太陽の継承者
第93話 太陽の継承者
「僕は――」
声を出した瞬間、自分でも分かるくらい喉が乾いていた。
円卓を囲む各国の代表者たち。
王。
皇国の代表。
軍人。
聖職者。
学者。
そして、魔王アンタレス。
その全員が僕を見ている。
十五歳の僕が、五百年前の歴史について話そうとしている。
普通に考えれば、おかしい。
僕は一度だけ、腰の《明星》へ触れた。
その感触で、少しだけ落ち着いた。
シリウスから受け取った刀。
僕は一人じゃない。
ここへ来るまで、何人もの人から言葉を受け取ってきた。
「僕はソルです」
静かな会議場に、自分の声が響く。
「僕は五百年前を生きていません」
当たり前のことから始めた。
「だから、僕が五百年前に何があったのかを直接見たわけじゃありません」
誰も口を挟まない。
「でも」
僕は腰の《明星》へ触れたまま続ける。
「僕はここへ来るまでに、五英雄全員と会いました」
ざわっ。
会議場が揺れた。
「全員……?」
「五英雄は五百年前に亡くなっているはずでは」
「どういう意味だ」
教皇の側近が片手を上げる。
「静粛に」
ざわめきが収まる。
僕は続けた。
「正確には、本人たちが残した魂や意志、残留思念みたいなものです」
アステリア王が僕を見る。
「勇者レグルスとも?」
「はい」
即答した。
「最初に会ったのがレグルスです」
少しだけ懐かしい。
旅を始めた頃。
何も知らなかった僕。
星装も。
天使も。
五百年前の真実も。
何一つ知らなかった。
「レグルスから僕は《星装》を受け継ぎました」
僕の身体から、ほんの僅かに金色の魔力を出す。
ざわめき。
アステリア側の者たちが反応した。
「その光……」
「勇者の……」
アステリア王が立ち上がりかける。
「間違いないのか」
「僕には分かりません」
「何?」
「僕は五百年前のレグルスを知らないから」
王を見る。
「でも、レグルス本人はこれを《星装》と呼んでいました」
金色の光を消す。
「そして僕に託しました」
アステリア王は何も言わず、ゆっくり椅子へ戻った。
「次に」
僕は《明星》を見る。
「剣聖シリウス」
カグラ皇国側の空気が変わる。
「シリウスからは剣を……いや」
少し笑う。
「刀を教えてもらいました」
《明星》を僅かに鞘から抜く。
刀身が光を反射する。
「この《明星》も、シリウスから受け取ったものです」
カグラの代表が目を見開く。
「明星……」
その名前を知っているらしい。
「剣聖シリウスが使っていた《天狼》の姉妹刀です」
僕は《明星》を鞘へ戻す。
「シリウスは僕に、刀の振り方だけじゃなく、見ることを教えてくれました」
心眼の理。
無拍。
そして。
戦う時に何を見るのか。
「守護騎士アルデバランからは」
ヴァルガルドの代表を見る。
「守ることと、逃げることを教わりました」
ヴァルガルド側。
静かに聞いている。
「アルデバランは、逃げることを恥だとは言いませんでした」
あの塔。
あの男の声。
今でも覚えている。
「守るためなら逃げろ。生きるためなら逃げろ。生きていれば、また守れる」
ヴァルガルドの代表が僅かに目を伏せた。
「……アルデバランらしい」
小さな声だった。
僕は続ける。
「聖女ルナからは、力を広げることを教わりました」
教皇を見る。
「自分だけを強くするんじゃなくて、周りにいる人を支えるための星装です」
教皇が静かに頷く。
「そして」
最後。
「賢者アークトゥルス」
アルカディア側を見る。
「アークトゥルスからは、五百年前よりさらに昔のことを聞きました」
アルカディアの代表者たちの表情が変わった。
「それが」
一拍。
「約千百年前に滅びた、アウレストラ帝国です」
会議場の空気が変わる。
五百年前。
それだけでも世界の歴史をひっくり返す話。
でも。
さらに六百年前。
千百年前。
「僕はアルカディアで、アウレストラ帝国に関係する場所を見つけました」
思い出す。
太陽の紋章。
古代の扉。
そして。
僕が触れた瞬間。
動き出したもの。
「そこにあった扉は」
僕は自分の右手を見る。
「僕の魔力に反応しました」
アルカディア側。
何人かが顔を見合わせる。
「正確には」
一拍。
「《天曜》に」
ざわっ。
今まで以上のざわめき。
知らない者が多い。
当然だ。
《天曜》。
現代では、ほとんど失われている古代魔法。
「天曜とは何だ?」
アステリア王が聞く。
僕が答えようとすると。
「古代魔法です」
アルカディア側から声が上がった。
年老いた男性。
今回、アルカディア代表団に同行している学者らしい。
「我々が現在使用する魔法体系とは異なる、アウレストラ帝国に存在したとされる魔法体系。その中でも《天曜》は、星々の力に干渉する極めて特殊な術だったと記録されています」
「星々の力……」
「はい」
学者が僕を見る。
「そして」
少しだけ言葉を詰まらせる。
