世界からの返答
第90話 世界からの返答
教皇から緊急連絡が届いた。
その知らせを受けた僕とベラは、すぐに城壁を離れた。
「急ぐぞ、ソル」
「うん」
王城の廊下を進む。
さっきまで訓練場から聞こえていた兵士たちの声が、遠くなっていく。
僕の頭には、さっきベラと話していたことが残っていた。
五百年前とは違う。
今度は来ると分かっている。
だから備えられる。
そして。
世界そのものを、戦う前に一つにできるかもしれない。
そんな話をした。
ほんの数分後。
セレフィア神聖国から緊急連絡。
偶然とは思えなかった。
「ベラ」
「何じゃ」
「教皇からってことは」
「ああ」
ベラも分かっているらしい。
「各国へ送った警告に関することじゃろうな」
「やっぱり?」
「それ以外に、今このタイミングで急ぎの連絡を寄越す理由がない」
廊下の先。
大きな扉。
その前に立つ兵士が、僕たちを見るとすぐに扉を開いた。
「ベラ様、ソル殿。お待ちです」
「うむ」
中へ入る。
魔王の執務室。
アン。
セラ。
ガレス。
それから数人の魔王軍幹部が集まっていた。
机の上には。
一枚の大きな魔法紙。
その上に。
淡い光。
人の姿が映っている。
見覚えのある女性。
「教皇」
僕が呟く。
セレフィア神聖国。
その頂点に立つ女性。
そして。
五百年前の真実を知る数少ない人間。
教皇が僕を見る。
『ソル殿』
「お久しぶりです」
『ええ』
その視線が。
隣へ。
『ベラトリクス』
「久しいの」
『……本当に』
教皇が。
僅かに笑う。
『あなたが魔族領へ帰還されたのですね』
「ああ」
『こちらにも既に情報は届いています』
「早いの」
『各国の情報網を侮らないでください』
「妾が帰っただけで騒ぎすぎじゃ」
僕とアンが。
同時にベラを見る。
「何じゃ」
「いや」
僕が答える。
「ベラが思ってるより大事件だよ」
「五百年前に死んだことになっている人が突然帰ってきたんです」
アンも続ける。
「しかも元魔王です」
「元を強調するでない」
「今の魔王は私なので」
「分かっておるわ」
教皇が。
小さく息を吐く。
『相変わらずのようで安心しました』
「それで」
アンの声が変わった。
さっきまでの軽い空気が消える。
現魔王。
アンタレス。
「緊急連絡ということは」
『はい』
教皇の表情も。
変わる。
『各国から返答がありました』
部屋。
静かになる。
アンが。
椅子へ座る。
「聞きます」
『まず』
教皇が。
手元の資料を見る。
『アステリア王国』
勇者レグルスの国。
『警戒態勢への移行を開始。ただし、天使という存在について正式な説明を要求しています』
「当然じゃろうな」
ベラが言う。
『次にカグラ皇国』
剣聖シリウスの国。
『同じく警戒態勢へ。ただし、五百年前の記録との重大な矛盾について説明を求めています』
「記録との矛盾……」
僕が呟く。
何を意味しているのか。
分かる。
世界に残っている歴史。
五英雄が。
魔王ベラトリクスを討伐した。
でも。
本当は違う。
五英雄と魔王は。
共に戦った。
本当の敵。
天使と。
『ヴァルガルド』
守護騎士アルデバランの国。
『北部防衛線を中心に警戒を強化。魔物の動向についても再調査を開始したとのことです』
「動きが早い」
アンが言う。
『ええ。あの国は元々、軍事的な危機への対応が早いですから』
教皇が。
次。
『アルカディア』
僕の身体が。
僅かに反応する。
つい最近まで。
僕たちがいた場所。
そして。
アウレストラ帝国。
《天曜》。
太陽。
僕自身に関わる。
多くの謎が眠っている国。
『こちらからの情報を受け、国内に保管されている古代記録の再調査を開始しました』
「古代記録?」
僕が聞く。
『はい』
「もしかして」
『アウレストラ帝国についても、です』
「……」
やっぱり。
『あなた方がアルカディアで発見した情報』
教皇が。
僕を見る。
『そして、約千百年前に滅亡したアウレストラ帝国に関する記録』
「……」
『天使の存在が五百年前だけではない可能性が出てきた以上、無関係とは考えられません』
ベラが。
腕を組む。
