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奴隷から始まる異世界旅行記  作者: 三之山勝
《 第1章 異世界で迷ったら奴隷になった 》 
21/229

<1-20> 「年季奴隷とエンピッツ  (前編)」

 最新の本文修正日は2014年10月31日です。

 移動している料理馬車の荷台の上で驚愕の事実を知らされた俺ですが、薬で眠らされ知らない女性に身包み剥がされただけではなく、体を隅々まで綺麗に拭かれていたという事実を知ってしまう。


 あ~、そういうお店に行って自分が納得してやって貰うのは容認できるが、知らない間に済ませるのはどうにも納得できない。


 元気の無い物を見て「可愛い物を」と、言われても自信をなくすだけだと叫びたいが、俺にそんな勇気があるはずもなかった。


 これからは病気にならないよう気を付けて、自己防衛するしかあるまい。それにしても「可愛いもの」とは‥‥‥。更に落ち込んでしまうよね。



 そんな事が有ったので、当然馬車村のお風呂はお預けで、気が付くと馬車村の宿泊施設のベットの上に寝かされていたようだ。


 仕方なく、宿泊所の購買所を覗きに行こうかと思ってドアを開けるが、そこにはミリクナ医務長が仁王立ちに立っているではないか。大人しく薬を飲まされ‥‥‥。いや、自ら進んで飲みましたとも。


 それにしても、お守りの事は気付かれたのかどうかは分らないけど、早めに新しいものに取り替えて偽装しないといけない。ミリクナ医務長に知られると後々面倒になりそうだ。と、眠る瞬間までそんな事を考えていた俺であった。






 次の日の朝になったようで、馬車の荷台で目が覚めたと思っていた俺はここ2、3日の通りに体を起こしてしまい、またベットの上段の床板に頭を強打する。


 頭を撫ぜながら床に立つと今までの熱病が何だったかと思えるほどにスッキリした感じの体の状態に安堵する。先程ぶつけた頭以外はスッキリだけどね。


 部屋の窓が開いていて朝の冷たい空気が心地よく感じる。空の様子を見ると、朝の4時ぐらいであろうか? すると、何処からか、外の方でむさい男共の掛け声のようなものが聞えてくる。