「太陽の力も」
静かになる。
僕は自分の手を見る。
太陽。
あの時。
確かに感じた。
星とは違う。
圧倒的な熱。
光。
力。
「僕は」
一拍。
「その太陽の力を使いました」
今度は。
誰も声を出さなかった。
アルカディアの学者だけが。
僕を見ている。
「……やはり」
「何か知っているんですか?」
僕が聞く。
学者はすぐには答えない。
代わりに。
隣に座っていたアルカディアの代表を見る。
代表が頷く。
「ここからは」
アルカディア代表が立ち上がった。
「我々から説明させていただきたい」
教皇の側近が頷く。
「お願いいたします」
アルカディア側から、一冊の古い本が運ばれてくる。
いや。
本と呼んでいいのかも分からない。
表紙はボロボロ。
紙も茶色く変色している。
何度も修復された跡。
「今回」
アルカディア代表が言う。
「セレフィア神聖国、そして魔族領から天使についての情報を受け、我々は国内に残されていた古代資料を再調査しました」
古い本へ手を置く。
「その過程で」
一拍。
「これまで意味を正確に理解できていなかった記録が見つかりました」
会議場。
静か。
「これは」
「……」
「約千百年前」
一拍。
「アウレストラ帝国が滅亡する直前に書かれたものと推定されています」
僕は息を呑む。
「滅亡直前……」
「はい」
ページ。
開く。
そこには。
僕には読める。
古代文字。
「記録には」
アルカディア代表が読み上げる。
「空より白き者たちが降り立った、とあります」
ベラの表情が変わった。
アンも。
「白き者?」
誰かが聞く。
アルカディア代表は続ける。
「人ならざる姿。翼。異質な魔力。そして」
一拍。
「天の使いを名乗る者たち」
今度こそ。
会議場全体がざわついた。
「天使……」
「千百年前にも?」
「五百年前が最初ではないのか?」
ベラが立ち上がる。
「その記録」
アルカディア代表を見る。
「間違いないのか?」
「年代測定と、同時代の複数の資料を照合しました」
「……」
「完全な断定はできません。しかし」
一拍。
「極めて高い確率で、約千百年前の記録です」
ベラが黙る。
僕も。
頭の中で。
数字。
繋げる。
千百年前。
五百年前。
そして。
今。
「六百年……」
僕が呟く。
ベラがこっちを見る。
「何じゃ?」
「千百年前から五百年前まで」
「……」
「約六百年」
「……」
「そして五百年前から今まで」
「……」
「約五百年」
完全な周期じゃない。
でも。
何か。
ある?
アルカディア代表が続ける。
「そして」
ページをめくる。
「最も重要なのが」
一拍。
「この一文です」
古代文字。
僕は。
読めた。
だから。
アルカディア代表が訳すより先に。
声に出していた。
「太陽を……」
全員。
僕を見る。
「ソル?」
ベラ。
僕は。
古代文字を読む。
「太陽を」
一拍。
「奪わせるな」
静寂。
アルカディア代表が。
驚いている。
「……読めるのですか?」
「はい」
「古代アウレストラ文字を?」
「なぜか」
僕自身。
理由は分からない。
最初から。
読めた。
アルカディア代表が。
僕を見る目。
変わる。
「続きがあります」
「……」
僕は。
ページを見る。
文字。
掠れている。
でも。
読める。
「王家の血を絶やすな」
一拍。
「星の声を聞く者を」
胸。
鳴る。
「守れ」
その瞬間。
頭の中。
蘇る。
あの声。
アルカディア。
太陽紋章の扉。
映像。
王族らしき青年。
太陽の光。
そして。
星の声。
――逃げろ。
――太陽を奪わせるな。
「……同じだ」
僕が呟く。
「何がじゃ」
ベラが聞く。
「僕がアルカディアで聞いた声」
「……」
「同じことを言ってた」
僕は。
ベラを見る。
「太陽を奪わせるなって」
ベラの顔から。
表情が消える。
「ソル」
「何?」
「もう一度」
「……」
「言え」
「だから」
僕は言う。
「星の声が」
一拍。
「逃げろ、太陽を奪わせるなって」
ベラが。
何かを考えている。
アンも。
同じ。
「待って」
アンが言う。
全員。
現魔王を見る。
「もし」
アンの声。
低い。
「千百年前」
「……」
「天使がアウレストラを襲った理由が」
「……」
「その」
僕を見る。
「太陽だったとしたら?」
僕の心臓。
強く。
鳴る。
「そして」
アンが続ける。
「今」
「……」
「ソルが」
一拍。
「その力を持ってる」
静寂。
意味。
分かる。
でも。
認めたくない。
「まさか」
僕が呟く。
ベラ。
僕を見る。
「奴らの狙いが」
その時だった。
――――キィィィィィィィィィン。
「っ!?」
耳。
いや。
違う。
頭の中。
直接。
響く。
「何だ!?」
「この音は!」
各国代表。
立ち上がる。
騎士たち。
武器。
抜く。
僕も。
《明星》へ。
手。
その瞬間。
ドォォォォォォォォン!!