「当然じゃな」
『アルカディア側も同じ判断です』
教皇が。
少し間を置く。
『ただし』
空気。
変わる。
『問題は』
一拍。
『ここからです』
アンが。
教皇を見る。
「何がありました?」
『問い合わせが』
「……」
『殺到しています』
「問い合わせ?」
『はい』
教皇が。
少し疲れたように。
目元を押さえる。
『天使とは何なのか』
一つ。
『なぜ五百年前の歴史に記録されていないのか』
一つ。
『なぜセレフィア神聖国だけが、その存在を知っていたのか』
一つ。
『なぜ魔族領が存在していることを、今まで公表していなかったのか』
一つ。
『魔王アンタレスとは何者なのか』
アン。
無表情。
『そして』
教皇が。
ベラを見る。
『五百年前に討伐されたはずの魔王ベラトリクスが生きているという情報は、事実なのか』
ベラ。
少し考える。
「面倒じゃな」
「ベラ」
僕が言う。
「全部ベラに関係あるよ」
「妾のせいではなかろう」
「それはそうだけど」
『さらに』
教皇が続ける。
『一部の国からは、セレフィア神聖国と魔族領が結託して虚偽の情報を流しているのではないかという疑念まで出ています』
ガレスの眉が。
僅かに動く。
「我々が」
低い声。
「虚偽を?」
「ガレス」
アンが。
止める。
「最後まで聞いて」
「……承知しました」
教皇が。
頷く。
『無理もありません』
「無理もないじゃと?」
ガレスが。
反応。
『はい』
教皇は。
真っ直ぐ答える。
『彼らが知る歴史では、五百年前』
一拍。
『人類を滅ぼそうとした魔王ベラトリクスを、五人の英雄が討伐した』
静寂。
『それが』
「……」
『世界の常識です』
ベラは。
何も言わない。
『その常識を』
教皇が続ける。
『突然』
「……」
『全て間違いでした』
『魔王は敵ではありませんでした』
『本当の敵は天使でした』
『魔王ベラトリクスは生きています』
『さらに別の魔王アンタレスが存在します』
『そして魔族は五百年間、独自の国家を築いていました』
教皇が。
小さく息を吐く。
『そう言われて』
「……」
『即座に信じろという方が難しい』
誰も。
反論しなかった。
僕も。
そう思う。
僕自身。
旅を始める前だったら。
信じられただろうか。
魔王は。
悪。
勇者は。
正義。
そう教えられてきた。
それを。
突然。
全部違うと言われる。
「だから」
アンが言う。
「どうします?」
教皇が。
アンを見る。
『一つ』
「……」
『提案があります』
「聞きます」
『各国の代表を』
一拍。
『一堂に集めます』
僕は。
顔を上げる。
「各国?」
『はい』
教皇の声が。
部屋へ響く。
『アステリア王国』
勇者の国。
『カグラ皇国』
剣聖の国。
『ヴァルガルド』
守護騎士の国。
『アルカディア』
賢者の国。
そして。
『我がセレフィア神聖国』
聖女の国。
五英雄。
その全てに関係する国。
『さらに』
教皇の視線。
アンへ。
『魔族領』
静寂。
僕は。
アンを見る。
アンも。
何も言わない。
『六つの勢力による』
一拍。
『首脳会議を開きたいと考えています』
「首脳会議……」
『はい』
教皇が。
頷く。
『五百年前の真実』
「……」
『現在確認されている天使の存在』
「……」
『各国に残る記録』
「……」
『そして』
教皇が。
僕を見る。
『これから世界に起こる可能性があること』
僕。
僅かに。
息を呑む。
『全てを』
「……」
『同じ場所で話すべきです』
部屋。
静か。
最初に。
口を開いたのは。
ガレス。
「開催地は?」
『セレフィア神聖国』
即答。
『我が国であれば、五百年前の聖女ルナが残した記録を直接提示できます』
「なるほどの」
ベラが。
頷く。
『さらに』
教皇が続ける。
『今回の会議について、我が国が魔族領との間に立ちます』
アンが。
教皇を見る。
「保証するということですか?」
『はい』
「魔族を?」
『魔族ではありません』
教皇が。
はっきり。
言う。
『同じ世界に生きる者として』
アンの目が。
僅かに。
変わった。
『五百年前』
教皇が続ける。