 ちょうど外は板塀の前のようで右を見ると奥のほうが広場になっているのか、そこから板塀に音が反射して聞えてくる。


 何をやっているのか気になってきて、部屋の周囲を見渡し自分のサンダルを探すが見当たらない。ベットの下を見ると、そこに置いてあった。


 そのサンダルを履いて窓から外の様子を見に行こうと窓の枠台に足を掛けたところ、部屋のドアを誰かが開け、中に入ってきた人物と目が合ってしまう。


 間の悪い時は重なるもので外の方でもタマタマかどうか分らないが声のした方とは反対側の左方向から人が来てその人とも目が合ってしまう。


 俺は窓の枠台に掛けていた足をそっと降ろし、ラジオ体操のような動きをしてしまう。


 「ああ、朝から体を動かすと気持ち良いな~」


 あからさまに怪しいがそういう風に誤魔化してしまう。


 外の人物はジョルジョネ大尉で、彼は咳払いをする。




 「すっかりよくなったようだな、リョウジ。これなら今日の出発は大丈夫そうだ。出発前には俺の指揮車に来るように」




 彼は冷めた目でそう言って通り過ぎて行ってくれる。


 しかし、その会話が終わって最初に目があった人物がなんか怖い。




 「あら~、すっかり元気になったようね。熱は昨日から無い様だし、今日からまた大尉のお仕事を手伝っても大丈夫なようね!」




 ミリクナ医務長は意外にも、すんなりとお仕事の許可を出してくれる。その事に「昨日のあれは何だったんだ?」と、不思議に思ってしまう。


 そこで「あっ、出発前にはまだ時間がある!」と、唐突に閃いてしまう。だめもとで、つい彼女に聞いてしまう。


 「あの~、ミリクナ医務長? 朝風呂に入っても宜しいでしょうか?」




 「朝はお湯が沸いてないわよ」




 そうなのか? 朝風呂は駄目なのか。彼女にそっけなくそう言われガッカリするが、そんな事は他人事のように彼女は部屋から出て行ってしまう。



 部屋を見渡すと誰も居ない。プイホンさんもいないし、仕様がなく俺は食堂に向って朝飯を食べに行く。


 食堂は、旅人宿なので朝早くやっているようだ。しかし、誰もいないので先に購買所に向う事にする。少し離れているようで廊下を歩きそこに着いてガッカリする。


 俺はあほだと今更自覚して「こんな朝早く店なんかやってないよね、市場ぐらいだよ!」と、心の中で自分に突っ込みを入れる。


 しかし、収穫はあった。大きな羊皮紙に「冬上月~下月までの販売品目」と、書かれた物が壁に張り出してある。結構大きく普通の新聞紙位の大きさで4枚程張り出してあった。



 主な物は日用品雑貨や趣向品、それに各町の年季奴隷の仕事募集の広告や商品の絵が描いてある。文字や広告などインクか墨で書いてあると思ったが、どうやら焼印のようで焦げ後のようになっている。印刷技術なのか? それとも羊皮紙だからか? 良く分らない。


 魔素術かなんかで液晶端末のように出来ないのかな? そんな考えを巡らすがジョルジョネ大尉の言葉を思い出す。魔素術にも限界があるらしい。



 そんな事を考えながら品目を見ていくが、カタカナで訳されて意味が分らない物が多い。プイホンさんでも連れて来て聞いてみようかな? 店員にでも聞かないと良く分かりそうにもない。


 「ブラシ」を探してふと思う。そういえば、こっちでは「櫛」なのか、「刷毛」なのか分らなくなってくる。あ~、こんな時メモ紙でもあれば、メモに書いて後で聞けるのだが‥‥‥。道具は馬車の方だし、取りに行くのが面倒だ。


 漢字に訳されたものを順番に見ていくと「歯磨き用枝、一束三十本入り、奴隷銅貨0.5枚」と、書かれている。はぁ? 0.5枚って。じゃあ、二束買えって事か? ああ、毎日使うし。


 あ、これが相場って奴か。でも、この前。この馬車村を出て5日もすれば緑が見えるって言ってたし、そこで木の枝なんかを拝借すればよくね?


 それに「歯磨き粉一キラ、奴隷銅貨一枚」と、書いてある。おいおい、一キラって1kg位だよね。何年かかって使うんだ? 良くわからない相場だな~‥‥‥。あっ、共同購入すれば良いのか。なるほどね、そういう事か。



 やはり、ブラシの様な物はないなと、見ていくと「人族用櫛」とか「獣人族猫種用櫛」とか「獣人族犬種用櫛」など、種族毎に専用の櫛があるようだ。その他に材質などが書いてあるが材質はカタカナで書いてあり、何の事かさっぱり分らない。


 だけど、「櫛」は見つけることが出来たし、値段を見て奴隷銅貨5枚~10枚程度の値幅だった事に安堵する。


 これなら近日中に買えそうだと安心していると、広告の欄に「新発売! 最新型魔素道具! 獣人族用毛玉取り機能搭載型魔素道具櫛、どんな頑固な毛玉もスパット切れる『スパット君四式』」と、書かれた物に視線が行ってしまう。


 値段は奴隷銅貨20枚で月賦可能と書いてある。へ~、月賦もできるんだ。と、そっちの方に感心してしまったが、あえて突っ込むと「毛玉切るのは良いが余計な物まで切りそうで怖くて使えるか!」と、突っ込みを入れておいた。



 そんな事をしていた為、結構時間が経ったようで、廊下を誰かが集団で歩く音がする。俺はポスターを見るのを止め、食堂の方へ足を向ける。食堂には既に多くの人が朝飯を食べにきていて、俺は結局一番最後に食べる事になってしまう。


 朝飯はこの前の宿泊所と同じでサラダにハムエッグ、芋スープにテーブルにパンである。最後に朝の薬をお盆に置かれ、横を見るとミリクナ医務長である。ああ、ご苦労様です。彼女は俺に薬を渡すとそそくさと居なくなってしまう。



