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魔王、世界へ

第91話 魔王、世界へ


世界会議の開催が決まってから、魔王城の空気はさらに慌ただしくなった。

開催まで。

十日。

長いようで。

短い。

何しろ今回の会議は、ただ各国の代表が集まって話をするだけではない。

五百年間。

人間世界から姿を消していた魔族が。

再び。

世界の表舞台へ出る。

その最初の日になる。

「こちらがセレフィアへ提出する資料です」

魔王城。

執務室。

セラが机の上へ分厚い資料を置いた。

ドサッ。

「……」

アンが見る。

「多くない?」

「少ない方です」

「これで?」

「はい」

「……」

アンが僕を見る。

「ソル」

「何?」

「代わって」

「無理だよ」

「読むだけ」

「僕が読んでも意味ないでしょ」

「じゃあベラ」

「断る」

即答。

部屋の奥。

長椅子で寝転がっていたベラが、こっちを見ることすらなく答えた。

「まだ何も言ってない」

「妾に仕事を押しつけようとしたじゃろ」

「……」

「図星じゃな」

「ベラ様」

セラの声。

「なんじゃ」

「相談役として、確認していただく資料があります」

ベラが。

ゆっくり。

身体を起こした。

「妾は軍の相談役じゃ」

「今回の資料には五百年前の魔族側の記録が含まれています」

「……」

「当事者であるベラ様の確認が必要です」

「……」

「こちらへ」

「嫌じゃ」

「ベラ様」

「嫌じゃ」

「ベラ様」

「……」

ベラが。

立ち上がった。

僕は。

小さく笑う。

「ベラ」

「なんじゃ」

「セラに弱くなったよね」

「弱くない!」

「じゃあなんで言うこと聞いてるの?」

「……」

ベラが。

セラを見る。

セラ。

笑顔。

「早くしてください」

「……血じゃ」

「え?」

「八百七十年越しに妾を苦しめるこの血が悪い」

「まだ言ってる」

アンが呟いた。

そんなやり取りをしながらも。

準備は。

確実に進んでいた。

机の上。

並べられている資料。

五百年前。

天使との戦いについて。

魔王ベラトリクスが眠りについた後。

魔族がどう生き延びたのか。

アンタレスが。

どのように魔族をまとめ。

魔王へ就任したのか。

なぜ。

魔族領を作ったのか。

なぜ。

人間世界との接触を断ったのか。

そして。

四百五十年前。

アンが。

自身の魔力を三つに分けて封じた理由。

魔王軍主力も。

同じように。

その力の半分以上を封じたこと。

全部。

魔族側から見た。

五百年間の歴史。

「ここまで出すの?」

僕が。

資料を見る。

アンが。

頷く。

「出す」

「かなり詳しく書いてあるけど」

「隠したら」

アンが。

資料を一枚。

手に取る。

「疑われる」

「……」

「ただでさえ」

「……」

「私たちは」

アンが。

少しだけ笑う。

「信用されてないから」

僕は。

何も言えなかった。

当然。

なんだと思う。

人間からすれば。

魔族。

魔王。

その言葉だけで。

敵。

そう思う人もいる。

まして。

五百年間。

存在すら知られていなかった国。

その国の魔王が。

突然。

世界会議へ現れる。

「ですが」

セラが言う。

「全てを公開するわけではありません」

「そうなの?」

「当然です」

セラが。

別の資料。

取り出す。

「魔王軍の正確な兵数」

「……」

「結界の構造」

「……」

「各部隊の配置」

「……」

「魔族領内部の防衛設備」

「……」

「アンタレス陛下を含めた主力の詳細な戦力」

セラが。

首を振る。

「これらは伏せます」

「やっぱり?」

「今回の目的は」

アンが言う。

「人間に全部を教えることじゃない」

「……」

「一緒に」

一拍。

「天使と戦える状態を作ること」

「そっか」

「信用することと」

セラが続ける。

「無防備になることは違います」

僕は。

少し納得した。

全部を見せる。

それが。

信用することだと思っていた。

でも。

国と国。

魔族と人間。

五百年間。

ほとんど関わっていなかった。

いきなり。

全てを晒す必要はない。

少しずつ。

信じられるものを。

増やしていく。

多分。

それでいい。

「アンタレス」

ベラが。

資料を読みながら呼ぶ。

「何?」

「ここ」

指。

「妾が眠りについた後の部分じゃ」

「うん」

「もう少し詳しく書け」

「どこを?」

「魔族が」

一拍。

「どれほど混乱したか」

アンが。

ベラを見る。

「必要?」

「ああ」

ベラが。

資料を机へ置く。

「人間どもは」

「……」

「魔族領が突然できたと思っておる」

「……」

「じゃが」

ベラの表情。

少しだけ。

真剣になる。

「違う」

「……」

「国を作るしかなかったのじゃ」

誰も。

話さない。

「妾が消え」

「……」

「魔族は」

「……」

「指導者を失った」

「……」

「人間との争いも」

「……」

「完全に終わったわけではなかった」

ベラが。

アンを見る。

「その中で」

「……」

「こやつが」

一拍。

「まとめた」

アンは。

何も言わない。

「そこを隠すな」

「……」

「結果だけを見せれば」

ベラが。

資料を指で叩く。

「魔族は勝手に国を作り」

「……」

「勝手に人間から隠れたように見える」

「……」

「なぜ」

一拍。

「そうする必要があったのか」

ベラが。

アンを見る。

「それを」

「……」

「人間にも知ってもらえ」

アン。

少しだけ。

考える。

「分かった」

セラが。

頷く。

「修正します」

ベラが。

再び。

長椅子へ戻ろうとする。

「では次です」

「まだあるのか!?」

「当然です」

「妾は訓練場へ行く!」

「逃げないでください」

「軍の相談役じゃぞ!」

「今日はガレスが担当しております」

「ならソルを鍛える!」

僕。

巻き込まれる。

「なんで僕!?」

「ソル」

ベラが。

僕の肩を掴む。

「訓練じゃ」

「今?」

「今じゃ」

「絶対逃げたいだけでしょ!」

「違う!」

「ベラ様」

「離せセラ! 妾は軍務へ戻るのじゃぁぁぁ!!」

そのまま。

セラに捕まった。

八百年以上生きる元魔王。

今日も。

勝てない。

*

世界会議まで。

八日。

僕は。

訓練場にいた。

「《流転》!」

拳。

触れる。

力。

流す。

身体。

回す。

そのまま。

《明星》。

抜く。

「《無拍》!」

一閃。

ガキン!!

