゥーを睨んだように見えたと思ったらあのハトゥーが急に硬直したのよね、何だと思う?」
「はあ、だから言ったじゃないですか。彼と信頼関係を築いておかないと、次々隠し事を持ってしまって、我々に話してくれなくなりますよ。まあ、先生に文句を言っても仕方が無いですけど、御互い宮使いですからね。それにそれは多分殺気か、何かを放ったと思います。
以前、剣術の講師の方に聞いた話ですが、達人になると相手に次の行動を躊躇させる気を放つ事が出来るといってました。それに、俺がひどい目にあった魔素術使いにも圧倒的な魔素力を見せ付けられた時に、そんな事で体が硬直した覚えがあります。
リョウジは魔素力の均衡が悪いとは言え、圧倒的な魔素力を持っています。だからそれに慄いて、そのハトゥーは硬直してしまったと思います。そんな所だと思いますが、いかがですか?」
「そうね、私もそう思うわ。さて、上になんて報告しようかしら?」
「本当に頭が痛くなってくる事ばかりで嫌になってきました。正直にリョウジに不信感をもたれた為、正しい事が認識できませんって報告しますか?」
「そんな事できるわけ無いじゃない!! 自分が無能ですって言ってる事と同じよ?! ‥‥‥と、言いたい所だけど。リョウジに体の変調を聞かない事にはこちらも手の打ちようが無いわねー‥‥‥。
上司に相談させて欲しいのだけど。どうせ明日はあの肉の解体や後始末で動かないわよね?」
「ええ、明日は動きません。私も上司に報告して相談してみます」
御互いの話が終わると、ミリクナは先程渡された魔素結晶を懐に入れる。そして、ハトゥーの残骸の所に歩いて行くと、獣人達が何か騒いでいる事に気付く二人であった。
☆ ☆ ☆
巨大な陸ハトゥーが逝ってから、そんな会話があったとは、強制的に眠らされた俺に分かるはずもなかった。何時ものように薬で眠らされ、指揮車の簡易ベットで眠る俺であった。
後編につづく
後編は12/4の夜に投稿します。
あれ、何時もと違うと思った方へ、日程の事は活動記録に書いてます。