 仕方なく席に着くが。ふと、ある事が気になる。そういえばここの大陸には鳥がいない事を思い出し、このハムエッグの卵の正体が気になって仕様がない。


 しかし、聞いたところで、また聞いた事が無いカタカナの獣が出てきて意味が無いように思えて、今日の大尉に聞く内容にと頭の隅に入れて置く。ハムもこの前と同じで塩辛く何の肉のハムだか分らないが豚のハムの食感に近いように思える。


 そこに、少し煤けてちょっと汚いプイホンさんがやってくる。どうやら一番最後は彼のようだ。俺はそんな彼に声を掛けてみる。


 「やあ、プイホンさん、おはよー。朝から真っ黒で何やっていたの?」




 「ああ、兄ちゃんか。おいら仕事頼まれて朝早くプイ取りに行ってた」




 「えっ?! でもその腰の袋は空のようだけど」




 「うん、ここの町の岩猫種の子供達と一緒に狩りしてたから、皆あげちゃった。おいらには朝飯あるしね。彼らのご飯取っちゃ悪いよ」




 「へ~、さすがプイホンさん大人の対応ですね‥‥‥。ひょっとして、プイの鳴声に目が覚めて取りに行ったら、地元のプイ取りと鉢合わせして渋々獲物を譲った訳じゃないですよね?」



 どうやら図星らしい、耳が後ろに垂れ、後半の俺の言葉を聞きたくないようだ。


 俺は彼の頭を撫ぜながら、彼を持ち上げる。


 「さすがプイホン先輩は優しいですね~。それが大人の対応ですよ!」


 それを聞いたプイホンさんは罰が悪そうに朝飯を取りに行ってしまう。



 ああああああ、余計な事を言ってしまったあ~。折角、彼との距離が縮まったのかと思ってたのに~。あ~あ、嫌われちゃったかな?



 食事が終わりトイレに行き、個室の洋式トイレの便座に座り独り考える。用を足し、外に出て洗面所を見ると、ここの洗面所には水道が引かれていて蛇口は無く、ちょろちょろと水が流れていた。


 先程までプイホンさんの事を考えていた俺だが、また下らない事が気になってしまう。結論はここの馬車町には水源があるのだと独り納得してしまう。


 水源があれば多少たれ流しでも問題は無いのかもしれない。しかし、蛇口ぐらい無いのかな? あっ、ゴムパッキンが無いのかと結論に行き着く。パンツのゴムが無いのに蛇口のゴムがあるはずも無い。


 あ~、色々な事をメモ書きできる紙の手帳がほしいな~‥‥‥。



 そう考えながら手を洗い、ついでに顔を洗う。そして、自分のジンベの袖で顔を拭うと、さっきまで気まずい雰囲気だったプイホンさんが俺の所にやって来る。




 「兄ちゃん、出発するから迎えに来たよ~」




 「ああ、ごめんよ~、態々(わざわざ)迎えに来てもらって悪いねプイホンさん。それにさっきは言いすぎたよ。本当にごめんよ~」




 「へっ? 何の事? 兄ちゃんなんかやったのか?」




 「ああ、別に、気にしてないなら良いよ。さあ、急がないと置いていかれちゃうよ~」




 なんというポジティブシンキング。いや、楽天思考?


 まあ、俺とは段違いに立ち直りが早いようで、そこはさすが社会人1年先輩のプイホン先輩であった。



 部屋に戻り私物が無いか確認して外の一号馬車に行き、道具袋を出して懐のパンを革袋に仕舞う。そして、その革袋を道具袋に入れて大尉が待つ指揮車に向かい、その扉をノックすると、扉が開き中に招き入れられる。



 中では何時ものように忙しそうに書類の整理や発送などをやっている。俺は指揮車の後ろの席に座らされ、例のホット麦茶を貰いすすっていると、仕事が一段落したのか少尉が出て行きゴナベル奴隷長が顔を出す。


 彼に挨拶をして今まで病気で迷惑かけた事を詫びると「病気だ、気にすんな!」と言われ、彼は大尉に出発の確認をして直ぐ出て行ってしまう。



 何時ものようにジョルジョネ大尉の合図で馬車は進み前の席に行く。俺が病気で迷惑をかけた事を謝ろうとしていたが、ジョルジョネ大尉の方から先に謝って来て驚いてしまう。




 「いや~、すまんかった。君の体調を考えないで俺が先走ってしまい、君に無理をさせたようだ。医務長にも怒られたよ~。


 それで、これはお詫びって言うか、病気の快気祝いっていうか、秘書に必要な道具っていうか。あ、そうだ、工作長に頼んでいた『エンピッツ』が出来たそうで試作品が届いてね。