「甘い!」

ガレス。

槍。

受ける。

「っ!」

押す。

強い。

僕。

後ろ。

跳ぶ。

着地。

瞬間。

星装。

脚。

集中。

地面。

蹴る。

金色。

軌跡。

「《流星》!」

一。

二。

三。

連撃。

ガレス。

槍。

全部。

受ける。

四。

五。

「遅い!」

槍。

横。

「っ!」

《流転》。

受ける。

流す。

でも。

完全には。

流せない。

身体。

浮く。

「うわっ!」

吹っ飛ぶ。

地面。

転がる。

「痛っ……」

「立て!」

「ちょっとくらい休ませてよ!」

「戦場で敵に言え!」

「またそれ!?」

僕は。

《明星》を。

杖代わりに。

立ち上がる。

「もう一度!」

「待って」

ガレス。

槍。

下ろす。

「え?」

「今の」

「何?」

「なぜ《流星》を使った」

「なぜって」

僕。

考える。

「距離を詰めたから」

「それだけか?」

「……」

「なぜ」

ガレスが。

僕を見る。

「《無拍》の後に《流星》を選んだ」

「……」

答え。

出ない。

ガレス。

僕を見る。

「ソル」

「はい」

「お前は」

一拍。

「強くなった」

突然。

言われる。

「……ありがとう」

「だが」

やっぱり。

続き。

ある。

「迷うようにもなった」

「迷う?」

「ああ」

ガレスが。

槍を。

肩へ乗せる。

「お前」

「……」

「技はいくつある」

「え?」

「言ってみろ」

「えっと」

《明星》を見る。

「《星装》」

一つ。

「《流転》」

二つ。

「《無拍》」

三つ。

「《流星》」

四つ。

「《彗星》」

五つ。

「広域星装」

六つ。

「他人への星装付与」

七つ。

そして。

「《天曜》」

八つ。

ガレス。

頷く。

「増えたな」

「うん」

旅。

始めた頃。

こんなに。

なかった。

レグルス。

シリウス。

アルデバラン。

ルナ。

アークトゥルス。

出会うたび。

教わった。

受け取った。

「だからだ」

ガレスが言う。

「……?」

「選択肢が増えた」

「うん」

「それ自体は悪くない」

「……」

「だが」

ガレスが。

槍先。

僕へ向ける。

「お前は今」

一拍。

「敵を見てから」

「……」

「どの技を使うか考えている」

「……」

胸。

少し。

刺さる。

「さっきもそうだ」

「……」

「《無拍》を防がれた」

「うん」

「その後」

「……」

「お前は一瞬考えた」

「……」

「《流星》か」

「……」

「《彗星》か」

図星。

「ほんの一瞬だ」

ガレスが言う。

「じゃが」

「……」

「相手が強ければ」

一拍。

「その一瞬で死ぬ」

僕は。

《明星》を見る。

「じゃあ」

「……」

「どうすればいい?」

ガレス。

少しだけ。

笑う。

「知らん」

「え?」

「俺に聞くな」

「いや、ガレスが言い出したんでしょ!?」

「答えまで教えてもらえると思うな」

「無責任!」

「ソル」

ガレスの声。

戻る。

「お前の技は」

「……」

「誰から教わった」

「……」

考える。

星装。

レグルス。

《無拍》。

シリウス。

《流転》。

アルデバラン。

広域星装。

ルナ。

《天曜》。

これは。

僕自身の血。

でも。

その存在を。

教えてくれたのは。

アークトゥルス。

「みんなから」

僕が答える。

「そうだ」

「……」

「お前は」

ガレスが。

僕を見る。

「強い者たちから」

「……」

「多くを受け取った」

「……」

「勇者」

一つ。

「剣聖」

一つ。

「守護騎士」

一つ。

「聖女」

一つ。

「賢者」

一つ。

ガレス。

一歩。

近づく。

「どれも」

「……」

「素晴らしい力だ」

「……」

「だが」

胸。

指される。

「ソル」

「……」

「お前の戦い方は」

一拍。

「どこにある?」

僕。

止まる。

「僕の……」

「ああ」

「戦い方?」

「そうだ」

ガレスが。

槍を下ろす。

「借り物と言っているわけではない」