『初代教皇へ真実を託した聖女ルナは』
「……」
『いつか』
「……」
『人間と魔族が、正しい歴史を知る日が来ることを望んでいました』
ベラが。
少しだけ。
目を細める。
「ルナらしいの」
『ですから』
教皇が。
アンを見る。
『セレフィア神聖国は』
一拍。
『魔族領の参加を正式に要請します』
沈黙。
アンが。
目を閉じる。
誰も。
急かさない。
五百年。
魔族領は。
人間世界から。
姿を消していた。
結界。
閉ざした。
争わないため。
関わらないため。
平和に。
生きるため。
その国が。
今。
もう一度。
人間世界へ。
出ようとしている。
アンが。
目を開く。
「一つ」
『はい』
「確認します」
『何でしょう』
「この会議へ」
一拍。
「私は」
「……」
「何として参加するんですか?」
教皇が。
少しだけ。
笑った。
『決まっています』
「……」
『魔族領を代表する』
一拍。
『魔王として』
アン。
黙る。
その横。
セラが。
僅かに。
笑っていた。
ガレスも。
何も言わない。
でも。
どこか。
誇らしそうだった。
「……分かりました」
アンが。
立ち上がる。
「魔族領」
一拍。
「参加します」
その言葉。
僕は。
なんとなく。
重く感じた。
五百年間。
閉ざされていた。
魔族の国。
その扉が。
今。
世界へ向かって。
開こうとしている。
『ありがとうございます』
教皇が。
頭を下げる。
『では、詳細については』
「待て」
ベラ。
手を上げる。
『……何でしょう』
「妾も行くぞ」
静寂。
僕。
アン。
セラ。
ガレス。
全員。
ベラを見る。
「何じゃ」
アンが。
最初に。
口を開く。
「ベラ」
「うむ」
「本気ですか?」
「当然じゃ」
「……」
「五百年前のことを話すのであろう?」
「そうですけど」
「なら」
ベラが。
自分の胸を指す。
「当事者がおった方が早い」
「それは」
アン。
言葉。
詰まる。
正しい。
正しいんだけど。
「ベラ」
僕が。
手を上げる。
「何じゃ」
「一ついい?」
「言え」
「世界中では」
「うむ」
「ベラって」
「うむ」
「五百年前に五英雄に討伐された」
「うむ」
「世界を滅ぼそうとした魔王ってことになってるよね」
「そうじゃな」
「その本人が」
「うむ」
「各国首脳の前に出ていくの?」
「そうじゃ」
「会議どころじゃなくならない!?」
「何故じゃ!」
「なるよ!!」
ベラ。
納得してない。
「妾は何もせぬぞ」
「存在が事件なんだよ!」
「失礼な!」
教皇。
向こうで。
額。
押さえている。
『……ですが』
全員。
教皇を見る。
『ベラトリクスには』
一拍。
『来ていただく必要があります』
「ほれ見よ」
ベラ。
得意顔。
「まだ何も言ってないから」
『五百年前』
教皇が続ける。
『実際に何が起きたのか』
「……」
『それを知る当事者は』
「……」
『今となっては、ほとんど残っていません』
ベラ。
表情。
少しだけ。
戻る。
『聖女ルナの記録だけでは』
「……」
『記録を捏造したと言われれば、それまでです』
「じゃが」
ベラが言う。
「妾が話しても」
「……」
「魔王の嘘と言われるぞ」
『だから』
教皇の視線。
僕へ。
「……え?」
嫌な。
予感。
『ソル殿にも』
「僕?」
『出席していただきたい』
「なんで!?」
『あなたは』
教皇が。
僕を見る。
『五英雄の意志を』
一拍。
『その身に受け継いでいる』
「……」
僕。
黙る。
レグルス。
シリウス。
アルデバラン。
ルナ。
アークトゥルス。
ここまで。
旅をしてきた。
会った。
話した。
力を。
託された。
『魔族側だけが』
「……」
『五百年前の真実を語るのではありません』
教皇が。
ベラを見る。
そして。
僕。
『五英雄と』
一拍。
『魔王』
「……」
『その両方から』
「……」
『世界へ』
「……」
『真実を伝えるのです』
胸。
少しだけ。
重くなる。
僕に。
できるのか。
各国。
王。
皇帝。
教皇。
そんな人たちの前で。
五英雄から。
聞いたことを。
話す。
「ソル」
ベラが。
僕を見る。
「……」