大聖堂全体が。
揺れた。
「っ!」
机。
資料。
落ちる。
「陛下!」
「教皇猊下をお守りしろ!」
「各国代表を!」
騎士たちが。
一斉。
動く。
アン。
立っている。
赤い魔力。
僅かに。
漏れる。
ベラは。
天井。
見ている。
「……上じゃ」
「え?」
「上から」
一拍。
「来る」
次の瞬間。
鐘。
鳴る。
一度。
二度。
三度。
四度。
止まらない。
「警戒鐘!」
教皇の側近が叫ぶ。
「結界に異常!」
僕たちは。
窓へ。
外。
見る。
空。
青かったはずの。
セレフィアの空。
その一部。
歪んでいる。
「……嘘」
僕。
呟く。
亀裂。
一本。
空そのものに。
入っている。
バキッ。
広がる。
「全員」
ベラが言う。
声。
さっきまでと。
違う。
「構えよ」
アン。
右手。
上げる。
「魔族護衛隊」
「はっ!」
「戦闘準備」
「はっ!!」
各国。
騎士たちも。
武器。
構える。
セレフィア。
聖騎士。
結界術師。
走る。
そして。
空。
裂けた。
白い光。
溢れる。
僕の身体が。
勝手に。
反応した。
「《星装》!」
金色。
全身。
覆う。
《明星》。
抜く。
ベラ。
僕を見る。
「ソル」
「うん」
「妾から離れるな」
「分かった」
裂け目。
中央。
何か。
いる。
白。
翼。
人の形。
でも。
人じゃない。
ゆっくり。
降りてくる。
一体。
ただ。
一体。
「天使……」
誰かが。
呟いた。
その一言で。
会議場の空気。
完全に。
変わった。
今まで。
資料。
証言。
記録。
そんなものだった。
信じる。
信じない。
議論。
できた。
でも。
今。
いる。
全員。
見ている。
天使を。
自分の目で。
「……」
僕は。
息を呑む。
違う。
ゼファリエル。
じゃない。
魔力。
感じる。
今まで。
会った。
どの天使とも。
違う。
ベラ。
表情。
険しい。
「知ってる?」
僕が聞く。
「知らぬ」
「ベラでも?」
「……ああ」
その答え。
一番。
聞きたくなかった。
五百年前。
天使と。
戦ったベラ。
そのベラが。
知らない。
天使。
「アンタレス」
「分かってる」
アン。
前。
出る。
赤い魔力。
増す。
熱。
一気に。
会議場。
満たす。
八十五%。
第二封印を解放した。
現魔王。
その魔力。
人間側。
何人も。
息を呑む。
でも。
天使は。
アンを見ない。
「……?」
アン。
眉。
動く。
ベラも。
見ない。
教皇。
見ない。
各国の王。
見ない。
ただ。
ゆっくり。
顔。
動く。
そして。
止まった。
「……」
僕と。
目が合った。
「え?」
背中。
冷える。
天使。
僕を。
見ている。
明らかに。
僕だけを。
「ソル」
ベラ。
前。
出る。
僕を。
隠すように。
「下がれ」
「でも」
「下がれ」
声。
強い。
僕。
一歩。
下がる。
天使。
動かない。
ただ。
僕を見る。
口。
開く。
声。
響く。
耳からじゃない。
頭。
直接。
「――見つけた」
僕の心臓が。
止まりそうになる。
「……僕?」
ベラの魔力。
一気に。
膨れ上がる。
「貴様」
黒炎。
出る。
「誰じゃ」
天使。
答えない。
アン。
赤い魔力。
さらに。
強くなる。
「ソルから離れて」
天使。
それすら。
無視。
僕だけ。
見ている。
「何なんだよ……」
《明星》。
握る。
手。
汗。
「僕に」
一拍。
「何の用だ」
天使。
僅かに。
首。
傾ける。
そして。
初めて。
感情らしきもの。
見えた。
笑った。
「――アウレストラ」
僕の身体。
固まる。
「……」
「――王統」
ベラ。
目。
見開く。
アルカディア側。
立ち上がる。
「王統……?」
天使の翼。
広がる。
白い光。
空。
満たす。
そして。
最後。
一言。
「――太陽の継承者」
ドクン。
心臓。
鳴る。
僕の身体から。
金色。
違う。
もっと。