「……」

「受け継いだものは」

「……」

「もうお前のものだ」

「……」

「だが」

一拍。

「集めただけでは」

「……」

「いつか」

「……」

「限界が来る」

風。

吹く。

僕は。

《明星》を見る。

「レグルスのように戦う必要はない」

「……」

「シリウスのように戦う必要もない」

「……」

「アルデバランのように」

「……」

「ルナのように」

「……」

「アークトゥルスのように」

ガレスが。

僕を見る。

「戦う必要もない」

「……」

「全部」

一拍。

「お前の中にある」

胸。

熱い。

「なら」

ガレスが。

槍を。

構える。

「混ぜろ」

「……」

「繋げろ」

「……」

「そして」

一拍。

「お前自身の戦い方にしろ」

僕は。

《明星》を。

握る。

「僕自身の……」

「ああ」

ガレスが。

笑う。

「五英雄の真似をして」

「……」

「天使に勝てるなら」

「……」

「あいつらが」

一拍。

「五百年前に勝っている」

僕。

顔を上げる。

「……」

確かに。

五英雄。

強かった。

ベラも。

強かった。

それでも。

完全には。

勝てなかった。

なら。

僕が。

同じことをするだけじゃ。

足りない。

「……分かった」

僕は。

《明星》。

鞘へ。

「もう一回」

「よし」

「今度は」

「……」

少し。

考える。

いや。

違う。

考えるんじゃない。

見る。

感じる。

流す。

繋ぐ。

僕が。

僕として。

戦う。

「行きます」

ガレス。

笑う。

「来い」

地面。

蹴った。

*

世界会議まで。

五日。

「ベラ様」

「嫌じゃ」

「まだ何も言っておりません」

「分かる」

魔王城。

一室。

ベラ。

机。

向かい。

セラ。

僕は。

部屋の端。

アンと。

並んで座っている。

「なんで僕たちもいるの?」

小声。

「面白そうだから」

アン。

即答。

「アンって意外とこういうの好きだよね」

「うん」

目の前。

セラが。

一冊の本を開く。

「では」

「嫌じゃ」

「世界会議へ向け」

「嫌じゃ」

「最低限の」

「嫌じゃ」

「礼儀作法を」

「嫌じゃ!!」

ベラ。

立ち上がる。

「妾は八百年以上生きておる!」

「存じております」

「各国の王とも会ったことがある!」

「八百年前の礼儀作法が現在も通用すると?」

「……」

「それに」

セラが。

別。

本。

置く。

「こちら」

ベラ。

見る。

「……」

固まる。

「八百七十年前」

「……」

「エルシア・ヴァレリアが記した」

「……」

「魔王候補教育記録です」

「何故そんなものが残っておる!!」

「我が家の家宝です」

「捨てよ!!」

「嫌です」

「読んでみて」

アンが言う。

「アンタレス!!」

「気になる」

僕も。

手を上げる。

「僕も」

「ソル!!」

セラが。

本を開く。

「当時の記録によれば」

「読むな!」

「ベラトリクス様」

「やめよ!」

「外交礼節」

「……」

「評価」

「……」

「最低」

僕。

吹き出す。

「ぶっ」

「ソル!!」

アン。

顔。

逸らしている。

肩。

震えている。

「笑うでない!!」

「ごめん……」

セラ。

次。

「授業態度」

「やめよ」

「最低」

「やめろと言っておる!」

「脱走回数」

「数えるな!」

「年間」

「言うな!!」

セラ。

少し。

笑った。

「四十七回」

「多っ!!」

「ソル!!」

「週一くらいで逃げてるじゃん!」

「昔の話じゃ!!」

しばらく。

そんな時間が続いた。

でも。

ふと。

セラが。

本を閉じた。

「ベラ様」

「今度はなんじゃ」

「一つ」

「……」

「聞いてもよろしいですか?」

声。

少し。

違う。

ベラも。

気づいた。

「なんじゃ」

「怖くは」

一拍。

「ないのですか?」

「……」

部屋。

静かになる。

「何がじゃ」

「世界の前へ」

セラが。

ベラを見る。

「再び」

「……」

「魔王ベラトリクスとして」