 君の着想っていうか名案によって完成させる事が出来たようで。これの特許を申請するそうだ。そのお祝いも兼ねて、これとその『エンピッツ』を使ってくれないかな?」




 ああ、ジョルジョネ大尉のこの目つきとこの顔は何か裏があるに違いない。用心しないと‥‥‥。


 机の上に出された物を見ると、一つはその「エンピッツ」で15mm×15mm×長さは20cm程で四角い。ちょっと太目の5mm程の四角い芯が入っていて周りも木製であった。


 なんていうか、鉛筆と言うよりはマジックのようだ。まあ、思ったより軽く使えない事は無い。それが、10本と削って先を尖らした物が1本。


 もう一つは手帳って言うかシステム手帳みたいに分厚い手帳が2冊、それに革製品で装丁された分厚い本のようなものが置かれていた。



 「エンピッツ」は俺が考えたっていうか、どこかで聞いた話を工作長に話しただけなのだがここは異世界、まあ良いよね?


 手帳の方は高さ20cm×幅10cm×厚さ3cmぐらいの大きさで中は薄い羊皮紙が装丁されていて表紙も厚めの羊皮紙のようだ。表紙に「業務用手帳」と書いてある。


 そして、最後の分厚い本の大きさは高さ30cm×幅20cm×厚さ5cmか7cm位はあり、装丁は革だが中を見て驚いてしまう。


 紙が装丁されていてちょっと厚めだが洋紙じゃなく和紙のようで細かい繊維のような物が見える。鉛筆や筆でも良い書き具合だと思う。表紙には日記と手書きで書いてある。



 なるほど、そう来たか。そうするとこの後ろの魔素陣と魔素結晶の欠片はひょっとして盗み見るためなのかもしれないな? 俺がどんな事を考えているか調べるつもりなのかもしれないな‥‥‥。


 「あの~、大尉? これって、紙ですよね? 『ワ紙』あ、いや『ワ紙』ですよね? ひょっとして凄く値が張るものじゃないですか?」




 「ああ、それは『ワ紙』だよ、四百年前の勇者が伝えてくれた物の中の一つで、丈夫でな。だけど、材料が余り多く取れなくてな。


 凄く高価なものだけど君のお祝いも兼ねてるし、それぐらいは贅沢しても良いと思うよ。それに、今日の日付を入れておいたから今日から書くといいよ、その日記・ ・!」




 「贈り物に値段を聞くのは失礼だとは思いますが。後学の為、これで幾らぐらいするのですか?」




 「そうだな~。確か、そのぐらいの羊皮紙の奴で銀二枚したはずで、多分銀五十枚位だったかな?」




 「えっ、銀五十枚もするのですか? そんなに高価なもの頂けませんよ~」




 「いや、そんなにしなかったかな?


 ‥‥‥。あ、そうだ、確か銀十枚(・ ・ ・)だった。そう十枚・ ・だ。」




 「それでも、高価・ ・なものですね~。良いのですか? たかが年季奴隷の秘書にそんな高価・ ・な物を与えて」




 「いや~、気にするな! 町では銀十枚だけど、軍の購買部で割引が付くからもっと安くなるし。そんな、気にする事ないぞ!」




 へ~、銀10枚ったら10万円位か、割り引かれても8万円位かな? 結構な値段なんだね和紙って。


 「そうですか~。それじゃあ、ありがたく使用させていただきます‥‥‥。ところで、ジョルジョネ大尉? この『業務用手帳』って何に使うのですか?」




 「へっ? あ、ああ、それは秘書の仕事の時に用事などを書き留める為に使用するもので、秘書の肩書きが付くと毎年一冊支給されるものだよ。試し書きには使わないほうが良いよ。それも結構な値段するし、年季明けには返却しないといけないしね。