熱い。
光。
一瞬。
溢れた。
「っ!?」
《天曜》。
勝手に。
反応している。
天使が。
それを見る。
確信したように。
もう一度。
笑う。
「ようやく」
一拍。
「見つけた」
「待て!!」
ベラ。
黒炎。
放つ。
同時。
アン。
紅蓮。
空。
走る。
二つ。
魔王の魔法。
天使へ。
迫る。
だが。
届く。
直前。
天使の身体。
白い粒子。
崩れる。
「逃がすか!!」
ベラ。
手。
伸ばす。
黒炎。
空。
飲み込む。
でも。
そこには。
もう。
何もいない。
空の亀裂も。
閉じていく。
白い光。
消える。
静寂。
誰も。
動かない。
誰も。
話さない。
さっきまで。
五百年前の真実を。
信じるかどうか。
話していた。
その必要は。
もう。
なかった。
全員が。
見た。
天使。
存在した。
そして。
そいつは。
僕を。
探していた。
「……ソル」
アンが。
僕を見る。
「大丈夫?」
「うん」
答える。
でも。
声。
少し。
震えていた。
僕は。
自分の手を見る。
まだ。
僅かに。
熱い。
《天曜》。
太陽。
千百年前。
アウレストラ帝国。
天使。
そして。
僕。
全部。
繋がっている。
ベラが。
僕の前へ来る。
「ソル」
「何?」
「先ほどの奴が言ったこと」
「……」
「聞いたな」
「うん」
「王統」
「……」
「太陽の継承者」
僕は。
頷く。
アルカディア代表が。
こちらへ。
歩いてくる。
その顔。
明らかに。
動揺している。
「ソル殿」
「はい」
「先ほど」
「……」
「あなたが使用した光」
「……」
「あれは」
一拍。
「間違いなく」
僕を見る。
「アウレストラ王家に関する記録に残されているものです」
会議場。
また。
ざわつく。
僕は。
何も言えない。
「我々が保有する記録では」
アルカディア代表が続ける。
「太陽の力を扱うことができた者は」
一拍。
「アウレストラ帝国」
「……」
「王族直系のみ」
静寂。
僕は。
自分の手を見る。
知っていた。
可能性。
考えたことはある。
アークトゥルス。
同じ血。
《天曜》。
太陽。
でも。
今。
天使が。
僕を見て。
言った。
王統。
太陽の継承者。
「じゃあ」
僕は。
ゆっくり。
顔を上げる。
「僕は……」
「ソル」
ベラが。
止める。
「今」
「……」
「答えを出す必要はない」
「でも」
「一つずつじゃ」
ベラ。
僕の肩へ。
手。
置く。
「ただ」
その顔。
今までにないくらい。
険しい。
「これだけは」
一拍。
「確かになった」
全員。
ベラを見る。
「天使どもは」
「……」
「世界を無差別に」
「……」
「襲っているだけではない」
僕を見る。
「奴らには」
一拍。
「目的がある」
教皇が。
静かに。
立ち上がる。
「そして」
ベラ。
頷く。
「ああ」
視線。
僕へ。
「その目的の中心に」
一拍。
「ソルがおる」
僕の胸。
強く。
鳴る。
五百年前の真実を。
世界へ伝えるために始まった会談。
でも。
その日。
世界が知ったのは。
五百年前の真実だけではなかった。
天使は。
実在する。
そして。
その存在は。
少なくとも千百年前から。
この世界へ。
干渉している。
千百年前。
滅ぼされた。
アウレストラ帝国。
太陽を扱った。
王族。
失われた。
古代魔法《天曜》。
そして。
その力を。
受け継いでいる。
僕。
ソル。
天使は。
僕を見て。
こう呼んだ。
――アウレストラ王統。
――太陽の継承者。
この瞬間。
世界会談の議題は。
変わった。
五百年前。
何があったのか。
それだけではない。
千百年前。
アウレストラ帝国に。
何があったのか。
なぜ。
天使は。
太陽を求めたのか。
そして。
なぜ今。
僕を。
探しているのか。
世界の歴史より深い場所に眠っていた。
千百年前の因縁が。
今。
僕の前で。
動き始めた。