「……」

「姿を現すことです」

ベラ。

黙る。

僕も。

アンも。

何も言わない。

「今」

セラが続ける。

「魔族領では」

「……」

「ベラ様は」

「……」

「帰還した先代魔王」

「……」

「英雄です」

ベラ。

聞いている。

「ですが」

「……」

「人間世界では」

セラが。

少し。

言葉を選ぶ。

「違います」

「……」

「五百年前」

「……」

「世界を滅ぼそうとした」

一拍。

「魔王」

誰も。

否定できない。

それが。

今の歴史。

「会議には」

「……」

「その歴史を」

「……」

「信じている者たちが来ます」

セラが。

ベラを見る。

「憎まれるかもしれません」

「……」

「罵られるかもしれません」

「……」

「嘘つきと」

「……」

「言われるかもしれません」

沈黙。

長い。

そして。

ベラが。

椅子へ。

座った。

「怖くない」

一拍。

「と言えば」

「……」

「嘘になるの」

僕は。

ベラを見る。

珍しい。

ベラが。

そんなことを。

言うのは。

「妾とて」

「……」

「何も感じぬわけではない」

「……」

「五百年前」

ベラの目。

少しだけ。

遠くなる。

「人間と魔族は」

「……」

「殺し合った」

「……」

「妾も」

一拍。

「多くを殺した」

誰も。

何も言わない。

「人間から見れば」

「……」

「妾を憎む理由など」

「……」

「いくらでもある」

「……」

「歴史が」

一拍。

「間違っておったとしても」

ベラが。

自分の手を見る。

「妾が」

「……」

「何もしておらぬわけではない」

それは。

五百年前。

もっと前。

長い。

ベラの人生。

「じゃが」

ベラが。

顔を上げる。

「それでも」

「……」

「妾は行く」

セラが。

見る。

「何故ですか?」

ベラ。

少しだけ。

笑う。

「決まっておる」

「……」

「妾が」

一拍。

「黙っておれば」

目。

閉じる。

浮かぶ。

五人。

勇者。

レグルス。

剣聖。

シリウス。

守護騎士。

アルデバラン。

聖女。

ルナ。

賢者。

アークトゥルス。

「死んでいった」

「……」

「あやつらまで」

一拍。

「嘘になる」

僕の胸。

締め付けられる。

「あやつらは」

「……」

「戦った」

「……」

「人間のためだけではない」

「……」

「魔族のためだけでもない」

「……」

「この世界を」

一拍。

「守るために」

ベラが。

僕を見る。

「命を懸けた」

「……」

「それを」

「……」

「魔王を倒した」

「……」

「それだけで」

ベラ。

少し。

笑う。

でも。

目。

悲しい。

「終わらせてよいはずがない」

「……」

僕は。

《明星》を見る。

シリウス。

刀。

レグルス。

星装。

アルデバラン。

《流転》。

ルナ。

広域星装。

アークトゥルス。

《天曜》。

みんな。

僕の中に。

残っている。

「だから」

ベラが。

立ち上がる。

「妾は」

一拍。

「世界の前へ出る」

「……」

「憎まれようが」

「……」

「罵られようが」

「……」

「構わぬ」

ベラ。

いつもの。

笑み。

「妾は魔王じゃったのじゃぞ?」

「……」

「その程度」

一拍。

「耐えられぬと思うか?」

セラ。

少しだけ。

笑った。

「いいえ」

「なら」

ベラが。

本。

指差す。

「このくだらぬ授業は終わりじゃ」

「それとこれは別です」

「何故じゃ!?」

「座ってください」

「今の流れなら終わりじゃろ!?」

「終わりません」

「妾の覚悟を返せ!!」

僕。

笑う。

アンも。

笑う。

ベラが。

僕たちを見る。

「お主らも笑うでない!!」

*

そして。

十日目。

朝。

魔王城。

正門。

僕は。

そこに立っていた。

荷物。

背負う。

腰。

《明星》。

目の前。

魔族領の兵士たち。

整列。

でも。

大軍じゃない。

今回。

戦争へ行くわけじゃない。

外交。

だから。