 ああ、あとその『エンピッツ』は試作品で改良点があれば教えて欲しいと工作長が言っていたな。全部で十一本あり、一本は先を尖らしてあるから使用してみると良い」




 「へ~、そうなんですか。まだ試作品か~、じゃあ改良して貰うか‥‥‥。ああ、そうだ。先程、『特許』がどうだかとお聞きしましたが何の事でしょう?」




 「ああ、その事か。この王国に『特別許認可制度』っていうものがあって、それを略して『特許』という。その制度の一部なんだが新しい魔素道具や道具を作って、商工業組合に申請すると作った人とそれを考えたっていうか思いついた人にその道具の製造と販売権利が発生する。


 その製造と販売権利を他人に公開して、他人がその道具を作って販売する権利を買う事が出来るというものなんだ。それで他人がその権利を買う時に支払うお金が特許料って言われている。一般に約二十年はその権利が保護されてそれ以降は誰でも勝手に作ったり販売する事が出来る。


 まあ、その他に魔素術や魔素陣、商品の名前とか多種に渡り、色々あってそれぞれの物によって金額が決めてある。君の場合はその『エンピッツ』の『黒鉛』と『粘土』を混合して使うという着想が認められて工作長が申請したと言っていたな。


 良い人でよかったな。これが山人族でなく、がめつい人族の商人だったら、その着想は盗まれてそのまま他人の物になっていたはずだ。これからは、良く工作長と相談して他人には話さない方がいいぞ」




 「なるほど~、じゃあ大儲けできるのですか?」




 「いや、それほどでもないぞ。実際売れるか分らない物の権利を買うから、失敗する方が多いし、金額に見合わないとその権利は売れないからな~。まあ、申請すると商工業組合からその道具の出来によって審査で落とされたり、同じ物が出ていたりするしな。


 あっ、そういえば申請して受理される時に報奨金がその道具の出来具合によって出たはずだが」




 「じゃあ、その『エンピッツ』はこれから次第で売れるか売れないか決りそうですね。じゃあ、良く工作長と話し合います。」



 なるほど、俺の居た所と同じような物らしい。商標や製品の特許と同じ感じがするが、どちらかというと、経済を活性化するっていうよりはアイディアを他国に漏らさないって考えた方が良いかもね。


 さて、本題に入り突っ込むか。


 「それで最後なんですが、ちょっと気になりまして。この日記の表紙にある魔素陣と魔素結晶の欠片は何に使うのでしょうか?」




 「あ、ああ、それか。それは他人に見られないようにする為と、紙の保存をする為の物で決して怪しい物じゃないよ」




 大尉の表情を確認したが別に動揺している様子も無かったのでさらりと流してしまう。まあ、最初は内容を工夫して書けば、読まれても何のことか分らないようにすれば良いか。


 「そうなんですか。じゃあどうやって使うのですか?」




 「ああ、魔技箱と同じで魔素陣に左手を当てて『登録』と唱える。そして『解除』といえば良い。書き終わったりしてから本を閉じて魔素陣に左手を当てて『施錠』と言えば封印の力が働いてその日記が開けなくなる。


 万が一、誰かに無理に中身を見られても本人以外は開いても文字は見えない。そういう造りになっている。表面の魔素陣は本人認証の為の奴で、一度登録したらその陣を変えたりしても無駄で本体のどこかに埋まっている魔素陣が二十年程封印を守ってくれる」




 「へ~、便利な物ですね。ちょっと疑問に思ったんですが、声で魔素陣が発動するなら、声真似をする人が例えば俺のこの左手を切断して載せた場合なんかはどうなるんでしょうか?」




 「君ね、変な質問するね。その場合は発動しないよ。生きた手で無いと体に流れている魔素が動かなくなり、登録した魔素陣が動かない。もし、他人がその陣を破るにはその他人の魔素力の数十倍の魔素力で打ち破らないといけない。それは今のところ誰にも不可能だと言う事だと思うな。


 まあ、他にも色々仕掛けが有るから、気にする必要が無いと思うけどね。あ、そろそろ休憩か。じゃあ、休憩が終わったら次はこれの計算を頼むよ、今日は二十枚程だから出来るよね?」