「何?」
「行くぞ」
「簡単に言うね」
「難しく考えるな」
「無理だよ」
「お主は」
ベラが。
笑う。
「見たものを」
「……」
「そのまま話せばよい」
「……」
「妾も」
一拍。
「そうする」
僕は。
少し考える。
ここまで。
旅をしてきた。
五百年前の真実を。
知った。
そして。
今。
その真実が。
世界を。
動かそうとしている。
「……分かった」
僕は。
頷く。
「行く」
教皇が。
頷く。
『ありがとうございます』
アンが。
セラを見る。
「セラ」
「はい」
「一緒に来て」
「もちろんです」
「ガレス」
「はい」
「あなたは残って」
「……」
ガレス。
僅かに。
不満そう。
「魔王軍の再編」
「……」
「誰がやるの?」
「私です」
「じゃあ残って」
「承知しました」
「ベラ」
「何じゃ」
「一つだけ」
「言ってみよ」
アンが。
真顔。
「会議で暴れないでください」
「暴れぬわ!」
「本当に?」
「妾を何だと思っておる!」
僕。
セラ。
アン。
三人。
黙る。
「何故黙る!!」
教皇。
向こうで。
少し笑っていた。
『開催は』
一拍。
『十日後』
空気。
再び。
変わる。
『各国へ』
「……」
『正式に招集をかけます』
アンが。
頷く。
「分かりました」
『五百年』
教皇が。
静かに言う。
『世界は』
「……」
『間違った歴史の上に』
「……」
『平和を築いてきました』
誰も。
何も言わない。
『その歴史を』
一拍。
『今』
「……」
『変える時です』
通信。
光。
少しずつ。
弱くなる。
『十日後』
最後。
教皇が。
僕たちを見る。
『セレフィアで』
光。
消えた。
静寂。
机の上。
魔法紙。
ただの紙へ。
戻る。
僕は。
しばらく。
そこを見ていた。
「……世界会議」
思わず。
呟く。
「そうなるの」
ベラが言う。
アンは。
窓の外を見る。
魔族領。
五百年間。
人間世界から。
隠れていた国。
「アン」
僕が呼ぶ。
「何?」
「大丈夫?」
「何が?」
「人間の国に」
「……」
「魔王として行くんだよ」
「うん」
「怖くない?」
アンが。
少しだけ。
考える。
「怖い」
意外だった。
「怖いんだ」
「当たり前」
アンが。
自分の手を見る。
「五百年」
「……」
「関わらないようにしてきたから」
「……」
「人間と」
窓。
外。
「それを」
「……」
「私が」
一拍。
「終わらせる」
僕は。
アンを見る。
「でも」
アンが。
少しだけ。
笑う。
「必要だから」
「……」
「行く」
その横。
ベラが。
笑った。
「それでよい」
アンが。
ベラを見る。
「ベラ」
「何じゃ」
「本当に暴れないでくださいね」
「まだ言うか!」
「心配なので」
「妾は八百年以上生きておるのじゃぞ!」
「八百七十年前」
僕が。
口を挟む。
「窓から逃げようとしてたけど」
「ソル!!」
セラが。
僅かに。
笑う。
「ベラ様」
「なんじゃ!」
「会議前に」
一拍。
「礼儀作法の確認をいたしましょうか?」
「いらぬ!!」
「ですが」
「いらぬと言っておる!!」
「エルシア様の記録を参考に」
「絶対にやめよ!!」
僕。
笑う。
アンも。
笑う。
でも。
その笑いの向こう。
世界は。
確実に。
動き始めていた。
五百年前。
勇者と魔王は。
誰にも知られず。
共に戦った。
その真実は。
歴史から。
消えた。
魔族は。
世界から姿を消した。
天使は。
伝承にすら。
残らなかった。
でも。
五百年後。
五英雄の意志を受け継ぐ少年。
五百年前を知る魔王。
五百年を守った新たな魔王。
聖女の真実を受け継ぐ教皇。
そして。
五英雄の名を受け継ぐ国々。
それらが。
初めて。
一つの場所へ。
集まろうとしている。
十日後。
セレフィア神聖国。
五百年間。
交わることのなかった。
人間と。
魔族。
二つの歴史が。
同じ卓上に並ぶ。
そして。
世界は。
初めて知ることになる。
五百年前。
本当は。
何があったのか。
本当に。
戦うべき敵は。
誰なのか。
――世界が一つになるための。
最初の会議が。
始まろうとしていた。