同行するのは。

少数。

精鋭。

魔王直属の護衛。

そして。

セラ。

僕。

ベラ。

最後。

城から。

一人。

歩いてくる。

赤い髪。

深紅の外套。

アンタレス。

兵士たち。

一斉。

姿勢。

正す。

「魔王陛下!」

声。

響く。

アンが。

歩く。

その顔。

いつもの。

僕たちといるアンじゃない。

魔王。

魔族領を。

五百年近く。

守った者。

正門前。

止まる。

ガレス。

前へ。

「陛下」

「うん」

「魔王軍は」

一拍。

「私にお任せください」

「任せる」

「必ず」

ガレス。

片膝。

つく。

「お帰りを」

アンが。

少しだけ。

笑う。

「行ってくる」

ガレス。

顔。

上げる。

「はい」

アンが。

僕たちを見る。

「準備は?」

「大丈夫」

僕。

答える。

「妾もじゃ」

ベラ。

胸。

張る。

セラ。

ベラを見る。

「本当に?」

「何故妾だけ確認する!」

「念のためです」

「問題ないわ!」

アン。

小さく。

笑う。

そして。

正門。

巨大な扉。

開く。

ゴゴゴゴゴゴゴ――。

向こう。

道。

続いている。

人間世界へ。

僕は。

その道を見る。

ここへ来た時。

こんな形で。

出ていくなんて。

思ってなかった。

「ソル」

アン。

呼ぶ。

「何?」

「行こう」

「うん」

歩き出す。

魔王アンタレス。

先代魔王ベラトリクス。

セラ。

僕。

そして。

魔族領を代表する。

使節団。

正門。

越える。

その瞬間。

僕は。

少しだけ。

後ろを見る。

魔王城。

兵士。

城下町。

魔族たち。

多くの者が。

見送っている。

五百年間。

閉ざされていた国。

その国の代表が。

今。

外へ出る。

ベラが。

僕の隣。

歩く。

「何を見ておる」

「いや」

僕は。

前。

向く。

「すごいことなんだなって」

「何がじゃ」

「これ」

「……」

ベラも。

一度だけ。

後ろを見る。

そして。

前。

「そうじゃな」

アンが。

先頭。

歩いている。

赤い髪。

風。

揺れる。

五百年前。

人間と魔族は。

殺し合った。

その後。

魔族は。

世界から姿を消した。

五百年間。

互いに。

ほとんど。

交わることなく。

生きてきた。

でも。

今日。

その歴史が。

変わる。

一人の魔王が。

世界へ向かう。

戦うためではない。

奪うためでもない。

支配するためでもない。

話すため。

知るため。

そして。

共に。

戦うため。

「アン」

僕が。

呼ぶ。

アン。

振り返る。

「何?」

「緊張してる?」

「……」

少し。

間。

「してる」

「やっぱり?」

「うん」

アンが。

前を見る。

「でも」

一歩。

「行く」

また。

一歩。

「五百年」

「……」

「閉じてきたから」

「……」

「今度は」

一拍。

「私が」

「……」

「開く」

ベラが。

その言葉を聞いて。

笑う。

「よい顔になったの」

「ベラ」

「何じゃ」

「会議で余計なこと言わないでくださいね」

「またそれか!」

「心配」

「妾を信用せい!」

「信用してるから言ってる」

「意味が分からぬ!」

僕。

笑う。

セラも。

少しだけ。

笑っている。

こうして。

僕たちは。

魔族領を出た。

目的地。

セレフィア神聖国。

そこには。

勇者の国が。

剣聖の国が。

守護騎士の国が。

聖女の国が。

賢者の国が。

集まる。

そして。

五百年ぶりに。

魔族の国が。

加わる。

世界会議。

まだ。

僕たちは。

知らなかった。

この会議が。

ただ。

五百年前の真実を。

世界へ伝えるだけの場では。

終わらないことを。

そして。

僕自身が。

世界の歴史より。

さらに古い。

千百年前の因縁へ。

引きずり込まれることになることを。

この時の僕は。

まだ。

知らなかった。


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