 ジョルジョネ大尉はそういうと俺に羊皮紙の束を渡し、休憩の合図をする。暫くすると速度が下がり馬車が何かに乗り上げ、馬車が大きく揺れだして静かになる。



 俺は渡されたものを捲りながら中身を確認する。一番最初の時にやった事のあるごく普通の表計算であり、熱病の前にやった複雑で桁が大きいものではない。それを見て、ほっとしてしまう。道具を出し、馬車が動くのを待ち中身をもう一度確認をする為に捲る。



 馬の休憩が終わったようで、動き出すと馬車の振動が少なくなり安定してくる。久々の計算だが、横の数字は簡単で殆ど暗算で出す事が出来る。縦の計算も素早く算盤で計算をしてしまい。次の休み前には残す事無く終えてしまう。


 やがて、大尉が休憩の合図をして馬車が止まる。俺は、日記に書かれた日付を見る。今日は王国歴1548年、冬上月29日という事だった。それを確認すると貰った物を道具袋に詰め、指揮車を出て1号車に向う。


 何時ものように荷台の席に自分の道具を置いてプイホンさんの手伝いをする。馬の水やり台の出し入れの手伝いである。大した重量は無いがプイホンさんと触れ合う数少ない時間であると共に、観察できる時間でもある。



 今朝見たプイホンさんより若干綺麗になった事に気が付く。朝は少し汚れていたのだが。ああ、どうやら手拭なんかでゴナベルさんにでも拭かれたのかもしれない。


 そんな事を思って左端の石畳の道路を見ていると。馬車列の後ろの方から道路を走ってくる馬車に視線が行ってしまう。ちょっと道路に近付き後方を見ているとドルバン車長に体を引張られてしまう。




 「おい、ぼけっとしてると、特別急行馬車に轢かれるぞ! あの馬車は特別で凄い速さで走るからな。普通の馬車は事前に道を譲らないといけない。あれに轢かれても文句は言えないし、死に損だからな」




 「へ~、そうなんですか、どれ位で走るのですか?」




 「そうだな~。確か、平地で一つ時に八十メタ位で走るはずだ。馬車駅に着くと馬を替えてまた走る。あっという間に大陸を横断したりするぞ。めったに使われないけどな、これが結構掛かる」




 彼はそう言って、親指と人差し指で丸を作り微笑んだ。お金が掛かるって事か。


 「幾らぐらいかかるものですか?」




 「俺に聞かれてもな~、乗った事無いから分らないよ」




 そう話していると時速40km位であろうか? 結構な速さで、6頭立ての馬で引張る指揮車と同じ大きさの箱馬車が俺の横を走り抜けて行く。


 馬車が走り抜けた時に気になることを発見してしまう。馬車の車輪が石畳の道路の溝と同じ幅であった事に今気が付いた。


 急いで何時も自分の乗ってる馬車の車輪を歩幅で図ると同じではないか。


 あれ? 溝に入ったらどうやって道路脇に上がるんだ?


 すると、馬車列の後方から黒い獣僕が黒い聖獣に乗りながら結構な長さの棒を手に2本持ってやって来て、一号馬車のテントが丸まっている間に突っ込むではないか。ああ、これを溝に置いて溝から出るのかと独り納得してしまう。



 その棒を持って来たクワビムさんは俺を見て、ギロッとにらむとプイッとそっぽを向いて前の方に行ってしまう。ああ、彼女と和解・ ・するのはどうしたら良いのか分らない。




 そんな事を考えていると出発の合図が聞えてきて、急いでプイホンさんの手伝いをして馬の水やり台を仕舞い荷台に飛乗ると、何時ものようにパンを頬張り木のジョッキに水を入れて飲み干した。




 馬車が動き出し先程貰った手帳に「エンピッツ」と彼らが呼ぶ鉛筆で先程の馬車の事を記入する。そして、日にちを遡り今まであったことを順に書き出していき、途中で芯が折れてしまう。


 あ、ナイフがないや、それに十特ナイフは有るけどあれって安物だから鉛筆削れるかな?


 魔技箱から十特ナイフを出して荷台の外に削りカスが落ちるように削ると刃が折れた‥‥‥。木に刃が負けたようだ。


 まあ、確かに安物だが、この木硬すぎじゃね?



 その事に思考が止まり何もする事が起きなくなって、道具等を仕舞い腕を組んで目を瞑ってしまう俺であった。




 後編へつづく

次話は10/26の夜に投稿します。

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